おれ竜(流)の終焉


 昨日の日本シリーズ最終戦をもって今年のプロ野球は終わった。そして我らが中日ドラゴンズは日本一を奪還することを果たせず、「おれ竜(流)野球」と称された落合野球の終焉となって幕を閉じた。兎にも角にも、これで毎日、気を揉むことがなくなり、気が楽になる。他愛もない、たかが野球のことである。野球に関心がないものからすれば馬鹿馬鹿しいことであろう。しかしファンにしてみればこれが結構、真剣だから、世の中いろいろである。

 今年の日本シリーズは最終戦までもつれ込んだが、中日ファンから見ても、力はソフトバンクホークスが格段に上であった。やはり野球はピッチャーである。和田、杉内、ホールトン、山田といった先発陣もすばらしいが、それ以上に、摂津、森福、ファルケンボーグ、馬原などの抑えがすばらしい。これではいくら試合巧者の中日でも点は取れない。負けて悔いはなく、ソフトバンクホークスに敬意を表する。
 
 それに何と言っても野球はチーム力である。親会社と球団幹部、球団幹部とフロント、フロントと現場の意思統一が重要である。それは、勝利の宴で孫さんや王さんが選手、コーチ一と緒になって酒をかけ合って喜び合う姿を見てもよくわかる。人事問題で内部告発でゴタゴタする巨人と大きな違いである。

 巨人に限らず、どこの球団にもフロントと現場で折り合いが悪い。おれ竜(流)の落合監督もフロントと意見が食い違った。そもそも、営業収入を目的とするフロントと勝利を目的とする現場に考えの違いがあって当然である。昔は、フロントと現場が喧々諤々と争ったものである。一般の会社でも同じである。昔は支店長や営業所長には変わり者もいた。そして本社と喧々諤々と議論を重ねてきたものである。意見の違いや議論を許す環境がそこにはあった。それでも最終的には本社の独断決定もあった。しかし、少なくともそこには今の時代のような陰湿さはなかった。

 いつの時代から、社員はイエスマンになり、組織がサラリーマン化してしまったのか。いつの時代から、フロントと現場は意思疎通になってしまったのか。いつの時代から、プロ意識が欠如してきたのか。いつの時代から、コンプライアンスなどといったまことしやかな言葉だけが飛び交って、肝心な心が通じない組織になってしまったのか。もはや名物監督、名物支店長といった者も出てこないであろう。おれ竜(流)落合監督の退場は、「おれ流」時代の終焉を示唆するものかも知れない。面白くない世の中になったものだ。
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No title

中日が
想像以上に
がんばり
見応え
十分でした

無表情な落合、秋山の涙が印象的でした。

Re: No title

rippleさん、いつもありがとうございます。

> 中日が
> 想像以上に
> がんばり

そうでしょ。
試合にならないと思ってましたが。
それなりにまとめてよかったです。

> 無表情な落合、秋山の涙が印象的でした。

落合も少し涙目でしたよ。
でも、なんであんなに表現方法が下手なのかね。
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