ケータイ依存症

 最近、電車やバスに乗ると異様な光景を目にする。10人中8人くらいが携帯電話(ケータイ)を手にしているのである。交通機関に限らず、病院でもどこでも人が集まるところでは、もうすっかに見慣れた光景となっている。あげくに、歩行しながらもケータイする人が多いこと。電話とメールの他に、各種情報をみたり、音楽を聞いたり、人それぞれに活用の仕方は違う。
   
 先日、友達の社長からケータイに電話があった。「すみません、家の中がパニックになっていたので申し訳ない」と。先ほどこちらが電話したとき、後でかけ直しますって、そそくさとケータイを切った言い訳である。話を聞くと、中学生の娘がケータイをなくしたてパニックになり、家中が大騒ぎになっていたという。どうも仕事の打ち合わせより娘がケータイをなくしたことの方が一大事らしい。

 今時の中学生や高校生の間ではこうした「ケータイ依存症」が蔓延している。思春期はえたいの知れない感情によって心身が揺さぶられ、不安になりやすい。だからケータイに多くの友達を登録し、毎日、友達のブログをケータイでチェックする。ケータイメールは友達とつながっているという安心感を与える。しかし不安の根本は解消されてないので、すぐまた寂しくなる。だから、またメールを送る。食事中でもトイレでも、風呂に入るときまでもケータイを手放さない。ずっと触っていないと気がすまない。やることがなく、手持ちぶたさでもケータイだけは触っている。そのうち、鳴ってもいないのにブルブルという振動音が聞こえてくる気がする。幻聴現象である。

 こうした現象は、精神医学においては明確に「依存症」として認定されよう。飲酒やギャンブルのようなものに手を出して、やめるべき理由が出てきても辞められなくなった状態を「依存症」と呼ぶ。「ケータイ依存症」はその程度が軽いか重いかの違いはあるものの、中学生や高校生に限ったことではない。前述したようにケータイを常に手にした人が大多数いる現状では、現代人のほとんどの人が発症しているのではないだろうか。

 その実、私もいつの間にかその「ケータイ依存症」を患っているのだ。野球速報をみたり、時事速報をみたり、天気予報をみたり、病院の待ち人数を確認したり、現在地周辺の情報を検索したり、必要以上にケータイに依存している。人がケータイを開いているのをみると、必要もないのに自分もいつの間にか開いている。ケータイの送受信履歴を何度も確認したり、やたらと開いてメールの受信を確認したりしている。いつでもどこでも身から離さない。寝ていても近くにないと落ち着かない。何を隠そう、私は女子中学生よりもタチが悪い「ケータイ依存症」なのである。
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No title

これからは「携帯がなかった時代」を知らない世代が増えていくのでしょうね。
「携帯がなかった? どうやって友達と連絡を取っていたの?」とか。

私の理想は、秘書に携帯を管理させる生活(笑)
ま、携帯の機能を使いこなせない人間の強がりなのだけれども。

そんな私でも、家を出てから「携帯、忘れたっ!」と取りに帰ることが何度かあって、やっぱり依存しているのかもしれません。はい。

依存しているかも・・

確かに、外出すると携帯の画面を見ている人の数が多いことに気が付きます。
それだけ便利になり、携帯ひとつあれば何でもできてしまうのですよね。

>病院の待ち人数を確認したり

これは知りませんでした! こんな事もできるんですか?
ニュース・天気予報は見ます。メールはほとんどチェックしないものだから、主人から「返事がない!」と怒られています。
マージャンゲームはします・・・・面白くてはまりそうです。

軽度?

ワタシは、軽度ケータイ依存症かな?
パケ放題にしてませんから・・・
でも、そばから離せない。




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