父の生い立ちと青春(その一)

 そんな娘や息子であるが、いまだかって、私は親として彼らを教育しようとしたことが一度もない。どちらかと言えば、怠慢な父であり、家庭を返り見ない父であった。それでも彼らと接する時には、子としてというより、むしろひとりの人間として彼らと真剣に接してきたつもりである。

 そのたびに、娘や息子は彼らにしては異常とも思える私の人間性に接したであろう。この人間性は、団塊の世代に生きた過去の私の生い立ちや生きざまによって形成されたものである。そう言えば、今まで私は娘や息子に私の過去についてほとんど語ったことがなかった。

 私は、姉と兄に続いて、次男の末っ子として生まれたが、二歳の時、父が逝った。市役所勤めの父が胸を患い、戦争に行かずに写真屋を始めた頃のことと聞いている。物覚えが悪いと父親が苛立(いらだ)って、まだ五歳にならない兄をクジラ尺で叩くシーンが今でも脳裏に焼きついている。またある時は、水屋の上に置いてあった五十銭を八歳の姉がネコババしたことがある。たとえ五十銭たりとも人さまのものを盗むということがどんなことかって、延々と叱る父親の姿を生々しく記憶している。

 まさか二歳に満たない私がそのように記憶していたとは到底思えないのであるが、その時々の情景や身振りまで鮮明に記憶しているのが不思議である。そんな厳格な父親であったが、私にとっては、寝床で糸巻き車を作ってくれたり、やさしい父親であった。おそらく父親は、自分の短かい命を承知して、あせる気持ちで物心ついた姉や兄を教育しようとしていたに違いない。
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