やる覚悟とやめる覚悟




 これまでの人生、こうと思ったらすべからく覚悟をもって実践してきた。理由はともあれ、男が一旦、やると決めた以上、腹を据えて覚悟を決めてやる。仮にその過程がしんどくても、たとえその結果が芳しくなくとも、決して弱音を吐かず、最後までやり遂げることを信条としてきた。

 この「やる覚悟」とは、つまり「攻める覚悟」でもある。考えてみれば、私の人生は攻め一辺倒であった。確かに攻めは果敢で力強い。しかし反面、脆さもある。好きな将棋がなかなか勝てないのも、実はそこに原因がある。私は相手の陣地ばかりを睨んで、攻めに攻めまくる。頭の中には攻めることしかなく、自陣を守るなんぞは愚の骨頂と踏んでいる。しかし攻めてばかりいると、一旦、攻めあぐねた場合に、気づけば自陣の守りは手薄で、一気に攻め込まれてしまうことになる。将棋を何度やっても、同じ轍を踏んでいる。

 野球もしかり。サッカーもしかり。守りこそ最大の攻めでもある。要するに、点を取られなければ負けることはない。それを百も承知で攻めまくるのは、やはり私は、どこかゲルマン民族の血を受け継いだ狩猟民族であり、決して農耕民族でないからだろう。それも良かろう、これも性格だからしゃぁない。

 ただ、将棋や野球やサッカーだったらまだしも、人生においては「やる覚悟」や「攻める覚悟」と同時に「やめる覚悟」や「守る覚悟」も必要であり、それがとくに終盤の人生を快適にすることがあるのかも知れぬ。

 デユーク大学の教授が2006年に発表した論文によると、人間、毎日の行動の40%以上が意識的な行動ではなく無意識な習慣であると説いている。習慣には良い習慣と悪い習慣があり、とくに悪い習慣を継続すると、連鎖して次なる悪い習慣を生み出し、生活のリズムを崩すというものである。

 さて、私にとっての悪い習慣とは何だろう。真っ先に浮かぶのが、毎日、判で押したように酒を呑むことである。無論、呑みたいという欲求から呑んでいるのであるが、365日、毎日、毎日、その瞬間、瞬間、ほんとうに喉から手が出るように呑みたいかというと、そうでもない。そうでもない日も習慣として呑み続け、呑み始めたらダラダラとさらに呑み続けることがある。これこそが悪しき生活習慣ではないか。

 そこで、月1の休肝日を設けるという一大決断をするに至った。他人には大そうにと思われるかも知れないが、これは私にとって人生最大の苦汁の選択なのだ。この歳になってようやく「やめる覚悟」を身をもって実践し始めた私ではあるが、どんな仕事も決して断ることはしない、請けた仕事は徹底的にやる、そんな攻めの姿勢はちっとも変わっていないのである。





スポンサーサイト

太宰治論





 過日、ある人と雑談していて、話が文学のことに及んだ。そのとき、私はとりとめもなく「太宰治は嫌いだ」とつぶやいた。ほんとうに、とりとめもなく。すると、ある人曰く、「太宰治論を書いたら」と。そう言われて、書かないのも癪(しゃく)である。しかしそうはいっても、論じるには少なくとも相応の準備がいる。

 早速、電子本を調べたら、アイウエオ順に「ア、秋」から「富嶽百景」まで48編が納められていた。勿論、「人間失格」も「走れメロス」も「斜陽」もある。これらすべてを読んで論じようと、始めた。

 多分だが、太宰治の代表作を過去に数編読んで、うんざりした記憶がある。その印象から発せられた、とりとめもない不覚のつぶやきであった。今回は彼の作品すべてを、じっくり読破してやろうと意気込んだ。だが、その目標はあえなく萎えた。端的に言うと、面白くない上に、長くてくどくて、イライラして、絶えられないのです。それで、心ならずも中途半端な論を書くに至った。

 論より証拠。たとえば、「人間失格」の中の一文です。
(原文のまま)『・・・・・・・・・プラクテカルな苦しみ、ただ、めしを食えたらそれで解決できる苦しみ、しかし、それこそ最も強い痛苦で、自分の例の十個の禍いなど、吹っ飛んでしまう程の、凄惨な阿鼻地獄なのかも知れない、それは、わからない、しかし、それにしては、よく自殺もせず、発狂もせず、政党を論じ、絶望せず、屈せず生活のたたかいを続けていける、苦しくないんじゃないか?エゴイストになりきって、しかもそれを当然の事と確信し、いちども自分を疑った事が無いんじゃないか?それなら、楽だ、しかし、人間というものは、皆そんなもので、またそれで満点なのではないかしら、わからない、・・・・・・夜はぐっすり眠り、朝は爽快なのかしら、どんな夢を見ているのだろう、道を歩きながら何を考えているのだろう、金?まさか、それだけでも無いだろう、人間は、めしを食うために生きているのだ、という説は聞いた事があるような気がするけど、金のために生きている、という言葉は、耳にした事がない、いや、しかし、ことに依ると、・・・・・いや、それもわからない、・・・・・考えれば考えるほど、自分には、わからなくなり、自分ひとり全く変っているような、不安と恐怖に襲われるばかりなのです。』 

 すべてがこんな調子なのです。長くて、くどくて陰湿で、ベトベトした空気がまとわりついてくるのです。彼は句点も読点もわかちゃいない。というか、多分、彼は煙草をくわえて畳の上を立ったまま徘徊し、思いつきで言葉をめぐらせ、それを側近が筆記する、そんな情景だったらこんな文になるだろう。間違っても、原稿用紙と格闘し、書いては削除し、熟考に熟考を重ねているとは、到底、思えないのです。

 それに、彼の文は基本的に文章としての体をなしていない。これほどひとつのセンテンスが長いと、まず主語が何だったのかがわからなくなる。文全体の構成がわからなくなる。文の前後の関連性がわからなくなる。

 そもそも、読みやすい文章とは、できるだけワンセンテンスが短いことが基本条件となる。その方がわかり易く、テンポが良く、接続語や間接語の適用によって前後の関係が明確になる。彼の長たらしい文の読点は、読者のための読点ではなく、彼が思いめぐらすための彼自身のための休息に過ぎないのです。つまり、読者を意識した作家の優しい文ではなく、全くもってエゴな作家の文なのです。ただただ、自分の思いをつらつら、ダラダラ、綿々と綴っているだけで、そこに何の工夫も企画も仕掛けもないのです。その引き際の悪さといったら、ありゃしない。

 もうひとつの事例。「ア、秋」の中の一節。
(原文のまま)『悲惨と情欲とはうらはらなものらしい。息がとまるほどに、苦しかった。枯野のコスモスに行き逢うと、私は、それと同じ痛苦を感じます。秋の朝顔も、コスモスと同じくらいに私を瞬時窒息させます。』

 彼は特化したデリカシーの持ち主であることを自作自演し、それによって孤高詩人であることを鼓舞しているように思えてならないのです。極端な感情移入が、何かしらワザとらしいのです。

 また、このような一節もある。『僕くらいの炯眼の詩人になると、それを見破ることができる』と。自信過剰も甚だしい、高慢ちきな詩人だこと。嫌なタイプのナルシストを見てしまったような気がするし、逆に哀れさを感じるのである。

 結局のところ、太宰治は何を言いたいのか。俺くらいの詩人ともなれば、いくらでも引き出しを持っているから、どんなテーマだって書ける。さあ、どうだ!と。その自信過剰とは裏腹に、彼の文章には絶望感が漂う。人間社会におけるあざむき、虚偽、不正、それらを根源にした人間不信が根底にある。しかし太宰は自分にもそうした人間のずるさや悪さがあることに気づき、自己矛盾に陥り、妙諦(みょうてい)を見出すことができず、苦しみもがくのです。やがてそれが絶望へと繋がり、そして自暴自棄の結末へと誘う道筋が見えてくるのです。 しかし、それもこれも太宰の歪んだ物の見方や、たまたま彼自身が経験した不信がベースにあることが原因なのです。普遍的に物事を捉えようとする姿勢が太宰にないことに、私は最も腹立たしさを覚えるのです。そして、よくよく考えてみると、どこか私も太宰と似たところがあることに気づくのです。






ゴーストライター




 彼に道義的責任と民事的責任、さらには刑事的責任があろうことは間違いない。彼は許し難い、とんでもない奴だと非難することはたやすいし、そのことに戸惑いはない。ただ、それで終わりなのかと、すっきりしない気持ちでいる。

 なぜかというと、ひとつには、彼が全聾であることに強い疑念を抱く私であるが、周囲や社会はなぜ今までそのことを疑わなかったのかということ。次に、なぜそれほどまでに社会は彼をもてはやしたのかということ。やはり全聾であるからなのか、それとも作品が素晴らしかったのか。さらに言うならば、彼が全聾であるないにかかわらず、彼の作品に感動し涙し、それがためにCDを買ったりコンサートに行ったというならば、それはその作品に惚れたわけであり、彼の作品がゴーストライターによるものであろうがなかろうが、関係なかろうと思うことである。

 障害者にことさら脚光を浴びせる世の風潮がある。その方が話題になり感動を呼び、涙を誘う。それに、何しろ視聴率が上がる。こういうと障害者に冷たいと言われるかも知れないが、これは真の意味の公平という観点で物を申している。例えば、わざわざとってつけたかのように、オリンピック・パラリンピックと連ねること自体、障害者をことさら意識した苦策と思えてならない。障害者を手厚く支援することに何の依存もないが、どこか、ぎこちなさとわざとらしさを感じるのである。

 視点を変えて、ゴーストライターが悪いというなら、いろんなゴーストライターがいるがそれは責められないのか。論文を学生の手に任せて何食わぬ顔で共著に名を連ねる教授。国会議員の意見はほとんど誰かの作文だし、我々の仕事も国の代弁。各種委員会資料も影武者の仕業。それは芸術ではないというならば、歌手のほとんどが口パクなのは詐欺といえないのか。美術の世界にも微妙なものはあり、文壇にも限りなくグレーな作品がある。これすべてゴーストライターといえないのか。

 ゴーストライターを容認すると言っているのではない。要するに、視聴者や消費者や観客の価値観の問題であり、何に価値を求めているのかということを問題視したい。全聾者である作品だからなのか、著名だからかなのか、それとも、作品そのものに惚れたからなのか。美容整形を隠した美しい女性の心に惹かれたとしても、それはそれで許されようと思うのだが。





兄のこと




 3人兄弟の一番上の姉が先々月亡くなって早、49日を過ぎた。もともと姉と一番下の私は気性が合い家族ぐるみで往来する仲であったが、兄とはどこか波長が違って一線を画した。兄は社交下手で、家族のことや個人的なことを話す人ではなく、ひっそりと暮らすタイプである。実際に話してみると、朴訥とした中にユーモアがあり、味がある兄なのだが。

 姉の葬儀と法事で久しぶりに会った兄は、意外にも元気そうだった。意外にもと思うには訳がある。兄は2年前に大腸癌で入院して手術をした。入院するという前日に久しぶりに聞いた兄の声は、請う内容のか細い声であった。人に知られたくない性格の兄にしては、よほどの思いで弟の私に打ち明けたのだろう。兄から電話がある場合は大抵、余程のことがあって救いを求める場合だ。10年前にも兄の嫁さんが精神疾患を発症して兄が弱りきったときに電話があり、すぐに駆けつけた。兄が入院したその日から数ケ月間、退院するという日まで見舞いに日参した。できる限りの時間と思いを兄に捧げた。

 ようやく兄とも仲良くなれたと安堵し、退院後もこちらから何かと電話したが、ある日のこと、邪魔だと言わんばかりのぞんざいな言い方をされ、以来、また連絡が途切れることになった。その後、どのような暮らしぶりだろうかと案じていた矢先の姉の訃報である。退院して2年ぶりに再会した元気そうな兄の姿に、ほっと胸を撫で下ろした。これでまた話せる間柄に戻れたのは、姉からの思し召しと感謝した。

 通夜の深夜に酒を飲みながら、兄は自身の2年前の退院後のいろんな出来事を、ポツリポツリと話し始めた。なんでも退院してすぐに、兄の嫁さんが乳癌を発症したらしい。放射線治療を続けて髪の毛がすべて抜けて、隠遁生活を送ったという。あのときの電話での兄の邪険な素振りの意味が、そのとき、ようやくわかった。兄の嫁さんは、それでも治療の甲斐あって、無事、癌の転移もなく退院することができた。退院日に医師から、「娘さんはいませんか?」と尋ねられた。「いますけど、それが何か・・・」と返したら、「念のために娘さんに乳癌検査をさせてください」と。

 兄の娘さんは結婚したて。ふたりとも同じ職場でハツラツと働いていた。まさかそんなと渋る娘に、兄の嫁さんがお願いだからと頼み込んで検査をさせた。結果、あろうことか乳癌であった。それもかなり進行していた。姉の葬儀の翌々日が娘さんの手術日だと言っていた。いろいろな条件から、姉が亡くなる日が前であっても後であっても兄弟に支障があった。死期までも運命に従うものだと、そのとき感じた。

 その後、兄の娘さんの手術の結果をこわごわ聞いたが、結果は最悪の事態であった。リンパに転移していること、子どもは諦めなければいけない、など。とてもまともに聞ける内容ではなかったが、それでも話してくれた兄に感謝したい。兄の嫁さんは、私が代わってあげられるものならと、落ち込み、嘆いていた。その気持ちは痛いほどわかる。沈む瀬があれば浮かぶ瀬も、兄の娘さんにわずかな光明が差し込むことを祈るばかりである。せめて、娘さんが欲しがっていた赤子を授かって欲しいと願うばかりである。姉の死が残された男兄弟の確執を取り払ってくれたことに感謝し、今後も兄一家をそっと見守っていきたい。





科学における素の心




 若い頃から現場によく行った。私の現場というのは主に、斜面や崖の岩石を叩いて観察したりスケッチしたりして、それを地質図なり図面に表現する仕事である。岩石が露出する崖面と対峙し、それをつぶさに観察すると、地球のイベントとともに、岩石の生い立ちやその後の形成変遷というものが次第に読み取れてくる。つまり、岩石と対話できてくる。悠久のときを経たロマンに浸り、そこに何時間いても飽きない、そんな至福のときを得ることができる。

 この歳になっても、ときどき現場に行く。しかし、時代がせせこましくなり、ゆっくりと納得いくまで現場にいれないのが少し残念である。またこの歳になると、新人研修と称して素人の若者をあてがわれることもある。そんなとき、教えることの煩わしさを感じるものだが、逆に吾を見直すチャンスになることもある。

 素人の新人は、例えば「なぜ下の地質が古くて上にある地質が新しいのですか?」などと、とても地質学の一般常識では考えられない突飛な質問を投げかけてくる。「なぬ?」と生返事をしたあと、待てよと考える。そういえばそうだ。それをつまびらかに説明できなければ、我々が暗黙のうちに常識と考えていたことを疑ってみるのもありだなと。

 「原発の活断層論議」でも述べた。原発敷地のトレンチにおいて、このように地層がずれているからこの断層は活断層であると、著名な地質学者が納得顔で説明する。果たしてそう言いきれるであろうか。別の成因によっても同じ形態の露頭になりうるのだと、私はシニア仲間の協力によってアニメを駆使して説明したこともある(「無意味な活断層論議」2012-12-14)。

 科学の世界において真実を求めるには、必要かつ十分条件が満たされなければならない。結論を急ぐあまりに、常識や先入観が落とし穴になることも多い。所謂、素の考え方で一度立ち止まって考え直す度量も求められる。「常識」という言葉は科学の世界にはあり得ぬことだと、肝に銘じなければと思う。

 世界を仰天させた小保方晴子さんの万能細胞の発見は、そのことを証明する格好の快挙である。権威ある科学誌も学会も見抜けなかった障壁の原因は、先入観や常識であった。英科学誌は過去に彼女を愚弄したが、愚弄すべきは権威ある科学誌であり学会であろう。天声人語は、私が尊敬する寺田寅彦さんの言葉を引用していた。『科学者になるには自然を恋人としなければならない。自然はやはりその恋人にのみ真心を打ち明けるものである』

 無論、小保方晴子さんの発見に裏には、想像を絶する涙ぐましい努力があることに違いはない。しかし、彼女の趣味や服装に見られる「こだわり」も運や遭遇の後押しになったと思う。そして何よりも、先入観や常識に束縛されない彼女の柔らかい物の考え方が快挙の礎になったと思う。私もさらに自然を愛する柔軟な科学者になろう。







プロフィール

geotech

Author:geotech
geotechのブログへようこそ!

団塊の世代を突っ走った田舎侍の遠吠えです。聞いてやってください。実話から世評までもろもろですが、一貫して、辛口です。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
フリーエリア
blogram投票ボタン
フリーエリア
シニア・ナビ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR