本音のホンネ





 この世は建前社会であり、建前ばかりがまかり通る。建前と本音を使い分けるのが世渡り上手だと言われ、たまに本音を暴露すると袋叩きにあう。しかし建前論ばかりが世に蔓延ると、物事の本質や核心を見失い、非現実的で間違った道を歩むことにもなる。世間ではタブー視されていて、それを言っちゃあ身も蓋もないという本音だって、誰かが言わなきゃいけないことだってある。そんな本音のホンネを最近の時事から披露する。

 集団的自衛権の話題が世間を騒がせ、無理強いの形で明日にも閣議決定されようとしている。憲法論や法律論の小難しい話ばかりが論じ合われている。具体的にどのようなケースのどのような状況下において、集団的自衛権が適用できて自衛隊が出動できるといった話である。しかし、その主役たる自衛隊員やその家族の立場に言及した話は一切ない。自衛隊員は自衛隊員たる覚悟をもって入隊している。災害時の出動もそうだし、日本国が敵国から攻められるという万一の有事の出動だって覚悟の上である。しかし入隊時の憲法下において、敵国に行って敵国と戦うことなど想定していないはずである。だとすれば、契約違反になりやしないか。こんなことであれば入隊なんかしなかったと思う隊員がいても至極当然のことである。政府は自衛隊の就職協定についてどう考えているというのか。

 拉致問題は一刻も早く解決してもらいたい。拉致された日本人はひとり残らず日本に帰してもらいたい。そういう願いは拉致被害者の家族のみならず日本国民全体の願いでもある。それはそうなんだけど、某国の企みは勿論、その代償となる金である。拉致被害者の帰還のためにお金も仕方ないことだし、第一、拉致の解決とお金とどちらが大切なんだとお叱りを受けるかも知れぬ。それもそう、ごもっとも。ただ、お金っていっても半端な額じゃない。小泉政権のときの拉致被害者の帰還にどれほどの国家予算が投じられたのか。それを考えると、もろ手を挙げてとはいかない複雑な心情である。ときに、今回の問題解決には1兆円以上とも言われている。それもこれもみな税金である。

 東京都議会のセクハラやじ問題が炎上している。あのような発言は女性蔑視で絶対に許せないこと。それはそのとおり。しかし議員ひとりを辞職に追い込んで解決することであろうか。発言した議員ひとりが悪いのか。他の議員のやじは許されるのか。はたまた、セクハラ発言を許した廻りの議員は許されるのか。そうこう考えると、セクハラ問題は特定な人の意識問題ではなく、日本全体に未だ蔓延る根本的問題ではないのか。
 そもそも都議会にしろ国会にしろ、やじはつき物。やじはいいけどハラスメントだから許せないのか。ハラスメントでもセクハラだけが許せないというのか。国会のやじを聞いてみるがいい。セクハラではないものの人格を侮辱したやじ、高圧的なやじがまかり通っている。セクハラ以前に議会のモラルの問題ではないのか。



 
 まだまだ言いたい本音のホンネは多々あるが、袋叩きにならないうちに退散しよう。



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瀬戸内クルージング





 寿司屋の飲みともだちのひとりにプレジャーボートを所有する社長がいて、よく釣りに誘っていただく。今回は、釣りはしないで瀬戸内をぶらりとクルージングしようということになった。参加者は、船長と私と単身赴任の社長に職人自営の夫婦と娘さんの計6人。

 ここは広島・五日市港のメイプルマリーナ。プレジャーボートの係留施設であり、約500隻のプレジャーボートが管理されている。プレジャーボートを購入するといっても、家1軒をゆうに建てられる金額だけど、それに係留管理費だって普通の駐車場の10台分はかかる。つまりは、よほどの金持ちの道楽人でないとできないわけであり、私なんぞの貧乏人にとっては、そんな人とよしみになった恩恵を受けてありがたいことです。





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 これが所有するプレジャーボート。船名の「六兵衛」は代々からの屋号らしい。何でも3隻目というから、どんだけ道楽者かと。船内にはトイレも付いていて仮眠することもできる。


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 梅雨の合間のくもり空。いざ、出航です。ゆっくりと係留施設の湾内から航海に出る。左に見えるのは廿日市大橋。



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 出航して10分も経つと、宮島航路にさしかかる。JR宮島口桟橋から安芸宮島までの2kmの海上を10分で結ぶフェリーが5分間隔に走行するため、これを避けるようにボートを進めます。一瞬、セウオル号事故を想像して緊張が走る。宮島の鳥居の真ん前で少し停泊し、記念写真を写す。


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 宮島をぐるりと旋回して呉港へ。ここには海上自衛隊呉地方隊が駐屯し、30隻以上の艦艇、潜水艦が停泊しています。怪しい船でないか、甲板からの見張り人がいます。



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 水しぶきを避けて船室にこもる人を横目に、私は室外で潮風にあたります。操縦席の前には現在の航路位置を示すナビとともに魚群探知機が付けられている。


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 呉から音戸の瀬戸へ。音戸大橋と第二音戸大橋を潜る。ここは潮流が4ノットと早く、海峡の幅はわずかに90m、可航幅は60mしかなく、一日約700隻の船舶が行き交う難所である。平安時代の1167年、日宋貿易の航路として平清盛が開削したといわれている。



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 大崎下島の御手洗港に到着。桟橋にて全員サングラスをかけて記念撮影。島の名物食事処の脇坂屋さんにて昼食。いろいろな海鮮がありますが、一押しのあなご重とあなごのお造りをいただく。


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 この島には江戸から明治、大正、昭和初期に建てられた貴重な建物が混在している。坂本龍馬の仲介によって長州・桂小五郎と薩摩・西郷隆盛の間で薩長連合が成立した直後、広島藩はこの金子邸に長州藩を迎え入れ、長芸の約定が結ばれたといわれている。町並みにはどの家にもおもてなしの花が活けてあり、潮風がさわやかなのどかな漁村です。



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 以上、瀬戸内クルージングの一日でした。



日本人とサッカー




 こんなことを書くと非国民だと叱られそうだけど、それでもあえて言いたい。日本人というのは何て楽観的というか、ボジティブな国民なんだろう。つくづくそう思う。今、日本も世界も白熱するワールドカップにおけるザックJAPANの試合予想のことである。

 はっきり言って、初戦のコートジボワール戦の前から、私は今大会の日本を全敗と予想している。無論、私だってザックJAPANに勝ってもらいたいし、是非とも1次リーグを通過してもらいたい。それは山々であるが、冷静に分析すればするほど悲観的にならざるを得ないのだ。別にFIFAランキングだけの話ではない。フィジカルな面、メンタルな面、あらゆる面で大きな差を感じるのである。

 フィジカルな面でどうしても劣勢な日本が勝つためには、点を与えない堅守と速攻のサッカーしかないと私は常々思う。それをあえて攻撃サッカーを目指すというなら、それもよかろう。だったら、多少のリスクを覚悟でも前線を押し上げないといけないのだが、コートジボワール戦では逆に尻すぼみしていた。前に進まないどころか、一人でねじ込んでシュートする選手もなく、守りもサイドが完全に破られていた。これでは攻撃サッカーどころか守りのサッカーもできていない。

 もともとサッカーはある種、格闘技だと思う。あの広大なピッチに審判員は主審1人、副審2人の3人しかいない。あの狭い土俵下に5人の審判員がいる大相撲と比べればその違いがわかるというもの。個々の細かいプレーまで見ちゃいない。いわば無法地帯の暴力劇が行われているようなもの。だからしてフィジカルな面が優位性を発揮するのである。

 サッカーの審判員が10人程度に増員されるとか、反則行為をさらに厳しくするとか、違反行為をビデオによる可視化によって判定する時代になれば話は別。しかし今のルールが続く限り、日本人が世界のサッカーと肩を並べるには頑強な体力作りしかないように思う。

 楽観的でボジティブなことは悪いことではないが、もう少し冷静な判断も必要なのではと思う。一過性のサッカー熱に終わらずに日本サッカーが世界で躍進するためには、ファンも国民も冷静な視点で厳しく選手を見守ることも大切である。日本人にとって世界のサッカーはまだ50年早い。そんな気がするほど、サッカーの歴史の重みの違いを感じるのである。





(悲観論者の弁)

盆栽





 6月の第2日曜日、マンションの一室で朝飯を済ませ、さて今日はワールドカップの初戦だと少し高揚した気分のところ、ピンポ~ンとマンションロビーからのチャイムが鳴った。出ようか出まいか迷った。客は来るはずもないからチャイムの相手は勧誘などろくなものではない。そう思ったが、一瞬、今日は父の日だと気づいた。

 宅急便のあんちゃんがエレベーター越しに運んできたものは大きな段ボール。息子からの父の日プレゼントは、毎年、お酒かポロシャツが定番なのだが。おずおずとダンボールを開けると、ダンボールの底から緑と土の匂いがした。それは五葉松と長寿梅の盆栽であった。






盆栽




 粋なことをしやがって。さて、どういう意図なのか。とりあえずお礼のメールをした。「ありがとう。大切にします。」いつもの淡白な返しに続いて「盆栽を枯らす前にこちらが枯れないように頑張る」と付け加えた。するとしばらくして、息子からメールがあった。「盆栽の世話でもして、少しのんびりとしてください」とあった。

 てやんでぇ~。のんびりなどできるか!と思ったが、同時に、若い頃から仕事一筋に突っ走ってきた父への息子の思いがわかるような気がした。折角の息子からのメッセージ、大切に受け止めて、走りながらときどき休もう。






横浜マンション傾き騒動





 ニュースやワイドショーでこの騒動をとりあげ、専門家とおぼしきコメンテーターが勝手な発言をしている。全くわかっていない。そう憤慨しながら書かねばと思い立った。


【わかっていない理由】
 マンションなどの建築物を扱う技術者は、「上物(うわもの)」と呼ばれるマンションなどの建築物本体の設計に携わる技術者(一級建築士)と基礎を扱う技術者(技術士)に分かれる。一級建築士は難しい構造計算をこなせる構造屋としてのプライドがあり、技術士には構造屋は地盤のことなんかわかっちゃいないとのプライドがある。しかし社会の評価は一級建築士の方が高く、従ってこの種の問題が発生した場合は決まって一級建築士が登場する。しかし姉歯事件のように建築物の設計そのものに欠陥がある場合は論外として、一般にこの種の問題のほとんどは基礎にある。したがって、地盤や基礎に全く疎い一級建築士が登場しても、何もわかっていないのに生半可な発言をすることになる。


【原因の元凶】
 個別の問題の原因もさることながら、そもそもの元凶はゼネコン(総合建築会社)の内部組織の確執にある。どこのゼネコンにも設計を扱う「建築部」と基礎および周辺工事を担う「土木部」がある。前述した経緯から「建築部」は自分たちはエリートと自負し、「土木部」を見下げる。一方「土木部」にはコンプレックスがあるものの地盤情報が一番大切なことを自負している。こうして「建築部」と「土木部」の確執は営々と築かれ、その結果、「土木部」が提案・報告する地盤情報を無視して、「建築部」が上物を設計することが日常化している。建築土木に関連する誰しもが感じている古くて新しい問題点だが、未だに是正されていない。


【基礎地盤調査の問題点】
 力のある「建築部」としては安いマンションを建設することを目標にして、できるだけ基礎工事を抑制するよう「土木部」に指示する。その結果、省かれるのが基礎のボーリング調査となる。一般的にはマンションの四隅と中央の計5箇所のボーリング調査をするところを(下図)、対角線の2箇所で済ませたり、中央1箇所で済ませたりする。ましてや今回の事件の場合のように、既存の建物が隣にあればそのデータを使って新たに調査をしていない可能性が極めて高い。つまり基礎地盤の調査不足が原因であることに間違いはない。



基礎ボーリング調査配置



【支持層の認識】
 「建築部」の建築屋にとってはボーリング調査は1本のデータに過ぎない。その地盤の原地形、地層の凹凸、地形の成り立ちや地質の生い立ちなど眼中にない。したがって、支持層を示す1本のデータがあれば、その支持層は水平に連続して当たり前との認識しかない。そこで地盤情報の間違った認識がひとり歩きして大きなミスを起こす。




マンション支持層




 以上、土木屋寄りな見解のようであるが、社会の実態から原因をまとめたものです。建築と土木、工学と理学、臨床と基礎研究。昔から言われてきた分野の垣根の問題ですが、その境界領域を制覇しない限り、大きなミスはなくせないし、立派な成果も生まれない。そう信じて、今後も恐れずに境界領域に切り込んでいきます。プライドとか名誉とかクソくらえです。




わが孫娘は凶暴にて



 日曜日の夜の、娘からのたった1本の電話で次週の仕事の予定が大狂いとなった。孫娘が水疱瘡にかかって保育園に行けないからしばらく預かってくれない?との内容。安月給で共働きの娘夫婦のこと、そこは周りの者で協力して助けてやらねばならぬ。それはわかるが、こんなとき娘の旦那の実家に相談することはなく、なぜだか決まってこちらにお鉢が回る。向こうの爺は無職でこちらの爺は現役だというのに。でもまあ、孫にとっても甘~いから簡単に受けてしまう。

 4歳と少しになった孫娘はますます成長し、大人との会話に不自由しないばかりか、大人の顔色や気配をみては甘えたり拗ねたり、はたまた横目で睨むなど自在にこなす多重人格者に成長していた。お好みグッズもキテイちゃんやドラえもんを卒業し、ハピネスチャージプリキュアなるものへと心変わりしていた。それでもまだ4歳、抱っこ抱っことせがんだり、一緒に照るテル坊主作ろつとか、トイレに入るとドアを開けないでねと念を押したりと、おしゃまさと幼さが同居している。

 孫が来るのは嬉しいし、孫の成長を見るのは楽しみである。ただ困ったことに、この孫娘は凶暴なのである。普段のしぐさから荒っぽいおてんば娘である。部屋のドアをバーンと思いっきり叩いて開けたり、ソファの肩を綱渡りしたり、テーブルにじかにクレヨンで書いたり、フローリングの上を引きずって走ったり、おもちゃが入った段ボールをダーンとリビングにひっくり返したり。そんなわけで、ピッカピカだった我が家のマンションはどこもかしこも傷だらけとなってしまった。片づけては掃除機をかける間にまた汚すことのイタチごっこ。あれは駄目、これは駄目とこまごま叱ってもと、今では諦めモードで散らかしっきりで家財道具一式を投ずる覚悟でいる。

 おてんば孫娘は、ときどきヒステリックに凶暴となる。気が立つというのか、癇癪もちというのか、気に入らないと突然に物を投げたり周りの大人を蹴ったりと凶暴になる。娘が仕事を終えて帰ってきたある夜も、突然、私の眼鏡を投げたり、そこいらへんの物を投げたりした。

 普段のおてんばは目をつむるとしても、人が嫌がることやあまりの凶暴にはちゃんと諭さねばならぬ。ただ、諭すにしても諭し方があり、周りの大人の共通意識がなくてはならない。「○○ちゃんはね、普段はとってもいい子だよ」と褒めることから始める。やっていいことと、やっていけないことの区別をこの歳からちゃんと教えなくてはいけない。そして一番大切なのは「ちゃんと本人が謝るまで許さない」という大人の共通意識である。ひとりでもいい親やいい爺をぶっては台無しになる。今回、その甲斐あって、シャワーをしていたバスルームを開けて孫が謝りにきた。声が小さい!と、後ろからついてきた娘が言う。なぜ悪かったのか言いなさい!と。それを何度か繰り返して、孫娘は最後はちゃんと言えた。凶暴な孫娘のひとつの成長過程を見たようでもある。




なお4歳




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団塊の世代を突っ走った田舎侍の遠吠えです。聞いてやってください。実話から世評までもろもろですが、一貫して、辛口です。

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