原爆桜

 ここ広島に住むつくと、否が応でも日常的に原爆のことを目にし、耳にする。廻りの年配の多くが原爆を経験している。原爆に関わるいろいろな話をよく耳にする。どこの病院でも原爆手帳が普通に行き交う。

 広島に原爆が投下されて今年で65年になる。当事、15歳だった学童は今年、80歳になる。原爆が投下されたとき、75年間は草木も生えないだろうと言われた。しかし、翌年には野草が生えたそうだ。そして2年後に、あろうことか爆心近くの桜の木に花が咲いたという。その時の感動が忘れられないと80歳の老人は語る。桜だって原爆に耐えて生きていたのだ。我々も負けずに生きねばと。生きる希望の象徴となった桜の樹は、いつしか「原爆桜」と言われるようになった。

 あれから65年、今年も「原爆桜」は原爆ドームの周辺で見事に花を咲かせた。当時15歳だった学童たちは毎年、「原爆桜」の樹の下で同窓会を兼ねて花見を行っている。最近では1人欠け、2人欠けと人数も少なくなってきている。「原爆桜」も毎年、1本枯れ、2本枯れと朽ちていく。当事15本あった「原爆桜」は今では7本しかない。それでも、「原爆桜」は最後まで一生懸命、生きようと頑張っている。

 老人は、「原爆桜」との出会いやそれに励まされて生きてきたことを、近くの小学校の児童に語る。話を聞いた児童は、「原爆桜」の苗木を被災地の小学校に送った。

 被災地で「原爆桜」の2世が来年春、立派な花を咲かせて、被災地の希望の樹となることを願うばかりである。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
プロフィール

geotech

Author:geotech
geotechのブログへようこそ!

団塊の世代を突っ走った田舎侍の遠吠えです。聞いてやってください。実話から世評までもろもろですが、一貫して、辛口です。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
フリーエリア
blogram投票ボタン
フリーエリア
シニア・ナビ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR