義父のこと

 義母が亡くなって早いもので、もうすぐ100日となる。義母と義父には3人の子供がいる。長女が拙者の家内であり、次女がいて、末っ子が長男である。生前、北九州に住む末っ子の長男は両親を迎え入れる準備をしていた。長男家族は分譲マンションの2Fを購入したが、同じマンションの1Fを両親のために同時に購入していた。病気療養が長い母(義母)とひとりで何もできない父(義父)を引き取るのは時間の問題であったからだ。しかし、父母ともに北九州のマンション行きを嫌がった。古い家であっても畑がある。住み慣れた環境からコンクリートの家に移ることを嫌がる気持ちもよくわかる。しかしそのことで、子供たち3人が遠くから交代で世話に行くのも大変であった。

 義母が亡くなって、義父は必然的に北九州の長男のマンションに連れて行かれた。連れて行かれたという表現がピッタリなほど、義父は後ろ髪を引かれる思いであったろう。長男夫婦は両親の足腰のことを考え、またわずかばかりの庭があった方がよいと考えて、マンションの1Fに決めたと思う。しかし、庭の向こうはコンクリートの塀があり、外が見えない。世話になっている長男夫婦には無論、言えないが、娘たちには、まるで牢屋にいるみたいだとこぼす。

 長男の嫁は献身的に義父に仕え、義父の3度3度の食事を作っては2Fに呼び寄せるのが日課である。医者の長男はほとんど家にいないし、子供たちはみな大学生として家から出ているので、食事は長男の嫁と義父の2人きりのことが多いらしい。義父の入れ歯の調子が悪かったり、体の調子が悪かったりするたびに、長男の嫁は雑炊や煮物やと、あれこれ手をかえ品をかえて工夫しているらしい。

 義父にとっては、それでも食事のときは話せるし、2Fから外を眺めることもできる。しかし、食事が終わって1Fの自分の独房に戻ると孤独に際悩まされる。実家に置いた自動車にはもう乗らない方がいいだろうという周囲の猛反対があり、自分の意思で遠出することはできない。たまに外に散歩に行くが知らない土地なのでつまらないと嘆く。

 そんなことから、寂しい義父は長女と次女に毎日、電話をかけてくる。互いに同じソフトバンクの携帯を持たせて存分にタダ電話してもらおうという配慮であった。携帯を通じた会話は日に2度、3度と、長いときは1時間以上にも及ぶ。年寄りのことだから、当然のことながら何度も何度も同じことを繰り返すことも多い。何でもないことも親身になって聞く。電話は仕事中でも夜明け前でもお構いなくかかってくる。父と娘の関係とはいえ、さすがに長女である家内もやや疲弊した様子をみせる。そのたびに、遠くにいて孝行できないのだから、せめて電話孝行をと諭す。

 義父はしきりに、義母に何もできなかったと悔やむ。そんなことはない、十分してあげたよと言って聞かせる。また、しきりに寂しいを連発する。寂しい気持ちはよくわかるので、それをまぎらわす術(すべ)を授ける。ご近所の老人会に参加してみてはとか、散歩しても誰かに話しかければ友達にすぐになれるよとか、好きな書道を習ったらとか。しかし、教職員を通した義父には変なプライドが身についていて人とのふれあいが苦手である。義母の生前も介護人の世話を断ったくらいである。だったらと、先日は絵手紙の道具一式揃えて送った。「お父さん絵が上手だから、絵を書いて送って」と。義父は到着を心待ちにするくらいに喜んでくれた。が到着すると、絵を描く題材がないとか、あまり下手だと嫌なので習いたいとか、テスト用の半紙が実家にあるので取りに帰りたいとか言って、なかなか始まらない。そのたびに、題材は何でもよいのよ、下手でも自分なりに描けばその方が趣きがあっていいのよ、半紙は百円ショップで売ってるからとか、そんな返答で1日が過ぎる。

 こんな調子で遠くからいろいろと励ましても、顔が見えない義父にとっては励ましになってないかも知れない。ということで、1ケ月に1度位は北九州まで赴き、近隣の温泉場にでも連れていってやろうということになった。義父の気晴らしと励ましは言うまでもないが、それよりも3度3度の食事を作っている長男の嫁に、せめて連れ出している間だけでもゆっくりしてもらおうという思いからである。

 こんな調子で義母の亡き後、100日が過ぎようとしている。考えてみれば、義父は恵まれていると思う。長男がマンションまで用意して、長男夫婦の加護のもと恙(つつが)なく生活できること、愚痴があればいつでも娘たちに聞いてもらえること。孤独死が多く、親子の縁遠い昨今において、やはり義父は恵まれていると思う。

 しかし、反面教師として自分のことを考えてしまう。私は間違っても子供の世話にはならないという覚悟がある。また、ひとり残されても女々しいことは言わないで淡々と生きていってやるという覚悟がある。しかし、それだって自身の意思に反して周囲がどうするかわからない。それに最期は誰かの面倒になる。その時に備えて、年老いてもできるかぎり自分で何でもできるように、気持ちも体も前向きに精進していくこと、できるだけ周囲と協調することを心がけること。最期の面倒をできる限りかけないよう準備すること。義母の死をきかっけに、いろいろと学ぶことが多い日々である。




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