御泊り保育




 月に1度の、孫を我が家に迎え入れての御泊り保育は、土曜日の午後、保育園に孫を迎えに行って我が家まで連れて帰り、あくる日を終日一緒に過ごして、夜、娘の家に送り届けるという役務である。そもそも娘の日曜出勤のための措置であるが、その娘も夜遅く(たまに泥酔して)我が家に合流し、あくる朝、娘だけ出勤することも多い。

 ただはっきり言って、娘が合流するより孫だけの預かりの方がはるかに楽である。なぜなら、娘は酒豪で酒の消費が半端でない。それに娘が泊まっても、私の家事が減ることはない。減るどころか、私が洗う食器の量と後追い片づけの仕事は増えるばかり。O型の娘は動作が荒っぽく、建具も家財も痛む。おまけに、孫に甘いものは与えないでとか孫の生活指導が厳しく、主体的な私と孫との楽しい空間まで奪われるからである。

 今回の御泊り保育は、娘の日曜出勤が早朝のため孫だけの預かりとなった。娘はこちらに気を遣って「ごめんね」と言い、こちらは「いいよ」と返す。でも本音は、気も心も金銭的にもその方が楽なのだ。無論、口が裂けてもそんなことは言わないけど。そんな訳で、久しぶりの孫だけの御泊り保育となった。

 子供の成長は早く、1ケ月会わない間の成長は目を見張るものがある。3歳と6ケ月を過ぎて完璧にオムツを卒業した。トイレに入ったまましばらく戻らないので、「大丈夫?」とそっと中を覗くと、「爺、失礼しちゃうわ。開けないで」と諭される。iPadでこっそり動画を撮り終え、しめしめと思っていたら、「うまく撮れた?」と近寄ってくる。彼女は始めからカメラ目線の役者だったのだ。絵本を買ってきて最初は読んで聞かせると、今度は私に聞かせてあげると言って、自分で多少脚色して読みあげる。恐るべし3歳児である。

 
 「今夜は爺と寝た~い」というので飲みを中断して添い寝する。真っ暗闇の中で私に抱きつき、「爺好き!」を連発する。頬を摺り寄せ、顔にチュッチュとする。酔いと嬉しさで寝たこともない早い時間に爆睡してしまう。あ~、この幸せはいつまで続くのか。せめて孫が嫁に行くまで生きていたいと、生きることの執着を感じる御泊り保育日である。




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大門未知子的心境



 田舎の零細開業医として独立して以来、国家的プロジェクトに関わる機会がめっきり減った。それでも学会に出席すれば、そこは都会人だろうが田舎者だろうが、大企業であろうが個人商店主であろうが、世界や日本の最新技術の話題に接することは平等に与えられる。またここでは、技術的論争するに上も下もなく、霞ヶ関にいる技術官僚や大企業のお偉いさんと意見を張り合うことも許される。

 しかし実際の現場ではそういうことにはならない。田舎にいると、日常の仕事の多くがローカルなちっぽけな問題を扱い、それを旧式の技術というか、ただのテクニックで消化しているのが現実である。ただ、たまに国家的プロジェクトの影武者というか、黒衣を仰せ遣わることがある。無論そんなときでも、黒衣に徹して、できるだけ目立たないよう、粗相のないように振舞う。

 それでも、技術的に間違った方向に展開した場合は軌道修正に表に出ることもあり、たまに黒衣にも意見を求められたりもする。そんなとき、どうしても目立ちがりの性格がムクリと持ち上がり、理路整然と派手に立ち振る舞うことになる。後で反省するのだが。すると、一体、あやつは何ものかと、騒然とする。そして、ネットを駆使して取り調べられることになり、そこで、そういうことかと納得していただくこともある。次回からは一目置かれて、こちらの目を気にしてくる。そんなこき、してやったりと思う。

 昨日、放映が始まった米倉涼子演じる大門未知子ことDoctorXを見て、その心境、わが意を得たりと思う。大門未知子の1万分の1かも知れないが、私も同じ満足感と優越感をたまに味わうからである。私も大門未知子と同じく社会的な名誉も肩書きもない。あるのは資格と実戦経験の多さであり、それをスキルに社会と戦っている。

 肩書きと名誉をことさら重んじるこの日本社会だからこその反響であろう。半沢ともどこか繋がる。だからこの種のドラマは止められない。自分のこととカブって、すっきりするのである。




大門
(写真は借物です)

今、広島は




 16年ぶりのAクラス、初のCS(クライマックスシリーズ)進出を果たした広島カープ。その広島カープを熱烈に応援する若い娘は、地元では「カープっ娘(かーぷっこ)」と呼ばれている。カープっ娘は白地に赤字または赤地に白字のユニホームを着て繁華街を闊歩し、マツダスタジアムに繁茂する。スクワットと呼ばれる立ったり座ったりの応援を繰り返してはメガホンを叩く。もし仮にカープっ娘が全員で「稲葉ジャンプ」をしたら、マツダスタジアムのパフォーマンス席は崩壊するだろう。故に、カープっ娘は足腰が丈夫で声も大きく、ときに腱鞘炎になるという。

 そのカープっ娘が広島のみならず、今では東京で増殖している。東京ドームにおける巨人の対戦チーム別入場者数が一番多いのは、阪神でも中日でもなく広島カープである。同じく、ヤクルトの本拠地である神宮でも対戦チーム別入場者数は巨人よりも広島が断トツに多いというデータがある。カープにちなんだグッズや雑誌が飛ぶように売れているという。買い手のほとんどが若い独身女性である。

 原爆後の焦土から這い上がった市民が樽募金で作った球団。12球団最低の財政事情と年俸の中から人材を育成する。しかし育ったかと思うと他のチームに引き抜かれる。その繰り返しの結果が、万年Bクラスという異名を残すことになる。派手さは決してなく地味である。豪快さはなくひたむきである。その結果がホームラン数が最低で犠打と盗塁が一番多い結果を残す。

 東京のカープっ娘のひとりに、なぜ今なのかと聞いみた。会社と家との往復で何も面白いことがなかったけど、広島カープファンの姉に誘われてたまたま見に行って嵌ったという。統一的赤でもって全員で下向きな選手を応援することに魅入られたという。結果がでなくてもこれだけ下向きに頑張る男子が廻りにいないともつけ加えた。

 そんなわけで、広島にいながら中日ドラゴンズをこよなく愛する私は、肩の身が狭いどころか静かにしているのである。昨日も久しぶりに繁華街に繰り出したが、街はもう優勝したかの雰囲気で盛り上がり、CSを超えて日本シリーズの話題になっている。カラオケもカープ応援歌限定と言われたが、最後にそれでもと「燃えよドラゴンズ」を歌わせてもらい、隅の席で静かに飲んでいたタイガースファンも六甲おろしを歌わせてもらって終いとなった。

 野球ばかりではない。Jリーグの広島サンフレッチェもこのままいくと優勝するかも知れない。仮にダブルで優勝したらパレードはどうするのかとか、優勝セレモニーはどうなる、バーゲンはと、話は膨らむばかりである。さてとりあえず、明日からのCSのお手並み拝見としよう。




顔は物語る




 人間、準備ができていて確信があって信念があるときには、無駄のない自然な動作でゆったり構える。表情も柔らかであり、語る言葉は端的で少ないが、それでいて力強い。胆力が据わった物腰を醸し出す。それに引き換え、自信がなかったり何か隠していたり、うしろめたい時には、どこか落ち着きがなく、目がうろついていて、語る言葉は言い訳めいた脈絡のない長話となる。

 新潟県の泉田知事と東電の廣瀬社長の会談を見て、つくづくそう思う。「安全と金のどちらが優先されるのですか?」「あの~、その~」溜飲が下がる思いでこの場面を見たが、そこで勝負あり。それにしても、態度はいかにも下手だが厚顔である。

 同じ人間であっても、立場が変われば表情も態度も言葉も変わるもの。仕事柄、技術報告書を書いていて自信がある場合の文章は簡潔明瞭であるが、自信がないときは言い訳めいた長文となる。「必ずしも・・・・とは言い難い」とか「・・・・と考えることもできるが、しかしながら・・・」とか。ましてそれを説明するとなると、自信がある場合に比べて全く説得力を欠き、変に相手の顔色を見ながら同調を伺う。男の浮気話の言い訳話が典型的な例である。

 話す相手の顔を見れば、まして発せられる一言を聞けば、その人の人格からそのときどきの話の信頼性や核心までわかるというもの。「目は口ほどに物を言う」「目は心の鏡」「目は心の窓」すべては目を中心とした顔が物語るということである。

 この場に及んで、東電の社長のあの表情と言い様では、誰の目からも東電の自浄はあり得ない。凍土壁やベントのことや他のすべてのことを優先して、今しなければならないのは東電の解体と国営化ではあるまいか。誰がいつやるのか。安倍ちゃん、今でしょ。




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団塊の世代を突っ走った田舎侍の遠吠えです。聞いてやってください。実話から世評までもろもろですが、一貫して、辛口です。

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