復興の光と闇


 震災直後から繰り返された「がんばろう日本」の連呼。どこにでも見かける「がんばろう日本」の横断幕やロゴ。誰しも、わが身のことのようにそれを受け入れてきた。しかし、半年経った今、どこか薄らごとのように聞こえたり見えたりもする。

 アーテイストやアスリートが「こうして懸命に歌うことが・・・・・」「こうして懸命にプレーすることが・・・・・」「復興に役立てば」という決まり文句。別に被災地に乗り込んでの場合じゃなくても、別にチャリテイーでやっている場合じゃなくても、普通にやっていても連呼する。それって、震災が起きてなければ一生懸命にやらないってこと?そんなうがった考えが脳裏にもたれる。そして、「復興に役立てば」という言葉だけが、いやに薄っぺらく残されていく。

 別に鉢路前経産大臣の発言を待つまでもなく、同じようなことが既に起きている。京都の送り火の時もそうであった。全国各地で福島県産を支援する企画がある。しかし、「放射能をばらまくな」といった抗議で中止されていることが多い。消費者は産地を気にして消費する。被災県の食品が売れていないデータが現実にある。

 一国のこの大惨事に部外者はいないはずだ。なのに、東北との悲しい隔たりを突きつけられている思いがする。どこか、遠方の惨事として客観視している自分がいる。いつしか、他人事と高をくくっている自分がいる。そのような自分に腹も立つ。

 半年経った今の惨状を見るに、今、必要なのはどのような美辞麗句でもない。言葉ではなく、安全という保障を欲しがっている。メッセージではなく、お金と職と食という生活の現物を要求しているのだ。この惨事を風化させることなく、復興の意識を国民で共有し続けよう。今こそ、現実的な支援をしていこう。とりあえず今、私にできることは、同居人の反対を押し切って、できるだけ被災県の食品を買うことである。
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こんにちは~

先月、実家へ帰る途中に福島のSAに立ちより、桃を買いました。
いつも夏に車で帰る時には、必ず買っていましたから。

>「復興に役立てば」という言葉だけが、いやに薄っぺらく残されていく。
私も、これは感じています。
それを報道番組で見たり聞いたりするたびに、そう感じていました。


Re: こんにちは~

こんにちは。
休憩中のコメントでしょうか?

> 先月、実家へ帰る途中に福島のSAに立ちより、桃を買いました。

うらいっ!
おしゃれ猫さんはもともと東北だから、
東北と縁のない我々よりも思い入れがあるでしょうね。

> それを報道番組で見たり聞いたりするたびに、そう感じていました。

私だけではないのですね。
安心しました。

No title

こんばんは~
まったく同感ですなぁ。

日本人は偽善と大義名分が好きな国民のようです。
それだけで人を救ったような気持ちになっています。
現実との乖離があり過ぎますね。

Re: No title

しあわせさがしさん、こんばんは。

遅い時間に返事します。

> 日本人は偽善と大義名分が好きな国民のようです。
> それだけで人を救ったような気持ちになっています。

やはりそう思われますか。
それではなぜこのような国民性が形成されたのでしょうか。
島国日本、敗戦、いろいろと思いがめぐります。

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