週末の隣人



 毎週、週末は海に面したマンションで過ごしている。金曜日の夕方になると、いそいそと本宅の冷蔵庫の食糧を片っ端から保冷バッグに詰め込む。車で15分のところにあるマンションに着くと、今度は保冷バッグの中身をマンションの冷蔵庫にそっくり移す。土日をまったりとマンションで過ごし、月曜日の朝、本宅に引っ越す。つまり1週間のうち、4泊5日を本宅で、3泊2日をマンションで過ごす。そんな変則な生活を、飽きもせずもう3年以上も続けている。

 なぜそんな変則な暮らしをし始めたのか。たまたま冷やかしのつもりで訪れたマンションの売物件がきっかけである。ロビーに入るなり、目の前に何の邪魔もなく海が飛び込んできた。その場で即決の衝動買いをした。ちょうど角部屋が空いていたのもあったし、かなり値引き交渉できたこともある。1軒屋住まいが長いと近所を気にしない異空間が欲しい気持ちもあった。それ以上に、平日の繁忙を癒す場所を欲していた。どうせお金を使うのなら、旅行に使うよりもグルメに使うよりもと、これを選択した。

 こんなちょっとしたリゾート気分のマンションだから、実際にここに住んでいる人は半分程度で、あとの半分は別宅として利用しているようである。中には、弁護士事務所にしたり代議士事務所にしたりもしている。当然、訳ありの人もいるだろう。そんな事情だから、引っ越したときも隣に挨拶をしなかった。こちらも煩わしい近所付き合いから逃避してきた身。相手だって挨拶に来られても、はた迷惑かも知れないとの配慮である。

 そんなわけで、週末の隣人とは会ったら挨拶程度の関係にしようと、できるだけ干渉しないようにした。しかし、そうはいっても隣は隣。玄関を出たところで出くわすこともある。そんなときはこちらから軽く挨拶する。しかし、向こうからは反応がない。一体どんな家族なのだろうと、多少、いぶかしげに思うようになる。隣からの物音や臭いも気になるようになった。

 観察を続けると、週末の隣人は成人男子ひとり、成人女子ひとり、それに小学校3年生位の男の子の3人暮らしである。成人男子は50歳位とみた。愛想がない、どこにでもいそうなおっさんである。問題は成人女子。これが30歳少しに見える。美人でメガネをかけたインテリ風で教育ママのようにも見える。少なくとも成人男子と成人女子には1廻り以上の歳の差があるに違いない。

 最初の頃、男の子を厳しく叱る女の声をよく耳にした。食器をカチャカチャとせわしなく音を立てながらの説教である。それもくどい。そのとき、連れの男はどうも家にはいないようだ。諭すように繰り返し男の子に説教する。やがて隣人は柴犬を飼った。男と男の子が犬の散歩に出かけるのをよく見かけるようになった。柴犬はどうもベランダで飼っているらしい。というのは、四六時中、とくに犬の散歩に出かけた直後、決まってベランダを掃除機でガーガーやる。夏なんかその音がもろに聞こえて、こちらの会話もままならないほどにうるさい。どうも女はかなりの神経質なのだろう。

 男の車は最初、白のベンツであったが、やがてマツダのやはり白のバンタイプになった。週末以外にもマンションに寄ることがあって気づいたのだが、男の車はレジャーで出かけるとき以外、いつも駐車場にある。それに、男はどうも仕事に出かけている様子がない。いつもマンションにいるのである。

 週末の隣人はどうも訳ありではないのか。次第にそう思い始めた。そう思う決定的なことは、名札がないことである、マンションのロビーにはドアを開けるキーボックスのところに住民の名札板があるのだが、隣人だけは名札を掲げていない。

 こうした状況をもとに、こう推理した。男の子は女の連れ子。略奪愛の結果、名を伏せて暮らす。女は元教師でマンションの中で通信添削なんかの仕事をしている。生計は女の収入と女の実家からの援助で賄う。最初、男と連れ子はあまりいい関係ではなかったが、犬を飼い始めて次第に家族になってきた。ただ、どこで元夫や元妻に知れてしまうかわからない。息を殺してひっそりと暮らす。そんな週末の隣人のように思える。ただ、こちらは週末の隣人を勝手に訳ありと見立てたが、訳ありの週末隣人からすれば、こちらの方こそ訳ありと見ているのかも知れない。





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姉を見舞う




 郷里の姉が心臓と肺を患って12月下旬から入院している。そのことは事前に知らされていた。でもそれはとりあえず検査入院だということで、高をくくっていた。しかし、検査入院で終わらず、そのまま長期の本入院となってしまった。姉は私より6歳年上の70歳。姉と兄と末っ子の私と3人兄弟だけど、何かにつけて姉と私は気が合う。

 見舞いに行かなくてはと気を揉むものの、忙しくてなかなか行けない日々が続いた。たまたま山口出張があって、その時にお見舞いすることを事前に知らせていた。出張当日の夜は大学の先生と会食があり、その前に大学病院に見舞うことにした。

 個室に横たわる姉は、30kgのか細い体にいろいろなチューブを差し込まれていた。排便も自力でままならない状態であった。腕を見ると、点滴注射針や採血の跡でうっ血し、真っ黒に焦げていた。しかし、姉は案外に元気であった。こざっぱりして顔色も良い。来る看護師、看護師に「これが私の弟よ」と、いかにも自慢の弟を紹介するような物言いをする。看護師の「弟さん、男前ですね」というリップサービスにも、姉は誇らしげな顔をしてみせた。

 後で、姉の連れや看護師に聞いた話だと、私が来る前々日までは塞いで元気がなかったが、前日に「体を洗ってくれ」、「洗髪してくれ」と願い出たらしい。そして、お見舞い当日、姉の唇にはうっすらと口紅が施されていた。今まで見たことのない美しい姉の顔であった。思い出すと、私の母もそうであった。私が行くというと、洗髪して薄化粧して身構えたという。

 その日、姉は饒舌であった。「兄弟で辛抱したから、ここまでやってこれたのよ」「辛抱だったら他の誰にも負けないわよね」といった、幼少時代からの貧困を跳ね飛ばしてきた人生劇場を鼓舞するような言葉を連発した。それでなくても酸素を吸う力がないのに、おしゃべりすると、益々、酸素が欠乏するよと、傍で看護師が気を揉むほどであった。

 思えば、ちょうど今の姉の歳に母が亡くなった。同じように肺が原因だった。そして考えてみれば、私が2歳で姉が8歳のときに亡くなった父も結核性の肺病であったと聞く。姉はそのことに拘った。母と同じ歳に逝くのかと。

 案外に元気そうな姉を見舞って、あくる日、帰路の運転をしていたところ、突然、義兄から電話があった。様態が急変したと。「今。どこらへんを走っているのか」と、いかにも病院に戻ってきて欲しいと言いたげな不安な口調であった。すぐさま、とんぼ返りをした。

 昨日のため口をたたく姉と全く違う、憔悴した姉がベッドでうずくまっていた。自身で酸素を吸入する力がなくなったので即、集中治療室に入れるという。最悪の事態を想定した医師の説明を聞く。

 昨日、私が見舞っておしゃべりしたのが良くなかったのかとも思う。でも。あの姉の笑顔を思い出すと、やはり見舞いに来て良かったのだと自分に言い聞かす。あれが最後の姉の姿にならないことだけを、今は祈るばかりである。




親離れ子離れ



 出張で広島駅から東京行き新幹線のぞみ号の自由席に乗り込む。自由席の1号車は私のいつもの定番である。指定席には滅多に乗らない。指定席代が別にかかるのが癪なこともあるけど、事前の予約が面倒なことと、何よりも指定席だと席の自由がきかない不自由さがあるからだ。

 ただ、自由席だとたまに混雑して座れないこともある。それで、いつもは1号車先頭の(上りだから最後尾)博多寄り乗降車口で列車の到着を待つ。同じ1号車でも東京寄りの2号車寄り乗降車口から降り立つ人間心理を見越して、1号車の博多寄り乗降口で待つ。すると、東京寄り出口より降りる人が少ないのでスムーズに席を確保できる。席は2人掛けや3人掛けに拘らず、兎に角、窓側の席を選ぶ。700系だと窓側にコンセントがあり、スマホやパソコンの電源に使えるからだ。

 割合に空いた車内の3人掛けの窓側の席で、スマホの充電をしながらゆったりと音楽を聴いていたら、岡山駅でどっと乗客が乗り込んだ。みるみるうちに満席となり、私の3人掛けの席の隣には男性が座り、その隣の通路側におばさんが座った。どうも二人は連れらしい。

 ちらりと横目で見る隣の男性の風貌は、若いのか、おっさんなのか見分けがつかない。小太りだが幼な顔で、しぐさがぎこちない。それはいいのだが、その男が何ともせわしない。四六時中、スマホで何かを検索しているようである。膝に抱えたカバンの中から何やら書類を取り出したかと思うとすぐにしまう、そんな動作を繰り返す。すると今度は、カバンの中から菓子袋みたいなものを出してポリポリ食べる。ピーナツのような臭いがあたり一面に拡散している。次には、お茶でもスポーツドリンクでもない豆乳色の怪しげなものを飲んでいる。

 そういう所作を繰り返している中で、今度は小さ目の紙切れをカバンから取り出した。見るともなく紙切れの方に目を向けると、「受験票」とあった。その横に「龍谷大学」とあった。どうやらその男は大学受験生であり、隣の女性は母親だったのだ。男は隣の母親とヒソヒソ話で書類を確認し合っていた。女性が手にしていたのは、どうも大学への道順であったり、入試の注意事項などのようである。

 大学受験に親が付いていく。それも、手取り足取りで。私にとっては全く想像できない光景を目の当たりにする。私に限らず、昔ならありえない光景であろう。そこで、アルジェリア事件の「ブン、ブン」を思い出す。

 子離れしない親、親離れしない子。その子がそのまま成長していくことに嫌悪感を抱く。とともに、日本の将来への危機感を抱くのである。いつの頃から日本男子はここまで軟弱になってしまったのか。そのことを掘り下げて考えると、どうしても家庭のしつけや学校教育という問題の根源に目を向けてしまうのである。今流行の体罰やいじめという社会問題とすり替えに、我々は家庭を含む社会全体の甘えの構造を見過ごしてはいないだろうか。親離れしない年寄染みた軟弱な若者は、私の隣でいつまでもせわしない所作を続けていた。





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団塊の世代を突っ走った田舎侍の遠吠えです。聞いてやってください。実話から世評までもろもろですが、一貫して、辛口です。

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