沖縄と原発



 沖縄復帰から40年の節目にあたる。昨日の記念式典において野田首相は、「普天間の固定化は絶対にあってはならない」と、いつもの定型句を繰り返すだけであった。

 40年といえば長き歳月。私と同居人との契約更新年数と同じであり、長きにわたる苦悩の歳月である。その間の経過とともに、人の感情も大きく変化する40年でもある。ただ、はっきり言えることは、沖縄は今、本気で怒っていることであり、私は本気で怒る牙を失っていることである。

 日本が主権を回復した1952年当時、国内の米軍基地の9割は本土にあった。それが沖縄復帰時には59%が沖縄に移転されていた。そして今、実に74%が沖縄に集中している。「沖縄の中の米軍基地」というよりも、「米軍基地の中の沖縄」と言った方が適当であろう。

 40年の間、政府は沖縄の人の神経を逆なでする無責任な言動を繰り返してきた。「最低でも県外」「唯一の解決策」といった言葉はその典型である。入れ替わり立ち代わり、いろんな人が沖縄に来て、好き勝手なことを言っては沖縄から逃げて行った。

 経済的な支援という都合のいい餌を与えて、不条理な重荷を沖縄だけに押し付けてきた。「沖縄はもはや日本ではない」「沖縄は米国から復帰されても日本に復帰していない」そんな声が象徴するように、沖縄と本土の連帯感は40年にして完全に閉ざされている。

 しかし一方で、沖縄は生活実態として米軍の存在が欠かせない状況に置かれているのもまた事実である。それは原発とて同じこと。開発から50年の節目となる原発地元は、国策としてリスクを背負わされながらも、否応なしに原発を生活の基盤に組み込まれてきた。原発なしでは生活が成り立たないのである。

 沖縄と原発は、ともに国策としてのリスクを長年背負わされ、足かせとして地元経済もリスクに組み込められたジレンマを抱える。沖縄の一部の人が内心、米軍の沖縄撤退を望まなくても、誰も責めることはできない。原発立地地元がたとえ原発再稼動に賛成したとしても、誰も責めることはできまい。それもこれも国策がなせる業である。

 その責任はすべては政府にある。しかし、その政府とは何ぞやと考えた場合、それは日本人すべての責任にあることに他ならない。我々はほんとうに沖縄のことを、自らのこととして親身に考えてきただろうか。我々は脱原発を唱えるときに。原発地元の生活実情まで組して考えているだろうか。残念ながら、いずれも「ノー」と言わざるを得ない。



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これじゃ属国ではありませんか

仰る通り沖縄問題と原発問題は同質同根です。
この二つの問題だけは、政党の枠組みを超えて解決の方法を探るべきです。
特に沖縄については、役所(外務、防衛共に)が完全にアメリカ側に立って、政府のハンドリングが効かないように見えます。
と言うことは歴代の大臣全てが、アメリカに弱みを握られているのでしょうか?
「アメリカと日本は立場が全く異なる。」と堂々と言える政治家ていないのでしょうか。
情けなくなります。

Re: これじゃ属国ではありませんか

爺さん、こんにちは。

> この二つの問題だけは、政党の枠組みを超えて解決の方法を探るべきです。

政党ではなく日本全体として取り組むべきですね。

> と言うことは歴代の大臣全てが、アメリカに弱みを握られているのでしょうか?

弱みはあるんでしょうか?
覚悟がないだけではないでしょうか。

> 「アメリカと日本は立場が全く異なる。」と堂々と言える政治家ていないのでしょうか。

小沢さんだったら言えますか?
石原都知事だったらはっきり言うでしょう。
でもこのふたりは総理になることはないでしょう。
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