「名曲は歌い継がれる」のか

 「名曲は歌い継がれる」という言葉がある。しかし、ほんとうにそうであろうか。とある記事を見て、そう思った。その記事は、元横綱審議委員である内館牧子さんが現在、客員教授をしている武蔵野美術大学での講義のことである。シナリオ制作の実習授業として「美空ひばり」を題材にした論文を求めたところ、女子学生の誰も「美空ひばり」そのものを知らなかったというのだ。

 考えてみれば、一昔前の名曲である「悲しい酒」(S.41)、「よこはま・たそがれ」(S.46)、「昔の名前で出ています」(S.50)、「北の宿から」(S.50)、「津軽海峡冬景色」(S.52)、「与作」(S.53)、「みだれ髪」(S.62)と、どれも24年前かそれより以前の曲であり、学生たちは生まれていない。知らないのは当然といえば当然かも知れない。

 しかし我々団塊の世代は、東海林太郎の「赤城の子守唄」(S.9)を知っているし、岡本晴夫の「憧れのハワイ航路」(S.23)も知っている。生まれていない頃の数々の懐メロをなぜか知っている。グループサウンズやビートルズに夢中になっていたにもかかわらずである。この違いは何か。それでは、昔と今でどう違うのか。「名曲は歌い継がれる」ことがなくなったのか。

 昔は娯楽が少なく歌謡曲に憧れた。そのうちカラオケが出たが、限りある少ない曲本をめくっては1曲、1曲、丁寧に歌ったものだ。廻りの客も頷きながら聞き、上手くても下手であろうとも、拍手し合ったものだ。今時のカラオケボックスはどうか。曲が無数にある。人が歌っているときに自分の曲を選曲する。ほとんど他人の歌は聞かない。歌うというより声を張り上げて騒ぐ。

 遊びも無数であり娯楽も多様化している。演歌が廃(すた)れたことも大きい。歌詞を大切にしていた時代から、いつしか速いテンポの意味不明な曲へと時代変遷していった。いろいろな要素があろうが、いずれにしても寂しいことである。今の若者に孫ができた頃、KARAやAKB48の歌が名曲となって残っているだろうか。はなはだ疑問である。

 そういう愚痴を言いながら、昔を懐かしんで今日も昔の名曲を歌う。やはり昭和に生きててよかったと思う瞬間である。
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