どうせ「どじょう」なら
「どじょう」は金魚にはなれぬ。しかし、「どじょう」にも、ピンからキリまである。柳川の「どじょう」は立派だが、有明の「どじょう」はそうでもない。立派な筋金入りの「どじょう」もいれば、ひ弱な「どじょう」もいる。
その「どじょう」が住みよいように、平野家では立派な泥を仕込むという。しかし、一歩間違えばすくわれて、「どじょうすくい」となりかねない。
鍋に四角い豆腐と生きた「どじょう」を入れて火をつける。次第にグツグツと煮えてくると、「どじょう」は熱さ逃れに豆腐の中に逃げ込む。結局、「どじょう」入りの豆腐ができあがる。これに味を付けて食べるのが「地獄鍋」である。豆腐が小沢屋謹製の極上物だと、「どじょう」の逃げ場には最適というもの。これがほんとうの「地獄鍋」である。
もともと「どじょう」は江戸の郷土料理である。食べやすくした「骨抜きどじょう汁」が江戸で人気を呼んだそうだ。しかし、骨抜きになっちゃ、お終えだ。
しかし、「どじょう」には「どじょう」ならではの特性がある。もともと雑食性であり何でも食べる。口髭が10本もあるから、敵と味方を嗅ぎ分けるのが得意である。えらでも腸でも呼吸する。だから、打たれ強い。ぬるぬると逃げるのも得意である。
泥臭さで売る「どじょう」なら、最後まで泥臭さを貫いた立派な「どじょう」でいて欲しいものである。
その「どじょう」が住みよいように、平野家では立派な泥を仕込むという。しかし、一歩間違えばすくわれて、「どじょうすくい」となりかねない。
鍋に四角い豆腐と生きた「どじょう」を入れて火をつける。次第にグツグツと煮えてくると、「どじょう」は熱さ逃れに豆腐の中に逃げ込む。結局、「どじょう」入りの豆腐ができあがる。これに味を付けて食べるのが「地獄鍋」である。豆腐が小沢屋謹製の極上物だと、「どじょう」の逃げ場には最適というもの。これがほんとうの「地獄鍋」である。
もともと「どじょう」は江戸の郷土料理である。食べやすくした「骨抜きどじょう汁」が江戸で人気を呼んだそうだ。しかし、骨抜きになっちゃ、お終えだ。
しかし、「どじょう」には「どじょう」ならではの特性がある。もともと雑食性であり何でも食べる。口髭が10本もあるから、敵と味方を嗅ぎ分けるのが得意である。えらでも腸でも呼吸する。だから、打たれ強い。ぬるぬると逃げるのも得意である。
泥臭さで売る「どじょう」なら、最後まで泥臭さを貫いた立派な「どじょう」でいて欲しいものである。
スポンサーサイト