年度末



 平成23年度も実質的に今日で終了する。いわば今日が年度末の大晦日である。明治時代から続くこの年度という制度。最初に役所の会計年度が制定されて、学校や企業の多くがこれまで右習えで従ってきた。

 業種によっても違うだろうが、役所と繋がる業種はこの年度の仕切りによって右往左往してきた。とくに公共事業との関係が大きい建設関連業種においては、役所の会計年度を跨ぐ工期が制約されたり、会計年度末に合わせた予算配分に従ってきた。

 ひと昔前まで、といっても、ほんの数年前の小泉以前までは年度末特需に沸いた。役所は会計年度末が近くなると、予算を消化しないといけないから、やたらと発注する。そのため、業者は寝る暇も惜しんで働く。いわば、2月、3月はかき入れどきだった。早い話が、年度末は無駄な公共事業とそれに群がる企業の精算時期でもあった。私も末端の落ちこぼれに群がったひとりであるが。

 それが小泉以降、無駄な公共事業どころか必要な公共事業までも発注できていない。だから、全く年度末の感覚がないのである。大学の秋入学も採用され、年度末という感覚が少しずつ消滅してきている。これも時代の流れだから仕方ないわけであるが、少し寂しい気はする。変えないといけないのは年度末という制度ではなく、自身の気の持ちようであるが。



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活断層論議


 最近、活断層の話題がにわかに再浮上している。千葉県東方沖や敦賀湾の海底において新たな活断層が発見されたとし、それらが連動すれば想定外の巨大な地震が予想されるといった風潮である。これに対して、「ちょっと待て!」と、ひとこと言いたい。

 私自身、地質屋の端くれとして長年、断層を扱ってきたし、原発の断層調査にも関ってきた。数多くの活断層をこの目で見てきた経験から物申す。

 そもそも断層とは、読んで字のごとく地層を切るものである。1mm程度のシーム(超薄い層)でも地層を切ってれば、それも断層。若い断層は軟弱なガウジ(粘土や砂礫)を形成するが、古い断層はカタクレーサイトと呼ばれる堅い断層岩になっているものもある。このように断層は千差万別であり、断層はそこいら辺に無数にある。

 それが活断層となると、話は違う。活断層とは最近活動した断層であり、最近とは一般に地質年代の第四紀をいう。すなわち、およそ100万年以内のごく最近に活動した断層という定義がある。

 活断層であるか否かの判定には、100万年以内の新しい地層である更新統(洪積層)や完新統(沖積層)を切っているかを確認する必要がある。そのために、ボーリング調査をはじめとした地質調査を行い、最終的にはテストピット(観察溝)を掘削して断層周辺の地層を観察する。それでも学者によって地層の見立てが異なり、活断層の判定には個人差が出てくる。岐阜県の根ノ谷断層など有名な活断層はテストピットごと資料館になっていて、このような断層は誰が見ても活断層とわかる。しかし、多くの活断層はその判定が難しいので確実度を三段階に分けている。

 地表の断層であって直に見ても活断層の判定が難しいものを、海底の活断層の判定は至難の業である。音波探査などで海底の地形や岩盤の状況を探査すれば、断層らしきものが掴める。そこいらを海上ボーリングによって地層を確認すれば、どの地層をどのように切っているのかわかる。しかし、こと海底の話である。海底に潜水夫が潜ってわかるものでもない。地層を直に観察できるわけではない。それに、海底には鍵となる更新統(洪積層)の存在が少ない。

 海底における活断層の抽出と認定はそれほどに難しいものである。地質学者は恐らく見向きもしないであろうものを。だとすれば、彼らはなぜ活断層と言うのか。発表する人間はみな地震学者である。地質学者はひとりも出ていない。彼らの常識では海底に掘りこまれた明瞭な溝はイコール断層であり、断層イコール活断層であるとの認識であろう。

 念のため、私は日本における活断層の第一人者のひとりである私の恩師に電話で確認した。千葉県東方沖や敦賀湾の海底で新たに発見したとされる活断層について。案の定、にべもなく笑って突き返された。活断層だったという情報がいきなり出るのもおかしい。原発建設のために今まで隠していた情報を今になって出したのか。あるいは海底の断層を安全のために活断層と認定した場合を検討し始めたということか。それにしても、それらが連動するなんて、どのような理屈で予想しているのか、地質屋の立場では全く理解できないのである。





活断層
(所蔵の活断層文献の一部です)


六日の菖蒲、十日の菊


 会社のB君は真面目過ぎるほど真面目で、しかも努力家である。言われたことはきっちりこなす。しかし彼の最大の難点は、ひとつのことしかできないことである。十分な期日を与えてひとつの仕事をさせれば、それはそれは見事な品質の報告書を作成する。それが顧客のニーズに合致すれば高評価を得るが、求められていないことまで突っ込んでやるので会社的には非効率極まりない。当然のことながら採算は合わない。

 彼は所謂、猪突猛進型、一点集中型で廻りが見えていない。要領が悪く、ふたつ以上のことができないタイプである。その性格は典型的なB型のタイプである。自身でも性格と能力をわきまえていて、仕事の納期を聞いて「できません」と断ることもしばしば。必然的に急ぐ仕事は私にお鉢が廻ってくる。若い頃、「できませんという言葉は絶対に吐くな!」「できない言い訳を聞くために雇ってんじゃない!」と叩き込まれた私にしては、優雅な時代になったものだなぁと思ってしまう。

 「六日の菖蒲、十日の菊」ではないが、五月五日の端午の節供(せちく)に遅れたり九月九日の重陽の節供に遅れた菖蒲(あやめ)や菊は何の意味も持たない。仕事において最も大切なことは、実は品質ではなく、納期に間に合うスピード感である。そのためには、「段取り八分」と言われるように段取りが全ての鍵を握る。そのためには、あちこちに目配りが必要となる。

 彼のようなタイプは、大きな会社の専門職としてじっくり育ててやれば、将来は大きく開花するかも知れぬ。しかし、あいにく弊社は零細企業でそんなゆとりはない。まして彼はもう40歳を越している。とっくに人の上に立つ年齢である。人の上に立つにはもう少し周囲に目配りせねばならぬ。人の上に立てばひとつのことに専念できるものでももなかろうと、彼を説得するが、性格はなかなか直らない。

 そのようなB型の彼を見ていて、どこかに似たタイプがいるなあと感じた。そうだ、我らが現首相、第95代内閣総理大臣の野田佳彦である。政治生命を賭けてかどうか知らないが、不退転の決意の消費増税に猪突猛進するあまりに、経済、外交、防衛、復興などに全く無頓着・無関心である。今、ソウルで開催中の核保安首脳会議でも蚊帳の外である。消費税増税を訴えている間に、経済も外交も日本はジリ貧で後退している。

 まさかと思いつつ野田首相の血液型を調べたら、これがB型であった。やっぱりという印象をどうしてもぬぐいきれない。ついでに歴代首相の血液型別在職日数を調べたら、1位のO型11,352日、2位のA型8,495日に対して、3位のB型は1,827日と大きく水を開けられている。ということは、解散は近いということか。

 一零細企業の社員ならいざ知らず、仮にも一国の首相がひとつのことしかできないのでは国は滅亡する。目先の利く泥鰌と思いきや、融通がきかない髭のない泥鰌だったとは。


〔補足〕誤解があるといけないので付け加えます。私は品質が大切でないと言っているわけではありません。無論、品質は重要です。ただ、求められていること以上の品質にこだわっても顧客の評価が上がるとは限りません。公共事業では、いいものを作っても1日遅れると指名停止となります。まず、仕様書の要求にかなうものを納期に間に合わせるという意味で、品質よりスピードという表現をしました。



不作為の罪


 NHKの「原爆投下極秘情報は生かされず」という番組を見たことがある。広島、長崎への原爆投下はあらかじめ予測できていたという事実を、生存する関係者への取材で検証した内容であった。

 戦時中の日本への空襲はグアム島などを基地とするB29によって行われていたが、それらは無線傍受によるコード番号の解析によって感知でき、約5時間前には空襲警報を発令することができた。ところが、終戦間際のある時期から13機の任務不明機が南方海上で活動を始めた。同じ頃、米国はネバダ砂漠で初めての原爆実験に成功した。

 この情報は当然、日本に届いていた。そして、8月6日、気象偵察機に誘導された任務不明のコード番号を持つB29一機が周防灘から広島に入り原子爆弾を投下した。

 テレビに映った生存関係者は、事前に空襲警報が出ていればあれほどに悲惨なことにならなかったと、唇を噛み締めていた。「不作為の罪」を憎み、怨んだのである。

 本来やるべき仕事や義務があったにもかかわらず、これをやらなかった罪を「不作為の罪」という。津波警報の方法と内容、SPEEDYによる放射能拡散の予測通知、放射能からの避難誘導、津波からの学童避難誘導など、挙げれば枚挙にいとまがない。

 予測された原爆に何も手を打たなかった軍部関係者と、今回の国、東電、保安院、安全委がどうしてもダブる。そして、唇を噛み締める原爆生存者と今回の生存者が重なるのである。

 絶対に起こしてはいけない事に何も手を打たなかったのは、倫理上の問題として決して許されるべきではない。これは明白な犯罪である。いつしか落ち着いた段階でフクシマ裁判を実施すべきである。



凍結・融解


 先日、久しぶりに仕事で山に入った。現場は、大規模な崩壊が発生したという山里奥深い林道。しばらく振りの現場で、体がなまっていて動きが悪い。それでも、若い者がモタモタしているのがじれったくて、先頭切って、比高150mを一気に登る。

 林道の法面が大きく崩れて、その上方斜面にはズタズタに亀裂が発生していた。崩壊により滑落した岩盤が林道を塞いでいたが、その目と鼻のところに1台の車がある。車が通過直後に崩壊し、運転手は難を逃れたという。

 岩盤は長年の凍結と融解の繰り返しによって次第に強度を低下させ、岩盤に緩みを生じる。そして、3月のこの時期、凍結によって蓄積された内圧が融解によって弾けるように破壊するのである。山の落石が一番多いのも意外に3月である。今、新潟県で発生している地すべりも融雪による地下水の増加以外に、凍結・融解による地盤の緩みの影響が大きい。

 岩盤も地盤も凍結から融解に転じ、弾けるように破壊するこの3月。弾けるのは山ばかりではない。冬場の運動不足によって腹が弾け、獣は冬眠から弾けて起きる。木の芽が弾ける。そして、幸運にも恋に弾ける人もいる。

 弾ける甘美な恋ならば良いが、弾けるのには危険が伴う。弾ける原因は内圧を発散させずに蓄積するからである。したがって、一気に弾ける危険を予防しないといけない。ストレスを溜め込まない。心を開く。運動をする。悔やまない。大らかに生きる。少しだけ薄着にしよう。もうすぐ4月。春に備えて準備するとしよう。




ステマ


 ステマとはステルスマーケテイングの略である。ウイキペデイアによると、「消費者に宣伝と気づかれないように宣伝行為をすること」とある。「ステルス」というのはもともと軍事用語である。敵のレーダー探知を困難にするステルス技術と同じ語彙であり、「隠密」と訳される。すなわち、ステマとは広義には詐欺まがいの商法からあやしい宣伝までを含むと考えてよい。

 身近な例では、宿やホテル、レストランの口コミである。客を装って同じ人間が何度も投稿する。良い評価をする重複投稿者はオーナー筋と思われ、悪い評価をする重複投稿者は同業の商売敵であろう。口コミを信じた消費者の動向により、好評価を受けた宿やホテル、レストランは流行り、逆に悪評を叩かれた業者は廃業に追われることにもなる。真実の評価は別として。

 さらにタレントや有名人を使った宣伝行為もステマに該当するであろう。そのタレントや有名人と広告主との関係は宣伝契約以外に何もない。あたかも自主的善意で宣伝している風を装う。宣伝している商品を、そのタレントや有名人が使用したり口にしているという事実も明らかでない。まして、その商品を使用して効果があったという確証もない。それなのに、消費者はタレントや有名人が宣伝しているだけで信じてしまう。

 最も分かり易いステマは「やらせ」と「サクラ」である。「やらせ」と「サクラ」で思い出すのは九州電力のやらせメールである。また、少し前の小泉内閣のときのタウンミーテイングでもあった。ステマが巧妙になると、東京電力の電気料金問題へと発展する。東京電力は「説明不足であった」「舌足らずであった」と弁解しているが、これははっきり言って「詐欺」ですから。

 なぜ、国も企業もステマや詐欺まがいの行為に走るのか。情報隠しが根源にある。情報を隠すから別の嘘をつき、嘘をつくから一発逆転を画策する。AIJもそうだ。情報が漏洩すると「私は知っていた」という者が現われる。情報隠しに端を発し、社会全体が疑心暗鬼に陥る。そのうち、国民はあらゆる情報が信じられなくなる。

 巨大電子掲示板サイトである「2ちゃんねる」には、不特定多数の匿名による掲示板への書き込みがある。その中には、「ステマ」とおぼしき商品の宣伝行為に対する不特定多数の匿名による拒否反応が多い。が、その投稿すらステマかも知れない。

 それではどうすればいいいのか。我々はまず、元凶となる国や企業の不誠実さを正すことから始めなければならない。東京電力の電気料金値上げの前に、フクシマの総括と責任をとるように働きかけることが先決であろう。

 真偽のほどや確実と曖昧が混在する情報社会にあって、一般消費者が情報の真偽を見極めることは不可能である。そこで、消費者の立場に立った情報公開がポイントになる。情報公開こそが情報社会を救う。

 その上で、信頼できる情報を共有する場を持つことが大切である。我々市民の側にも真贋を見極める心眼を養うことが要求される。簡単な策は、タレントや有名人を使った宣伝行為を疑うこと。必要以上に良い効果や評価を掲げる商品には手を出さないこと。旨い話には乗らないことである。いずれにしても、難しい嫌な世の中になったものだ。



病院の待合室にて


 病院で順番待ちしていると、いろんな人間模様を観察することができる。総合病院の待ち時間は長い。だから、暇つぶしに新聞や電子本を持参する。しかし、ほとんどゆっくり読んでいない。小心者は廻りが気になって、それどころじゃないのです。

 自分の名前が呼ばれるのを聞き逃してはいけない。病院によっては自分が受診する科と並んで両隣に別の科があることもある。そんなときは厄介である。「○○さん診察1番にお入りください」といったマイクの呼び声があちらこちらから聞こえる。そんなときに限って、肝心の自分の受診科だけ虫の声だったりする。すると、耳をそばだてておかないといけない。本どころの話じゃなくなる。

 小さな子連れの母親にはやきもきさせられる。子どもが床に寝転がっても、そ知らぬ顔の若い母親。それは他人ごとだからいいとしても、子どもが靴のままソファーに上がったりしても、平気な顔でいられるから不思議である。子どもが足をバタバタして隣の私のズボンに当ったりする。遠慮しながら少し席をずれる。

 待ち時間が長いと、短気な老人はすぐ受付に文句を言う。すると、受付は「順番を確認しますね」と奥へ行く。すると、返事は「この次ですから」と言うから不思議である。内気な私はそこでまた先送りとなる。文句を言う名物老人みたいなのがいて、受付もわかっていてそれなりに対応している。受付嬢というよりクレーム処理嬢みたいでかわいそう。文句たらし老人の連れには常識的な夫人が多い。文句老人が治療を終えて帰るとき、その夫人は受付に「いつもすみませんね」と文句の侘びを入れる。受付は「いつものことですから」と言いたげな顔で会釈する。

 病院には独特の「匂い」ならぬ「臭い」がある。コートを脱ぐときの臭い。鼻につく香水をつけてくる不届き者もいる。季節の変わり目にはナフタリンの臭いがする。老人には老人独特の臭いというのがあって、少し席をずれたりする。そんなとき、自分のことは完全に棚にあげて、老人を避けている。

 杖をついてゆっくり歩く患者や車椅子の入院患者。名前を呼ばれても気づかぬ者。大きなバッグを持つ本日の入院患者。ときどき急患がストレッチで運ばれてきて幅の広い非常入口から入れられる。そんなときは、また1時間待ちとなる。

 受診を終えても点数処理にまた時間がかかる。それでも名前を呼ばれ、優しい言葉を掛けられるとほっとする。「○○さんお待たせしました。それでは下の計算窓口においでください。おだいじになさいませ」と、相手の目をじっと見て挨拶してくれる。この挨拶で待った時間も忘れて癒される。



「余震」と「予震」


 「余震」とは大きな地震(本震)の後に引き続いて起きる地震のことをさすが、明確な定義はない。定義がないからこそ、「余震」の判定は慎重に行わねばならない。なぜなら、ある地震がほんとうに過去の地震の「余震」だとすれば、一般的には本震を上回ることはない。すなわち、ある意味、安心できるのである。しかし、その地震が「余震」ではなくて「予震」(またの名を「前震」という)だとすれば、将来はそれ以上の規模の地震を予兆するものであるからである。

 昨年の3.11以降、東北から関東周辺の広い範囲において無数の地震が頻発してきた。気象庁や関係機関はそのほとんどを3.11の「余震」として片付けている。確かにマグニチュード9.0という巨大地震のエネルギーが発散したのだから、その後遺症たるや甚大であろう。しかし、もう1年以上にもなる。震央位置も転々としている。果たして、東北から関東周辺にわたって最近発生している地震のすべてを「余震」として片付けてよいのだろうか。

 先日の3月14日、千葉東方沖を震源とするマグチュード6,1、震度5強の地震が起きた。気象庁や関係機関とも、またも3.11の「余震」と判定した。しかし、震央が3.11と同じ太平洋プレート上にあるという以上の根拠は何も示していない。それでは、今後ともこの広い領域の地震はすべて「余震」になるのか。確かに、関東を襲う直下型地震の「予震」という見方をすれば物議を醸す。3.11の「余震」としておく方が楽であろう。それでは、将来、3.11と同等以上の地震が起きたとき、何と言い訳するのか。

 私はこうした「余震」決め付け論議に異議を唱える。無論、巨視的には3.11によるプレートの歪の影響が少なからずあると認識した上での判断である。私がそのように判断する根拠を以下に述べる。

 まず、地震予知の前提となっている「プレートテクトニクス理論」である。今や市民権を得たこの理論であるが、理論が生まれて、たかだか半世紀である。日本には1970年頃に導入されたと記憶している。まだ半世紀にも満たない。それより以前は「大陸移動説」が主流であり、専門家はみな、それを信じて疑わなかった。それが今や「プレートテクトニクス理論」の一点張りである。しかし、誰もプレートを見たわけでもない。半世紀後にまた別の理論が出てこないとも限らない。この理論ありきで物事を考えるのは危険である。

 次に、確かな「余震」の同定を基礎として物事を考えていくことが重要であると考える。ある地震(本震)が起きた直後の数日間、震源に近いところで地震が数回、起きる。これこそが確かな余震である。本震と確かな余震の合わせて3点以上の震央データがあれば、その地震を起こした面(プレート面または断層面)の方向が3次元的に捉えることができる。

 3月14日の千葉東方沖地震を本震と考えれば、気象庁のデータによれば、その確かな余震が2回発生している。そのデータが下表である。




千葉東方沖




 エクセルのマクロ機能を使えば、3点の震央位置データ(北緯東経と深さ)から3点を構成する面が簡単に割り出せる。3月14日の千葉東方沖地震について解析した結果が下図である。



断層面



 千葉東方沖地震を発生させた面(プレート面または断層面)の走向(面の方向)はN66°Wで傾斜は南西に36°と緩い角度である。この面の方向は太平洋プレートと直交する方向であり、その傾斜する延長上に東京湾がある。そうなると、千葉東方沖地震が首都直下型地震の「予震」であるという可能性は否定できない。それでは、最近の茨城・福島沖の地震はどのような面で起きているのか。岩手・宮城沖の地震はどうか。それらの面と面の関係はどうなっているのか。

 気象庁をはじめとする地震予知の考え方は、過去の理論や固定観念に縛られすぎている。一連の地震のすべてを「余震」として処理しないで、先入観にとらわれずに、個々の地震データから考えられる可能性を探る、真摯で柔軟な研究姿勢に欠けているように思われる。



どいつもこいつも


 「明日朝、会社に伺います」と取引先の方から電話。「会社は何時からですか」と尋ねるので、「9時からです」と答える。「それでは、その頃伺います」に「お待ちしてます」と返答した。

 小心者の私には、ひとり客が来るというだけで気が落ち着かないのだ。早めに来て待ってもらっても失礼だからと、朝8時前には会社に入る。零細企業なので、私がみな準備する。来客用の駐車場を確保して、スリッパを揃えて、会議室の暖房を入れて、打ち合わせの資料を出してっと・・・・。

 そうこうすると、そろそろ9時。車の音がするたびに窓から覗く。まだ来ない。もうそろそろコーヒーを入れ始めようか、まだ早いか。会議室の温度状態を確認しに行く。9時30分、まだ来ない。もうこうなったら仕事に集中できない。10時近くになって、奴さん、のこのこと訪れる。渋滞で遅くなりましたと嘘の弁解でもしてくれりゃかわいいものを、すみませんの一言もない。

 もう3月中旬。そろそろ決算書を作成してもらわないといけないと、こちらがやきもきする。1ケ月も前に決算用書類を税理士にOutlook Expressにて送ってある。無論、見たかどうかの開封確認メッセージを要求して。しかし、待てど暮らせどメッセージは来ない。開封してもメッセージをよこさないのか、そもそも見てないのか、またやきもきする。

 税理士に出す前の帳簿をお願いしている方に、その話をした。「あの税理士さん、忙しい方なのよ」と、さも私が悪いような言い方をされる。「自分ひとりが忙しいつもり?第一、忙しいとか忙しくないのって関係ないっす。税理士って何様なんですか、税理士以前の人としてのエチケットの問題だ」と、つい八つ当たり。明くる日、会社に差出人不明の普通郵便が届く。開けると、税金納付書であった。どうやらその税理士からのものだ。こんなの簡易書留で送ってくるもんじゃないのか!それも差出人を書かずに出すか!

 顧客の社長の車に便乗して、一緒に現場に行く。ヘビースモーカーの社長は発車するなりプッカプッカ。少しは気を使ってか、運転手側の窓を開ける。すると、風が一気に入ってモロ、煙が助手席に。助手席側の窓を開けようとするが開かない。壊れているという。煙草辞めて車買ってよって、喉元まで出たがやめといた。口を摘むんで鼻までセーターを上げて息を堪えて現地まで。それでもそ知らぬ顔でいろいろ話かけてくる。息ができないで死ぬか生きるかの状態で話どころじゃないんです。

 まったく、どいつもこいつも失礼千万。この世は非常識人が闊歩し、常識人が小さくなっている。何かおかしいぞ。横をみると、同居人は涼しい顔。また今日もひとり、愚痴を肴に酒を飲む。



婚約おめでとう



 ご自身や家族の婚約や結婚、お孫さんが生まれたとか、資格が取れたとか、シニアの仲間からの朗報はうれしいものです。そんな朗報をひとつ。

 口止めされたわけでもなく、おめでたいことなのでいいかなとの思いで公表します。シニア・ナビのMさんのことです。ご存知の方もいらっしゃるかと思います。そのMさんが昨日、婚約されました。ホワイトデーに合わせての婚約です。まるで小栗旬さんと山田優さんのようです。今年、秋に入籍されるそうです。お相手は誰かとか、そのような野暮なことは聞いていません。心からお祝い申し上げます。しあわせになってくださいね。

 シニアの仲間だと、どうしても病気したとか健康状態が悪いとかの報告が多いのですが、このようなめでたい知らせは初めてです。Mさんに続いて、今度はどなたのおめでたの知らせが聞けるのか、今から楽しみです。どうぞみなさん、良い出逢いをして愛を育んでくださいね。



円周率



 今日、3月14日は円周率の日だそうだ。実は新聞を見て初めて知った。何でも記念日にしてるが、まさか円周率までもとは。

 円周率3.1415・・・・・・・はどこまで言えるだろうか。3.1415までは記憶している人も多かろうが、その先は覚えてない人がほとんどではないだろうか。もっとも今どき、覚えてなくても電卓でπを押せばすむわけだから覚える必要もない。でも昔は、学生の頃にタイガー計算機で暗記した円周率を回した記憶がある。

 円周率といえば、日本の学生の数学の学力低下がひどいらしい。学校現場では、ひたすらピタゴラスなどを暗記させるだけで、肝心な数学的な物の考え方を教えていないのが原因だろうと思われる。だから応用が利かない。例えば、「偶数と奇数を足すと奇数になることを説明してください」的な問題がでると、お手上げの子が多いらしい。

 それと、数学は日常生活においても不可欠だということを、学校現場において実例でもって教えていない。これが、数学が苦手になる原因と考えられる。幸か不幸か嫌々ながらも工学系に進み、今もって数学を利用している身からすると、日常生活においても数学の恩恵に授かっている。

 例えば身近なことでいうと、シニア・ナビは何人くらい登録しているんだろうと考えたときに、毎日の誕生日の人数をランダムに数日間のデータを調べると、統計学の手法によってほぼ確かな全体人数を推定することができる。微分や積分やベクトルや行列だって日常生活に役立つことが多い。

 数学の恩恵は日常生活ばかりではない。物の考え方の土台となる論理的思考の原点となる。つまり、「あれがこうしてこうなるから、こういうことがいえる」と順序立てて、事象から結論への考え方を構築していくことができる。

 先日書いた橋下さんの危うさの要因でもある「脈絡のない論理展開」も、文系ならではでないのかと思う。政治にしろ、経済にしろ、弁護士にしろ、税理士にしろ、文系の職業は論理性とはかけ離れたものが多い。そのような方面では、むしろ論理は邪魔にこそなれ恩恵はないのかも知れない。

 逆に理工系には論理が足かせになって次に進めないジレンマがある。何でもかんでも理屈で考える習性がある。だからして、人間味がないとか堅物だとか言われる。理工系に叙情詩が書けないのは、詩の世界においても原因と結果の論理矛盾を追及し、思考停止に陥るからである。
 
 文系にしても理工系にしても体育系にしても、さらに何系にも属さない人も、数学が人生を豊にすることは間違いない。 今日の円周率の良き日に、数学に感謝するとしよう。



被災地の子どもたち



 あまり見ないテレビであるが、毎週見ているのに月曜日の「鶴瓶の家族に乾杯」がある。笑福亭鶴瓶とタレントが日本各地を突然尋ねて家族と語る番組である。わざとらしくないアドリブと笑福亭鶴瓶の人の良さが気に入っている。

 昨日の番組では鶴瓶が被災地の岩手県陸前高田市を訪ねていた。利発そうな小学生の女の子を相手に鶴瓶がいろんなことを聞く。それに対して、女の子は明るい笑顔で今どきの軽いノリで答えていた。しかし鶴瓶が一言、「今日、お父さんは?」と何気なく聞いてしまった瞬間、女の子は塞いで泣きじゃくってしまった。

 その女の子のお父さんは津波で流されていたのだ。鶴瓶はロケ後に、悪いことを言ってしまったと反省しきり。その場面はオンエアしない方がいいだろうと、後日、スタッフが本人と親御さんに断りを入れたが、当人から放送の許可が下りたので放送した旨を説明していた。
 
 被災地には、親を失くした子どもや兄弟を失くした子ども、友だちと離れ離れになった子どもがほとんどである。その子らは悲しみや苦しみを自分の中に封じ込め、それでも懸命に明るく振舞って生きているのだと思う。そう思うと、涙が止まらない。

 その番組では続いて岩手県大槌町の集会所を訪問していた。そこは仮設住宅に住む中学生のために自習ができるよう、ボランテイアが計らっていた。仮設住宅では狭くて勉強に集中できない中学生が沢山、集まって自習していた。鶴瓶が励ましの言葉と同時に将来何になりたいのかと聞きていた。

 男の子のひとりは消防士になりたいと言う。男の子の父親が消防士として殉職したのかどうかはわからない。別の子はヘリコプターで人を助ける仕事がしたいと。被災直後、ヘリコプターで救助する自衛隊を見て、ヘリコプターでしか救助できないんだと実感したからだと言う。また別の子は大槌の復興のために働きたいと言う。どの子も心の中では悲しみを抱えているだろうに、それでも頼もしく前を見て生きようとしている。また、涙がにじんだ。

 良い話ばかりではない。これは全く別の話であるが、ある高校の先生が授業で普段より欠席が多いのに気づいて生徒に尋ねた。生徒たちから「検査、検査」と投げやりの返答が返った。周辺市町村で甲状腺の被曝検査が始まったのである。「福島市はいつ始まるんだ」と聞くと、「3、4年後になるんでねえの。ま、その頃、おれらは卒業して福島にはいねえと思うんだけれどね」と。明らかに生徒には諦観のムードが漂っていたという。

 同じ被災地の子どもたちでも、小学生と中学生、高校生では違うし、人によっても被災の受け止め方は違う。津波で被災した子どもと原発の被害を受けた子どもでも違う。しかし共通していえるのは、どの子も本音がまだ語られていないことである。本音を言えないまま、悲しみを内に秘めて辛抱している。それでも懸命に前を見て生きようとしている。「復興」「希望」「夢」「絆」を言うならば、日本の将来を託すべきこの子らの本音を聞いてやって欲しい。そして国は少しでも子らの将来の夢のために援助して欲しい。この子らが諦めなどしたら、それこそ国は滅亡する。子どもは国の宝だから。



橋下さんの危うさ


 私は2月20日に「橋下旋風の行く末」と題するブログをアップした。そこでは、橋下旋風の行く末はこの国の舵取りにとって大きな鍵を握るとした上で、橋下旋風に反対あるいは疑問に思う人の立場を分析した。そして、今の既成政党では何も決められないのであれば、橋下氏に一票を投じて国を変えることも必要であると締めくくった。

 今もその考えに変わりはなく、私の中では彼の発想力と行動力に期待するところが大きい。ただ、そのブログにおいては彼の危うさについても付け加えた。その危うさとは何だろうと思っていたが、ようやく危うさの正体が見えてきた気がする。それは、私のブログから4日後の彼のつぶやきと談話によってである。

 2月24日のツイッターより
『世界では自らの命を落としてでも難題に立ち向かわなければならない事態が多数ある。しかし、日本では、震災直後にあれだけ「頑張ろう日本」「頑張ろう東北」「絆」と叫ばれていたのに、がれき処理になったら一斉に拒絶。全ては憲法9条が原因だと思ってます』
『9条について、国民的議論をして決着を付けない限り、国家安全保障についての政策議論をしても何も決まりません。(中略)憲法9条については国民投票を考えています』

 同じ2月24日の記者団談話
『僕は9条の価値は自分の嫌なことはやりませんという風にずっと思ってます(中略)自己犠牲はしませんというんだったら、そういう国でやっていきゃあいいと思います。もうそれだったら別のところに住もうと思いますけどね』

 つまり彼は、がれき処理の拒絶に象徴される日本国民のエゴの元凶は憲法9条の精神にあると断言しているのである。ここで憲法9条を持ち出すのかと、少し驚いた。憲法9条の是非については、これまでも与野党で長年、議論してきた。米国による押し付けの現憲法を主権国家たる憲法に改正すべき時期にあることも正しいかろう。しかし、日本国民のエゴの原因を憲法9条に結びつけるのは、少し強引で無理があろう。

 彼のつぶやきは発言力が大きい。その直後に60万人を超すフォロワーにまで大反響を呼んだ。中には、「髪が薄いのも」「もてないのも」「売り上げが悪いのも」「全て憲法9条が原因」とつぶやく様である。

 橋下氏の発言はつぶやきではない。ああだ、こうだとまくし立てる。むしろ「わめく」に近い。それを聞くと確かにすっきりする。その場では多くの人が、そうだと信じる。しかし、発言内容をじっくり分析すると、繋がらないことや矛盾すること、論理が飛躍することが多々ある。つまり、一見、論理性があるようで実は論理性がない場合も多い。

 彼の行動力は高く評価したい。大いに彼に期待もする。だからこそあえて苦言する。真骨頂であるその「脈絡のない論理展開」は止めて欲しい。そして発言力ある者として慎重に発言すること。そうでないと、折角の逸材が足元をすくわれることになる。彼を危ういと感じるところは、多分にそんなところに原因があるようだ。




鎮魂



その瞬間・・・・

さぞかし 口惜しかったろう
さぞかし 心残りであったろう
さぞかし 無念であったろう

ひとり またひとり
怒涛する暗黒の海にうち投げられて
 
どんなにか 辛かったろう
どんなにか 恐かったろう 
どんなにか 冷たかったろう

そして息絶え絶えに
凍える身を震わせて 
最後に 何か叫んだだろう

せめて
その声だけでも聴かせてくれ
なんて叫んだんだ

それが叶わぬなら
せめて
尽きたその瞬間
安らかであったことを願う

起きてしまった理不尽
それをいま 怨んでも 
なにも はじまらない

いまはただ
失いしすべての御霊に黙とうしたい
やすらかに 
やすらかに眠らんことを祈って

残されしわれらは
立ち上がろうとしても
立ち上がれない
頑張ろうとしても 気力は萎えた

それでも
我らは 失いし君らの犠牲のもとに 
今 ここにある
そのことを思うと
何としても生きねばならぬ
残されたものの使命として

明日一日 静かに鎮魂のときを過ごしたい



再び、「日本人のこころ」



 日本文学研究の泰斗であるコロンビア大学教授のドナルド・キーン氏。そのドナルド・キーン氏が昨日、念願の日本国籍を取得した。彼は既に東京北区に30年も住み、名誉区民でもある氏である。その彼が、東日本大震災で逃げ出す永住外国人の群れを見て、日本のために何が出来るかを考えた末に決断した日本国籍の取得である。

 栃木の鬼怒川と徳島の鳴門から引用したというドナルド・キーン氏の日本名「鬼怒鳴門」(きーん・どなるど)からも、彼があくまで日本にこだわり、日本人よりも日本人的な学者であることがわかる。

 私は昨年の7月1日、「鬼怒鳴門と日本人のこころ」というタイトルのブログで彼のことを紹介した。そこでは、日本人よりも日本人的な彼の人柄や業績を紹介したが、その後、震災後の日本人のありように感動する彼の言葉も聞いた。節電のための真っ暗な東京に感動したとも語った。

 その彼が、最近の日本の状況について落胆の言葉を発している。東京をはじめ、街は何もなかったようにネオン看板が皓々と輝いていることに。昨日、日本国籍を取得したばかりの人の発言である。

 あれからもうすぐ1年になる。式典の準備が行われて、1年を節目に立ち上がろうとか、絆を深めようとかのキャッチフレーズが聞かれる。しかしその一方では、ほんとうの被災者には明かりも希望も見えてこない。

 愛する人を失った悲しみが1年やそこらで癒されるものではない。仮設住宅に移れば他人と会話することもなく、悲しみだけがこみ上げてくる。仮設住宅での孤独死も出ている。いつ家に帰れるかの見通しもない。離れ離れの家族が次第に断絶していく。元の土地に家を建てようとしても許可が下りない。高台に行けといわれても無一文で行かねばならぬ。

 テレビでは仮設の商店を立ち上げて頑張っている様子などを紹介する。しかし、それはほんの一握りの話であろう。私には、1年が節目になろうとはとても思えない。それどころか、惨状の現実は益々、厳しいものになっているのを感じている。

 1年は節目ではなく通過点に過ぎない。今もなお震災の惨状に怯えている多くの被災者の方に思いを寄せていきたい。震災直後の日本人の思いを風化させないでいきたい。何よりも日本人の心を忘れないで生きたい。日本国籍を取得したばかりの外国人に笑われないように。



マインドコントロール



 別に見たいテレビ番組があるわけでもないのに、いつもテレビをつけている。見たくもないのに、何気なく見ている。タレントが占い師とマンションに一緒に住んでいて・・・、タレントが占い師にマインドコントロールされて・・・、家賃払ってなくて・・・、裁判で負けて・・・・・・。

 挙句の果てに、関係のないタレントが入れ替わり登場しては、「奪還したい」だの「復帰を願う」だのと宣っている。こんなことを、もう10日以上も続けている。それも、どこの民放も全く同じ内容。日本というのは平和なんだか、馬鹿なんだか。

 こんな馬鹿げた話題に関与するつもりはなかったが、「マインドコントロール」というキーワードに、はたと思った。そのタレントがマインドコントロールされたのを誰か見たのか。そのタレントはいつから被害者になり、占い師なるものがいつから加害者になったのか。誰も確証のないままの筋書きが描かれている。

 一体、「マインドコントロール」とは何なのか。翻って身の廻りをみると、用もないのに携帯を手にしている人、さして急用でもないのにアイホンにタッチしている人。そして私といえば、見る番組がないのにテレビをつけている。そして、低俗なワイドショーを毎日見させられている。これって、みな「マインドコントロール」ではないのか。

 数多の情報に埋もれて、嘘の情報に振り回されて、直接関係のない情報に関心をもつように誘導されている。そして、自分のために自分のことを自分の頭で考えようとしなくなっている。社会全体が情報という坩堝の中で「マインドコントロール」されているのではないのか。「だからテレビなんか断ったらいいと言ったんだ!」と猫好きな詩人が言いそうである。





 夢と言っても、輝かしい未来の夢の話ではなく、夜の夢物語の話です。

 その夢を、私はほとんど毎日のように見る。お酒を適当に飲んだ日は、間違いなく夢を見る。たまにお酒を飲まない日は(入院中以外ほとんどないけど)、寝付けなくて(アル中かも)夢を見ない。下戸は夢をあまり見ないのか、聞いてみたい。お酒を飲みすぎた日は酔いつぶれて夢も出て来ない。それ以外はほとんど毎晩、上映される。

 私の夢はかなり具体的である。登場人物も情景もはっきりしている。酒と女が絡む筋書きが多い。酒場が舞台となることも多い。しかしその舞台たるや、決して洒落たレストランではない。場末の小汚い居酒屋が多い。これも私の品の悪さからくるのでしょう。

 たまに知った人が亡くなる夢を見る。そんなときは、翌朝、はたとマジ顔になる。ひょっとして正夢ではないのかと、数日間は神妙にすごす。でも、幸か不幸か、訃報がやって来たためしがない。こんな風に夢でいとも簡単に人を殺している。間違っても自身が亡くなる筋書きのものは見ない。

 私の夢には、たかが夢なりとも論理性がある。起承転結がはっきりしたドラマが多い。夜中にトイレに行くと、さらに夢の続きを見る。夢の続きを見たいときにはコツがある。トイレの中で前半のあらすじを朦朧と復唱することである。すると、必ずその場面から後半のドラマが始まる。

 義理人情ものドラマも多い。そんな日は、朝起きると目の廻りが乾いた涙でカリカリになっている。ときどきは夢で泣きじゃくって、泣きわめく自身の声で夢から醒める。ひとり寝で人憚る必要もないのに、なぜだか照れる。真暗の中で一人が薄ら笑いをする。多分、隣に誰かいたら恐いと思う。

 40代までは仕事の夢が多かった。夢の中で部下を叱る。夢の中でまくし立てる。それも馬鹿でかいマジ声で、具体的に。昔は同居人が相部屋していて、ビックリして飛び起きることが再々あった。そんで同居人と別居することになった。

 昼間どうしても解けなかった数式が、夢で解けたことも何回かあった。そんなときは、翌朝、まっしぐらに会社に直行して忘れないうちにメモした。論文の構成や仕事のアイデアなど、夢で解決することもしばしばある。だから、夢は私にとっては生活の大きな糧になっている。

 夢にはその人の本性や思いが出るものだ。私の夢物語には私の品の悪さや意地汚さ、義理人情の脆さなどが正直に出ている。さて、今夜は春の新作ドラマでも見るとしよう。あ、そうそう、私は決して「レム睡眠症候群」ではありませんのでご心配なく。



新聞報道と社会不安


 私は2月1日に「巨大地震は起きるのか」というタイトルのブログをアップした。東京大学地震研究所の平田教授による「マグニチュード(M)7以上の地震が4年以内に70%の確率で起きる」との新聞記事を見てのことである。ブログにおいて私は、記事に示された平田教授の予測のカラクリを解説した。

 ところがその直後、京都大学・防災研究所による「5年以内に28%」という確率が発表された。何が本当なのか。そこで、東大地震研・平田教授の見解の真実を知るために東大地震研のHPを調べた。すると、HPには次のように書かれてあった。「(新聞記事は)2011年9月の地震研究所談話会で発表されたもので、・・・・・それ以降、新しい現象が起きたり新しい計算を行ったわけではありません」「試算が示した東北地方太平洋沖地震の誘発地震活動と首都直下型地震を含む定常的な地震活動の関連性はよくわかっていません」と。

 おやおや、東大地震研は2011年9月以前のデータを試算したまでであり、首都直下型地震と関係ないと完全否定している。それでは、どのような経緯で新聞記事になったのか、その経緯を辿ってみた。

 東大地震研究所の試算が発表されたのは、昨年9月16日であった。しかもその発表はオフィシャルな場ではなく、談話会レベルのものであった。さらに、昨年9月までに起きた余震件数をもとに試算されたものであり、最新のものではない。

 一方、新聞記事の突破口は読売新聞1月23日付朝刊1面であることがわかった。私は翌1月24日の朝日新聞の朝刊を見て知ったのだ。読売の発表の翌日、新聞各社が横並びで広めたのであろうと推察される。

 それでは、なぜ読売新聞は去年9月の発表を最新ニュースの如きに発表したのであろうか。読売は発表したものの、あまりの反響の大きさに仰天した節がある。だからこそ、2月16日付朝刊の解説欄で続報を掲載せざるを得なかったのであろう。そこには「その後の計算で確率が下がった」と、いい訳じみたことを報じている。

 メデイアの凋落や新聞記事の信頼性の低下が叫ばれている昨今と認識しているが、これはあまりに無茶であろう。「マグニチュード(M)7以上の地震が4年以内に70%の確率で起きる」との新聞記事を見れば、一般市民は仰天するであろう。社会不安にもなろう。そのような社会不安を与えるリスクを影響することなく、なぜ過去のオフィシャルでない発表内容を最新記事の如き、しかも不正確な内容の記事を第1面に掲載したのか。新聞各社にその訳を問い質し、謝罪を願いたい。これは正しく、ペンによる犯罪に他ならない。



又、孫の話にて・・・


 大変、恐縮です。孫のいない者にとって、他人の孫の話を聞くほど面白くないものはありません。ですから、そういうお方はスルーしてくだされ。私自身、友だちの孫の話を散々聞かされた口であり、お気持ちはよくわかりますので。

 初孫の誕生日は3月2日にて、両家揃って桃の節句と兼ねた2歳のお誕生日会を行った。娘と婿は共働きにて、日曜日の開催は仕方ない。小雨そぼ降る中、広島市内の娘夫婦のマンションに、両家が料理を持ち寄っての宴と相成った。

 先方は同じ県内でも遠方の山里で暮らすため、孫とは久しぶりの対面となる。こちらはといえば、近いこともあって、娘の土日出勤に合わせた1ケ月毎のお泊り預かりの他に、やれ熱が出たとかで預かることしばしば。日頃からいいように使われている。そんな訳で、孫との接し具合は両家で相当に温度差がある。当然のことながら、孫はこちらになつく。日頃の努力の成果に「ざまあ見ろ」と思うのだが、そういうわけにもいかず、向こうのジジババにもなつくよう、気を使う。これが結構、大変なのだ。

 共働きの忙しさから、部屋の片付けは滞っている。昨年贈った雛人形をついさっきタンスから降ろした節がある。孫がそれを初めて見るように釘付けだから、すぐにわかる。まあ、日頃忙しい夫婦だから仕方なかろう。狭いマンションだから、みんながきちんと座る椅子も揃っていない。でも、手作りのお祝い横断幕などアットホームでよろしい。

 2歳ともなれば、会話ができる位に喋れる。性格が次第にはっきりしてくる。感情が面に出る時期でもある。内弁慶なくせに目立ちがりのところは娘そっくり。喜怒哀楽が激しく、ひとたび切れると手当たり次第に物を投げる凶暴性も娘のせいか。マイペースなところはO(娘)とB(婿)の生産物だから仕方なかろう。

 プレゼントに、孫が一番好きなアンパンマンの服と二番目に好きな熊の縫いぐるみを渡した。大はしゃぎですぐに着る。多分、今日の保育園に着て行っているだろう。熊の縫いぐるみは、以前、小さいのを買ってやったが、四六時中抱っこするものだから薄汚れている。それで今回はかなり大きな縫いぐるみにした。前々からスーパーで見つけて狙っていたが、ある時期、大幅に値下げしたのを買った。

 そのプレゼントの熊の縫いぐるみをずっと抱っこして離さない。少し飽きてきて、今度はジージーに抱っこしてみろと命ずる。私がギュッと抱きしめていると、しばらくして熊の縫いぐるみを私から取り離して遠くのテーブルの上に置く。そうして私に抱きついてくる。「ジージーは○○ちゃんのもの」って言ってハグするではないか。そこまで言われちゃ、もう堪らん。



博士と大臣



 先日、しあわせさがしさんがブログで「ポスドク(postdoc)」のことを書いていた。芥川賞受賞の円城塔氏が「ポスドク」という立場で辛酸をなめて苦労してきたこと、ポスドクの現状と問題点などが紹介されていた。そのとき、私は「博士にもピンキリありまして」と軽いコメントを残した。その思わせぶりのコメントを残したことの後ろめたさ故、ここに、私の知る限りの「博士」の実像を示すとしたい。

 まず、半世紀以上も前から言われてきた「末は博士か大臣か」という言葉は既に死語である。死語どころか、今となっては完全に嘘と言っていい。なぜなら、博士と大臣では月と鼈(すっぽん)ほどの違いがあるからである。無論、大臣が月であり博士は鼈(すっぽん)である。それではどのように違うのか。

 輩出する数が桁違いに異なる。博士の数は年間数千人~1万人に近いとも言われ、10年間で7~10万人が世に出ていることになる。しかし大臣はといえば、ひとつの内閣で副大臣を加えても精々30人。内閣改造も含めて10年間で9回の内閣が作られ、副大臣も含めて延べ人数270人ほどの大臣しかいない。10万対270の数字ほどに大臣に希少価値がある。

 次に、博士は誰でもなれるが大臣はそうはいかない。大臣になるには世襲か有名人であることが絶対的優位となる。その上で相当の財力がなければ選挙もできない。それに、いきなり国会議員というのも難しい。つまり、大臣は個人の努力だけでは到底なれない代物である。

 たとえ万一、国会議員になったとしても、大臣になる確率は極めて低い。国会議員の数は衆参合わせて722人。10年間でざっと延べ人数7220人に対する270人であるから、4%足らずの確率となる。

 そんな意味のない計算よりも、もっと大切なことがある。何と言っても、大臣になるためにはそれなりの資質がなければならないことである。正直者であってはなれない。平気でうそぶく度量がなければならない。詭弁を駆使した話し方をマスターしておかなくてはいけない。反省してないのに謝ったり、脅したりの芸のひとつもできなきゃいけない。選挙のときだけ頭をペコペコ下げる偽善者でなければならない。人に責任を負わすことに躊躇してはいけない。そして、自分は偉いんだという自負を忘れてはいけない。そうして考えると、一般の常識人にはそうそう大臣にはなれやしない。

 博士は誰でもなれると言ったが、ほんとうに誰でもなれる。それには大学を卒業しても大学院に残るのが一番、確実で早道である。大学院に残ってどこぞの教授の元で研究の振りをしてさえいれば、馬鹿でもチョンでも博士になれる。預かった教授も博士を取得してくれなければメンツが立たない。大学といういわば社会不適合者の組織の中で、同じ研究を何年もやっていれば、嫌でも博士号が与えられる。ただし、准教授や教授になれるかというと、これは別問題。教授に可愛がられなければ万年、助手である。これは大学というこの上ない陰湿な社会構造が原因である。相当お年をめしてるのにまだ准教授という肩書きの学者をテレビで見かけたら、その人は間違いなく学内の異端者である。

 博士には、大学院博士後期課程を修了する「課程博士」と大学院を経ずに論文審査と論文本数だけで決まる「論文博士」というのがある。「論文博士」というのは日本だけのものであり、これが「博士にもピンキリ」の元凶にもなっている。文科省は「論文博士」の廃止を検討しているが、未だにその制度がある。日本では一律に「博士」と称するが、欧米ではランク分けした称号が与えられていてその実力がひとめで分かる。日本では味噌もクソも同じ博士でくくっている。

 20年前から社会人ドクターの制度が盛んであり、これが博士の大量生産に拍車をかけた。民間の科学者や技術者が大学院に席を置き、大学院博士後期課程を修了して論文審査を通れば「課程博士」の称号が与えられる。しかし、会社と大学の両立は難しく、途中で投げ出す者や論文審査だけの「論文博士」で済ませたりする者が続出する。中には、ろくすっぽ大学にも行かずに博士号を取得する奴もいる。

 審査は大学によっても担任教授によっても厳しさが違う。正副審査教授の思いひとつの部分がある。であるから、社会人と教授の不適正な関係も取り沙汰される。金銭や接待の授受もある。現に私の知る人で、誰しも何であの人が「博士」という人がいて、教授との関係が取り沙汰された。その噂は事実であった。私の大学の後輩が酒席で「実はあの人の論文はすべて私が書いた」と告白したこともあった。多分、博士後期課程修了にも便宜があったに違いない。このような「偽博士」がこの世に蔓延っている。

 だから、一口に「博士」と言っても「ピンキリ」となる。これでは「博士」も「大臣」も、数こそ違えど同じ穴のムジナと言われても仕方あるまい。世の中、どのような立派な制度にも闇の部分がある。これ以上書くと、私がその闇に葬られそうであるから止めよう。





日常に春を感じる


 蝋梅や福寿草などの小さな黄色の花は初春にお似合いで、かわいい。その小さな花びらが一生懸命、冬の終わりを告げているようだ。突風が季節の変わり目を予感させて、ひと雨ごとに春を感じる。木々や草花が一斉に芽を出す。季節のかわり目を感じるのは、こうした外の風情ばかりでなく、普段の生活においても感じる。

 朝は刻一刻と明るさを増す。目を醒ますと、あれだけ重宝に抱きかかえていた毛布を夜中に足で蹴っている。でもまだ世話になりそう。同じ枚数を着こんでいると、なぜか背中がむず痒く感じる。でもまだ脱ぐまでもない。

 決まって暖房していたのに、忘れている。でも気が付いたらまた暖房をつけている。灯油の減り具合が急に少なくなった。夕刻に日が長くなったなぁと実感する。熱燗から冷えたビールを飲みたくなる。同じ温度なのに風呂がちょっぴり熱く感じてくる。

 今年はいつもの年よりも春が待ち遠しい。早く悪夢から醒めたい。一度、リセットしたい。そんな気持ちが春を渇望する。ほんとうはもう少し寒さが続くのに、心だけはもう春です。穏やかな陽だまりの春が日本全体に来て欲しい。そう願う3月の初日です。



プロフィール

geotech

Author:geotech
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団塊の世代を突っ走った田舎侍の遠吠えです。聞いてやってください。実話から世評までもろもろですが、一貫して、辛口です。

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