ブログの功罪

 私がブログを始めたのはもう15年も前だろうか。ブログというものがようやく市民権を得た頃だったろうか。それでも、ブログという言葉すら知らない人が廻りに多かった時代である。Geotech’s Columnというブログ名で3年間、毎日、投稿した。おもに社会論評が多かったせいか、そのうち、ひどい内容の批判が掲示板に届くようになり、しまいにはそれが嫌がらせの中傷へと発展していった。それで閉じた。シニアに数ヶ月前に登録したのをきっかけにブログを再開した。これが私のブログ経歴である。

 私に限らず、嫌がらせや中傷によってブログを閉鎖した方も多くいると聞く。また、嫌がらせや中傷ではないにしても、意見が合わないとか、その他さまざまな理由で去っていく方もいるであろう。ブログを作るも閉じるも個人の自由であるが、そのことで心痛めるブログ仲間がいることも事実である。

 一方、ブログによって得ることも大きい。ネット上ではあるがいろんな人と友達になれたり、幅広い見識を深めていけたり、全国からの季節や花の便りを見ることができたり、ブログの功績は大きい。なにしろ、情報がとてつもなく広くて早い。幅広い友達と気楽に仲間になれる。嫌だったらすぐに離れられる。

 そうしたブログの功罪を思うに、そもそもブログとはネット上の仮想空間であることの認識が重要であると考える。私の場合、プロフイールもブログの内容もノンフィクションであることを信条としている。しかし、人によっては年齢・経歴を詐称したり、嘘や逸話を題材にした内容のものを掲載したりすることもあろう。さらに、活動の宣伝として利用したり、宣教活動の一環として利用したり、はたまた真に利益目的の営業として活用している場合もあろう。また、マナーのない相手に遭遇することもある。しかし、だからといってこれらを誰も咎めることはできない。

 それ故に、「あくまでもネット上のこと」という個人個人の認識が重要である。この認識が薄いと、ややもすれば真剣な口論になったり、宣伝・宣教・営業的な行為の術中にはまったり、マナーのなさに必要以上に心痛めたりもする。

 ブログには表裏一体の功罪があるが、大切なことは開設者のためのブログでなければならないということである。誰に束縛されることなく、自由なときに自由にアップして、他のブログを垣間見て、楽しみ、意見交換し、知見を広めていけるものでなければならない。それができなくなったとき、誰しも閉鎖するであろう。ブログというものはそんなものだ。だから、それでよいのだ。
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