再び、体罰について





 先日、「絶対に体罰はあってならぬことなのか」というタイトルのブログをアップしたところ、是も非も含めて思わぬ大きな反響があった。非とするコメントを読むと、それぞれに背後に苦い経験と事情が見え隠れして心が痛んだ。

 幼き頃の体罰や暴力の経験だとか、身近に暴力沙汰があったふしがあったり、それらの経験がトラウマになって、体罰イコール暴力の構図となり、体罰は絶対に許せないとなる。そう考えることはごく自然なことであり、素直に理解できる。故に、そういう苦い経験を思い出させた罪を感じ、ブログをアップしなかった方がよかったと反省もした。

 ただ、よくよく冷静に考えてみると、何かがおかしい。暴力は絶対にあってはならぬことは誰しも賛同しよう。しかし、今、問題になっているのは学校内のしかもスポーツクラブにおける度が過ぎた体罰についてである。このことを家庭内の暴力などと一緒に考えること自体がナンセンスなことではないのか。

 この問題はその後も市教育委と府教育委で責任の擦り合いをしている。事件はスポーツクラブにおける度が過ぎた体罰についてであるが、事の本質は、その是非よりも、なぜそれが見過ごされてきたかである。

 体罰をした部活の監督に責任を取らせれば事は済むのか。それを見過ごした学校の教師を責めてどうなる。教育委員会に報告しなかった校長を責めてどうなる。みなが皆、保身のために見過ごしたのである。自分が彼らの立場だったら、公然と立ち向かうことができると言い切れるのか。そうでなかかったら、見過ごした彼らを責めることができようか。

 ここでは詳しい教育制度、とくに教育委員会組織について割愛するが、教育制度そのものが見過ごす温床であることに誰がメスを入れるのか。人怨まず制度を怨むではないのか。

 体罰ではないが、スポーツにはスキンシップの喝や励ましはつきもの。昨年の日本シリーズにおいて阿部慎之助選手がサインミスをした澤村投手の頭を叩いたのが象徴的である。阿部慎之助選手のチームリーダーとしての自覚とチームの一体化を象徴する場面である。体罰というネーミング自体が陰湿なイメージである。スポーツには爽やかなスキンシップがお似合いである。





スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

No title

スポーツでの体罰

>スポーツにはスキンシップの喝や励ましはつきもの!

競合校ではさらに優勝を目指していますから
厳しくしたのでは?!

やはりスポーツでも行過ぎた体罰は 
やめたほうがいいのではと思います。

こんばんわ

いろいろ悩ませたひとりとして、やさしいご配慮に感謝します。
夫は息子の障害が認められず、このままでは男として社会に通用しないことを痛感して、手が出ていたんだと思います。
だから息子にはお父さんの愛を何度も解きました。
時間はかかったけれど、大事なお父さんと今は認めているみたいです。
夫は今でも私にとっても大切な人ですが、
子育てでは意見が合いませんでした。
とことんケンカして平行線のまま、あっちの世界に逝ってしまいした。

話が反れてますね、すみません。
スポーツ界のことは運動オンチなのでよく分かりませんが、
この度の事件は高校という教育の場です。
体罰を加えていた顧問も、体罰で勝つスポーツを学んできた人だったのではないかというニュース解説を聞きましたが、
暴力を受けて育った大人が子に暴力をふるうのは虐待の事件でも顕著です。
やさしさの中でやさしさは育つ信じています。
してもらった事をバトンのように子にもします。
母にしてもらった事を娘にしている自分にくすっと笑うことがあります。
それは甘やかしの部類に入る事かもしれませんが。
おばぁちゃん子は三文安いとも言いますね。
優しいだけでは生きてゆけないかもしれませんが、
優しさのない人に育ってほしくないと母親だから思うのでしょうか?

夫は社会の厳しさに耐える男に息子を育てたかったのでしょう。
闘争心、息子の口から出るんですが、女の母には心情的に理解不能とまた平行線の会話に始終しています。

男性目線、女性目線、違っているのでしょうね。
私はどうしても「叩かれてするのは動物と同じ」といって殴っていた顧問を許せません。
人は人として慈しまれて育つものだと思っています。
動物も私は殴れませんが…

『添え木して直く育てよ稚児桜』
母校の児童教育科の理念です。
子には自ら育つ力備わっているのだから、大人は引っ張ったり剪定したりするのではなく、その子らしく育つ添え木になりましょうと習いました。

私はそれが教育だと胸に刻んで今日まできました。
ジオさんにはジオさんのお考え、いろんな思いがあっていいのでは?

夫が息子を殴る哀しみもまた分かっていました、でも辛かったです。

Re: No title

みのりさん、
おはようございます。

> 競合校ではさらに優勝を目指していますから
> 厳しくしたのでは?!

上を目指すには厳しいこともあるでしょうね。

> やはりスポーツでも行過ぎた体罰は 
> やめたほうがいいのではと思います。

それはみなさん、そのように思うでしょう。
そのことに反対する人はいないと思いますよ。
何事も行き過ぎはよくないですね。

No title

道をたずねられたら
親切に教えましょう
それが一夜にして
知らない人に話しかけられたら
急いで逃げましょう

こんな教育をしていたら子どもは迷いますね。
こんどは国中が「体罰は悪」ときた。
ちゃんとした理由があれば、殴られても納得
します、体験的に。むちゃがいけない。

Re: こんばんわ

みかんさん、
おはようございます。

また嫌な過去を思い出させましたね。
すみません。それなのに、
過去の苦い経験を赤裸々におっしゃっていただいて
恐縮しています。
今回のみかんさんの言葉の中で印象的な
言葉は以下の部分です。

> 夫は息子の障害が認められず、このままでは男として社会に通用しないことを痛感して、手が出ていたんだと思います。
> だから息子にはお父さんの愛を何度も解きました。
> 子育てでは意見が合いませんでした。
> やさしさの中でやさしさは育つ信じています。
> 夫は社会の厳しさに耐える男に息子を育てたかったのでしょう。
> 闘争心、息子の口から出るんですが、女の母には心情的に理解不能とまた平行線の会話に始終しています。
> 男性目線、女性目線、違っているのでしょうね。
> 夫が息子を殴る哀しみもまた分かっていました、でも辛かったです。

男ですから夫の気持ちがすご~くわかります。
息子さんをなんとか自立させたい、その一念だったのでしょう。
自分の命の短さも悟り、その分、生きてる間に何とかというあせりもあったのでしょう。
無念だったでしょう。

夫のそういう心情を理解しつつも息子を守ろうとした
みかんさんのお気持ちも理解できます。

子育てに関して、男と女は決定的に違うのだなぁと実感しています。
私のところも決定的に違って喧嘩を繰り返してきました。
娘に手を出したこともあります。
娘を勘当したこともあります。
しかし娘は今、そのことに感謝してます。
優しささえあれば・・・・の考え方にはどうしても賛同できないです。
そのことによる失敗例を多く見てきましたから。
人それぞれでとやかく他人の子育てについてどうこういうことではありません。
子育ての成否は、その子の行く末によって明らかになるでしょう。
いえることは、子が自立したまっとうな優しい社会人になることを
どの親も望んでやまないことです。



Re: No title

rippleさん、
こんにちは。

> 道をたずねられたら
> 親切に教えましょう
> それが一夜にして
> 知らない人に話しかけられたら
> 急いで逃げましょう
> こんな教育をしていたら子どもは迷いますね。

言いえてますね。
うまいたとえです。

> こんどは国中が「体罰は悪」ときた。

何事も小さなことで大騒ぎする国民性です。
冷たい言い方かも知れませんが、
体罰で自殺した児童は1日80人の
自殺者のひとりです。

こんばんは

ジオさん スポーツでの体罰ですか・・・
あえて再度アップされた勇気に、私は敬意を表します。

私は運動部に入った経験がありませんが、テレビで指導の経験ある方がおっしゃってました。
喝を入れた時は、どうしてこうなったかを納得させる。大事なのは、保護者にも『こういう指導をした』とその日に電話する。共通理解がプラスになる
また選手に傷みや恐怖を与えても、怒られないようにとかその場しのぎになる。指導で手を上げたことは一度もなく、考えさせて乗り越える。
体罰はビクビクするだけで、力のある真の選手は育たないとも。

私はそれを聞いて、なるほどと思いましたね。
多感な時期に良き指導者に出会うことは大事なことです。
スポーツの発展のためにも、良き指導者が増えることを望むます。




No title

geoさん
そもそもこれは
理不尽な暴力や弱者に対する虐待と質が違う話ですね。
過去で言うなら
相撲界のシゴキや新興宗教の集団暴行など
絶対的権力に逆らえない事情がある。
それが教育の場で起きているのが いいのか?
悪いのか?問われているのだと思います。

人には殴る能力があると言っていいと思います。
どう使うか まさにケースバイケース
ただ恨むを買うばかりのシゴキにならぬよう
理性のある使い方を深く望みます。



Re: No title

チカさん、こんばんは。
さきほどレスしましたが、
不適切な内容ということで
はねられました。

No title

今まで黙っていましたが一言申し上げたくてきました。
基本的に体罰は反対です。
自分は、では子供に手をあげたことはないのかという問いに、残念ながら、有ります。
ただ今回のケースは、生徒を倉庫の中とか、建物の裏手とか、人目の届かない所へ連れて行っての30発や40発のビンタや蹴りだったということで、しかもキャプテンを下ろす、という通告付きでの暴力、ということですから、愛ある行動とは到底判断できかねます。
貴方を見放さない、どこまでも関わるという気持ちの上での鉄拳でなければ、殴られた側に「納得」は決してないでしょう。
君を見放さない。
こういうメッセージが篭められてはいなかったのを、自殺した生徒は感じ取ったのだと思います。
力関係から言ったらチカさんがいうように、権力には逆らえない教育現場での出来事です。
力あるものの見識の低さとしか言えない出来事だったのではないかと感じています。
一言で言えば指導力の不足。
暴力を振るって、一発でオシマイにできない人物の卑小さを感じます。
何十発も殴り続ける異常さ、・・・・この意味はなんなのでしょうか?
勘違いもいいところです。
geoさんは、愛ある鉄拳について語りたいのだと思いますが、今回のケースはそういうケースではないのではないでしょうか。
敢えて問題提議です。

Re: こんばんは

まこさん、
レスの順番が違って遅れたことを
詫びます。

> 私は運動部に入った経験がありませんが、テレビで指導の経験ある方がおっしゃってました。
> 喝を入れた時は、どうしてこうなったかを納得させる。大事なのは、保護者にも『こういう指導をした』とその日に電話する。共通理解がプラスになる
> また選手に傷みや恐怖を与えても、怒られないようにとかその場しのぎになる。指導で手を上げたことは一度もなく、考えさせて乗り越える。

なるほど。
こういう良い指導者にあたればいいですね。
ほとんどがこのような良い指導者であり、
報道されているようなのは一部だと思いたいです。

Re: No title

チカさん、
おはようございます。
改めて軽いレスです。

> 相撲界のシゴキや新興宗教の集団暴行など
> 絶対的権力に逆らえない事情がある。
> それが教育の場で起きているのが いいのか?
> 悪いのか?問われているのだと思います。

えらい熱いですね。
悪いに決まってますね。
問題はそれから先ですよね。
そしたらどうしたらなくせるのかという問題ですね。

> 人には殴る能力があると言っていいと思います。
> どう使うか まさにケースバイケース
> ただ恨むを買うばかりのシゴキにならぬよう
> 理性のある使い方を深く望みます。

これもまた過激な意見ですね。
このコメにはあえて意見はやめときましょう。

Re: No title

ミルフィーユさん
こんにちは。
ミルフィーユさんも熱弁ですね。

ただ少し誤解があるようです。
私はひとこともこの事件の体罰を弁護してません。
それどころか、このケースは度を越した暴力の
何ものでもないと言ってます。
そして事の本質は、
ほんの稀なケースだとしても
それが見過ごされてきたのは、
教育現場の崩壊に根源があると
言っているのです。
また、この度を越した事件(あえて事件といいます)
をもって、すべての体罰(というかグラウンド1周などの喝)
イコール暴力と考える構図もはなはだおかしな勘違い
と思うのです。

ミルフィーユさんの意見はほとんど賛成ですよ。


プロフィール

geotech

Author:geotech
geotechのブログへようこそ!

団塊の世代を突っ走った田舎侍の遠吠えです。聞いてやってください。実話から世評までもろもろですが、一貫して、辛口です。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
フリーエリア
blogram投票ボタン
フリーエリア
シニア・ナビ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR