今年1年、ありがとう!




 まだあどけなさが残る高校生が、あらん限りの力を出し切ってタスキを伝え継ぐ。高校駅伝の、下向きで懸命な走りっぷりに感動し、涙する。名馬オルフェーヴルが、ラストランとなった有馬記念でぶっちぎりの優勝。ゴールを駆け抜けて騎手を見上げる優駿の愛くるしい目が何を語っていたか、私にはわかる。人馬一体とは、正にこのこと。オルフェーヴルと騎手、調教師、厩舎の3年半の歴史を知る人であれば、涙を堪えられようはずがなかろう。歳のせいか、最近、涙もろくなってきた。

 こうしてまたひとつ、師走の恒例行事を終え、今年を終えようとしている。身の廻りの不幸に、世の無常を感じる1年であった。でも、嘆いてばかりいても、悲しんでばかりいても、なにも始まらない。年年歳歳、日は巡り、太陽は昇ってはまた沈む。



「人間万事塞翁が馬」


 悲しみの代償に、素敵な出会いもあった。新たな発見もあった。そんな小さな幸せを大切に育んで、精一杯、毎日を生きる。それしかないのだ。このかけがいのない自身の人生のひとこまひとこまを、自身の演出で生きるのだ。また1年、今年を無事終えられたことに感謝し、来年もまた懸命に生きようと誓う。


 今年1年、この拙ブログに来訪していただいた方に感謝します。ひとりよがりの勝手な思いや意見にお付き合いしていただき、ありがとうございました。今年はこれにて閉店させていただきます。みなさま方にとって、来年が良い年であることを切にお祈りします。




kiribana
(姉の葬儀から早3週間。切花がまだトイレで咲いてます。)
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今、学会は



 ひと昔前まで、科学技術分野の学会は盛況であった。競って論文を発表し、発表会では喧々諤々の討論が行われて、面白くもあった。大学や企業が互いに競うことで、科学技術が研鑽された。それが今ではすっかり意気消沈している。小泉政権からの科学分野の大幅な予算削減によって、学会自体が力を失っている。大学の民営化や企業の景気低迷によって大学や企業の研究開発予算が削減され、科学者や技術者の学問向上意欲を削ぐ結果を招いた。

 無論、論文は数多ければ良い訳ではない。ノーベル賞ものの論文がひとつあればいいのであるが、その過程には血が出るような努力と苦悩があって、新たな知見や発見を少しずつ生み出し、必然的にそれが論文としてまとめられることになる。金がなくても予算がつかなくても、したたかな努力だけはタダである。問題は論文の中身なのである。

 その肝心の論文の中身であるが、最近の論文発表の内容にはいささかうんざりする。PowerPointを使ったプレゼンはいいとしても、形骸化して美しすぎる。CGを駆使してビジュアルでダイナミックなのだけど、何か物足りない。すべてが杓子定規である。足りないものは何か。現場の生の声である。失敗談を隠し、成功例だけを集約する。つまり、汗が感じられないのだ。

 こういうことを繰り返しては、技術大国日本は捨て去られよう。今こそ、現場の汗と苦労の結晶を結実する必要がある。ひとつの新たな知見や発見は何万もの失敗の上にあることを忘れないでいよう。臨床(現場)が大切だということを後輩に継承していきたい。




風土のふしぎ




 若い頃から日本全国を転勤し、出張もしてきた。いろんな出身地の方々と数多く接触もしてきた。その経験から、日本全国の風土や人柄に対する評価が私の中で構築され、それが次第に固定観念になっている。ただ、それをあからさまに披露しても全国の読者のひんしゅくを買うので、近所の中国地方の話だけにとどめる。



廃藩置県




 風土や人柄の違いは、細かく言うと廃藩置県後の都道府県というよりも昔の藩の区分によって形成されていると考える。例えば、中国地方の瀬戸内海側でいうと、同じ山口県でも長門の国(萩、下関などの西部)と周防の国(岩国、周南などの東部)では人間性がまるで違う。長門はプライドが高く、今の日本があるのは長州のお陰だとほぼ県民全員が信じきっているところがある。だから長州>周防と思っている。方や、周防は八方美人で人がいい。周防からすると長門は気位が高いとけなす人が多い。ちなみに、山口県出身歴代総理大臣のうち、伊藤、山縣、桂、田中、菅、安倍の6人が長門であり、寺内、岸、佐藤の3名が周防である。
 
 他の県においても同様である。同じ広島県でも安芸の国と備後の国では人間性がかなり違う。不思議なことに、安芸、備後、備中と東に行けば行くほど役人の態度が横柄になり、備前にいくと足を机に上げる役人が多かった(昔のことです)。京の都に近づくにつれて、都人気取りの気質が強くなる遺伝子のせいなのだろう。ところが、播磨まで行くと態度が豹変する。我々は京の都人ぞよ、そういう感覚を持っているのである。

 山陰の同じ島根県でも、石見の国と出雲の国では人間性が全く違う。これはあくまで一般的な話であるが、石見の人は朴訥として口数が少なく、真面目人間が多い。これに対して出雲は人が悪く計算高いと言われる。島根県からは若槻、竹下の2名が総理大臣になっているがいずれも出雲出身である。竹下の実家は造り酒屋で名を馳せた、名うての豪商である。




 全国には風土の伝承を思わせる不思議な現象がある。例えば、広島県第2の都市、福山市である。福山市を訪ねて気になることがある。話し言葉が「おみゃ-」「にゃあ、まゃあ」と名古屋弁である。それに名古屋名物の台湾ラーメンや手羽先を扱う飲食店が目につく。さらに、喫茶店では名古屋モーニングが出てくる。


台湾ラーメン
(福山市名物 味仙の台湾ラーメン)


名古屋モーニング
(名古屋モーニング)

 なぜ福山は名古屋に似ているのか。調べてみると、三河出身の水野勝成が家臣や職人を連れて来て初の福山城初代藩主となったからだという説が浮上した。この説は学術的には微妙なようだが、それにしても不思議である。

 このような現象は全国至るところで見られる。いずれにしても、風土と文化は営々と伝承されていることを感じるのである。それで思い出すのは民族学者の柳田国男氏が提唱した「方言周圏(しゅうけん)論」である。京言葉が同心円状に地方へ伝わり方言として残ったと考えれば、それは不思議ではない。民族学の面白さと奥の深さを感じる。






自由席と指定席



 出張で新幹線をよく利用するが、いつも自由席に乗る。山陽新幹線上り東京行きだと最後尾の1~3号車、東京発下りだと先頭の1~3号車が自由席になる。自由席に乗るには、エスカレーターで新幹線プラットホームに上がり、最後尾か先頭の車両まで延々と歩かないといけない。その距離、直線にして200~300m、時間にして5~6分に過ぎない。しかし、人がごった返すプラットホームを多数の人とキャリーバックの接触を避けながら移動するのは、さながらジグソーパズルの人生ゲーム並である。

 それでも指定席に乗らないで自由席に乗る訳には、ただ単純に料金が安いということもある。ただしネットで指定席を予約すれば割安となり、普通に自由席を購入する金額とほぼ同額で購入できる。だから、料金が安いというのは自由席を選択する決定的な理由にはならない。

 それではなぜ自由席を選択するのか。よくよく考えてみると、「束縛からの逃避」が脳裏をよぎる。決められた席だと、隣に誰が座るか知れない。予約時に隣の席の人の男女や年齢、ましてや人格まで確認することはできない。それに指定席だと、必ずしもコンセントがある窓際に空席があるとは限らない。周りが詰まっていると身動きできないかも知れない。あれこれ考えると、どうにも窮屈だと思ってしまい、結果、自由席を選択してしまうのだ。

 自由席を選択したとしても、自由席では座れる保証はない。そこで、ちょっとした工夫が要る。人はみな、同じ車両でも、できるだけホームの中心寄りの降車口から下車しようとする心情的傾向がある。つまり、1~3号車の後ろ寄り降車口から下車する人の数は同じ車両の反対側降車口の数より圧倒的に多い。下車する人の数が多いということは、乗車するまでに時間がかかり、空席を確保する確率が減る。また、1~3号車だと、最も混むのは3号車であり、最も混まないのは1号車である。

 ということから、自由席の空席を確実に確保するためには1号車の先頭降車口で待つというのが正解となる。しかし、そう単純でないことがひとつある。各車両とも座席数は同じだけど先頭の1号車と最後尾の15号車は運転席があるため座席数がわずかに少ないのだ。だから、1号車の先頭降車口と2号車の1号車寄り降車口の待ち人人数を見比べて、どちらで待つか即断するというのが大正解である。

 新幹線の自由席に限らず、私は人生においても指定席より自由席の方を選択する。誰かに決められた進路に進み、会社の方針に従い、既定観念を抱き、決められた枠組みの中で生きるのは、どうにも窮屈で性に合わない。できれば自由奔放に、柔軟な考え方のもと、常に新たな挑戦を志す、そんな生き方を残された人生で実践したいものだ。第一、天国も地獄も指定席などありゃしないのだから。





真贋力




 高級レストランやホテルの食品偽装が問題になり、全国に蔓延している。車海老と偽り、実際に使用していたのはブラックタイガーといった類の話である。そりゃひどい話だと、誰しも思う。

 しかし、ちょっと待てよ。車海老って何だったっけ、ブラックタイガーって何だったっけ。私には、その定義すら正確にわかっていない。それに、車海老にしろブラックタイガーにしろ、芝海老にしろ、湯がけばみな赤くなる。調理して出された海老の種類を識別できる人が何人いるだろうか。ましてや、味の違いがわかる人が何人いるだろうか。要するに、我々は海老の種類による味わいを賞味していたのではなく、「おしながき」を食べていたのじゃなかろうか。

 海老に限ったことじゃない。広島の牡蠣と東北の牡蠣の違いがわかる人は何人いるだろうか。神戸牛と宮崎牛の違いがわかる人は何人いるだろうか。いろんな産地のお米の美味しさの違いがわかる人が何人いるだろうか。実は我々は、「新潟こしひかり」「大吟醸」「天然」・・・・・といったレッテルだけで味を判断しているのではなかろうか。

 食品だけじゃない。技術力だって名刺に書かれた肩書きや資格だけ見て、すごいって思っている節がある。病院選び、シューズ、服、アクセサリー、人格と品格などなど。すべてがレッテルと先入観で判断している節がある。

 芸術の世界でもそうだ。最近話題になった日展不正入選事件だって、今に始まったことじゃないだろう。絵画だって書だって小説だって、裏があるのはつき物。何でもない絵画だって、銀座のギャラリーに飾られただけで箔が付く。巧いんだろうなと勝手に想像する。芥川賞作家の小説は、どの作品も文章が巧いと勝手に思ってしまう。
 

 情報過多なこの時代においては、自分にとってほんとうに良いものは何か、自分にとってほんとうに機能的なものは何か、自分にとってほんとうに欲しいものは何か。騙した方が悪い、偽装は許されないと御託を並べても始まらない。よ~く五感を働かし、自分の目で見て、自分の舌で確認し、自分の頭で考える、そうした真贋を見極める力が今、試されている。





死の淵にて



 私には6歳上の姉と3歳上の兄がいる。まだ私が高校生の頃、姉は極貧の生活から逃げるように嫁いだ。兄もまた、高校だけ出て逃げるように家を出て就職した。残された末っ子の私だけが極貧の館に人質のように取り残された。進学校に通っていたが大学進学はとっくに諦めていた。が、そこに姉と連れの義理兄が救いの手を差し伸べてくれた。そのお陰で大学に進学することができた。いわば、姉と連れの義理兄は命の恩人とも言える。

 その姉が再入院し、容態が思わしくないとの知らせを受けた。先天的な心臓欠陥に加えて肺炎を患い、自分の力で呼吸すらできない状態で一端は退院したものの、さらに悪化して再入院となり、すぐにICUに入ったという。駆けつけたときに既に意識はなく、ほとんど植物人間状態であった。

 今夜くらいが山ですとの医師の説明を冷静に聞くことができた。私としては、前回の入院時によく話をして別れを済ませたという思いがあるからだ。それでも愛おしくてやるせない。酸素が吸入される口元で「お姉さん、来たよ!お姉さん、来たよ!・・・・・・」と何度も叫んだ。すると、姉の目から大粒の涙が出た。

 それから、山口の病院と広島、片道2時間半の往復を毎日繰り返した。脳梗塞と腎臓病の合併症が加わり、心拍量150、血圧は上が40下が20の日々が続いた。私の娘が無鉄砲にも3歳の孫を連れて新幹線で病院に駆けつけたとき、血圧は測定不能まで低下していた。私の孫の小さな顔全体が塞がるほどのマスクを着用してICUに入って病床に寄り添ったその時、驚くことに、血圧が80まで回復したという。

 姉の一人娘は入院したその日に東京から駆けつけ、そのままずっと看護していた。姉の旦那とともにほとんど一睡もしない状態のふたりの看護は1週間近くで限界に来ていた。私の兄は娘が乳癌の手術をするので、その後の日程に気を揉んだ。私もまた落ち着いて仕事ができずに気を揉む日々が続いた。

 姉には孫の男の子ふたりがいる。その孫が東京から駆けつけた。そして孫たちが東京に戻ったその日の夜、思いを遂げたかのように、姉は息を引き取った。

 憔悴した姉の旦那に代わって会葬者への挨拶を行い、無事、葬儀を終え、昨日、帰ってきた。意識がなくても、あたかも周囲の言葉が聞こえているかのような反応や体の異変。あたかも死にどきを自身で決めているかのような最期。科学では到底、説明できない幻想的な死の淵を見た思いである。





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団塊の世代を突っ走った田舎侍の遠吠えです。聞いてやってください。実話から世評までもろもろですが、一貫して、辛口です。

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