薔薇とツバメ





 春というよりもはや初夏という陽気に、いろいろな種類の花が一気に咲き乱れる今日この頃。いろんな方のブログやフェイスブックには花を愛でる写真や記事が満ち溢れ、花に疎い私ですら、それを見ているだけで心も気分も浮き浮きする。

 そんな中、わが家の玄関先にも早咲きの薔薇たちが一気に開花して本格的な春が訪れた。それもこれも、薔薇が命とするわが家の薔薇執事の日頃の努力の賜物である。




薔薇



 薔薇というのは、水遣りから剪定、病害虫防除、施肥に至るまで、花の中で最も手がかかるそうだ。その厄介な薔薇を相手に、薔薇執事は私のことよりも何をさておいても薔薇を優先する。毎日、一日の多くの時間を好きな薔薇に尽くて自己満足する一方、やれ忙しいだの外泊もできないなどと能書きをたれる。

 玄関先の薔薇はひと鉢、ふた鉢と増え、ついには訪問客や宅配人はもちろんのこと、家人もなかなか玄関にたどり着けない始末になっている。鑑賞専科を自称する私としては、薔薇の棘を避け花弁を痛めぬよう、恐る恐る新聞受けに行く修行の日々を余儀なくされている。

 さて、同じ玄関先の車庫の軒下には、この季節になるとツバメが巣作りを行う。毎年、同じ場所に巣作りを行なっているが、数年前に壁の塗り替えを行なったため、壁面が滑り易くなって巣作りが容易ではなくなっているらしい。それでも律儀に、毎年決まって同じ場所に巣作りを行なう。

 そして、今年もツバメがやって来て巣作りを開始した。粘土を運んでは巣の土台を壁に貼り付けるが滑って落下する。その真下には私の愛車があり、洗車しても洗車しても泥を被る。でも、ツバメの巣作りの努力からすれば洗車の努力は容易いもの。懸命にツバメの巣作りを応援する毎日である。

 ところがある日、作りかけの壁面の巣が取り払われ、土間の泥も洗い流されていた。汚さ余って、薔薇執事がホースで洗い流したというではないか。なんということを。それでもツバメは、どうしたことかと巣があったところへ舞い戻る。けな気なツバメがさらに愛おしいのである。



新ツバメ


 薔薇好きが講じて人に不自由を与えることもあり、ツバメ可愛さから人に不自由を与えることもある。そこは人の知恵によって、薔薇を愛でてツバメを可愛がる手立てが欲しいもの。ただ疑問なことは、薔薇という植物を愛でる心の持ち主が、なぜツバメという動物を可愛がる優しい気持ちになれないのかということである。薔薇とツバメと人間の共存共栄を目指して格闘する日々がまだまだ続く。


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広島のアクセス事情





 今の広島空港を建設する際、建設すべきだ、いや止めるべきだとの議論があった。そもそも新たに広島空港を建設するきっかけになったのは、もともとあった広島西飛行場近隣の住民からの騒音苦情である。しかし広島西飛行場は市内中心部に近いことから交通アクセスは抜群であり、ここから羽田、札幌の他に、出雲、高知、仙台、花巻などの地方都市への便もあり、高い利用率を維持していた。

 すったもんだの紆余曲折の末、結局、新しい空港を建設することになったわけだが、それもよりによって広島市内から高速を使っても1時間30分もかかる山里に建設することになった。さらに、建設地は高い標高の山に囲まれた盆地であるため霧や乱気流が発生し易く、当初から空港建設地として不適だとの評価であった。

 建設後、案の定、アクセスが悪いため上京客は新幹線に取られ、気象不良による欠航が相次ぎ、着陸条件が悪くて他の空港への着陸を余儀なくされることも多かった。当てにできないことから益々利用客が減り、採算がとれないから便数が減るという経営の負のスパイラルに陥っている。先日のアシアナ航空機事故を待たずとも、既に建設時から空港として諸問題を抱えていたのだ。

 話変わって、広島には路面電車が縦横に走り、それが情緒ある風景という意見もある。しかし実際に暮らしてみると、路面電車が車道を邪魔して渋滞を引き起こし、市内のアクセスのネックとなっている。今から50年前から地下鉄建設の構想もあったが、政治的決着の中で断念した経緯がある。

 アジア競技大会開催に合わせて、地下鉄の代わりにとモノレール(アストラムライン)が建設された。しかし当初予定していた市内とビッグアーチ(現在のサンフレチェのホームグラウンド)を直接結ぶものになっていない。その失策が尾を引いて、サンフレチェのホームグラウンドを市内に移すことになり、その候補地でまたすったもんだの議論が続いている。

 今思えば、広島西飛行場の滑走路を延長して国際空港にし、地下鉄を建設していれば、福岡市と同様に広島市は国際都市となって発展していたと思う。市民球場の建替えとして建設されたマツダスタジアムが今、カープ女子で埋めつくされるほど人気があるのは、広島駅から徒歩でいけるという立地条件である。新幹線を使った他県からのリピーターが観客数の大幅増加に繋がっている。

 地方都市の発展には、アクセスなどの将来設計を達観する力量あるリーダーの存在が不可欠である。世界遺産がふたつもある広島であるが、アクセス事情は全くお粗末である。そのツケが都市発展の足かせになっている。



さらば友よ





 私は今、遠く見知らぬ地を尋ね、丘の上に建てられた友の墓前に来ている。全国を放浪してきた私が唯一立ち入ったことのない異国への初めての見参が、まさかこのような形になろうとは。

 ひと廻りも上の貴兄を友と呼んで失礼かも知れない。たった一度しか逢ったことのない貴兄を友と呼んで僭越かも知れない。しかし、どうしても貴兄のことを友と呼びたいのです。

 虚像空間で知り合った貴兄と直接逢ったのはちょうど2年前。10分足らずの時間と少しの会話は、互いを信頼するに十分であった。人は一目見ればわかる。一言かわせばわかる。貴兄の飾らない人柄、おだやかな物言い、凛として媚びない人格。互いに心の中で友を意識した。そして貴兄は来年広島に行くので再会しようと言った。その約束は守られなかったが、今日、再会の約束だけは守ることができた。

 親の墓にも滅多に行くことのない私、神も仏も信じない私をして、なぜ一度きりしか逢っていない貴兄が眠る遠い異国の地に足を運ばすのか。それは、真の友だからである。

 真の友とは、付き合った時間の長さではない。酒を酌み交わした回数でもない。一度きりの出遭いでも信頼できると思う人、それが真の友である。人生で一度きりの出会いの真の友をなくした。今、そういう思いでいる。

 この墓の下に貴兄の骨があろうがなかろうが関係ない。全てが無であることも承知している。だけども、これは貴兄の問題ではなく私自身の心の問題なのです。


桜散る 生駒の里の 契り酒


「さらば友よ」
(作詞:阿久悠 作曲:猪俣公章 歌:森進一)

ベルの音ききながら しみじみ思う
ふたりともそれなりに 悩んだだろう
しあわせを祈るよと いいたいけれど
なぜかしら素直には いえなかったよ
さらば友よ もうふり向くじゃない
俺の俺のこの涙
知られたくない

世に羽ばたく若者へ(今を生きる知恵)





 今どきの親は子どもに必要以上に甘く優しい。必要以上に子どものご機嫌を伺う。学校の先生は、腫れ物に触る思いで生徒と接する。冗談は慎み、注意する言葉にすら気を遣う。体罰などもってのほか。悪いことをしても、親も先生も地域も決して頭ごなしに叱らない。それどころか、見て見ぬ振りをする。それが事件に発展することもある。

 一昔前まで、親父は一家の大黒柱として鎮座し、日常は子どもの言動にいちいち口を挟まず、しかしここぞというときは、拳骨を食らわす恐い存在であった。近所のおじちゃんやおばちゃんだって、わが子と同じようにダメはダメと他人の子を叱った。学校の先生は悪いことした生徒に水満杯のバケツを持たせ、廊下に立たせた。ときには拳骨も平手打ちもあった。それでもモンスターペアレントは現れず、教育委員会が問題にすることもなかった。

 一体、いつの時代から世の中こう柔になったのか。家庭で過保護に育てられ、学校や世間から叱正されることなく、無垢で無菌状態のまま、やがて世に出た善良な若者の行く末はどうか。突然に現われた現実社会の壁に立ちふさがれ、ある者は経験したことのない叱咤に萎縮し、ある者は悪徳の誘惑に騙され、やがて社会から逃避する。善良一辺倒な無垢な人ほど抵抗性はなく、悪徳の誘惑に騙され易いからである。

 会社ひとつとってみても、社員の福利厚生、裁量労働、優しい職場環境、男女平等が叫ばれる一方、実際には下々の会社の現実は厳しい。社会は美しいばかりではない。むしろ醜いことの方が多い。善良者ばかりではない。むしろ悪人の方が多い。不道徳や理不尽がまかり通り、偽善が蔓延する。この世の中で生きるには、不道徳や理不尽に慣れて抵抗力を身につけなければならない。三島由紀夫が若者に向けた言葉「教師を内心馬鹿にすべし」は、まさに逆説的な表現である。

 一番の不幸者は、この柔な時代に育った今の若者である。今となっては、社会の不道徳や理不尽にまず慣れることである。慣れた上で、気にしない鷹揚さを自ら備え、どうすればこの世で生き残れるかを自身の頭で考えるがいい。

 若者がよく口にする言葉。「われわれ若者をひとくくりにしないで欲しい。われわれにはみな個性があるのだ」と。それでは問う。君たちの言う個性とは何なのか。解剖学者の養老孟司氏の言葉「個性は徹底的に真似をすることから生まれる」はそのヒントを与える。個性とは、わざわざ無理して自分探しをすることではない。社会や身の回りのことに対して、常に問題意識を持ち、常に自身の頭で考えることである。それを繰り返すことによって、他人と違う自身の考え方が生まれる。それが個性ではないのか。

 入学式や入社式のこの季節にちなんで、世に出る若者へ贈る言葉として、つぶやいてみた。人としての優しさは大人のずるさと一緒にしか成長しないのだと思う。





永遠はあるのか




 永遠の愛、永遠の友情、永遠の命などとか言うが、果たして本当に「永遠」はあるのだろうか。至って現実論者である私でなくとも、未来永劫という時間軸の意味の「永遠」などあろうはずがないことを、人はみな承知しているはずである。それでも「永遠」を信じようとするのは、切なる願望からであろう。願望の最たるものは命の「永遠」である。死後、別の世界に移り、先に旅立った人に再会できるなどという願望は、死への恐怖から逃れるための方便であり、そのために宗教としう職業が生まれたのである。同じように、愛も友情もすべてのものに「永遠」という時間軸など現実的にありはしない。

 ただ、愛する人といるとき、親しい友と過ごすとき、楽しく家族と暮らすとき、その瞬間、瞬間において、自身の感覚が果てしなく平穏に、楽しく、愛おしく埋め尽くされるときがある。そのときまさに、この愛や友情は「永遠」であると感じるのである。つまり、これが心の「永遠」なのだろう。われわれは理性的に「永遠」がないと承知しながらも、心の「永遠」を願い、それを実行しようとしている。「永遠」への扉は自身の心によっていつでも開けられ、いつでも閉じることができる。

 そう考えれば、あまり杓子定規に頭で推考することはない。普段の生活の中にしあわせを感じ、満たされ感を味わい、瞬間、瞬間の心の「永遠」を感じて生きていく方が楽ではないか。そういう風に最近思うことがある。





男気の裏で






 先月3月29日、ここ広島の街は熱血の赤に染められ、怒濤の地鳴りが響いた。米大リーグから8年ぶりに広島東洋カープに復帰した黒田博樹投手の初戦の日である。その初戦に黒田が凱旋勝利した夕方、真赤なユニホームを身にまとったファンの群れは、興奮と歓喜でマツダスタジアムから広島駅へと絶えることなく、新幹線のプラットホームとコンコースまで埋め尽くした。

 この日の指定席は発売日に即完売し、それでも自由席を求めて前日昼から夜を徹してチケットを求める行列ができたという。開幕第3戦であるにもかかわらず、マエケンが投げた開幕初戦よりチケットの即売が早かったという。バリバリの米大リーガー現役選手が20億円とも言われる米大リーグのオファーを蹴って、恩返しの気持ちから古巣復帰したとなれば、カープファンならずともその男気に惚れるところである。

 ただ男気の決断の裏には、黒田投手自身、身を削る苦悩と葛藤があったと推察する。それは、かつては広島東洋カープの守護神と言われた横山竜二投手が退団し、昨オフにアメリカに渡って黒田投手と対談したときの黒田投手の一挙手一投足に感じられるものがあったからである。そのとき彼はヤンキースに残留する気持ちでいた。しかし、かつての球友に心開いてか、本音の一端を漏らした。

 言葉が通じないアメリカに渡って8年、厳しいメジャーの洗礼の中で1球の重みを嫌と言うほど植えつけられたこと。果てしなく遠い遠征による体力消耗。そんな中で、中4日の登板がいかに大変なことか。苦痛という表情が垣間見られた。そして40歳という自身の年齢と将来への不安。そして何より彼は、松井秀樹のメジャーでの末路を身近に見てきた。野球人生がそう長くないことを彼は十分に自覚し、だからこその男気の決断に至ったものと思う。

 どうせなら最後は居心地がいい環境で終わらせたい、どうせなら惜しまれて、また感謝されて終わりたい、それに恩を報うことができればなおいい。野球人ならずとも、そう考えるのは人の常。現役の最後をどう迎えるか、人生の最後をどう生きるかは人それぞれであろうが、こういう生き方も素直な生き方だと素朴に思う。ただの男気としてだけでは語れない、人の生き方の何なのかを教えられた一件である。どのような終わり方にしろ、最後は味のある男の背中を見せたいものである。



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団塊の世代を突っ走った田舎侍の遠吠えです。聞いてやってください。実話から世評までもろもろですが、一貫して、辛口です。

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