ネクタイ






 最近、ネクタイをする機会がめっきり減った。普段、会社にいるときはカジュアルな服装で仕事している。現場はもっとカジュアルだし、ネクタイをつけるとすれば、顧客や役所との打ち合わせとか会議とかに限る。外での打ち合わせ会議にしても、今ではよほどでない限りノーネクタイで済ませている。

 いつの頃からノーネクタイになったのか。多分、2005年にクールビズとやらが登場して以来だと思う。クールビズの流れに便乗して、今では冬でもノーネクタイが何となく許されるムードになっているから、時代も変わったものだ。ノーネクタイになったのはそうした時代の流れもあるが、自身でも何となくネクタイをつける方が野暮ったく感じてきている。無論、面倒臭いという自身の横着さが根底にあるのだが。

 今ではノーネクタイ派に成り下がったが、これでも若い頃から随分とそのネクタイに凝った。気に入ったネクタイを見つけては買い漁った。漁るという表現がぴったりなほど、つもり積もったネクタイは半端な数ではなかった。それに、昨年暮れに亡くなった姉から毎年、誕生祝いにとネクタイが送られてきた。それは、母親が亡くなって私が還暦を迎えるまでの30年間もの間続いた。多分、母親代わりのつもりだったのだろう。

 つもり積もったネクタイの数は、恐らくピーク時で300本以上あったと思う。数年前に150本ほどを整理して塵に出した。それでも洋服タンスの裏扉には、だらしなく無造作に掛けられたネクタイが乱立し、扉を開けるたびに何本かが落ちた。

 先日、冬物を整理するときに、思い切ってネクタイの整理をした。もうつけることは絶対にないと思われるものを塵袋に入れていった。それでも忍びがたく、1本1本の思い出を胸に別れを告げた。そして残されたものが彼らである。



ネクタイ


 彼らはいずれも、私にとっては戦士なのだ。1本1本は戦果も戦禍も経験した勇士である。打ち合わせのたびにネクタイを選んだ。勝負ネクタイもあり、冷徹ネクタイもある。接する相手と状況に合わせてネクタイ選びを楽しんだ。今ではほとんど戦わなくなった戦士たちであるが、残された彼ら戦士だけは最後まで大切に供養していきたい。




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残業代ゼロの波紋






 ベルトコンベアーで流れる製品を組み立てるなどの職種は、労働時間が賃金査定のすべてである。しかし、職種によっては裁量勤務や成果主義が勤務の実態と適合するものも多い。職種によって地域によって、その人にとっての最適な勤務形態を選択できるよう、バラエティーある勤務の仕組みがあるのが理想である。

 政府の産業競争力会議が労働時間にかかわらず賃金が一定な働き方を一般社員に広げることを検討するしたとたん、新聞の見出しには「残業代ゼロ」の文字だけが一面に躍る。対象者は年収1千万円以上の高収入の社員、高収入でなくとも労働組合との合意で認められた社員であり、無論、本人の同意が前提であるという条件が、雲隠れしてしまうほどに。

 そもそも、すべての労働者は、労働時間が短く少しでも高い賃金を求めるのだと考えること自体が間違いである。賃金以上にやりがいを重視する労働者だっているし、休日を返上してでもできるだけ長時間働いて高い賃金を得たいと思う労働者もいる。限定した地域に定住して自由な時間だけ働きたいと思う者もいるし、時間ではなく成果で賃金査定して欲しいと願う人もいる。勤労者の勤務条件と報酬に対する考えは千差万別である。

 サラリーマン時代を通じて、私は残業代をもらった経験がない。入社してすぐにスト破りした組合幹部に愛想をつかして組合を脱退し、そのうちすぐに管理職に就いたからだ。それからしばらくして、組合との折衝によって会社は裁量労働と年俸制度に移行した。もう35年も前の話である。その頃から既に会社にタイムカードはなく、残業という概念はなく、朝何時に出社してもいいフレックスタイムやこの時間は社内拘束というコアタイムを導入していた。年俸は1年に1回、自己申告に基づいて協議し、どうしても折り合いがつかない場合は退社してもらった。プロ野球選手と同じ扱いだ。

 会社が早くからそういう制度に踏み切ったのは、残業が存在することによる不公平と不平等の弊害をなくすためだ。早い話、できる社員は時間内に仕事をこなし残業がつかない。できない社員は時間内にこなせないから残業がつく。できる社員は家に帰っても勉強するから資質が向上し、さらに効率的に仕事をこなす。できない社員は家に帰っても勉強しないから、いつまでたっても進歩がなく益々残業が増える。これではまるで正当な報酬とは逆転の現象だということを、会社も社員も気づいたからだ。

 そもそも、会社が年俸制に踏み込むことができなくて残業のしがらみから脱することができない元凶は、昭和22年に制定された古い古い労働基準法にある。そしてこの労働基準法を楯に、会社と相対して要求するのが労働組合である。果たして、労働組合というのはほうとうに必要なものなのか。会社の発展の阻害にこそなって無益なものではないだろうか。

 社員と会社の関係について、常々思うところがある。会社にとって、社員は最も貴重な人的資源であることに間違いない。従って、社員および家族の生命を維持し、暮らしぶりを向上させることこそ会社の使命であり、またそのことが会社の発展に繋がる。しかし、会社経営が危ういときに、春闘だのボーナスだのと要求するとはどういうことか。会社あっての社員ではないのか。会社がなくなれば、ベースアップやボーナスどころの話ではないだろう。

 私は入社してすぐに組合を脱退して経営者側の席から労使交渉に臨んだ。しかし、私は組合員以上に組合的な考え方だったと思う。今から思うと、労働組合は経営者と相対する組織という因習に囚われ、形式的な要求をしていたように思う。真に社員と家族の生活を守るという視点が欠如していたように思う。支店の住所変更に伴う社員の引越し費用を本社に求めたのは、組合ではなく管理職の私の提案であった。社員の通勤費の是正を本社に求めたのも、組合ではなく管理職の私であった。

 組合とは、仮にその存在価値があるとすれば、社員の権利保全のために、社員の家族の暮らし振りの向上のために、会社の経営事情を理解した上で会社と一体となって考えるものでなくてはいけないと思う。ただただ自分たちの要求だけを求める労働組合があるとすれば、それこそが会社の元凶といえる。労働組合のあり方、とくに連合会のあり方に一石を投ずるものである。





ブランド




 誰のエッセイだったか、川上未映子さんだったかも知れない。LOUIS VUITTONのバッグが盗まれて半年以上も経ってドブ川で見つかり、中身はなかったけどバッグだけが戻ってきたという。ボロボロになってドブの臭いが染み付いていた。洗って洗って裏返しにしてゴシゴシやって乾かしたら、何と、買ったときと同じ新品みたいに生き返ったという話である。

 凄すぎる話だ。これがほんとの話だったら、ヴィトンさまさま、ヴィトンにひれ伏す思いであったろうと想像する。恐るべきヴィトンの底力である。やはりブランド品はそれなりに価値があるものなのか。

 もともと私はブランド物にあまり興味がない。といって、全く持っていないかというと少しは持っている。GIVENCHYの腕時計と眼鏡フレーム、Dunhillのバッグなど。でも、ブランドだから購入したのではなく、デザインが気に入って買った腕時計がたまたまGIVENCHYであったり、頑丈なバッグだと選んだものがたまたまDunhillだっただけである。それにヴィトンに比べれば値段は1桁少ない。

 ブランド品をさりげなく持っているのはとてもお洒落であり、気品すら感じる。が、上から下までchanelでケバケバしく着飾ったご婦人とか、これ見よがしにヴィトンの財布を自慢げに出す紳士なんかに遭遇すると、あぢゃ~と思う。虚栄心がムンムンして、こちらが気恥ずかしくなる。

 そもそもブランドとは区別するという概念である。世に言うブランド品とは、高級品イメージがついた一部メーカーおよび商品を指す。ただ高級品イメージはマーケテイングの中で形成される。つまり消費者が形成するものである。中身が伴わない名だけのブランド品はやがてすたれる。確かな品質が歴史とともに多くの人に愛されてこそ、真のブランド品であろう。

 品質の確かさとともに、ブランドメーカーのイメージが自分にお似合いかということも重要である。そういう意味では、とてもじゃないがchanelなんぞは私には似合わない。その人にとって気に入ったデザインで機能性と耐久性に優れたもの、それこそがその人にとってのブランド品なのだろう。名もないメーカーの商品だってその人にとってはブランドであったり、仮にヴィトンであってもその人にとってはブランドではないこともある。

 要は、人それぞれに自分に合ったものをブランドとして身につけることが大切だと思う。あまりブランドに興味のない私としては、せめて「ボロは着てても心のブランド」といきたいところだが、素性の悪さからそうもいかないのが悲しい。




共著者の責務と覚悟





 最近の科学技術関連の発表論文および投稿論文は共著のものが多い。科学技術の進化とともにテーマが専門化し、論文作成作業の細分化と分業化が進んでいる結果である。ただ、共著にはさまざまな弊害がつきまとい、私自身もいろんな苦い経験をしてきた。

 共著とひと口に言っても、名ばかりの共著が世にあふれるほど横行している。ろくすっぽ自身で論文を出さない教授が、准教授や学生の論文に無理やり名を連ねる。これは論文発表数という自身の評価点を高めたいがためである。逆バージョンで、論文内容に全く関わっていない著名な教授に、共著に名を連ねていただくよう依頼する場合がある。これは、論文の箔をつけるがためである。いずれにしても、これらはすべて名ばかりの共著であり、これこそ不正行為である。

 共著で出版物を作成するともっと厄介となる。筆頭著者がいて取り巻きの著者が多くいる場合、一次執筆、二次執筆、最終原稿、査読と長期間の工程を立てて各執筆者で分担するが、守らない人が決まって出てくる。大体にして偉い人ほど忙しいを理由に堂々と守らないから、出版工程が大幅に遅延してみんなが困ることになる。

 論文には査読がつきもの。名も知れぬ科学技術者が投稿すると、ああだこうだと重箱の隅をつつかれ、最後は踏み倒されることもある。逆に、名の知れた人が共著者にいると、それだけでスルーするから面白い。科学技術分野においては、論文の中身の評価という他に、組織としてのあるいは個人の権威や名誉がうごめく。

 今回のSTAP問題の共著に関する発言をみると、やれ分業作業だからとか、私は直近の数ケ月しか関わってないとか、直接指導する立場ではないとか、御託を並べている。見苦しくてありゃしない。本来、共著とは等しく責任を共有すべきものである。5人の共著者であれば1/5、10人の共著者であれば1/10の責任を負うべきである。名ばかりだろうが、分業だろうが、実態がどうであれ、共著者として論文が世に出るということはそういうことである。科学技術者としても最も基本的な倫理や品性に欠けた集団と言わざるを得ない。




かくして4月9日を迎えにけり




 我が零細企業のくたびれたパソコンたちは、今日もウーウーと音を立てて頑張っています。古い古いXPという重い家系を背負った宿命の苦戦です。鈍感な上にときどき固まる、まるで出来の悪い学生に似たり。それでも、主はこの子たちが愛おしい。動作が遅くても主に忠実なのです。それに何といっても、主にとってとても使い勝手がいい子たちなのです。

 そのXPたちにとって、運命の日が到来した。XPたちのモニターには一斉に忠告文が出る。「本日をもってサポートを終了します」と。次に「なぜサポート終了?」とある。クリックして読んでいっても、終了の理由に全くなってないのです。さらに「今やるべきことは?」とクリックすると、何のことはない、結局のところwindows8に買い換えなさいという落ちだ。

 前々から予想されたこととはいえ、実際にこの日を迎えると、心中、穏やかではない。XP対策は万全を期してきた。その対策とは、この愛おしいわが子たるXPを見放さないという選択肢である。要するにネットに繋げなければ怖くない。ネット使用は人質機種に限定する。30分毎に自動バックアップをする。こうして、マイクロソフトの陰謀へのあくなき抵抗を続ける。ほんとうのことを言うと、仕事で使うソフト、たとえばAutoCADなどは64ビットじゃ動かないのです。インストールを受け付けないソフトもある。だから32ビットの彼らの力が今でも必要なのです。

 それでもと、万一の事態のことを考えてwindows8を1台だけ導入した。消費増税とサポート終了が重なる駆け込み需要の戦略にまんまと引っかかって。その8を見て驚いた。最近のデスクトップはモニターしかない。モニターにすべて組み込まれている。無論、キーボードと繋がるコードもない。配線1本で電源を入れれば瞬時に立ち上がる。もはやデスクトップとノートの垣根はない。なんだか味気ないねぇ。私にはカラフルなモニターデザインもゲームも便利機能も必要ないのになぁ。

 今はただじっと耐え忍ぶしかありません。この日を迎え、これからなにが起きるやら、戦々恐々の日々が始まります。





マー君とハンカチ王子




 マー君こと田中将大(まさひろ)選手は、今、最も旬で、最も輝いたスポーツ選手といえる。今年、楽天から大リーグへ。それも名門・ニューヨーク・ヤンキースに破格の契約金で入団した。すると先日、早くも初勝利によって輝かしいメジャーデビューを遂げた。

 その田中投手といえば、比較の引き合いに出されるのが現、日本ハムファイターズの斉藤佑樹投手である。田中投手の駒大苫小牧高校が甲子園夏3連覇を賭けて、早稲田実業の斉藤佑樹投手と戦った決勝引き分け再試合の激闘が昨日のように思い出される。もう8年も前のことである。結果、田中投手は最後の打者として斉藤に三振で討ち取られ、3連覇の夢は成し得なかった。当時、田中投手以上にハンカチ王子と持てはやされた斉藤投手にファンが殺到した。

 しかしその後のふたりの人生は、同じ野球を続けたとはいえ大きく進路を違えた。田中投手は高校を出るとすぐにプロの道を選んだ。田中投手は指名されればどの球団にも行くと表明し、結果、楽天が射止めた。入団後の活躍は周知のとおりである。一方、ハンカチ王子こと斉藤投手は早稲田大学進学の道を選択した。卒業後、日本ハムファイターズに入団したものの華々しい活躍はできずにその後、故障にも泣いた。

 先日、その斉藤投手の今を取材した放送を見た。ハンカチ王子と言われた頃、そう言われるのが好きでなかった。言われることで別の自分を造っていたと、当時のことを述懐する。そして今、どん底に落ちたことで、ほんとうの自分を見直すことができたと。そう言いながら、再起をかけてトレーニングに励んでいた。

 甲子園でふたりを見たときから、私は田中投手のキャラやpositiveな性格はプロ向きであり、片や、斉藤投手はいかにも線が細く華奢でプロ向きではないと睨んでいた。現実のふたりの実績を比較すれば、予想通りの結果と言える。

 しかし、どん底の斉藤投手の下向きな今の姿を見て、エールを送りたい気持ちで一杯である。自分を見直すことができたと自身が言えることが素晴らしい。もうハンカチは必要でない。王子でもない。飾る必要などない。素の自分をさらけ出して、再起して欲しいものである。無論、田中投手にもメジャーで勝利を重ねていってもらいたい。田中投手と斉藤投手、今の野球人生で比較すれば雲泥の勝者と敗者である。しかしまだ勝敗は決着していない。ふたりとも良きライバルとして、人生の勝者になってもらいたいものである。





写真の捏造




 人間、何かを守りたいときにする常套手段は、誰かひとりだけを悪者にしたり、変な理屈をこねたり、嘘をついたりするものだ。守るべきものは何かというと、自分であったり組織であったりする。献金問題で今、やり玉にあがっている某党首の場合、守りたいのは決して党ではなく、あくまでも可愛い自分である。STAP問題に対する内部調査の発表内容は、組織の存亡を賭けて「ひとり悪者」を披露する茶番劇とみる。この問題には、まだまだ隠蔽された何かがあると睨む。

 それは兎も角として、STAP問題の本質は論文引用や写真の捏造である。しかし、この科学技術隆盛の時代に、先端科学論文のこうした疑惑がなぜ瀬戸際で見抜けないのか。それも世界に冠たるネイチャーが。不思議で仕方がない。20~30年前ならまだしも、こうした捏造疑惑は簡単に見抜けようものを。

 たとえば、写真の加工や捏造の問題。工事現場などでは黒板に日付などを書き込んで証拠写真を撮って提出する。しかし撮り忘れることや日付を間違えたりすることもある。昔だったら撮り直しただろうが、Photoshopなどの写真加工ソフトが広まるや、いとも簡単に加工編集できるようになった。加工も合成も、編集も効果も何だってできる。お見合い写真もお好みの美人顔にできる時代である。

 しかし、ISO導入による品質管理が徹底してきた今日では、加工をチェックするソフトも開発されている。1枚の写真デジタルには様々な情報が隠されているので、いとも簡単にチェックできる。現実に、今では国に提出する写真も検査で篩いにかけられ、仮に加工・編集したものであればたちどころに判明する。

 下の写真はある現場で私が撮った写真の加工と編集である。報告書の中身としては許されるが、編集する前の元写真やスケッチなどの提出が義務付けられ、チェックされる。わかりやすいように編集したものは許されるが、都合の悪いデータを削除したりなどは言語道断。編集加工の制限範囲も、提出するものが報告書か冊子か論文かにもよる。同じ論文でもメジャーな学会かどうかにもよる。しかし、改ざんや捏造はあってはならないことは無論である。



写真の加工




 論文引用もしかり。様々なジャンヌの論文がキーワードで検索されて審査される。論文記述内容の一致性をチェックするソフトもある。こうした現代科学における検索システムやチェックシステムなどによって、引用、盗用、加工、編集、捏造はシャットアウトされるはずである。なぜ科学技術論文でそれができていないのか。不思議だ。写真の捏造の前に、組織的な隠蔽と捏造があるのではと疑いたくなる。




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団塊の世代を突っ走った田舎侍の遠吠えです。聞いてやってください。実話から世評までもろもろですが、一貫して、辛口です。

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