心の中の「ヘドロ」


人間誰しも、心の中に「ヘドロ」を宿している。
本人にそれを迎え入れた自覚はなくとも、自然に居ついている。

何だか得たいの知れないこの「ヘドロ」は、
気づかぬうちに繁茂し、堆積する。

捨てたつもりでも自然と溜まる。
そして気がつけば、「ヘドロ」まみれになって、溢れ出る。

ヘドロの正体は、人それぞれで違う。
「偽善」であったり、「迎合」であったり、「無知」であったり、「貪欲」であったり。
人によっては、「虚栄」や「無情」や「欲情」なども加わる。

普段、我々はそうした「ヘドロ」をできるだけ隠そうとする。
「羞恥心」や「理性」というオブラートによって。
しかし、何かの調子に、「ヘドロ」は顔を出し、勝手な振る舞いをする。

よほどの聖人君主でないかぎり、我々はこの「ヘドロ」を体内に宿す。
だったら、我々はこの「ヘドロ」と、
どのようにつき合えばよいのだろうか。

体内にある「ヘドロ」の存在をしかと認めよう。
その上で、「ヘドロ」の言い分を聞いてやろう。
「ヘドロ」には「ヘドロ」の言い分があろう。
その言い分に少しだけ耳を傾けてあげよう。

さて、今日の「ヘドロ」の言い分は何だろう。




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No title

ヘドロの定義・・・分析・・・
難しいおすなぁ・・・・

わたしも心の中にへどろ、どっさり溜めこんでいます。
何がなにやら、わからないぐらいに。

Re: No title

ごめんなさい。
引き続いてコメする途中にトラブルが。

> ヘドロの定義・・・分析・・・

定義はありません。
私は、自身の不正義なところとか、
自身の不文律なところと心得てますが、
人それぞれで。

要するに、自身に対する自戒の念です。

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