ファザコン

 私の父、百合馬は私が1歳と数ヶ月のとき、あの世に旅立った。1歳と数ヶ月という幼な子なのに、不思議なことに父の顔、所作など、一挙手一投足を詳しく覚えている。

 物覚えが悪いと、鯨尺で兄を叩く姿が今でも目に焼きつく。姉が茶箪笥の上の50銭をネコババして紙芝居を見に行ったときは、人間の屑だと罵倒し、叩いていたことも覚えている。しかし、私には寝床で糸車を作ってくれる優しい父であった。

 1歳と数ヶ月でそのような記憶があるのは不思議である。しかし兄も姉も、そんなことはあったが私にその話をしたことはないという。不思議である。私には、鯨尺の赤い線、茶箪笥の色や形、糸巻のコマの格好まですべて記憶があるのに。

 幼くして父親を亡くしたため、幼い頃からの金銭的な苦労ばかりが、今でも脳裏に焼きつく。亡くなった父を恨んでも仕方ない。その分、残された母には随分と苦労をかけてきた。その母も70歳で力尽きた。私が50歳のとき、父の50回忌と母の10回忌を取り行った。

 父がいないことで、私は金銭的には最初から敗者であった。しかし、金銭的なこと以外では不利だと思ったことは一度もない。むしろ、精神的に私を強くしてくれたと感謝している。何しろ、私は1歳と数ヶ月の時から、何事も自分で判断し、自分で決断してきたように思う。そのことが、その後の人生において役に立っている。自分の頭で考える。すぐに判断して決定する。即、行動に移す。知らず知らずに学んだ生活習慣である。

 反面、これは父なし子のせいかと思う性格がときどき顔を覗かす。何でも疑ってかかるところ、人を頼りにしないところ、素直でないところ、反抗的なところなどである。初対面の私を見て、誰しも、どこぞの坊ちゃん育ちだと勝手に思ってくれるのは、私にとってはありがたいことであるが。

 還暦を過ぎた頃からか、父親を郷愁する思いが彷彿する。父が生きていたらどうだろうか。父と今頃、何を語っていただろうかなどと。父が生きていらたと思うような年齢の方に出会うと、懐かしさを感じる。よく話を聞いてあげる。こちらも腹を割って話す。意気投合したりする。たまに、父と同じ年の老人に甘えたい気持ちになることもある。

 これは、ファザコンなのか。母親は最後には娘のところに帰ると言われる。私の母もずっと私と一緒に暮らしていたが、最後は娘のところに帰りたいと言い、姉の所で最期を迎えた。しかし、私の優しい父は最初からずっと私の心の中にだけいる。
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No title

おはようございます。
今日のお話、しんみりしました。
1歳数ヶ月の記憶・・・ですか。

kurumiもいつも思います
(亡くなった)母だったら、何と言うだろう。
母だったら、どう決断するだろう。

親というのは、子供にとって
いつまでも超えられない存在なんですよね。

Re: No title

Kurumiさん、おはようございます。

Krumiさんは朝早いですね。
コーラスされてるんですね。
サントリーホール、頑張ってください。
それと、ジャガイモのお裾分け、
ありがとうございます。

> kurumiもいつも思います
> (亡くなった)母だったら、何と言うだろう。
> 母だったら、どう決断するだろう。

いつお亡くなりになったのでしょ。

> 親というのは、子供にとって
> いつまでも超えられない存在なんですよね。

超えられないのは私の世代までで、
私の子供はとっくに超えてるかもしれません。

同感です

両親に関する記憶については私も不思議に思う事があります。
2歳未満で自分では喋れなくても、親の言葉は殆ど理解できているのでしょうね。

しかも認識した情報の保存場所が、脳の何処か特別の場所に指定されているなんて事があるのでしょうか。

Re: 同感です

爺さん、毎度です。

> 2歳未満で自分では喋れなくても、親の言葉は殆ど理解できているのでしょうね。

爺さんもどうですか。

不思議なことですね。幼い頃から、ほんとはみなわかってるのかも

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