父の生い立ちと青春(その四)

 やがて小学校に入学したが、最初は姉のセーラー服を着せられた。ピカピカの一年生ならぬヨレヨレの一年生であったが、しばらくして母親は借金して学生服を買ってくれたが、その時の喜びようは、不思議に今でも記憶に新しい。
 しかし、ほんとうの意味で貧困と屈辱を自覚し始めたのはこの頃だったろう。小学校ではいつも学級委員であったが、授業中の華やかさとは対照的に、課外はいつも暗かった。

 弁当の時間がきつかったし、遠足となると、もっとつらかった。遠足といえども日の丸弁当しか持たされなかったが、それでも母親はりんごを一ヶ、小さなリュックに入れておいてくれた。仲間から外れてひとりでりんごをかじる私に、担任の女性の先生がそっと寄り添ってくれた。

 幸い、貧困と屈辱の意識が団塊の世代という大きな潮流の中で多少緩和された。中学生になると、一クラス六十名、一学年二十五クラスという大所帯となり、多少の貧困や異民族、障害はさして大きな話題にならなかったからである。
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