言論の自由とは





 仏の週間新聞社「シャルリー・エブド」の襲撃事件は、仏のみならず欧州全土を震撼させている。国際社会は残忍なテロ行為と断定し、一斉に批判している。そして、異口同音に“民主主義の根幹となる「言論の自由」、「表現の自由」を脅かすテロ行為である”と言う。

 確かに「言論の自由」や「表現の自由」は民主主義の根幹である。しかし、だからといって民主主義社会においては無制限に何を書いても、何を表現してもいいというのか。仏週間新聞社の過去の風刺画には、相当に醜い表現のもの、全く品を欠くもの、明らかに度を越したものが散見されるが、それでも全面的に許されるというのか。そのことに言及する人がいないのも不思議である。

 そもそも風刺画というものは、世情や人物を面白く少し茶化して表現することでコミカルに批判するツールである。それを、とことん醜く批判するツールとするならば、それはもはや風刺ではない。自由を逸脱した醜画としか言いようがない。

 人はみな「言論の自由」と声高らかに唱えるが、言論にしろ何にしろ、自由の裏側には一定の秩序やモラルがあってしかるべきである。家庭において、企業において、社会において、全ての人が何の躊躇も、何の恥じらいも、自身の立場もわきまえず自由に発言したらどうなる。それこそ民主主義の崩壊である。

 一方、マクドナルドの異物混入事件。マスコミも社会もはこぞって食品衛生管理の視点で企業の姿勢を批判する。しかし、果たして混入はすべてが真実なのか。実際には相当に模造犯がいるのではと思う。今やネットでの自由な書き込みによって、食品会社やホテル、老舗が潰れる時代である。なぜ、クレーム通報の真偽に関する情報管理という視点の論議がなされないのか、これもまた不思議である。

 「言論の自由」はもはや過去の遺物であって、人はネットを通してまさに自由に表現できている。その反面、無秩序でモラルのない自由が社会を歪めているのが実態である。
民主主義の自由の担保として、人としての品格、モラル、秩序が備わなければならない。そうでなければ、自らが民主主義を崩壊することになることを、世界は自覚すべきである。




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No title

イスラムの
過激派が
アラーの顔に
泥を
塗りたくっている

Re: No title

rippleさん
早速のお出ましですね。
仕事の合間にコラムってるものですから
推敲できずに即興で粗雑な表現になって
いることお許しくだされ。

No title

仰せの通りです。

全ての権利に、義務が付きまとうのは当然のこと。
勿論、テロは、如何なる理由があろうとも、肯定できません。

Re: No title

吾喰楽さん
こんにちは。
よく晴れた土曜日です。

> 全ての権利に、義務が付きまとうのは当然のこと。

我々はとかく勝者側、体制側から物を
考えがちですね。
いろんな意見に耳を傾けないとと
いつも反省しています。
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団塊の世代を突っ走った田舎侍の遠吠えです。聞いてやってください。実話から世評までもろもろですが、一貫して、辛口です。

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