善意の形

 伊達直人を名乗る善意の輪が急速に広がっている。寒さも景気も厳しいこの冬に、久しぶりに暖かい話題である。しかし、伊達直人風の善意は今たまたま脚光を浴びているが、多くの地道な善意がさまざまな地域においてさまざまな形で行われている。その多くの善意にはとりたてて光が当てられていないことも知るべきであろう。

 道路際の花壇作りに朴訥と励む人を見かける。毎日、街路地の塵をひらって廻っている人もいる。ユニセフに定期的に寄付する人やスポーツ観戦に障害者を招待する篤志家もいる。ホームレスの人に食事を振舞うボランテイアがいたり、地域のお年寄りの面倒を出前で行う人達など、すべて善意である。

 市民の誰もが小さな善意というロウソクを持ち合わせている。しかし善意というロウソクに灯をともすことができるか否かが大きな問題となる。果たして自分はできるだろうかと考えると、残念ながら「ノー」である。

 阪神大震災のとき、当時、まだ大学生だった娘に「大学生の身なのだから、今すぐ神戸に飛んでボランテイアをしろ」と言った。すると娘は私にこう切り返した。「だったらお父さんは何かしたの?」と。返す言葉がなかった。おずおずと自分の部屋に戻り、電話でボランテイア登録の手続きをするのが精一杯であった。

 こういう善意の話題が出るたびに、自分には善意のロウソクが灯せていないことを恥じる。善意は一過性のものであってはならない。継続的なものでなければ受ける方も受けにくい。小さくてもできるだけ多数の善意が実を結ぶことになる。今からでも遅くはない。自分にできる善意の形を模索していきたいと思う。
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No title

娘さんの言葉はけっこう真をついていますね。
わたしを含めて一億総評論家という状態で
政治を批判していますが、「じゃあ、お前やって
みろ」と言われても困ります。(^-^)

Re: No title

rippleさん、こんにちは。

> 娘さんの言葉はけっこう真をついていますね。

そうなんすよ。親に似て反論が手厳しいです。

>「じゃあ、お前やってみろ」と言われても困ります。(^-^)

そうですね。自分でやって、なんぼですね。
すみません、批評ばかりの私をお許しください。

継続は難しい

子供は来年もと期待するでしょうね
マスコミが悪いのだと思います
注目されれば何でも騒ぐだけ騒いで、次に何かあるとそっぽも向かなくなる
今回寄付した人の何人が来年も寄付するのかな
続いて欲しいですね

根本的には政府がビジョンを持って政治をすべき問題だと思います

ギャラリーに拍手ありがとうございます。

Re: 継続は難しい

我太郎さん、はじめましてです。

> 子供は来年もと期待するでしょうね

来年が恐いですね。

> マスコミが悪いのだと思います

心あるシニアはみんなそう思っているのに、
なぜ変わらないんでしょうかね。

> 注目されれば何でも騒ぐだけ騒いで、次に何かあるとそっぽも向かなくなる

熱しやすく冷めやすい日本人特有の・・・

> 根本的には政府がビジョンを持って政治をすべき問題だと思います

そうだ、そうだ。

今後ともよろしく!

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団塊の世代を突っ走った田舎侍の遠吠えです。聞いてやってください。実話から世評までもろもろですが、一貫して、辛口です。

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