検察審査会その2

 先日、私はこのブログにおいて、小沢さんの検察審査会による強制起訴に関連して、検察審査会の仕組みそのものに疑問を呈した。しかしその後の新聞報道などでは、「市民感覚が検察に挑む」などの見出しで、市民感覚の勝利を賞賛する内容の記事を多く目にした。ちょっと待てよ、それは違うんじゃないかと思い立ち、再度、ここに記すことにした。

 昭和23年制定の検察審査会は幾度も細かな改正が行われてきたが、いずれも検察審査会の決定は参考意見にすぎない範囲の改定であった。しかし、2009年5月に強制起訴権を与えるという決定的な改定が行われた。「市民と司法の間の距離を革命的に近づける」という理念からの改定であった。改定にあたっては、政治家や公務員、著名人の対象事件は市民感情によって左右されやすいとの懸念も確かにあったが、結局、市民感覚の導入が優先されたようである。

 改定からまだ1年ちょっとした経過していないが、はからずも、日本の首相にもなりかねなかった人物を起訴するという決断に至ったのである。以前にも記したように、プロである検察が不起訴としたものを素人だけで起訴として裁判に送り込めるものなのか、という疑問がどうしても残る。市民感覚の勝利というが、そもそも、感覚や感情で判断すべきじゃないだろうと強く言いたい。改正に関わったある法務省の幹部いわく「被害者や遺族の思いをくむための改革だったのに、政治家の起訴という予想外のところに入り込んでしまった」と後悔する。この言葉がこの制度の欠陥を象徴している。
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No title

たしかにこの件はおかしいですね。
聞いたところでは審査員をランダムに選ぶというのは一回目で、二回目の選別があるといいます。
選ぶのは検察、裁判官、弁護士などの法曹経験者だそうです。思想的な背景、犯罪歴など審査員となる人物の過去経歴、親族などを徹底的に洗ったうえでの選択あるといいます。
ならば、このような政治的な事案においては、
相当恣意的な審査員選択が行われる可能性があります。
しかも、一切公開されていないのも不信感を呼びますね。
小沢一郎氏にたいしては僕はどちらかというと、嫌いなタイプですが、政治家を好き嫌いで選んではいけないと思っています。
裁判では無罪になる可能性が大であると見られていますが、既に検察の意図したとおり小沢氏追い落としは成功したといえますね。

どこを開いても同じ報道をするマスメデイアに操られて
世論は形成されています。
金太郎アメみたいに皆同じです。
ちょっと、待てよ?と考えない危うさがこの国にはあります。

こんにちは

検察審査会の件、山猫軒さんのご賛同があえば鬼に金棒。
ありがとうございます。
ところで、年内には学会で上京するかも知れませんが、
そのときはご連絡いたします。
それより、大阪近辺で、しあわせさがしさんと
3人で会うのはどうでしょうか。
明日は、広島・西条の酒まつりに行ってきます。
では、また。
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