土佐へ



 訳あって、しばらく家を空けること、ままならなかった。が、最近になって解禁となり、久しぶりの旅出張となった。しかし、その最初の旅先が、何と土佐とは。先々週、生れ故郷の下関に立ち寄り、長州・高杉晋作と土佐・坂本龍馬の交流を偲んでいた矢先のことである。勝手に縁なるものを感じ、龍馬に手招きされて土佐へ向かう晋作の思いであった。



坂本龍馬


 ひととき出張しないでいると、世の中、こんなにも変化している。新幹線のプラットホームに立つと、「さくら」とか「みずほ」とか、聞きなれない名前の新幹線。それに、「鹿児島中央駅」行き?そっか、とっくに九州新幹線で鹿児島まで行けるようになったのか。まったく、少し家に籠っている間に浦島太郎である。

 瀬戸大橋を渡ればもうそこは別天地。琴平や善通寺の由緒ある古い街並みを列車が通り過ぎると、目の前には四国山脈が立ちはだかる。これを横断することしばし、眼下には四国三郎なる吉野川が暴れまくり、大歩危、小歩危の急崖が屹立する。地形も自然も瀬戸内と違って厳しい。だからこそ「いごっそう」が育ったのかと、つまらないことを考えていると、ようやく高知駅に到着。ちょうど出発して4時間。さすがに陸の孤島と言われるだけあって、土佐は遠いぜよ。

 元シニア・ナビ会員の土佐のお方から、「土佐においでなら、一献どうですか」とお誘いを受けたが、今回は関係会社が席を設けていただいていた。そのお方とはまたの機会を楽しみにしたい。

 土佐料理は豪快である。土佐には今まで何度も足を運んだが、その都度決まって、鰹をいただいた。今回もメインは鰹のタタキである。それに、ウツボのタタキ。ウツボというのは太刀魚のお化けみたいな魚である。鰹とウツボは、いずれもニンニクスライスとネギをたっぷり挟んでいただく。これが、まっこと旨い。こんなにニンニクを食べて明くる日、大丈夫なのかと尋ねたら、土佐では役所でも公認という。


鰹



ウツボ



 長州は土佐とも薩摩とも縁深いが、個人的には土佐人の方が好きである。土佐人は豪快奔放である反面、繊細な面をもち合わせる。一見、無骨なようであるが、実は礼儀正しく義理堅い。そんなアンバランスな人間臭いところが好きなのである。

 土佐に泊まれば朝まで呑むのが常識らしい。土佐の宴会は返杯で始まり返杯で終わる。お猪口を差し出されると、それを受けて一気に飲み干し返杯するのが常識。それが延々と続くのである。さすがの呑み助も土佐人の飲みっぷりには参りました。そんであくる日、おずおずと帰りの列車に乗る長州の田舎侍であった。ったく、だらしがない。





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大疑迷分



 人間、弱みや引け目があるときに限って、美辞麗句を連ねて取り繕うものである。「大義」や「正義」という言葉も、そのひとつである。「大義」とは“人のふみ行うべき重大な道義”であり、「正義」とは“人がふみ行うべき正しい道”である。果たして、彼に「大義」や「正義」を語る資格はあるのか。

 “消費増税は民主党の基本理念であるマニフェストに反する”とし、“私どもの大義の旗は国民の生活が第一だ”と言う。さらに、“われわれの主張こそが正義である”とまで主張する。挙句の果てに、グループの造反と離党を扇動する。「離党やむなし」とは、また巧い口実である。実際には振りかざした拳を下ろすに下ろせなくなり、「離党に追い込まれた」というのが実情であろう。

 かって、彼自身も政権の中枢にいたはずである。幹事長任期中に何も行動を起こさないで、今になって騒ぐ。思えば、当時、彼も消費増税に同調していたはずである。そして、この場に及んでマニフェストを声高に叫ぶ。そこまでマニフェストにこだわるのであれば、「コンクリートから人へ」はどうした。「最低保障年金」はどこへ行った。「高速道路無料化」はどうしたというのか。

 そもそもの元凶は、「予算の組み替えによって16兆円の新たな財源を生み出すことができる」という見通しのない非現実的な公約にある。この公約の甘さこそが今の混乱を招いている。「大義」や「正義」を語る前に、公約を盾に政権交代を果たした首謀者として、まず自らの責任を取るのが先決であろう。

 その責任を反故にして、矛盾したまやかしの政策論で自らの行動を正当化しているに過ぎない。正に、「大義名分」ならぬ「大疑迷分」である。さらに、震災直後に岩手を見捨てて逃げ去った者に「正義」が語れようか。願わくば、せめて正々堂々と国会に参戦して反対票を投じた上で離党していただきたいものである。




健診前夜の顛末記



 年に1度限りのことと言えども、定期健診というのは鬱陶しいものである。予定日が近づけば近づくほどに、鬱陶しさが増す。あいにく私には出産経験はないが、出産予定日が近づくときというのは、こういう心境だろうか。違うか。第一、新しい命の誕生を、老いぼれの健診と一緒にすること自体、全くもって節操がない。しかし私にとっては、処刑を待つ身の心境である。それは、身に覚えがある不健康体を指摘される恐怖に起因する。今考えれば、それでなくても鬱陶しいこの梅雨真っ盛りにしなくてもと思うが、予約したときはお気楽で、そんなこと眼中にない。

 検査前夜の過ごし方は、日頃と打って変わって、まるで聖者の夜となる。「前日のアルコール類はお控えください」と注意書きがある。「控えてください」とあるが、「飲んじゃいけない」とはどこにも謳っていない。ということは、「控えめに飲んでください」ということか。それに、日頃毎日飲んでいるのだから、日常の生活習慣を反映した診断にするためには、やはり自然体で飲むべきではなかろうか。そんな押し問答をひとり芝居するも、結局、小心者は酒を断つことに英断を下すのである。

 その英断を下すも、酒のない夜の長いこと。食事もそこそこに終わってしまう。同居人を巻き込んでのグダグダとした酒の論議もない。9時を廻ればすべての飲食が予定終了となり、することもなく、あえなく肩を落として床に就く。しかし、こんな時間に寝たことないから目が冴えること。「あぁ、俺は依存症なのか」

 夜中に、検便をもう1検体とらないとと気にかかる。便器の底に流れるペーパーを敷いて普通に座ると、検体は深い窪みに落ちそうである。それに検体がうまくペーパーに引っかかっても、どうやって採取するのだ。排便が終了していないのに、一端、席を立って採取するのか。それは無理。だったら、普通に座る位置をうんと前側にして検体を前の浅瀬に落とし、落としたら後にずれて採取するのか。しかし、うんと前に座るっていっても、前の便座に邪魔するものが当たる。それじゃいっそ、タンクに向かって後ろ向きに座るか。しかし、パジャマを脱がないと無理っぽい。それに検体が便座の浅瀬に落下してもどうやって採取するのか。後向きに採取するのか。そんな悪戦苦闘の上、ようやく検体採取を完了。もう夜が白けそうであった。



国家犯罪



 正に、「あいた口が塞がらない」という表現が的確だろう。米エネルギー省提供の「放射線汚染地図」を日本政府が住民避難に活用しなかった「事件」である。経済産業省原子力安全・保安院は「住民避難に活かされなかったことは誠に遺憾で・・・・」と謝罪する。文部科学省は「情報が共有されるべきだった」と弁解する。

 この場に及んで、そのような謝罪や弁解は聞きたくもない。謝罪や弁解で済む話ではなかろう。SPEEDYによる予測図と違って、提供された汚染地図は信頼できる実測図である。それも震災直後の3月17日~19日に提供されたという。にもかかわらず、住民は国が指示するように、よりによって最も汚染濃度が濃い北西方向に避難したのだ。汚染を免れたかも知れない住民をむざむざと汚染させたのである。これは、れっきとした国家犯罪である。住民を放射能汚染地獄へと落とし入れた責任を、国はどう取るというのか。

 報道によると、情報は大臣にも官邸にも上がらず一部の人間に握りつぶされていたという。これも、にわかには信じられない。米国から爆弾情報を与えられて、右往左往した挙句に、知らず存ぜずで封印を決め込んだと思われる。万一、情報が発覚した場合は情報伝達の不手際にしようと決め込んでいたに違いない。さらに、震災から15ケ月経った今になって明るみになったことの不可解さが、不信をさらに募らせる。

 相も変らぬ情報隠しに呆れるばかりであるが、本件ばかりは呆れるだけでは済まされない。首相は大飯原発再稼動に際して、「私の責任で」と軽々に言う。が、何をどう責任とるというのか。何かあれば自決も辞さぬというのか。「責任を取る」とは、そういうことではないだろうか。もっとも、泥鰌一匹殺してもどうにもならないのだが。




大局観



 相も変わらず何も決められない政治が続き、国民が望まない消費増税と原発再稼働だけが進められている昨今、政治家は本質的な論点を避けて、利権がらみの目先の行政に奔走する。情報化社会は行政の子細を丸裸にし、枝葉末節の情報を国民に流す。国民はそのたびに一喜一憂させられる。しかし、いつでも本質的な問題が置き去りにされている。

 原発問題の本質は、大飯原発を再稼働すべきか否かではない。日本のこれからのエネルギー政策において、原発をどのような位置付けに置くのかである。この基本的な問題を明確にしていないから揉めるのだ。

 国内問題にばかり専念している間にも、領土問題では各国が虎視眈々と領土拡大を画策している。沖縄問題にしても、日本の防衛の基本スタンスが明確でないから揉めている。この平和な日本といえども、いざとなれば、どこの国も日本を守ってくれやしない。自分の国は自分で守らなければならない。そんな当たり前のことを、あたかも健忘症を患ったかのように見て見ぬ振りをする。だから、防衛の先が読めない。

 消費税の問題、社会保障の問題、TPPの問題など、すべてに通じることである。つまりは、本質的な問題を避けて先送りにし、目先の政策を演じているのである。日本人特有の優柔不断なのか。しかし、世界も社会もそう甘くはない。

 もうそろそろ、本質的な問題に対して、大局観をもって事に当たらないといけまい。「木が沈み、石が浮く」なる時代から脱却して、「呑舟の魚は枝流に游がず」でいかねばなるまい。




未だ「原子力ムラ」の中にありて




 大飯原発再稼動に至る茶番のシナリオを見るに、また国会の事故調査委員会での参考人招致を見るに、改めて、この国は「原子力ムラ」という毒されたおぞましい巨大牙城から足を洗えていないことを思い知らされる。律する側も律される側も、官も民も、「原子力ムラ」にとっぷりと漬かってシナリオが作られている。もはやこの国には正義はないのかとまで思ってしまう。

 大飯原発再稼動せんがため、地元町長、福井県知事、経済産業省、閣僚、首相など関係者すべてがそれぞれの立場で建前の演技を行うさまは、見ていて滑稽でもある。そうまでしなくとも、地元町長と福井県知事は、反対したいのはやまやまだが地元の生活を守るために補助金が欲しいのだと言えばよい。経済産業省、閣僚および首相は「原子力ムラ」を死守するための既定路線だと言えばよい。

 そもそも、中立公正をもって審査すべき国会の事故調査委員会なるもの自体が毒されているのである。誰がどういう目的で召集したのか、どういう観点から委員を任命したのか、委員会の権限とは何か。すべてが茶番である。それは委員のメンバーを見てもわかる。元日本学術会議会長の黒川委員長をはじめ、元検事長や元国連大使など、物言わぬ元名誉職をかき集めただけである。中に、あのノーベル賞の田中耕一さん(島津製作所フェロー)の名がある。ノーベル賞に何が審査できるというのか。物言わぬメンバーの箔をつけたつもりなのか。肝心なリスクマネージメントの専門家は誰一人としていない。

 原発事故収拾に尽力し脱原発を打ち上げた前首相を吊るし上げ、当事者は自分には非がないと嘘ぶく。それをまた平然と認める事故調。事故調の参考人招致に立った前首相の最後の答弁が「原子力ムラ」を抱えた日本の病根のすべてを語る。

 『福島第一原発事故がわが国全体の病根を照らし出した・・・・・・・(東電と電気事業連合会を戦前の軍部に例え)原子力行政の実権を掌握し、批判的な専門家や政治家、官僚は村八分にされ、多くの関係者は自己保身と事なかれ主義に陥って眺めていた。そのうえで、いろいろな批判や危険性の指摘に対して軽視し封じ込めてきた』

 「原子力ムラ」を中心としたこの国のやり方は、もしかしたら北朝鮮や中国よりも質(タチ)が悪いかも知れぬ。ただ唯一、かすかな救いは、大江健三郎さんや坂本龍一さんらを中心に、脱原発への国民的なうねりが展開していることである。今はこれに賭けよう。




LEDと白熱電球

 

 最近のLED志向にあやかって、わが家も試験的にダイニングのペンダントライトをLED電球に変えてみた。しかし、それがどうもしっくりこない。それまでの白熱電球の温かみがないのである。血が通わない冷酷な灯りを放つ。いわば、すぐに点灯する蛍光灯のイメージである。

 環境省と経済産業省は昨日、消費電力の大きい白熱電球の製造・販売を控えて省エネ性能に優れたLED電球に切り替えるように関係団体に要請したという。実際、家電量販店では既に、白熱電球の売り場が限定されてLEDが主流になっている。

 LED電球の消費電力は白熱電球の2割以下という。寿命はLED電球の40倍という。しかし問題は価格である。白熱電球の10倍から15倍はする。わが家でもとりあえずダイニングだけにしたのは、価格を知っての後ずさりである。

 節電になるとか、寿命が長いとかはいい。しかし、価格がこれほどまでに高いのでは、日々の生活にも苦心する国民には手が出ない。人によっては、残された寿命を考えれば電球の寿命など関係なかろう。たとえお金があっても、白熱電球の温かみを求める愛好家もいよう。

 LEDへの転換を進めるのは結構。しかし、だからといって白熱電球の製造・販売を控えるように行政指導するとは、いかがなものか。ちょうど1年前の地デジ化もそうである。国民は否応がなしに、国の方針に沿って生活様式の変換を余儀なくされる。つまり、生活に関する選択の自由を剥奪されている。

 どのように社会が進化しようと便利になろうと、選択の自由は残さねばならない。そうしないと、老人や負け組を置き去りする冷たい社会になってしまう。社会を素直に見ることができなくなった私には、節電という大義名分にかこつけた家電業界と国の画策陰謀としか映らないのだが。




サッカーの妙



 スポーツの勝敗は時の運。競技によっていろいろな綾があり、実力と環境と綾によって勝ち負けが決せられる。従って、ひとつひとつの勝敗には必然的なものもあれば意外性も生まれ、その結果にことさらこだわるのもおかしい。ただ、公正なルールと審判に基づいての話である。

 昨日のワールドカップ・アジア最終予選を見て、改めてサッカーという競技のいい加減さを感じた。あの内田選手のファウルの判定によって、PKによる1点を失った場面である。コーナーキックにおけるゴール前での絡みはいつでもあること。国際競技経験豊富な内田選手のこと、頃合も十分承知している。あれがファウルというのであれば、コーナーキックにおけるゴール前の外国選手はすべてファウルになろう。

 オーストラリアでのアウエイの洗礼といえばそれまでだが、あそこまでいい加減な審判をされると興ざめもしようというもの。そもそもサッカーという競技はいい加減なスポーツ、そんな印象を強くする。

 サッカーは110m×75mの8,250m2のフィールドに対して、主審1名、副審2名の計3名で審判する。審判1名当たりのフィールド広さは2,750m2となり、とてもじゃないけど反則を見届けることはできない。大相撲と比較してみよう。直径4.55mの土俵の面積は16.26m2であり、土俵周りに5名の勝負審判がいて、行司を加えると6名。審判1名当たりのフィールド広さは2.71m2であり、実にサッカーの1,000倍の密度となる。

 大相撲は土俵を割るか転ぶかという単純な競技である。その判定によってたかって審判する。これに対して、サッカーはそれこそ大草原の放牧場の牛や馬を監視するといってよい。公正な審判ができるはずもない。もっとも、そんな厳密な大相撲でも八百長とあっては話は別であるが。

 日本人選手のサッカー技術の向上は目覚しく、今では多くの選手が海外でプレーしているのは嬉しい。しかしその反面、サッカーのルールや審判は旧態依然として、改正の試みさえない。そこには、サッカーというスポーツといえども裏舞台では力関係の駆け引きがある。日本人も選手だけではなくFIFAに人を送り込むことにしないと、当分、不利な試合展開を余儀なくされる。それができなければ、日本人はもっと野蛮に、もっと姑息にならねばならぬ。



人の儚さと価値


 最近の身近なショッキングニュースといえば、シニア・ナビのある方が急逝されたことである。シニア・ナビに登録されて日が浅いと聞くが、日々、画像をアップされて写真技術の向上に情熱を注がれていたことが、ナビの痕跡から読み取れる。また、ナビを通じて多くの方と交流し、シニア・ナビの効用もあって、意気揚々と過ごしていた矢先のようである。ほんの数日前まで、足跡やメールを交わした方もいらっしゃるらしい。謹んでご冥福を祈ります。

 会ったこともない人であっても、ナビ仲間がこの世を去る知らせはとてもつらいものです。それも、数日前までお元気にナビ仲間と交信されて、写真も更新されていたという。この年齢になるとそういうこともあり得ると頭で理解していても、あまりの突然の知らせに、「なぜ」と容易には受け入れることができない。改めて、人の命の儚さを思い知らされる。

 そのお方はナビをこよなく愛し、ナビを通じて最期の喜びのひとときを過ごされたご様子である。そう考えれば、こんな不手際の多いナビであっても、まんざら捨てたものではないのかと思う。こんなつまらないナビなんかと、半ば脱退を決めていた気が削がれた思いでいる。ナビというバーチャルな世界とはいえ、仲間という意識が次第に芽生えていたことに、改めて気づかされる。

 急逝されたことに驚かされたが、それ以上に感動したのは、娘さんがそのナビを通じてお母さんとの親交に対してお礼をされていたことである。これはなかなかできることではない。ナビを通じた母の行動に理解をし、優しく見守ってこられたからこその行動である。また、そのお方の人格の高さ故でもある。そのお方にとっての有終の美と言える最期のブログである。人の価値というのは、現世の地位や名誉や財産ではなく、亡くなって初めて決められるものだと、改めて思う。



下関と坂本龍馬・高杉晋作



 久しぶりに、生れ故郷・下関に降り立った。しばらく来ない間に、下関の街は変貌していた。そのシンボルが平成8年(1996年)7月に関門海峡のランドマークとして誕生した「海峡ゆめタワー」である。東京スカイツリーの足元にも及ばぬが、朝・昼・夜と時々刻々変わる海峡の光と影を360度の雄大なパノラマで見る景色は絶景である。夜は曜日によって七変化するという。



タワー



夜のタワー


 唐戸市場にある回転寿司にて鯨のオバイケ、赤身、さえずりをほうばると、もうこれでもかと、下関に来た実感がこみ上げる。
 唐戸市場から海岸線を散策し、海峡に渦巻く潮騒の香を胸に、遠くに関門大橋を見る。



海峡

 海岸線にふたりの胸像を刻んだ石碑が天にそびえる。「青春交響の塔」である。維新史を旋回させたふたつの雄魂がそこにある。その名、高杉晋作。その名、坂本龍馬。


塔



石碑にはこう記されている。
『慶応元年(1865年)の太陽が東経131度の子午線上に燃え
戦う青春の交響詩は轟くとき
歴史の海流は天に向かって怒涛の水柱を噴上げ
無限の時空へ改革の恐竜を這わせた
関門海峡のほとりで演じられた
日本史の名場面を記念した
石に刻み
あの日、両雄が夢見た
豊かな永遠の未来をつらぬく
創造の糧としたい』

 坂本龍馬は何度も下関を訪れている。単に寄港地であっただけではなく、当時の下関が国の将来を占う重要な地点だったことが理由として挙げられる。高杉晋作と坂本龍馬は下関で何度か会っている。高杉が贈った拳銃によって、龍馬は京都伏見の寺田屋事件で命拾いをした。



開戦図


 これは、坂本龍馬が長州藩と幕府軍の戦いで高杉とともに軍艦に乗って参戦したときに龍馬が描いた会戦図である。兄に送った手紙に添えたあったという。下方が下関、上方が小倉、右端に巌流島も描かれている。

 そこで、宮本武蔵と佐々木小次郎の決闘の地として有名な巌流島にも寄ってみた。


巌流島


その巌流島から関門海峡を眺めると、「海峡ゆめタワー」が見える。



巌流島&タワー


 慶応3年(1867年)春、坂本龍馬は下関本陣・伊藤邸に世帯を構えた。実は、龍馬はここ巌流島にも訪れているのである。ある夜、妻お龍とこっそりと渡り花火を打ち上げたと、後年、お龍が語っている。

 坂本龍馬と高杉晋作。両雄がここ下関にて夢見た思いを馳せて、しばし佇む。






「平清盛」評



 現在NHKで放映中の大河ドラマ「平清盛」は今ひとつ不評であり、視聴率の低迷が続いている。しかし、広島近辺に限っていえば、「平清盛」ブームにあやかって、というか、ブームに乗じたさまざまな商法と観光が盛んである。清盛号電車や清盛もみじ饅頭に始まり、何から何まで清盛一色である。

 平清盛ゆかりの宮島・厳島神社の人出は盛況である。宮島・厳島神社の対岸に居する吾身としても、「平清盛」ブームによる地域振興に一役担うつもりで、周辺の道路渋滞や違法駐車などにも目をつむる日々である。

 それにしても、大河ドラマ「平清盛」の視聴率が低い。不評のひとつに映像が汚いと言われる。確かに、これまでの大河ドラマに比べると、暗くて汚い。しかし、平安末期の武士社会を忠実に描写しようとすれば、それも仕方あるまい。

 次なる不評は、わかり難いという。確かに、貴族対武士、摂関家対天皇家、平氏対源氏の対立構図はわかり難い。この対立を数ケ月もかけてじくじくと描くのであるから、分かるものも分からなくなる。ただし、平安末期の事情に通じている者には面白いのかも知れぬが。

 不評の原点には、そもそも平清盛は悪人だというイメージがある。戦前、戦中にそのように教育を受けたということも聞く。だが、なぜ悪人なのかと尋ねても明確な回答は返ってこない。「平家にあらずんば人にあらず」と豪語するほどの驕りがあったという。しかし、その言葉を口にしたのは清盛ではなく、清盛の妻、時子の弟、平時忠である。時代認識のなさにより、平清盛はイメージを悪くしている向きもある。

 広島県立博物館においては、日本全国から集められた平清盛に関する資料が展示され、2ケ月のロングランの末、昨日閉幕した。入館料は1200円であるが、案内録音機500円が必携という。〆て1700円プラス駐車場代に悩んだ挙句に行かなかったが、行った人の話では、えらく感動した人と全くわからなかったという人に二分される。やはり時代認識の差なのか。

 あまりの視聴率の低迷に、主役の実際の妻、小雪さんを終盤で抜擢するなどの奇策も聞かれる。さて、今後の展開は如何に。



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団塊の世代を突っ走った田舎侍の遠吠えです。聞いてやってください。実話から世評までもろもろですが、一貫して、辛口です。

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