憂国の詩人

 先日、私は東京出張を決行した。出張の建前上の目的とは別に、シニア・ナビでお馴染み、詩の料理店・店主Yさんに会うためである。私は彼(先輩ですがここでは「彼」と呼ばせていただく)の料理店にほぼ毎日、日参している。個人メールのやりとりもしているし、Skypeで声を何度となく聞いている。しかし、会うのは初対面であった。
 
 彼が料理する詩は叙情的であり感傷的であり寂寥的でもある。また厭世的な部分や革命的な所もある。さらに、どこかメルヘンチックな洒落た部分も持ち合わせている。彼は今では半ば世の成り行きに諦めたところもあるが、かっては国を思い、国を憂いし若き詩人であったと想像する。そうしたことから、私は彼のことを勝手に「憂国の詩人」と命名した(お許しくだされ梶川どの)。

 私は、彼というひとりの人格と風貌を会う前から勝手に自分の中で確立していたのである。だから初対面というのは、ネットで知り合っただけの見ず知らずの女性にはじめて会うドキドキ感とは違って、別の意味でワクワク感があり、反面、恐い。なぜなら、こちらが勝手に確立した人格や風貌が的中するのか、それとも予想もしない結果に打ちのめされるのか、見当がつかないからだ。

 人はその人が創造する詩や文章を見れば、その人の生きざまの根源というものがわかるものである。会う前に、彼のルーツは北の大地であると聞いていた。そのことに私はすごく納得している。なぜなら、彼の詩の根底にあるものは荒れ狂うオホーツクを髣髴させる「孤独」「貧困」「反骨」がキーワードとして感じさせられるからである。

 彼の詩は旋律でいうと♯ではない。間違いなく♭である。それも♭が二個や三個ついたものである。リズムも4分の4拍子ではない。恐らく4分の3拍子だろう。我が故郷が誇りにする詩人・中原中也の雰囲気を持つ。その内容は難解であり、とても私の能力の限界を超えており、私には意味不明なものが多い。

 彼と私とでは随分、生い立ちや生き方が違う。まず。彼は北の大地に生まれたのに対して、私は本州最南端である。彼は文学部に所属し、恐らく講義にろくすっぽ出ないで書物を読み漁っていたであろう。その頃、私は実験漬けの毎日を過ごす工学部の学生であった。しかし彼と私にも共通点がある。こよなく酒と女を愛することである。

 私は彼の料理店の暖簾をはじめてくぐった。その第一印象は、誰かの言葉ではないが意外性があった。やせぎすで髭をはやしたアイヌ的風貌の初老の詩人を想像していたのだが、ごくごく普通の方であった。大手企業を定年まで勤めあげ孫が2~3人いるといっても不思議ではない、ごくごく普通の体型と人格の日本人であったのだ。人の想像力というものはいかにいい加減なものなのか。ここで私の想像力は早くも完全に打ちのめされる結果となった。その彼と夜、遅くまで酒を酌み交わした。またいつしか、彼とじっくり人生を語りたいものである。
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