ホームレス歌人・公田耕一

 公田耕一さんって、ご存知でしょうか?
 朝日新聞を読んでいらっしゃる方、とりわけ「朝日歌壇」を見ていらっしゃる方なら、どなたもご存知でしょう。

 2009年12月、朝日歌壇に彗星のごとく一人の歌人が現れた。自称「ホームレス」の公田耕一さんである。朝日歌壇の投稿規程には住所明記がある。しかし、彼は住所という存在証明すら持たないホームレスである。ホームレスを排除すべきでないとの新聞社の考えから、あえて住所表記を「ホームレス」として投稿が許可された。

 公田耕一さんの歌は翌2010年9月までのわずか10ケ月の間に40首、ほぼ毎週のように異例の頻度で入選を重ねた。選者から「真に迫る、知的な歌」と注目され、毎回二人以上の選者が取り上げるほどの評価を受けた。いつの頃からか、彼は「ホームレス歌人・公田耕一」と呼ばれるようになった。朝日歌壇においてはホームレス歌人・公田耕一の句とともに連動する句も掲載されるほどに話題となった。



公田耕一

 「ホームレス歌人・公田耕一」の代表作を紹介しよう。

「親不孝通りと言えど親もなく親にもなれずただ立ち尽くす」

「柔らかい時計を持ちて炊き出しのカレーの列に二時間並ぶ」

「鍵持たぬ生活に慣れ年を越す今さら何を脱ぎ棄てたのか」

「日産をリストラになり流れ来たるブラジル人と隣りて眠る」

「パンのみで生きるにあらず配給のパンのみみにて一日生きる」

「百均の赤いきつねと迷ひつつ月曜だけ買う朝日新聞」

 最後の句は、カップ麺を我慢しても、原則月曜朝刊掲載の「朝日歌壇」に掲載された自身の句を見るために新聞を買う姿が浮かぶ。

 しかし、「ホームレス歌人・公田耕一」の投稿は2010年9月を境に突然、プツリと途切れた。「なぜ投稿しなくなったのか」と騒がれ、「公田耕一は虚構の人ではないか」などと噂された。朝日新聞社としては住所がないため投稿謝礼も届けることができない。その無念さから、2月16日朝日新聞記事に連絡を求める旨を掲載した。その後、公田さんはその記事を読んでいることがわかった。
 
 ノンフィクション作家の三山喬さんは公田耕一さんの正体と消息を追った。公田さんを求めて横浜のドヤ街・寿町に入り込み、半年にわたって住人や施設関係者にインタビューした。パパラッチもどきの取材を重ねたが、結局、公田耕一の正体はわからずじまいであった。ただ、ひとつわかったことは「コウダコウイチ」ではなく「クデンコウイチ」らしいということであった。

 さらに、クデンコウイチは1日の大半を図書館で過ごしていたこともわかった。なるべく自分の稼いだ金で食べ物を買うが、それでも週に何度かはボランティアが配る弁当で空腹を満たしていたこともわかった。東日本大震災の直後、路上生活をしていた横浜から姿を消し、消息を絶ったことまでわかった。三山喬さんは取材結果を『ホームレス歌人のいた冬』(、東京大学出版部、1890円)にまとめた。この本には、公田耕一さんの短歌を軸にして、今という時代が作り出したホームレスと世相が描かれている。

 さて実は、震災が起きた3月11日の翌日、公田耕一(クデンコウイチ)さんは信州・長野にいたことが報道特集の取材で判明した。彼は本名を田上等(タガミヒトシ)という。田上さんはスーツ姿で生き生きと働いていたのである。ある企業が資金を出して被災者への物資の輸送をボランテイアでやっていて、そこで中心的役割を担っている。現在、宿舎を与えられていることに感謝し、精力的に動き回っているのである。震災直後になぜそのような変身をとげることができたのかなど、詳細は依然として不明である。

 「ホームレス歌人・公田耕一」が田上等であったこと、それ以上に驚かされたのは、田上等の経歴である。実は、彼は菅直人の盟友であったのだ。

 時代は安保闘争の時代にさかのぼる。理想選挙の運動に参加したいと田上は婦選会館を訪れ、そこで菅直人と出会う。二人は盟友としてその後も政治活動を共にした。市川房江さんの選挙を支えた2年後、菅は衆議院選挙に立候補、落選はしたが、この時、田上さんは選挙対策本部の責任者として菅さんを支えた。菅さん夫婦は田上さんの仲人までしている。

 その後、田上さんは自ら出馬したが落選、選挙資金を作ってやるという儲け話に乗り、家と土地を失うという取り返しのつかない失敗をした。田上さんは政治家になるのを諦め仕事も退職、離婚し、借金を抱え自己破産した。一方、菅さんは再度、政治家にチャレンジして当選、その後は着実に躍進してついには頂点を極める。

 以上が「ホームレス歌人・公田耕一」ならぬ田上等の物語であるが、一連の物語から我々は何を学ぶことができるのか。田上等と菅直人という二人の盟友の、その後の人生の盛衰という運命のいたずらであろうか。公田耕一の短歌のすばらしさであろうか。公田耕一から田上等への華麗な転身であろうか。そのどれも、私はそう思わない。

 最も注目すべきは、ホームレス・公田耕一のプライドである。菅直人が盟友であったことを他言するわけでもない。それを利用するわけでもない。菅直人を憎むわけでも妬むわけでもない。ホームレスという自分の立場を十分に承知した上で、それでも短歌を作り、読書し学習する、その下向くでなおかつ前向きな生き方こそが賞賛に値するものである。その拠り所はプライドなのであろう。真のプライドとは、外に現すものではなく内に秘めたものである。そして、どのような立場や環境であろうとも自身の内なるプライドを捨てることなく下向きに努力していれば、いつかは報われであろうことを示唆するものである。さらに、その逆も真であることも、教訓としてよく肝に銘じなければなるまい。
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No title

素晴らしい文章感謝します。私は今朝祈りました。「主よどうぞ希望を見せて下さい。」と、YouTubeなど素晴らしい方々の話も聞くことができて喜んでいます。

Re: No title

docurasuさん こんにちは。

> 素晴らしい文章感謝します。私は今朝祈りました。「主よどうぞ希望を見せて下さい。」と、YouTubeなど素晴らしい方々の話も聞くことができて喜んでいます。

ありがとうございます。。
「主よどうぞ希望を与えて下さい」

No title

いい話ですね。
ちょうどネット友達から、京都の「河原町ジュリー」という
ホームレスの話を聞いたばかりだったので驚きました。
五行歌の会を主催する草壁焔太先生にこんな歌があります。
私が五行歌にはまるきっかけになった歌です。

こんなに
寂しいのは
私が私だからだ
これは
壊せない

ホームレス歌人

5月8日の朝日に「柔らかい時計を持ちて炊き出しの」の短歌を表題に三山 喬氏の「ホームレス歌人のいた冬」の書評が掲載されていて興味を覚えたのですが、PCをはじめてからのこの十年ですっかり本を読む気力が萎え(検索で事が足りてしまうため)geotechさんのこのブログを拝見し、その内容に驚きかつ公田氏の生きざまに深い感銘を受けました。

Re: No title

rippleさん、こんばんは。

いつもコメントありがとうございます。

> いい話ですね。

一生懸命、自信作作ったつもりですが、
意外にいつもの方からご意見とか感想とかないと、
どう思っているのか、心配です。

> 五行歌の会を主催する草壁焔太先生にこんな歌があります。
> 私が五行歌にはまるきっかけになった歌です。
> こんなに
> 寂しいのは
> 私が私だからだ
> これは
> 壊せない

そうでしたね、rippleさんは五行歌の専門家でしたね。
短い詩に思いを込めるのは、文章を書くより
大変なことです。

ありがとうございました。

Re: ホームレス歌人

永遠の・・・・さん(省略ごめん)、こんばんは。

読んでいただいて、ありがとうございます。
やはり、朝日ですか?
朝日に抵抗がある方が多いので、あまり掲載したくなかったのですけど。

これからもよろしくです。

公田さんと田上さん

はじめまして!
私も、ブログの中で1月に公田さんの記事を書いた所、思いがけず
大勢の方が訪問して下さり、「ホームレス歌人のいた冬」の影響のせいか、今なおアクセス数が増え続けております。!(*_*)!

残念ながら、TVは見逃しましたが、コメントをくれた方が、「長野県でボランティア活動をしていましたよ~~」と教えてくれて、「うわあー、良かった!元気になられて・・・・・」と盛り上がった所で、他の方から、人違いですよ~とコメントを下さり、????一体、どちらが正しいの?と迷ってしまった所で、止まっています(苦笑)                 


でも、きよしさんのお話では田上さんが、公田さんなのですね?

これで、少し、謎がほどけて私の中でスッキリ感があります。

また、お邪魔します。
宜しくお願い致します。

  

Re: 公田さんと田上さん

ミルフィーユさん

こちらこそ、はじめまして!

> でも、きよしさんのお話では田上さんが、公田さんなのですね?

そうなんです。これでも結構調べた力作だったんですよ。

お役に立てて嬉しいです。

今後ともよろしく!   
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