青春(贈る言葉)

 アメリカの詩人サムエル・ウルマンの「青春」には、青春の定義について記述されている。その内容は概ねこうである。「青春とは人生の一時期ではない、青春とは心のあり方である、志の高さであり、思いの質であり、生き生きした感情であり、人は年を重ねるだけでは老いはしない。ただ理想を失うことによって老いるのである。」

 人は誰しも年を重ねると老いる。老後を長年、病床で過ごす人もいよう。肩が痛い、腰が痛いと、体の痛みに苦しむ人もいよう。さほど痛みがなくとも、年々体は老化する。しかし、老いるのは体であり、心が老いるのではないと、サムエル・ウルマンは言っている。

 それでは、心の老いはどのようにして防げるのが、心の青春をどうのように取り戻せるのだろうか。人それぞれの体の老いと状況によっても、人それぞれの与えられた環境によっても、その方法は違うであろう。また、人それぞれの心のあり方や志の高さによっても、その方法は違うであろう。しかしながら、少なくとも「生き生きした感情」だけは誰しも持てるような気がする。

 病室の中から見る外の風景、患者さんや看護師さんの一挙手一投足に対しても、感受性をもって細やかに観察するだけで感情性が育まれる。家庭菜園、花々、街並木、人の行きかいを観察するだけで感情性が育まれる。すると、小さな菜園や花を自分で育ててみようと思う。それが育ってくれれば、喜びという感受性となりわが身にかえってくる。それに、出会いを大切にして会話を楽しむことができれば、さらに生き生きと過ごすことができよう。加えて、理想とまでいえなくとも、小さな目標をもてれば最高である。目標は、どんなに頑張ってもできないような遠いものであってなならない。さりとて、あっけなくできる安易なものであってもいけない。その中間くらいの適当なものを探そう。本の何ページまで読もうでもよい、今年はナスとトマトを作ろうでもよい、クリスマスローズを枯らすことなく育てようでもよい。何でもよいのだ。

 生き生きした感情をもち、ささやかな目標をもつことに、他人の目を気にする必要はない。それに、そんなに頑張らなくともよい。できる範囲を少しずつでよいのだ。失敗したらまたやればよい。目標をもつことや成功することが目的ではない。その過程において、心の糧をもつことが重要なことである。老いは体であり、心に青春を取り戻そう。そして、毎日毎日を粛々と過ごしながらも、生き生きとした感情をもって老後を過ごしたいものである。

 志をもって初心に帰り旅立ちされる方への贈る言葉として記する。



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No title

毎日毎日を粛々と過ごしながらも、生き生きとした感情をもって老後を過ごしたいものである<

そうありたいです。
一方では、

これからの老後は、人生の最後の修業の場、以下に上手に枯れて、ありのままの運命を受け入れるか。
・・・とは佐藤愛子が言ってましたが、色々と考えさせられます。

納得です

こんばんは~

読んでいて元気が出ました。
「老い」という言葉を否定したくてもがいても、1年にひとつずつ年を重ね、それと反比例のように体力がなくなってくるような気がします。
でも、目標→ありますとも!

Re: No title

かを~るさん、こんにちは。

いつもありがおうございます。

> これからの老後は、人生の最後の修業の場、いかに上手に枯れて、ありのままの運命を受け入れるか。

佐藤愛子さんのこの言葉もいいとこついていますね。あまり、どんな運命であろうと、どたばたしたくないですね。

これからもよろしく!

Re: 納得です

おしゃれな猫さん、こんにちは~

いつもありがとうございます。

> 読んでいて元気が出ました。

案外、反響があって、よかったです。ありがとう。

> でも、目標→ありますとも!

機会があれば聞かせてください。

今後ともよろしく!
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団塊の世代を突っ走った田舎侍の遠吠えです。聞いてやってください。実話から世評までもろもろですが、一貫して、辛口です。

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