わが身は自ら守れ






 例えば中国の食品衛生問題が報道されたときなど、日本人の多くは日本の食は安全で良かったなんて思うだろう。そこが日本人の浅はかなところである。無論、あの事件は中国当局の意図ある思惑による茶番劇なのであるが、はからずもその寸劇は、外資系ではなく自国の食品衛生はもっと劣悪であることを改めて世に知らしめる結果となった。

 果たして、中国の国民はこの事件をどう見ているのか。多くのインタビューから察するに、国民の多くはお見通しであるとともに、自国の食品衛生はさらに劣悪であることも認識していることが読み取れる。認識した上で、彼らは不衛生な食品を受け入れている。否、現体制下では受け入れるしか仕方ないことを承知しているのだ。

 一方、日本の食は安全で良かったなんて思う日本人はどうだろうか。確かに日常的な食品の衛生管理は徹底しているように思われる。しかし厳密な意味でそうであろうか。食品偽装は完全に一掃されたと自信をもって言えるだろうか。食や製品の管理が徹底されているとはとても言えない。

 その証拠に、明らかに体に効果のないものや有害なものを野放しにしているではないか。サプリメントをはじめとする多くの健康食品がそうである。口にするものだけではない。皮膚に触れる洗剤、柔軟剤、歯磨き粉、育毛剤、シャンプー、トリートメント、化粧品などもそうである。これらの有害性について何も語らない政府、報道、研究機関が問題なのは無論であるが、それを明らかにしようとしない、また知ろうとしない国民がいるのはもっと問題である。

 自国の実態をお見通しの上でやむなく受容している国民と、自国の実態を知ろうともしないで自画自賛する能天気な国民と、どちらが賢い国民であろうか。

 昔から日本は美しい自然と四季に恵まれた素晴らしい国であった。戦後も国民の知恵と努力によって復興し、やがて技術立国として急成長を遂げた。日本が世界の経済を牽引した時代が去った現在においても、世界に冠たる技術力や経済基盤、国民力など自国民を自画自賛する国民が多い。そして、この国は我々の生命と財産を守ってくれると今でも信じている向きがある。果たして、このような性善説でいいのか。

 日本における食や家庭用品に関する偽装は原発の隠蔽にも繋がる。我々が目にする施策の多くは表向きの建前であって、本質的なものは全て隠蔽されているといっても過言ではない。原発事故が発生して避難誘導された先は最も危険な方向であり、避難先を転々と廻されたあげくが、3年以上も経った今でも定住する場所の当てすらない。逆効果や副作用の説明のないまま受け入れた健康食品や家庭用品によって健康被害を受けている。自然災害だけは仕方ないだろうと思うかも知れないが、よくよく検証すれば適切な施策が講じていないことが命取りになっていることも多い。

 これらはすべて国を妄信することに由来がある。この国は安全である、決して裏切らない、日本が敵国から攻められたら必ずアメリカが守ってくれる。そういった妄想が、「考えない国民」にしている。国を疑ってかかり、自らが調べ、自らの判断で行動する。日本人にはこうした視点が欠けた世界でも稀な国民であることを認識しなくてはいけない。平和ボケ、安全神話にどっぷりと浸かった国民性から、そろそろ、わが身は自ら守る自立した国民になることを切に望む。





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漱石「こころ」100年に思う






 漱石の「こころ」が朝日新聞に連載されて100年を経過したのを記念して、100年振りに「こころ」の復刻版が朝日新聞に連載されている。100年前といえば大正時代だから見る由もないが、久しぶりに読む「こころ」は昔とはまた違う趣きで受けとめることができる。それに、復刻版には森下仁丹などの当時の広告が昔のまま掲載されていて面白い。

 改めて「こころ」を見ながら、こんなにくどい作品だったかなぁと思う。先生の遺書も長々とくどいが、遺書が来る前の父の病を見舞う場面も長々とくどい。果たして、漱石作品はみなくどいのかと思うとそうでもない。考えるに、漱石作品はある時期を境に大きく変化しているように思える。東大で教鞭を執りながら書いた時代の「吾輩は猫である」、「坊ちゃん」、「草枕」は、人間ウオッチングの目線から自由奔放なユーモアに富んだ作品に仕上げている。ところが、朝日新聞社に入社してからの作品はうって変わる。「野分」、「虞美人草」、「明暗」、そしてこの「こころ」である。次第次第にくどい作品になっている。

 なぜくどくなるのかを考えてみるに、人間の心の揺れの変化をできだけきめ細やかに描写しようとしているからだろうと思う。「こころ」の先生は、“もとから悪い人間はいない、普通の人間があるとき急に悪人になる”と言う。そして先生は、“悪人になる動機はお金だ”とも言う。しかし作者である漱石自身はまだこのことに納得していない。「それから」の主人公の代助は、食うために働くのは誠実な労働ではないと拒む。しかし最後は職を探しに町へ出る。すると目にするいろいろなものが頭の中に飛び込んできて、すべてが音をたてて崩れていく。作者である漱石自身は、人間はなぜ働くのかについて結論を得ていないように思う。

 前期の漱石が自由奔放、天真爛漫な作風であったのに対して、後期の漱石は悩める作風に変心している。悩めるとは、生きることの一生懸命さであり、自問自答を繰り返していたように思う。心の葛藤が垣間見られるのである。何に自問自答し、何に葛藤していたか、私にはわからない。想像するに、近代化と西洋化の矛盾、恋愛についての普遍性、悪と善、人間の本性、なぜ生きるのか、なぜ働くのか、などか。

 それにしても漱石作品は人気がある。小説嫌いな私にも人気である。他の作家と違って、漱石は頭が良く、科学者でも教育者でも哲学者でも、何でもできる多才な人であり、考え方がどこかフレキシブルなところが好きな理由である。他の多くの作家のように作家馬鹿でないから好きだ。反面、漱石はどこか女性に対するコンプレックスや疎外感を感じているようにも思える。

 漱石作品が人気の秘密は、ダメ男を主人公にしていることもある。「こころ」の先生はエゴイストでナルシストである。先生はやたら「私は」と始める。これはプライドが高く、自意識過剰なナルシストである証拠である。こう書きながら、私も「私は・・・・」が多い。ということは、私もプライドが高く、自意識過剰なナルシストかも知れない。「坊ちゃん」の主人公も自分勝手で甘ったれ。子どものまま大人になったようなダメ男である。ものすごくダメだとそれは嫌われるが。人間は多少ダメなほうが面白い。少しダメな男の方が女性に好かれるのかも知れない。私も見習おうと思ったが、見習わなくてもすでにどっぷりダメ男である。

  「こころ」の連載から100年。100年後も、またその100年後も人間の悩み方はそうそう変わるものではない。こころの葛藤、それこそが人間の証しなのではないかと、「こころ」の復刻版を見ながらしみじみ思うのである。





継続は力なり(Part3)






 スポーツジムに通い始めて1年半になる。途中、中だるみもあったが、出張日以外はほとんど毎日、通っている。一日一膳ではないが、一日にひとつ何か体に良いことをとの思いであった。しかし決定的なきっかけは、下腹が出てきたメタボ予備軍を解消したいとの思いであった。  

 ジムには優れもののからだ測定器があって、からだのすべてを測定してくれる。半年毎に測定しており、今回も半年振りに測定してみた。過去の記録をともに主なからだの要素の経過をまとめてみた。





からだ測定


 1年半前と比べて、体重は当初の59.0Kgから55Kg台に落ち着き、体脂肪率は当初の23.0%から15.5%に低下、ウエストは当初の81.5cmから77.5cmに、筋肉量がわずかに増加傾向にある。ほぼ理想系の体であるが、今後は筋肉を増加させて筋肉分を体重を増やすようにしたい。



体管理図


 こうして数値が出て少しでも効果があるとまたやる気が出るというもの。今後の目標も立つ。さらにこのように公開することで、逃げられない自分を創造しているのである。




なぜ土石流の被害は繰り返されるのか






 長野県南木曽の梨子沢上流において土石流が発生し、流末の家屋を押し流して犠牲者が出た。この地区は3年前にも、さらにそれより以前からも土石流が繰り返し発生している。この地区には、土石流の兆候を刻んだ石碑があるくらいである。にもかかわらず、過去の経験を活かすことができずに今回も痛ましい災害を被った。なぜ過去の経験が活かされていないのか、専門的立場から検証してみる。

 土石流は同じ流域で何度も繰り返されるもの。隣の沢で発生していないのに、なぜ梨子沢で土石流が繰り返されるか。それには訳がある。土石流を引き起こす特有な地形的素因や地質的素因が必ずあるはずである。






梨子沢



 梨子沢における最大の土石流発生要因は流域の形状にある。流域の上流域は扇子を広げたように広いのに対して、流末では絞り込まれた形状を形成する。つまり懐が深いのに口元が狭窄している。これをボトルネック型流域という。ボトルネック型流域においては、流域の上流では多量の雨水を幅広く受け止めるが、流末が狭窄しているため表流水も浸透水も容易に掃けない。このため上流域が飽和状態となって崩壊が発生する。崩壊した土砂は狭窄した流末で蓄積されるため、破壊したときに一気に土石流となる。言ってみれば、ストレス蓄積型発生機構ともいえる。

 土石流が繰り返される流域の多くがこのボトルネック型流域である。無論、地質的要因とか雨の降りようとか、さまざまな要因が重なって土石流が発生している訳であるが、一義的には流域の形状によって危険度が算出できる。例えば流末の流域幅に対する流域面積が大きければ大きいほど土石流が発生する危険性があるわけで、そのような流域を抽出して優先して対策することも必要である。残念ながら、私の知る限りでは今のところそのような試みはない。

 それでも土石流は起きるもの。では、土石流に対する対策は万全であったのか。梨子沢においても砂防堰堤などの対策が講じられている。ただ最も肝心なのは、流末の対策である。土石流は上流からの勢いでもって直線的に流れる。梨子沢の流末は曲がりくねった流路工が設けられている。土石流はそれには関係なく直線的に拡散して右岸側の民家を襲った。




土石流



 砂防堰堤などの力で抑える対策も必要だが、土石流は発生するという前提に立って、まずすべきは土石流が速やかに木曽川に流下するよう直線的な流路を確保することである。それを言うと、土地所有権など民法的に無理だとかいう反論がでる。しかしこと人命に関わること。土地区画整理など国の法律によってどうにでもなることではないか。要するに、土石流の被害を繰り返さない真剣さがあるのかを問いたい。



土佐雑感





 「男もすなる、日記といふものを、女もしてみむとて、するなり」の書き出しで始まるは有名な「土佐日記」である。それになぞらえ、昨年から出張する機会が多くなった土佐の雑感を記す。

 広島から土佐へは、どんな交通手段を使おうが、どんなルートで行こうが、所要時間は4時間以上もかかる。土佐が陸の孤島と言われる所以が理解できようというもの。一番楽なのは新幹線で岡山に行き、岡山から土讃線の特急「南風号」に乗っていく方法(下図①)であるが、岡山から高知までが長い。吉野川の急流沿いに大歩危、小歩危といった険しい四国山脈を横断するため、スピードが出ない。それに土讃線は単線であるため、途中駅で時間調整することもある。長くて長くて非常に退屈な旅となる。





陸の孤島

大歩危



 車で行くとなると、瀬戸大橋から四国に渡って高知道を走るルート(上図の②)が一般的であるが、これも長い。それに、ひとりだと疲れるし高速料金が高い。かといって、尾道からしまなみ街道を通って今治に渡り宇和島経由で行くルート(上図の③)はさらに時間がかかる。いずれにしても広島から高知は長い長い旅となる。往復8~9時間かけて打ち合わせ30分の日帰り出張のときには、何をしに行ったやらと脱力感に襲われる。

 高知駅を出ると、まず目に留まるのが駅前の銅像である。坂本龍馬を中心に、左の武市半平太、右の中岡慎太郎の3体はいずれも太い。いかにも土佐らしく飾り気がない威風堂々とした佇まいである。これを山口県萩市にある長州志士の銅像と比べると一目瞭然。土佐の無骨さと長州の繊細さが対照的である。
この土佐藩士の銅像、今回の台風接近で飛ばされる危険があるため緊急移動したとか。胴体がでっかい割りに中は空洞なのかも知れぬ。


銅像


長州藩士像


 時間があったので高知城に赴く。追手門の石垣を見て驚いた。粗雑な石を大雑把に積み上げているのである。これもまた土佐ならではの風情である。



追手門



 追手門を潜り抜けたところに板垣退助像がある。「板垣死すとも自由は死せず」の明言は明治時代の一大流行語だったとか。散歩をしていた地元のおじいさんに声をかけて、土佐の歴史についてひとしきり論じ合った。90歳になるというこのおじいさん、教養が高くて素敵な紳士であった。このあと、折角ここまで来たのだからと類稀ない馬鹿を承知、天守閣まで登って市内を一望した。



板垣



 高知城の近くに「ひろめ市場」がある。龍馬通りなど7ブロックからなり、鮮魚店や精肉店、雑貨、飲食店など個性的な店が集う。至るところにテーブルと椅子が並べられ、客は自分の好きなものを買ってテーブルに持ち寄って食べるというスタイル。昼間から市民が沢山集う。家族連れで昼間からお酒を酌み交わしながらガヤガヤと。知った人を見かけるとすぐに合流し、宴会さながらの風景があちらこちらに。ふ~む、これが土佐なのか。瀬戸内海育ちが太平洋の荒波に飲み込まされそうになる。


ゆめの


 夜になると当然のこと、繁華街へ繰り出す。はりまや橋から追手前、帯屋町界隈まで豪快な造りの飲み屋が続く。土佐には土佐鶴をはじめ銘酒が多いが、豊能梅もそのひとつ。日本酒専門店が多いのも土佐の特徴。土佐の人はみなお酒が強い。お酒を注がれたら返杯するのがルールだとか。そのルールを律儀に守ると、ついつい飲みすぎてしまう。土佐人は呑みっぷりが豪快である。

土佐の酒



 土佐はなんといっても鰹だけど、これが何ともブットイ。にんにくスライスを挟んで豪快に食べるのだが、あくる日臭くないのか。心配ご無用。土佐ではにんにく臭さは役所でも許されるというから、驚きである。ひとりで居酒屋めぐりをして探し当てた県庁近くの居酒屋。何といってもここのにぎり寿司は絶品である。


寿司


 そんな土佐の旅の終いは、決まってさば寿司を買って南風号に乗り込む。土佐人は朴訥として豪快であるが、シャイなところもある。長州人と似ても似つかぬ人となり。逆にそこが気が合うところかも知れぬ。


さば







朝 目覚めて

洗面所の鏡に映る

今日最初の自分の顔

君はまじまじと見ることできますか

ちゃんと見て いい顔していたら

君の昨日はきっとすばらしかったはず

もし いい顔していなかったら

君の昨日は少し残念かもね

明日いい顔見れるように

今日を明るく生きればいい

鏡に映る君の顔は

いい顔もよくない顔も

みな愛おしい素の君なのです




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団塊の世代を突っ走った田舎侍の遠吠えです。聞いてやってください。実話から世評までもろもろですが、一貫して、辛口です。

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