言葉は世につれ、世は言葉につれ


 言葉というものは、世の移り変わりとともに変化していくものである。また世情は言葉によっても形成されるものでもある。

 最近の文化庁「国語に関する世論調査」によると、「ら抜き言葉」の増加が指摘されている。「(夕方に)来られますか」を「(夕方に)来れますか」と使う人が35%から45%に増加し、両刀使いを合わせると過半数の51%になるという。10代に限っていうと、「(夕方に)来れますか」が74%と、圧倒的だという。

 文化庁は“本来の「来られますか」に対して「来れますか」が増加している”と指摘する。ここで、文化庁が「本来の」とわざわざ言うことから察するに、さも「ら抜き言葉」が日本語の乱れだと言わんばかりである。しかし、そうであろうか。この場合の「(ら)れ」には受身、尊敬、可能など、いろんな意味合いがある。相手が目上だと敬語として「来られますか」が自然であろうし、単なる可能性をいうならば「来れますか」の方が自然だと思う。すなわち、使われ方によるのであって、どちらも正解だと、私は思う。

 この件について、過日のA紙には文学を例に、昔から「ら抜き言葉」が使われていたと論じていた。例えば、川端康成の「雪国」である。芸者・駒子が「来れないわ」「来れやしない」を多用していると。いくらノーベル賞作家だろうが誰だろうが、間違いは間違いであるが、この場合、この方が自然だと思う。記憶は定かではないが、確か、駒子は「来て欲しいのは山々だけど、来れやしないよ、来れるもんですか」と拗ねながら言った情景を記憶している。「来られないわ」では、敬意が親しみを越し、駒子の感情が上手く表現できないのではないかと思う。

 前述の文化庁「国語に関する世論調査」では語幹言葉の増加についても指摘している。「すごっ」「寒っ」「でかっ」と形容詞の語幹で感嘆を表すことに、「気にならない」人が半数に近いという。略語はここ数年で定着しており、その傾向の一環ともいえる。この場合の「すごっ」「寒っ」「でかっ」は、ひとり言としては使わない。自分以外の人がいるからこそ使う。それは、あえて他人に同意を求めない内向きな「つぶやき」である。決して押し売りではなく、相手に配慮しながらも、しっかりと個人の感想を述べているのである。いかにも日本人らしい表現ともいえる。

 このブログ「きよしのつぶやき」も、そんな思いの私の「ぼやき」と受け留めていただければ幸いです。
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No title

ジオさん つぶやきもここまで掘り下げると、ややこしくて
こんがらがってしまうね、文化庁が何を言っても、新人類
には勝てません、だってさ勝手に言葉を作ってしまい、
年寄りにはまったく通じない言葉でコミュニケーションを
しているのですもの・・ね
チョ~ヤバイ~時代だね

Re: No title

マトンさん、こんにちは。
マトンさん、毎日、通勤されているのでね。

>ここまで掘り下げると、ややこしくて

そうですか。すみませんね。

> チョ~ヤバイ~時代だね

マトンさん、十分に新人類じゃないですか。

No title

口は
なまけものだから
いにしえより
言いやすいほうに
言い変えてしまう

Re: No title

rippleさん、こんばんは。

さすが、五行歌のプロ。
うまくまとめましたね。

No title

言葉というものは、世の移り変わりとともに変化していくものである。また世情は言葉によっても形成されるものでもある。・・・・・・・
その通りなのですが、個人的には、「ら抜き言葉」には、どうも
抵抗があります。

Re: No title

トパーズさん、こんにちは。
こちらは日本時間で10時10分です。

> その通りなのですが、個人的には、「ら抜き言葉」には、どうも
> 抵抗があります。

やはりそうですか。
そう「思われる」のは、思慮ある日本人の証かも知れません。
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団塊の世代を突っ走った田舎侍の遠吠えです。聞いてやってください。実話から世評までもろもろですが、一貫して、辛口です。

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