東北新幹線へ馳せる思い

 昨日、東北新幹線が青森まで全線開通した。私は、万感の思いでこの知らせを耳にした。

 私が東北新幹線の現場に最初に乗込んだのは、昭和46年、入社した最初の暑い夏であった。もう、かれこれ40年近くも前の話である。全国から精鋭4人が選出されて、盛岡に終結した。新潟大学のK、高知大学のN、福島大学のBと私の4人である。本社統括部が陣頭指揮をとった。

 計画当初、東北新幹線は岩手県盛岡市に停車する以外、停車地は白紙状態であった。だから現地調査も秘密裏に行われた。岩手県水沢市の駅前にある東海林旅館を本部とした。旅館の主は直立不動で我々を迎えてくれた。誰かに似ていた。数日して、その主が東海林太郎の弟であることがわかった。

 我々4人はジャンケンをして、仙台~青森間を4等分した分担エリアを決めた。私は盛岡~一ノ関間を分担することになった。そこは数億年前の古い地質からほんの数千年前の非常に新しい地質まで混在する最も難しい地質エリアであった。新幹線を建設するにおいて、致命傷となるべき地形地質、ルートの優劣、土工的問題点などを競って調査した。連日、日が暮れるまで現地調査して、宿で明け方までまとめた。

 旅館にK子という少し小太りの仲居の娘がいた。東北弁のK子は我々によくしてくれたが、時々、何を言っているのかわからなかった。K子はとくに私に親切にしてくれた。そのうち、K子と私がいい仲のように周囲に思われていたようである。

 ある日、いつものように現場に出かけ、もうとっぷりと日が落ちて宿に戻ってきた。すると、旅館がざわついていた。仲間もみな帰っていたが、いぶかるように私を見つめた。K子をどうしたんだと、主が私を責める。どうも合点がいかない。よくよく話を聞くと、K子が突然、いなくなったのだという。てっきり私と駆け落ちしたのだろうと。そんなはずないし、今日はどこそこを廻っていたと調査資料を見せて納得してもらった。後で聞いた話によると、K子は花巻温泉に行ったらしい。

 そんなこんなの思い出のある東北の地である。いつしか東北新幹線に乗って、そんな思い出を胸に旅したい思いである。
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小説のようです

こんにちは^^

>その主が東海林太郎の弟であることがわかった

直立不動の姿ですから、納得ですね。


東北の娘、旅館、入社1年目のイケメン・・・
小説のように読みました。

新幹線は盛岡まで、そして八戸までと延びて、とうとう青森まで。
長い年月がかかりましたね。


Re: 小説のようです

おしゃれな猫さん、おはようございます。

> 東北の娘、旅館、入社1年目のイケメン・・・

イケメンかどうかは?(当時では完全否定はしませんが)

> 長い年月がかかりましたね。

国家100年といいますが、新幹線に限らず、ダム、原子力など
だいたい50年はかかりますね。

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