仕事納め



 例年なら、会社では午前中に大掃除を済ませ、お昼にシャンシャンして仕事納めとする日である。しかし今年は勝手が違う。今日も普段どうり仕事している。恐らく明日も明後日も、私だけは合間をみては仕事すると思う。この不景気な時代に、この師走の押し迫ったときにも、仕事があるというのは幸せなことだ。

 シニア・ナビに再入会して2年が経つ。休日以外、ほぼ毎日、ブログを更新してきた。そのブログに多くの拍手やコメントをいただいた。賛同意見のコメントは励ましになった。賛同しない意見も有難かく頂戴した。それによって独りよがりでない柔軟な自分を研鑽することができた。

 シニア・ナビに入会して多くの友を得ることができた。「しあわせさがしさん」「山猫軒さん」「おしゃれ猫さん」「ミルフィーユさん」「ブルさん」「まこさん」「チカさん」「maiさん」「みのりさん」「トパーズさん」「さくら子さん」「みかんさん」「爺さん」「のんびり万歳さん」「かをるさん」「rippleさん」「greenさん」「neneさん」「やまとおのこさん」「レチチアさん」「マトンさん」・・・・・・(順不同)。あげたらきりがないくらいの多くの方と知り得た。その一方で、退会された方、ご無沙汰の方、音信不通の方がいるのは気掛かりで残念なことです。

 今、自分が生かされていること、仕事を与えていただいていること、未だ自分が世に求められていることに感謝して、1年を締めくくりたい。一期一会を大切にして、これからも知り合った友を大切にしていきたいと思います。この一年、皆さんありがとうございました。


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サンタは実在するのか



 クリスマスも終わると、時は駆け足で大晦日へと突入する。そのクリスマスの後日談やら思い出話を紙面やブログで目にする。団塊の世代では、子どもの頃のサンタの思い出がほとんどない人と強烈に記憶している人に2分される。クリスマスそのものが、さほど浸透していなかった時代でもあった。家庭の経済的な事情もあり、加えて、家によっては輸入物の慣習に対する抵抗感もあったのではと想像する。

 クリスマスという慣習は我々、団塊世代が親の時代にはほぼ定着し、団塊世代が爺と婆になった今日においては、我々の子どもである親の采配によって如何ようにも進化し、如何ようにも廃退しようとしている。

 そこでクリスマスの主人公であるサンタの扱いについて、いろんな意見が出てくる。昔と変わらずイヴの夜に枕元にそっとプレゼントを置くという親。今どきの子どもはサンタが実在するなんて思っちゃいないから、最初からサンタの話題はしないという白けムードの親まで、さまざまである。

 ここで私は、ふと、ほんとうにサンタは実在しないのかと考えてみた。そりゃ我々団塊の世代だって、サンタは偶像ではないのかと、子供心にも疑ったものだ。でも、そのような噂は友だちから友だちに口伝えされだけなので、そのうちに、何もかもわかった大人になってしまったような気がする。つまり、サンタ情報の伝播速度より成長速度の方が速かったので、サンタの実像を検証する暇もなく大人になっていたのではないのか。

 それに比べて、確かに今どきの子どもは何でも知っている。そりゃそうだ、この情報化社会において、サンタは実在するのかという命題そのものが馬鹿げたものであり、子供にさえ笑われるかも知れない。

 今どきの子どもは現実とバーチャルを手際よく分離して、頭を切り替えてそれに対処している。しかし、現実とバーチャルの世界を切り離すことによって、無味乾燥の殺伐とした世の中になっていることも否めない。果たして、現実とバーチャルの間はないのか。

 サンタは現実とバーチャルの世界の橋渡しとも言える。別にサンタでなくともいいのだ。天使でも、神のお告げでも、白馬の王子でも、青い鳥でも、宇宙人でも。そのような謎めいたはっきりしない偶像が物語を作り、感情となって、子どもの情操を高める。そしてそれが、やがては夢やロマンに繋がっていく。情報社会・効率社会・スピード社会の今日においてこそ、ほんとうはどうだろうという遊び心が欲しい。サンタは子どもの心にしっかりと実在することを願いたいものである。

今年のクリスマス


 テレビでみる渋谷や新宿の賑わい、スカイツリーの点灯、花火。都会はいつもと変わらぬクリスマス風情である。でも地方では、スーパーやショッピングモールに行っても派手なクリスマスソングは流れてない。サンタの赤いグッズがひっそりと陳列に並べられている。無言のクリスマスの垂れ幕によって、今日はクリスマスだと。やはり、どこか自粛ムードがあるのか。

 朝から冷え冷えして雪がチラホラ。遠くの山はどこも雪化粧。山から下ってきた車のルーフは雪が満載。これはどうでも山小屋をクローズしに行こう。そう思い立って、タイヤをスタッドレスに交換して山に出かける。小一時間で恐る恐る山に上がると、あたりは白夜の世界であった。


らかん

 孫へのクリスマスプレゼントは、もう2ケ月前から考えていた。果物が大好きな孫に、小さな縫いぐるみの果物とお弁当箱を、共同作業で作ってきた。ようやくできたそれを、孫の家にそっと置いてきた。25日の朝まで孫には絶対に見せないで。母親も見ないでと書置きして。翌朝、大喜びではしゃぐ孫の声が携帯の向こうから聞こえた。


クリスマスプレゼント

 夜、友だち夫婦とクリスマスのホームパーテイーをしようということになった。持ち寄りの手作りパーテイーであるが、豪華であった。シャンパンとワインで深夜まで盛り上がった。Fさんご夫婦に感謝です。


クリスマスデイナー

 このご時勢だからと、最終の下り電車になんとか間に合った。でもその後、気が付いたら終着駅であった。無論、帰りの上り電車があろうはずがない。終着駅は始発駅、そこからタクシーで帰った。最初からタクシー乗れっていうことだ。


男の約束

 10月下旬、小樽から舞鶴へ向かうフェリーの中、会社のA君に体の異変が生じた。北海道出張からの帰路の途中であった。体がやけにだるいという。翌日、病院に行かせた。以来、転院を重ねて、現在は設備の整った大きな病院に入院中である。

 A君は私を慕って入社を請うたひとりである。島根県から広島の会社まで、高速割引を利用して毎日通勤してきた。仕事が趣味の42歳の働き盛り。結婚後しばらく子どもに恵まれなくて、排卵日に配慮して私が出張中止命令を出したこともあった。そのお陰で、今では3人の子どものパパである。人一倍、勉強熱心で、家に帰ってからも勉強をしまくる、今どき珍しい猛烈社員である。

 そんなA君の突然の入院。しかも面会も難しい重篤な病気である。彼の残務を引き継ぐ中、最小限の確認事項をメモし、渡してもらうように病院に頼んだ。おそらく手も足も繋がれた状態であろうに、人一倍責任感の強いA君は必死の思いでパソコンに向かい、たどたどしい入力で送信してくれた。

 今まで病気ひとつしたことのないA君である。来週にも体力の回復を待ってリスクが大きい手術が行われると聞いている。病気と将来への不安に悩まされ、自分の弱さに苛んでいることであろう。私は、今まで彼に送信したことのない初めての携帯メールを一通、送った。すぐさまA君から一通の返信があった。もうそれ以上、ふたりに会話は必要ない。


〔往信〕

往信


〔返信〕


返信

難字と難しい表現



 最近の小説を読んでいて気になることがある。やたらと難しい言葉や難しい表現をしていることである。たとえば、「それにしても人口に膾炙(かいしゃ)しすぎている」とかの表現である。なぜ普通に、「それにしても世に知れ渡りすぎている」と表現できないのか。

 難字は1ページに5個も6個も出てくることがある。「畢竟(ひっきょう)」「諄々(じゅんじゅん)」「睥睨(へいげい)」「蟷螂(とうろう)」「恬淡(てんたん)」「敷衍(ふえん)」「沛然(はいぜん)」・・・・・・・・。きりがない。これらはすべて当用漢字ではない。

 作家の力量を評価をするのに、私は芥川賞をとった作品などその作家の力作よりエッセイに着目する。そのほうが、作者の素地が味わえるからである。しかし、たとえば女流作家の軽いのりのエッセイなんかを読んでいて、稚拙な文章の中に突如として難字や難しい表現が出てきて当惑する。優しい内容のエッセイであっても、安らかな流れが突如として乱れて、違和感を覚えるのである。

 私の場合、職業柄であるが、できるだけ当用漢字と平易な語句を用いて、決められたルールで文章を作ることを訓練させられてきた。が、そこまでしなくても、なぜもっと平易な用法ができないものかと思ってしまう。出てくる難字や難しい表現は、確か、夏目漱石やその時代の小説に出ていたことを思い出す。それを真似ているのか、文章に格調をもたらすためなのか。それとも格好をつけているのか。その真意がわかりかねる。

 ブログに関しては個人の勝手であり、表現方法などは何でもありで良いと思う。短歌や俳句、個人的なエッセイなどもしかりである。しかし仮にも代価をいただく小説などは、できるだけ多くの人に読んでもらうためのものではないのか。それだったら、できるだけ平易な用語で読みやすい文章を作るのが基本だろうと、私なんぞは思う。それとも、その位の難しい用語を知らないものには読んでもらわずともよしと言うのか。この件については、小説好きの読書家からはいろいろと反論が出てきそうである。あえて、反論を聞こうではないか。

「アラブの春」は再来するのか



 ある日突然、姿を隠し、もう2ケ月近くも拝顔できなかった方。そう、あの北朝鮮のおばちゃんアナウンサーのことである。そのおばちゃんアナが突如、テレビ画面に出現したかと思うと、いきなり金正日総書記の死亡を伝えた。傲岸不遜(ごうがんふそん)な態度はいつもと変わりないが、天まで届く格調高い声はやや影を潜め、如何にも打ちひしがれたという擬声を発した。

 その直後、国民が一様に慟哭(どうこく)する姿が映像に流れる。あれはエキストラなのか、それとも、将軍様亡き後も忠誠を誓う姿を後継体制に見せつけるものなのか。平壌に住むごくごく特権階級のはずだが、その哀れむ姿は一様に、あたかも事前に喪に服す準備すらしたかのようである。

 この国のことは何がほんとうなのか、わからない。日本の原発と同じ位に。現地時間、17日朝の死亡というが、それもどうだかわからない。誰も見ていない。あのアナウンスも、あの慟哭の姿も、何もかも猿芝居がかって見えるからおかしい。

 仮に、あの国の人のありようが恐怖のもとの猿芝居だとすれば、呪縛を解かれたときの反動は計り知れない。地方の国民が暴徒化し、内部崩壊することはないのか。つまり、「アラブの春」の再来はあるのか。

 その問いの答えは、残念ながら今のところ「ノー」であろう。金正恩への後継が進まず内部が混乱し、内部崩壊して一番困るのはどこだ。隣の韓国でも、日本でも、アメリカでもない。参謀・中国が一番困るからだ。そのための最近の金正日総書記の行動を思い起こすと納得できる。金正日総書記という人物は恐らく非常に気が弱い人物であろう。それ故に、万が一の準備をしてきた。1年間で3度も中国を訪問していることがその現われである。

 ただ、「アラブの春」の再来の可能性がないわけではない。注目すべきは北朝鮮における携帯電話の急速な普及である。エジプトの携帯電話サービス会社がサービスを開始して以来、北朝鮮内で普及している携帯電話台数は2010年末に40万台であり、2012年中に100万台を突破すると言われている。

 もちろん、厳重な統制化では有力者にしか普及していないが、それでも100万台となると、どこまで情報管理できるのか疑問である。外部からの情報流入や内部情報の浸透がどの程度の速度で進むのか。新体制がこれをどこまで制御できるのか、はなはだ疑問である。

 「アラブの春」の再来はともかく、しばらくは目が離せない朝鮮半島であることに違いはない。拉致問題にことさら言及する場面が多いが、もっと大きく目を見開いて北朝鮮を取り巻く大局的な世界情勢の変化に注視すべきである。

「南極大陸」と「南極物語」


 TBS開局60周年記念の「南極大陸」が昨日、ついに終えた。日曜日の夜9時から、私は10週間、ほぼ毎週、見たことになる。誰もがラストのタロ・ジロとの再開に涙したことであろう。戦後の焼け野原から這い出したばかりの日本。戦勝国からの嫌がらせを受けながらも、自立した日本を世界に示そうとした社会情勢を描写しようとする意図が感じられた物語であった。

 思い出されるのは、昭和58年夏に公開された映画「南極物語」である。映画「南極物語」は当時、大入り満員の作品であった。何でも黒澤明監督の「影武者」の記録を塗り替える映画興行成績を記録したとか。1997年公開の宮崎駿監督のアニメ「もののけ姫」に抜かれるまで、その記録は破られなかったという。

 「南極大陸」と「南極物語」はともに南極観測を題材にし、戦後日本の復興、樺太犬との絆などのテーマが共通する。しかし、「南極大陸」は10週連続のドラマであるのに対して、「南極物語」は2時間足らずの映画である。そのことで描写の仕方が決定的に違う。映画「南極物語」では樺太犬との再開を無理やり泣かすラストシーンとして設定しているが、ドラマ「南極大陸」では個々の犬のストーリーを丁寧に組み立て、人と犬との感情移入の経過を観察し、戦後日本の復興を社会問題として少し掘り下げている。

 今回のドラマでは、主人公の木村拓哉は東大・理学部の地質学者として扮する。彼がこれまで演じてきたのは、総理、パイロット、レーサー、財閥専務、検察官などであり、数々の作品でその時代を切り開いてきた。テレビ視聴率低迷の今日、政治・景気の闇から抜けきれない昨今の日本において起死回生として期待された大作のドラマであったが、さてその結果は如何。

 ドラマにしろ映画にしろ、フィクションな部分があるのは否めないが、どうしても事実を知ってると違和感がある。例えば、樺太犬は、鎖につながれた状態で死んだいた7頭の他は、見つかったのは生きていたタロとジロだけであり、他の犬は死骸も見つかっていない。また、雪原で誰ひとりゴーグルを付けていないのは違和感があるが、これは仕方ないことかも知れない。

 私がドラマ「南極大陸」で最も興味を抱いたのは、木村拓哉が演ずる主人公と柴田恭兵が演じる第一次南極観測隊隊長の人間性である。ふたりとも東大・理学部地質学教室であり、私が前にいた会社の会長の同僚であることから、よくいろんな話を聞かされていた。同じ地質学に携わる者として、親近感を味わいながら見た。

20ミリシーベルトと冷温停止



 国が避難区域の設定基準として示した「年間放射線量20ミリシーベルト」について、内閣府の有識者会議は妥当と認める報告書をまとめた。つまり、国の基準にお墨付きを与えたことになる。

 妥当と判断した理由について、会議はこう説明している。国際放射能防護委員会が原発事故による緊急時被曝を年間20~100ミリシーベルトと定めているので、安全性の観点から最も厳しい値を採用したと。有識者会議の報告書を受けて、政府は「20ミリシーベルトで人が住める」としている。

 さらに、20ミリシーベルトという健康リスクについて、他の発がん要因と比べても低いと明記している。その例として、喫煙は1千~2千ミリシーベルト、肥満は200~500ミリシーベルト、野菜不足や受動喫煙は100~200ミリシーベルトのリスクと同等という目安を示している。

 そこで、私の思想回路は停止する。喫煙や肥満や野菜不足をどのように放射線量に換算したのかという問題もある。しかしそれよりも何よりも、喫煙や肥満や野菜不足は個人の問題であるが、原発事故は勝手に巻き散らかした人災である。比較するのはおかしかろう。それに、喫煙者や肥満者に対する差別発言とも受け取れる。

 さらに大きな問題がある。国際放射能防護委員会が定める年間20~100ミリシーベルトというのはあくまでも緊急時の被曝許容範囲である。なぜそれが、20ミリシーベルトで人が住めるということになるのか。国が言う「住める」とは、緊急的な生態を指しているのか。一体、人が「住む」ということを国はどのように考えているのか。

 そもそも、この有識者会議の審議はわずかに一ヶ月のスピード審議である。冷温停止宣言(16日)の前日に何が何でもの駆け込み結論であることは明白である。結論ありきの審議の委員は14名。その中で「年間放射線量20ミリシーベルト」に異議を唱える委員はわずか3名。初めから結論ありきで召集されたものである。

 「年間放射線量20ミリシーベルト」に最後まで食い下がって異議を唱えたのは、独協医科大学の木村真二准教授である。彼は、人が住むためには年間放射線量を5ミリシーベルトまで厳しくするよう、激しく求めた。しかし、委員長他の多数の御用学者に押し切られた。

 この木村真二さんこそ、正義の研究者のひとりである。彼は原発事故直後まで厚労省労働安全衛生総合研究所に所属し、放射線衛生学の研究者であった。医師や看護師の被曝調査やチェルノブイリ事故の現地調査に取り組んでいた。彼は原発事故直後、「お父さん、しばらく家に帰ってこないから」と長男に告げて家を出た。住民を放射線から守るためには、まず測定しなくてはいけない。彼は現地入りの準備をした。

 準備する傍ら、彼は信頼できる4人の研究者にメールした。京大の今中哲二、小出裕章、長崎大の高辻俊宏、広島大の遠藤暁である。メールの内容は、「今、すぐに調査しなければならない。自分がサンプリングに行くので、皆で分析をしてくれ」というものである。全員が「よし分かった」と、すぐさま返信してきた。

 しかし、彼が厚労省の研究者として現地に行くことは叶わなかった。直後、所轄の上長から、勝手な行動はするなとのお達しがあったからだ。それでも彼は辞表を出して現地に出向いた。

 彼は役人であったに相違ない。しかし彼のような熱血漢の研究者もいるのである。何が問題なのか。この国には緊急時における国としてのガバナンスが欠落しているのだ。その彼は私立大学に迎え入れられた。放射線量基準検討会の委員にも選ばれたが、国の結論に押し切られた。そして、20ミリシーベルトが結論付けられた直後に「冷温停止」の宣言がなされた。

 いつから日本の国語辞典は変わったのか。百度近い沸騰した状態を「冷温」と称し、炉から溶け出した核燃料が存在するのを「停止」というのか。どこが「冷温」でどこが「停止」なのか。そして、どこが「収束」と言えるのか。「20ミリシーベルト」から「冷温停止」までの偽りの筋書きを、我々国民は到底、看過することはできない。

「今どきの若者は・・・」論



 「大体、今どきの若者は・・・」と、今どきの若者に語ろうものなら、十中八九、「若者をひとくくりにしないでください」とか「そのようになぜ決め付けるのですか」という返答があるのは明白である。それも、かなりいきり立って。

 「大体、今どきの若者は・・・」という言葉はどの時代にもあった。団塊の世代もその頃は今どきの若者であり、大人からよく言われた言葉である。しかし、そう言われたその頃の今どきの若者はそんなに神経質に反応したであろうか。勝手に大人に言わせておけば位に、さほど気にも留めていなかったように思う。

 それでは、今どきの若者はなぜ「ひとくくり」にされることに、そうまで神経質なのか。今どきの若者にもそれぞれに個性があるのに、その個性を見出せない大人への苛立ちなのか。しかしほんとうに個性があるのであれば、苛立つ必要もないと団塊は思うのだが。さもなくば、時代が生み出した今どきの若者の別の事情があるのか。

 今どきの若者は不遇な世代と言われる。年金や医療などで、今どきの若者は高齢者よりも生涯で1億円も損をするという試算があるからである。少ない人数の今どきの若者が大勢の高齢者を負担するという轡(くつわ)が、死ぬまで首にかけられているのだ。

 それだったら、夢も希望もないし、今どきの若者はきっと不幸だと思っているに違いない。そう思うところであるが、どうもそうでもなさそうである。内閣府の2010年の世論調査によると、20代の70%が今の生活に満足していると答えているからだ。この70%という数字はどの世代よりも高く、同じ20代でも過去40年で最高だという。これは驚異である。今どきの若者は、実は今の生活に満足してるんだって。不遇であることイコール不幸ではないということだ。

 一方、同じ今どきの若者世代に悩みや不安を抱えているかと質問すると、63%が抱えていると答える。20代で悩みや不安を抱える割合は1980年代は40%を切っていたというから、今どきの若者世代は年々、悩みや不安を増幅していることになる。

 ん?とすると、今どきの若者は不安や悩みがあるのに今の生活に満足していることになる。そして、自称、「ひとくくり」ではない個性を持ち合わせているという。どうもおかしい。なぜなのか。

 考えてみれば、今どきの若者は生まれたときから、親を見ても社会を見ても、不景気を肌で感じ続けてきた。バブルの良き時代を経験したわけでもない。一人前になるにはまず大学に行きなさいと団塊世代の親から言われた。素直にそれに従って大学を出たものの就職がない。たとえ就職できたとしても倒産の憂き目に合う。日本の将来のことを知れば知るほど、今以上に幸せになるとは到底、考えられない。

 そうだ。今以上に幸せになれないと思うから、今が幸せだと思うし、今の生活に満足しているではないのか。隣の家では毎日、広いガーデンで焼肉パーテイーをしている。そういうのを毎日、見せ付けられたら、誰だって今の生活に不満を抱くだろう。でも隣の家では家族全員が夜遅くまであくせく働いていて、遠い親戚の家は破産し、友達の親の会社は倒産したと聞けば、ごく普通の我が家は何と幸せだろうと、きっと思うだろう。

 幸せか不幸せかは、個人の価値観で違うし、相対的なものでもある。このように急速に社会構造が変化する時代おいて、確かに世代をひとくくりすること自体、意味がないのかも知れない。しかし、仮に今どきの若者が小さな幸せだけで満足し、大きな夢や希望が持てないでいたとする。海外にも出たがらない、出世もしたがらない。リスクを避けて守りに徹しているとすれば、日本の将来はないこと間違いなしである。

 今どきの若者像がほんとうにどうだとすれば誰の責任なのか。団塊世代の責任なのか、社会が悪いのか、国家が悪いのか、それとも運がないと諦めろというのか。少なくとも、今どきの若者のせいではなかろう。

 では、どうする。今どきの若者に、大人が導いてきた数々の教示に誤りがあったことを、まず誠意をもって謝罪すべきだろう。大学に行くことだけが、一流企業に入ることだけが、すばらしい人生への道標であると教えてきたことを。その上で、若者と正面から向き合う必要があろう。既成概念や通念、一般常識の一切を排除して、人生で一番大切なものとは何かについて、今どきの若者と語ろう。

文明の進化と心の喪失



 サラリーマン時代に静岡から中国地方への転勤希望を出した。私の専門分野、能力、年齢、学歴、家族構成などから、相応の人物とのバーター(組み換え人事)が必要となる。結局、静岡の私が広島に、広島のA君が大阪に、大阪のB君が札幌に、札幌のC君が静岡に転勤となった。つまり、4人がよいしょと同時に移動することで一件落着をみた。

 ところが、後でわかったことであるが、この人事は人事ソフトを使って決定したようである。つまり社員の詳細なデータがあらかじめ入力してあって、誰かが転勤した場合のシュミレーションをコンピューターが行い、最適の人事を回答するというものである。

 当時、会社の社員数は4千人程度、管理職は500人程度であり、大企業とまでいえない規模である。本社に人事部があり、それなりの人数も配している。なのに、なぜコンピューターに頼らねばならないのか、全く理解できなかった。私が本社の人事部長だったら、全国を行脚し、管理職全員の趣味嗜好まで頭に叩き込んだであろうにと。人事とはそんなもんじゃなかろうと。その時が恐らく初めてであろう。便利になれば人の心が失われるものだなあと感じたのは。

 シニアナビのOさんの先日のブログに最新のレジ機の話が出ていた。レジ係りがお札と小銭をレジに投入すると、勝手にお釣りが出てくるという優れものである。確かに会計のの間違いはなく、スピードも向上し、店の売り上げにも貢献するであろう。

 しかしお客さんとのやりとりは確実に少なくなる。店側は出てきたお釣りをそのままお客に渡すように指導するであろうが、バラバラのコインを掴んでポンと渡されるお客の気持ちはどうだろう。何だか、つれない感じがする。それでもまだ対人だけましである。そのうち無人レジになるであろう。

 最近の電化製品はどれも、いろいろな機能が付いていて便利は良い。しかし、使い勝手が悪かったり、操作が難しいかったり、必要でない機能がやたらと付いていて、その機能を減らすわけにもいかない。便利なようでもかえって不便を感じることが多い。にもかかわらす、一人前に壊れ易いのだ。しかも一端壊れると、修理代は新しく買い換える値段ほどする。一体全体、何のための便利さなのか。

 電化製品に限らず、パソコンや携帯電話、スマホ、GPSなどの技術革新は凄まじい。しかし、一方では老齢化社会を迎えて、ますます文明の機器が使えない文明から切り捨てられた難民が増えてきている。

 スーパーのレジどころか、駅の改札も無人となり、そのうちコンビニも本屋も病院もレストランも電車も、みんな無人になるのではと危惧する。こうした文明の進化と社会構造の変化から、人と人とのふれあいは著しく少なくなり、次第に人としての大切な心が喪失していくような気がしてならない。

 そうならないためには選択を許容する社会構造にしなければならない。お年寄りのための対人ゆとりレジ、ゆっくりと話を聞いてあげられる病院、簡単スマホなどを、社会の片隅に残し選択できる社会構造である。そして、個人レベルにおいても、井戸端会議、屋台での談笑、サークル活動、大いに結構。日常の便利さや効率やスピードから少し距離を置いた空間や集まりに積極的に参加するようにしたいものである。

原発文化人50人斬り



 またまた山猫軒文庫から又借りした本を読んだ。佐高信(Satake Makoto)著「原発文化人50人斬り」はタイトルも衝撃的であるが、その内容はタイトル通りに斬新である。快刀乱麻の如く、バッタ、バッタと斬り捨てるものであり、読んでいても痛快である。

 面白い記事の代表を紹介しよう。アントニオ猪木の青森県知事選挙応援事件である。当初、原発凍結派候補から150万円で応援に来て欲しいと頼まれたが、後に、推進派のバックの電事連から一億円を提示され、あわてて150万円を返したというものである。似たように、次々に過去の悪事を暴いている。

 この本の一番の売りは、実名で原発戦犯をあげていることである。さもありなんと納得する人がほとんどであるが、中にはこの人もかと驚く人もいる。彼があげた戦犯を改めて以下に列記してみる。正確には50人ではなくて55人であった。○印は佐高氏がA級戦犯と太鼓判を押す者である。

 アントニオ猪木
○幸田真音
 荻野アンナ
○弘兼憲史
 茂木健一郎
 養老孟司
 勝間和代
 大前研一
○堺屋太一
○ビートたけし

 北野大
 浅草キッド
○近藤駿介
 中畑清
 渡瀬恒彦
 野仙一
 薬丸裕英
 岡江久美子
 北村晴男
 住田裕子

 吉村作治
 三宅久之
 草野仁
 大宅映子
 木場弘子
 藤沢久美
○中曽根康弘
○与謝野馨
○班目春樹
○吉本隆明

○梅原猛
○小宮山宏
○田原総一郎
○渡部恒三
○大前研一
 王貞治
 鈴木京香
 江波杏子
 の海
 野口健

 さかなクン
 神津カンナ
 岸本葉子
 金美齢
 大熊由紀子
 小沢遼子
 蟹瀬誠一
 松本零士
 福澤朗
 中島みゆき

 大林宣彦
 山折哲雄
 鈴木光司
 豊田恒
 寺田農

 佐高氏は以上の戦犯の犯歴を明かすとともに、反原発の群像も紹介している。それが以下の5名である。

高木仁三郎
松下竜一
広瀬隆
小出裕章
忌野清志郎

 実名入りの告発本であるが、指名された当人から今のところ法廷闘争にする向きはない。ということは大筋で間違いないのだろう。彼が戦犯として指名した人たちの全員を私は文化人とは認めることができないが、いずれにしても大多数の有名人が原発推進に擦り寄ったということである。逆にいえば、彼が反原発の群像としてあげた人たちは阻害された冷や飯を食ってきた系譜がある。反原発に向けて、この告発本の意味するところは少なくないが、望むべきは、今この場で戦犯たちの釈明を聞いてみたいものである。

人生というオセロゲーム


 先週、朝日新聞の五十嵐浩司さんの講演会を聞きに行った。最近、彼は報道ステーションのコメンテイターも務めていて、気になっている人物のひとりである。14時から17時までという講演時間が妙味である。ここんとこ多忙な日々を送り、しばし行ってない広島の夜の巷に繰り出すに好都合という邪心がなかったかといえば、それは嘘になる。

 講演は東日本大震災後の生き方みたいな内容であったが、講演内容そのものよりも講演後の質疑応答が面白かった。朝日新聞社のカルチャースクールの主催だけあって、聴衆は朝日新聞の読者が多い。五十嵐氏は政治家や東電をはじめとする企業の劣化を強調したが、質疑はメデイアの問題に集中した。最近のメデイアの質はひどいとか、朝日新聞はいつから骨抜きになったのかとか、さらには防衛省沖縄防衛施設局長の問題発言に端を発したオフレコや記者クラブの問題などに話が及び、彼を追い詰める一幕もあった。しかし、こうした質疑に対して五十嵐氏は真摯に応えた。そして彼の応答に、彼の熱意と信念の一端を垣間見ることができた。

 メデイアの凋落が叫ばれている中、信念を持った孤高の記者または元記者がいる。五十嵐氏もそうだが、毎日新聞出身の鳥越俊太郎氏もそうである。彼らは決して順風満帆な記者生活を送ってきたわけではない。むしろ、その社会では棘(いばら)の道を歩んだ落ちこぼれ組といってもよい。なぜなら、彼らに共通しているのは、国内であれば本社ではなく新潟支局とか金沢支局とかの地方を行脚しているのである。そこで彼らは、人の目に触れることが少ない地方版の記事に地方目線で没頭してきた経験がある。そして海外といえば、テヘランとかソマリアとか、戦火と飢えの世界を目の当たりにしてきていることである。

 つまり、大所高所ではなく蟻の目線で這い蹲って、リスクと背中合わせで記事を書く現場主義に徹してきていることである。日が当らない場所、誰もがやりたがらない現場をやる。そのことが彼らの今の肥しになり、礎になっているのである。そして、そのことがオセロゲームの黒が白に逆転することになっている。だから人生というのは面白い。

長州・萩の志士たち


 昨日、萩の現場に行った。いつ行っても萩の街並みは癒される。そこらに萩焼の窯元があり、みかんの香りがする。川のせせらぎに古い武家屋敷。この地より、夢を抱く血気の志士が育った。萩往還街道を山陽道まで山越えし、江戸をめざしたであろう。志士の心意気に触れるたびに、私の中の長州魂は蘇る。

萩往還


時と命の 全てを賭けた
吉田松陰 憂国の
夢草莽(そうもう)に 果つるとも
松の雫は 久坂に宿り
花は桂の 枝に咲く


高杉



口で言うより 行うことが
志士の志士たる 誇りなら
かくごの罪の 踏海忌(とうかいき)
下田港の 弁天島の
波も讃える 男意気


志士2



何も持たない 若者たちの
無欲無限の 赤心(せきしん)が
日本の明日を 創るのだ
松下村塾 長州魂
いまも生きてる 萩の町

品川


「吉田松陰」
星野哲郎:作詞
浜口倉庫之助:作曲
より

松蔭がそのなし得なかった夢を久坂玄瑞と桂小五郎(木戸孝允)に託した思いが伝わる。


いや~あまりに格好よすぎる。私とて、長州志士の子孫であることの名に恥じぬよう、崇高な志をもって余生を送りたいと望むものである。


山県

無主物


 「無主物」とはよく言ったものだ。福島のゴルフ場の除染を東京電力に求めたのに対する東電の回答である。原発から飛散した放射能物質は「無主物」だというのが、東電の主張である。

 結局、舞台は仮処分申請という形で法廷に持ち込まれたが、ゴルフ場の除染の必要なしとの裁定が下りた。その理由は、文部科学省が決めている校庭利用の暫定基準値である毎時3.8μシーベルトを下回るものであり、営業に支障がないということである。

 「無主物」というのは誰のものでもないということである。いわば、空気や水と同じだということである。空気や水は誰が作ったものでもない自然の恵みであるから「無主物」とされても仕方あるまい。しかし、放射性物質は自然に沸いて降ったものでも何でもない。東電の事故によって巻き散らかしたものである。これを「無主物」だという論拠がどこにあるというのか。

 海洋航海中のタンカーが重油を流して近隣諸国に被害をもたらす。これは海流なのだから「無主物」であり、タンカーに責任ないというのか。火事によって近所を延焼する。これは風がもたらした火炎であるから責任ないというのか。空気や地下水を汚染して近隣に影響をもたしても「無主物」だから責任ないのか。

 問題は、「無主物」だという荒唐無稽な東電の発言に対して、国もメデイアも誰も非難しないことである。第一、「無主物」だという発言がこの世にまかり通ること自体に問題がある。さらに気になるのは、政府および東電の補償に対するあからさまな自己防衛の姿勢である。

 私の憤りはさらに裁判官に及ぶ。私自身も技術的案件で裁判を幾度も経験して思うのは、裁判官の質の悪さである。関連する専門的事項の勉強が疎かであることは言うに及ばず、専門家招致の偏り、上級裁の意向重視、社会の道理・通念の欠如、国民・市民の目線の欠如、自身の考えや論理の欠如など、目に余ることが多すぎる。

 本件の場合、文科省の基準云々はどうでもいいことである。放射能物質が「無主物」だという主張に対して、真っ向から対峙していないことに問題がある。この種の裁判こそ裁判員制度に委ねるべきであろう。いずれにしても、放射能や被曝の問題において一番重要なことは、目を背けず真正面から取り組むことである。

 

ひたひたと



 あれほどに連日、テレビや新聞を騒がした原発関連や放射能関連の情報は、秋風とともにピタリと扉を閉ざした。原発本もピタリと息の根を止めた。今あるのは、山猫軒さんの「猫と暦」くらいである。この話は童謡調であるが、実は恐い恐いブラックユーモアである。

 今、福島で何が起きているのか。福島の町を出ていく人は、今、こっそりと出て行く。誰にも言わずに。避難するとは、おおっぴらに言えない空気がある。「裏切りもの」、「非国民」、「逃げ出し」と、そんな周囲の視線を感じるという。

 最近では放射能が心配だという発言もできなくなってきているという。「県や市が安全だといっているのに何だ!」という雰囲気がある。学童や中高生とて、友だち関係、部活動という、地域や家庭とは別の修羅場がある。

 福島県知事が10月に安全宣言を出し、専門家は講演会で「福島市では内部被曝はない」と語る。その3日後に福島市内の米から基準値を超えるセシウムが検出される。一体、何を信じたらいいのか。住民は身の危険と周囲の関係の中で揺れ動く。次第に住民は対立していく。この住民の対立こそが、政府や東電にとってはある意味、都合のよいことなのである。

 ここで再認識してもらいたい。今問題になっているのは、低レベル放射線の長期内部被曝であること。この低放射線長期内部被曝については何もわかっていないこと。そして、数少ないデータは広島と長崎それにチェリノブイニの症例だけだということを。

 都内の小学生が震災以降、激しい鼻血を出し続けている。放射能の影響を案じて、母親は都内の医者に数々診てもらったが、一蹴され、とりあってもらえない。同じような症状の子どもがいないかとネットで呼びかけたら、即日50人の親御さんから同じ症状の連絡が入ったという。

 広島市の63歳の女性は被曝2世である。父が爆心地から2キロ以内で被曝し、その3年後に生まれた。小さい頃から体が弱くよく倒れた。頭痛もひどかった。おなかの調子も四六時中、悪かった。2年前に人間ドッグを受けたときに、胃に奇形があることが初めてわかった。医師は小さい頃はもっとひどかったはずだという。7年前に亡くなった父は、娘の症状は原爆のせいだと家族に語っていたという。

 こうした事例を数々聞くに、これらの症例が原爆や原発と無関係だと誰が言えようか。そんな中、さいたま市の医師・肥田舜太郎さんの発言は、他のどのような偉い専門家の意見よりも貴重である。肥田さんは今年94歳。広島原爆の被爆者でもあるこの肥田医師こそが、医師として実際に被爆者の治療に当った経験者である。軍医として原爆以後に広島に入った「入市被爆者」を数多く診てきたからだ。彼のもとには講演依頼が殺到する。しかし、政府からも国会からもジャーナリズムからも声がかからない。なぜなのか。彼にネガテイブな真実を語ってもらいたくないからだ。

 肥田さんは言う。「被害が出てくるのはこれからです。66年前の原爆で、被害者がいまだに国を相手に裁判を起こしている。これが事実です」と。今、こうしている間にも、放射能の健康被害は「ひたひたと」進行しているのである。

敵はセシウムなり


 放射能物質の拡散に伴う健康被害に関して、専門家の間でも真逆の話が出ている。このため、被災地住民は戦々恐々の不安な日々を送っている。また、放射能物質の拡散についても、日本のどの範囲まで健康被害の影響が及んでいるのか不透明である。

 その一方で、フクシマの農産物は大丈夫だというキャンペーンが盛んであり、被災地に観光客を戻すのにも躍起である。こうした矛盾から、何を信じたらよいのか、日本全体が疑心暗鬼の状態である。

 こうした不安と疑心暗鬼を誘発する根本原因は、とりもなおさず、実際のところ「わからない」からに他ならない。しかし、それにしてもである。わかっているデータの的確な公表がなされているかといえば、そうでもない。何がわからなくて、何がわかっているのか、明確な説明がない。

 そこで、どのような種類の放射性物質が実際に危険なのかについて考えてみたい。それを説明するのに格好の図が、数日前の朝日新聞に掲載されていた。



セシウム


 この図は、放射性物質1億分の1グラムを吸入したときの被曝線量と体への影響を示したものである。この図によれば、ポロニウム210が最も危険で3700ミリシーベルト。次いでプルトニウム238とヨウ素131が690ミリシーベルトであり、さらにセシウム134、ストロンチウム90、ラジウム226、プルトニウム239、セシウム137と続く。これは同じ量を吸入したときの危険度順位となる。

 この図には同時に、福島第一原発からの放出量も示してある。放出量はプルトニウム238が0.03グラム、ヨウ素131が35グラム、ストロンチウム90が28グラム、プルトニウム239が1.4グラムなどとなっているが、これらと比べようもなく多いのがセシウム137の4700グラムである。

 結局、この図は何を意味しているのか。健康被害が大きい放射能物資は数々あれど、福島第一原発の被害に関していうと、敵は圧倒的にセシウムにあるということになる。だとすれば、山地斜面の除染などという、やにくもな対策を始めているが、セシウムに着目した実のある現実的な除染が必要なのである。

 それでは、そのセシウムなるものは日本全国にどの程度、拡散しているのか。これも明確な図を見たことはない。そこで、3月~6月の全国都道府県の県庁所在地におけるセシウム137と134の降下積算値(平方メートル当り)の値を文部科学省が公表していたので、私は日本地図に分布図として作成してみた。

セシウム分布
(by Geotech)



 この図によれば、セシウムの降下は同心円状に一様ではないことがわかる。とくに、太平洋沿岸に沿って南北への流れが大きいことがわかる。セシウムの降下積算値がどの程度になれば健康被害に及ぶのか明確には言えない。しかし、いずれにしても日本全国に拡散していることは間違いない。

師走なれど


兎にあらず 今年の師走 萎えにけり

                           (きよし)

 毎年、師走ともなれば、なにかと気ぜわしい。そのはずであるが、今年はどうにも勝手が違う。

 この時期、年賀状の文面をどうしようかと思案してなきゃいけない。今年の世情をまとめ、来年の自身の信条や目標などを、くどくどと紙面一杯にびっしり書くのを常としてきた。「そんな小さな文字が詰まった、堅くてつまらない文章、誰も読みゃしないよ」と揶揄する同居人を尻目に。それにも耐えて、毎年、自己を発奮させるがごとく継続してきた。が、今年はする気がしない。いっそ、郵便局に定型スタンプでも押しに行くか。

 それに、この時期、忘年会のひとつやふたつ、してたっておかしくない。平年ならそうだった。しかしあたりを見渡すと、どうもそんな雰囲気でもない。それでも会社の忘年会だけはと考えているが、気乗りしない。いっそ忘年会など辞めようか。

 まだ、お歳暮も出していない。あまり世話にもなってない人に社交辞令で贈る癖は、もういい加減に辞めようか。年末年始はどうするのか。わざわざ高い旅に出ることもなかろう。ほんとは、ひとり、コタツで食べちゃ寝るのが一番だけど。でも、そうもいかんだろうなぁ。賑やかなのはいいけど、疲れるよなぁと、今からため息が出る始末。

 毎年、この性格だから前倒しでやるのだが、どうも気乗りがしないのだ。この萎えた気持ちはどうしたものか。年賀状は最小限にして、後は先着順に返そう。このままグダグダと年末年始を迎えるのもよし。いつもと違って少し心穏やかに年末年始を過ごすもよし。いつもの年と違う師走を迎えている。

言葉狩りの連鎖



 どうにもわからない。例の沖縄防衛局長のオフレコ談話の件である。那覇市内の居酒屋における報道機関とのオフレコ懇談会においてのこと。環境影響評価書の提出時期を明示しない理由を聞かれて、田中局長は「犯す前に犯しますよと言いますか」といった趣旨の発言をしたという。即刻、局長は更迭された。

 どうにもわからないのは、「提出時期を明示しない理由は?」という問いに対する「犯す前に・・・・・」の答えが、どうにも整合しないからである。彼は何が言いたかったのか。例え話を持ち出したのか。それにしても、例えにも何にもなっていない。

 さらにわからないのは、「犯す前に・・・・・」という内容が女性への性的暴力を意味することと、誰もが決め付けていることである。彼は「何々を犯す」と、犯す対象を特定していないのに。性的暴力と決め付ける根拠は何だろう。

 防衛庁の事情聴取に対して、彼は自身が記憶する発言内容はこうであたっと説明しているらしい(これも新聞記事だから真偽はわからない)。「やる前にやるとか、いつごろやるとかいうことは言えない」「いきなりやるのは乱暴だし丁寧にやっていく必要がある。乱暴にすれば男女関係で言えば犯罪になる」と。ますますわからなくなった。

 彼はこう言いたかったのか。「環境影響評価書の提出時期については、いついつと前もって言う代物ではない」と。さらにこうともとれないことはない。「環境影響評価をするにしても、多少とも自然環境を犯すことになるかも知れない。しかし、前もって環境を犯すなんて言えるはずがない」と。

 ここで補足しておくと、「環境影響評価書」というのは我々が専門用語でアセスメントの略で「アセス」と呼んでいるものである。このアセスを提出した後に公示するということは、すなわち着工を宣言することを意味するのである。

 こういうナイーブな問題に対して異議を唱えると批判されるのは必至であるが、それを覚悟の上で言う。なぜここまで大騒ぎになるのか、私には理解できない。沖縄県民を侮辱するものだと誰かが言えば、そうだそうだとなる。彼はとんでもないことを言う。そうだそうだと。

 思い出すのは鉢路発言である。あれとこれでは性質が違うかも知れぬが、本質的には同じである。言葉尻を記者が手柄のようにスクープして、メデイアによって実態のない世論を形成する。そして本人の釈明なしに更迭の蓋を被せる。すなわち、メデイアによる言葉狩りの餌食になっているのだ。こうした言葉狩りの連鎖に対して、賢明な国民は冷静に深読みすることが求められる。
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団塊の世代を突っ走った田舎侍の遠吠えです。聞いてやってください。実話から世評までもろもろですが、一貫して、辛口です。

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