検察審査会

 別に、小沢さんを擁護するわけではない。小沢さんが起訴されるようになった、その結果に不満があるわけでもない。検察審査会の仕組みそのものに疑問を投げるものである。

 そもそも検察審査会とは、昭和23年に制定された検察審査会法に基づく仕組みであり、検察官が独占する起訴の権限行使に民意を反映させることを目的としている。つまり、検察官の不起訴処分(裁判にかけなかったこと)が適切だったかどうかを国民的目線で審査する制度である。

 有権者からくじ引きで選ばれた国民11人によって構成され、6ヶ月の任期で活動する。これまでに、検察審査員または補充員(検察審査員に欠員がでたときなどの場合の補充員)として選ばれた人は45万人にもなり、全国の検察審査会(全国201庁)が審査した事件は13万件にものぼるという。

 検察審査会に対する疑問のひとつは、まず審査対象の基準が明確でないことである。一般には、犯罪として告訴・告発の申し立てがあったときに審査を始めるとなっているが、明確な基準がない。また申し立てがなくても、新聞記事などの報道をきっかけに審査を始めることもあるという。

 裏を返せば、恣意的な弁護団や団体が勝手に申し立てして審査対象となりうるわけである。また、新聞記事などによって大々的な報道があれば審査対象となり、ゆくゆくは免罪を免れることもある。これでは、法の上の公平は保たれない。例えば、その地域の(できるだけ地方のあるいは小さな事件の冤罪をなくすため)有権者何人以上の署名があれば審査対象とするとか、何らかの明確な基準が必要ではないか。

 次に、審査員の選出および審査内容が非公開であることに疑問を投げる。審査員をくじで選出したというなら、どこの地域に限定してくじ引きをした結果、○区に住む何歳男性、○区に住む何歳の女性とか、程度の公表はすべきであろう。今のままでは闇の中の選出と言っても過言ではない。

 審査内容がまるで非公開というのも納得いかない。素人だけで審議が進むわけではなくて弁護士(審査補助員)がつくわけだが、その弁護士の説明の仕方や助言によって素人の判断は誘導されるであろう。必要最小限の公開は必要である。

 プロの検察が裁定したものを素人が裁定することが、果たしてほんとうによいのかという、本質的な問題が残る。今回の小沢事件においても、東京地検特捜部は起訴にもっていくに足る証拠が不十分と判断し、苦々しい思いで不起訴を決断したであろう。国民の誰もが小沢さんは少なからず悪いことをしたと思っているであろうが、証拠がすべてである。それほどに起訴は重いものである。起訴できないとなれば、やむなく推定無罪となる。

 今回の審査員11名の平均年齢は30歳代と比較的若い。この若い素人審査員は補助弁護士の助言や誘導を素直に聞き従うであろう。さらに悪いことに、今回の事件は、報道によって小沢は悪いことをしているという先入観が彼らにあったはずである。そういう先入観を払拭して裁定したとは到底考えられない。プロが裁定した不起訴という重い決断を素人が起訴とすることに、どうしても合点がいかない。

 いずれにしても、検察審査会という制度は重要な制度であり、今回の事件を契機に国民的議論が必要である。




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