人との交流、徒然に・・・・

 「しあわせさがし」(略称:S)さんのブログに、初めて見た「演歌歌手・神野美伽」、そのショーを見て「神野美伽」が好きになった、とあった。どう考えても演歌とは似ても似つかないSさん。それもそのはず、「神野美伽」なんて初めて聞く名前だったそうで、友達に誘われて仕方なく(?)行ったらしいが、それが運のつき。

 その数日前のSさんのブログには、「圧巻、上村松園」とあり、「上村松園」の美に改めて感動したとあった。こちらは、Sさんにお似合いの才女を感じさせるコメントが綴られていた。このギャップがすばらしい。

 私の場合、「神野美伽」はよく知っている。「男船」だったら、たぶん歌えるだろう。しかし、恥ずかしながら「上村松園」は知らなかった。わたくし的には「神野美伽」も知らないのかと思うが、Sさん的には「上村松園」も知らないのかと思うであろう。それほどに、人それぞれである。無論、「神野美伽」を知って「上村松園」を知らない私と、「神野美伽」を初めて知ったが「上村松園」に憧れるSさんを比べれば、どちらが品位があるかといえば、それは明白である。

 この例にみるように、人はそれぞれに嗜好というかタイプというか、こうも違うものだなあと、つくづく思う。文系の人と理系の人、はたまた体育系の人。演歌をこよなく愛する人からクラシックやジャズが大好きな人。和食を好む人と洋食、中華を好む人。都会派から田舎派まで、人それぞれに千差万別である。

 趣味やタイプが似た人との交流は、それはそれですぐに打ち解けて話もはずみ、盛り上がるものである。しかし何かが物足りないのである。そうだそうだで終わってしまうのが嫌だ。お互いが慰めあっているみたいなのが嫌だ。そういう意味もあって、私は若い頃からできるだけ同業者とか仕事仲間とかではなく、まったく異業種の人と飲み交わすのを好んだ。利害関係のない人の方が気が楽だというのもある。たまたま居合わせた飲み屋の隣人とかが一番よい。

 圧巻は、東京出張の折によく行っていた新宿ガード下の汚い飲み屋である。浮浪者みたいな小汚いオヤジと口を交わす。人生のこと、政治のこと、考え方とか話していくと、そんな考え方もあるんだ、そんな生き方もあるんだと、いろいろ勉強になる。たまには怒られる、たまには慰められる。あるときなんか、一緒に泣いてくれたりしたこともあったっけ。お金もないのに、奢ってやるからとさかんに酒をすすめらたこともあったっけ。

 まったく違うタイプの人と多く接すると、違う考え方に出会える。必ずしも自分の考え方が正解ではないことにも気づく。思考の幅が増える。なんといっても、いつも発見があり、いつも刺激がある。こういう屁理屈でもって酒場の隣人と飲むのをよしとする、そういう自分がいとおしい。

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No title

 そうなんだよね 楽に行こう 
誰かさんが 誰かを好き おれは だれが好き
お互い そうかい あんたはそうなのかい で いいんだとおもいます
百人 百色 
 同じ人探したって その日その日で 変るし

Re: No title

ろばたさん、はじめまして。

コメント、ありがとうございます。

そうですね、楽にいきたいですね。

また、お越しください。
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団塊の世代を突っ走った田舎侍の遠吠えです。聞いてやってください。実話から世評までもろもろですが、一貫して、辛口です。

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