東北学


 震災直後、民族学者の赤坂憲雄さんが発した言葉が今でも耳に残る。「東北はまだ植民地だったのか」と。赤坂憲雄さんは福島県立博物館館長であり、政府の東日本大震災復興構想会議の委員でもある。東北をこよなく愛し、東北の復興を人一倍、願う人のひとりでもある。その彼の言葉だけに、言葉の真意が興味深い。

 彼の著書「東北学/忘れられた東北」にその答えを見出した。戦前、東北は「男は兵隊、女は女郎、百姓は米を貢ぎ物として差し出してきた」と語られていた。いわば国内の植民地であるが如き構図が東北にあった。さすがに今の時代は違うだろうと思っていたら、震災によって、彼は「東北はまだ植民地だったのか」と再認識したらしい。

 よくよく考えればそうかも知れない。東京で使う電力を東北が供給してきた。巨額の補助金と引き換えに、原発という危険物を背負わされた。そういえば、誰かが言っていた。「原発がそれほど安全なものなら、東京に作るさ」と。東北は日本における農業基盤の役割も担ってきた。物作りの拠点も東北に集中した。なぜなら、東北では安価な労働力が手に入るからだ。

 震災が起きていなかったら気付いていなかったかも知れぬ。しかし震災によって、東北が日本経済の縁の下の力としての役割を担ってきたことが理解できる。赤坂憲雄さんの言う「植民地」とまでは言わなくとも、植民地的な構図があったのかも知れぬ。

 東北に限ったことではない。中央と地方の格差は近年、とみに大きい。中央集権、一極集中、市町村合併。一見、合理的にみえるこうした施策は、実はリスクが大きく非効率なものであったのではないか。そして、中央と地方で人の交流もかえって少なくなってきている。金銭ばかりか人の心の格差までもたらしているのではないか。いずれにしても、21世紀に入って日本社会が選んできた国の形は、その根底から覆されたと考えて間違いない。中央に頼らぬ地域の自立を目指した国のあり様を望むばかりである。
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衣替え


 季節には区切りはなく、時節は連続的に推移する。だから、今日まで半そで、明日から長袖と上着という法則はない。しかし9月の最後ともなると、長袖と上着が欲しくなるから不思議である。あっという間に、衣替えの季節になった。

 半袖のワイシャツをたたんでキャビネットに入れる。代わりに長袖を取り出して、もう一度さらりとアイロンをかける。これだけで一苦労。普段着はまだタンスの中で夏物と秋物の移譲期間。上着はどうしよう、靴下はどうしよう、防虫剤を取り替えなければと、この時期、何かと厄介である。

 そういえば、今日9月29日は「クリーニングの日」らしい。単なるゴロ合わせから制定したものだが、衣替えの季節とマッチする。今時、街中にはコインランドリーが乱立し、若者は何でもかんでもクリーニングに出す時代。しかし、我が家ではクリーニングに出すことが極端に少ない。ワイシャツをクリーニングに出したことなど一度もない。もったいないが一番の理由である。クリーニングに出すくらいなら着古した方が安い。そういいながら、ネックが擦り切れるまで着てたりする。

 夏から秋への季節の節目の衣替え。衣替えした人の並みが街にあふれる。その姿は心なしか締まって見える。もうすぐ、衣替えした児童の姿もお目見えする。早くも金木犀の匂いがかすかに漂う。さて、私の心の衣替えはどうしようか。

「しあわせ」と「ふしあわせ」


笑顔が集えば楽しい
でも 悲しみが集った方が 優しくなれる

強いが集えば意気が上がる
でも 弱いが集った方が ほんとの強さがわかる気がする

「しあわせ」が集えば嬉しい 
でも 「ふしあわせ」が集った方が ほんとうの愛が生まれる気がする

今 喜びと強さと「しあわせ」があるなら
それはそれでいいことだ 誰に気兼ねすることもない

でも 今 悲しみと弱さと「ふしあわせ」があったとしても
それを素直に受け留めよう

そのほうが ほんとうの優しさと愛がわかるような気がする

「しあわせ」と「ふしあわせ」は気まぐれだ
今日の「しあわせ」は明日の「ふしあわせ」かも知れない

だからといって 「ふしあわせ」の支度をすることはない

今日一日の「しあわせ」に感謝である

脱原発に向けて


 一昨日、山口県・上関(かみのせき)町において町長選があった。上関町は中国電力が上関原発建設を計画しているところである。大震災後、原発新規予定地における初めての首長選として注目を浴びた。その結果は、原発推進派候補1,868票、原発反対派候補905票であり、原発推進派がダブルスコアの大差で勝利した。

 国民世論の大勢が脱原発の気運で盛り上がる中においても、これが原発立地地域における現実である。3,000人に満たない町であるが、町民の大半が原発建設に賛成したことになる。正確に言えば、原発建設に賛成したわけではなく、原子力財源による生活の維持・向上に一票を投じたのである。

 国策による原子力行政の継続によって、町および町民は行政、生活基盤、生活スタイルまでを既に変更してしまっている。後ろ髪を引かれる思いがありながら、原発を支持せざるを得ない現実がそこにある。もともと、のどかな漁業の町である。その町が二分され、町民どうしが憎しみ合い、罵(ののし)りあうことになっている。

 以前、このブログで紹介したが、私は大震災直前までこの上関原発の末端の仕事に関与していた。周辺地域の活断層調査である。原発推進派町長の圧勝によって、原発調査は再開されることになるだろう。しかし、私は二度とこれに手を染めぬことを決意する。さすれば、電力会社関連企業からの仕事もなくなるであろうが、それを承知の上での決断である。私には会社の利益よりも、脱原発への思いの方が強い。私の、せめてものささやかな抵抗である。

彼岸花

 無宗教で無信心な私が何を思ったか、珍しいことに父と母の墓参りをした。改心した訳でも、心に悩みをもった訳でもないのに。ただただ、お彼岸の人の流れに誘われるように。墓所はどこも人で賑わう。日本人の何と律儀で信心深いことよ。それに引き換え、私は何と罰当たりな人間であることか。

 「♪私のお墓の前で泣かないでください。そこに私はいません。眠ってなんかいません。」そういう父と母のお告げに甘え、それを口実にいつも無沙汰している。なんだかその風情は、私の好きな「すぎもとまさと」の「吾亦紅」の詩のようである。

 墓参りのついでに、彼岸花が群生していると聞きつけ、寄り道をした。休耕田の地に所狭しと群雄割拠する彼岸花の群がそこにあった。この毒々しい赤は何を意味するのか。四方八方に蘂(しべ)を凛と伸ばす、その異様な様体は何を意味するのか。彼岸花の花言葉は「情熱」「悲しい思い出」「独立」「再開」「あきらめ」という。これほどに、前向きな言葉と後向きな言葉が混在する花言葉をもつ花も珍しい。




彼岸花


 今年は灼熱の夏であった。烈火の猛暑の後には、台風による激しい風雨が列島を縦断した。彼岸花の開花はしつこい残暑の終わりを告げる印なのか。そういえば、ここ数日ですっかり秋の気配を感じる。この彼岸、東北ではどれほどの人が真新しい遺影に手を合わせたであろうか。その無念さと悲しみに思いを馳せ、すっきりと晴れ渡ったこの秋の一日一日を大切に送りたいものである。彼岸花の相反する花言葉のように、それぞれがそれぞれの思いを感じる今年の秋の気配である。

ヤマト魂

 震災直後、現場が見せた危機対応力の高さが評価された企業がいくつかあった。その代表格がヤマト運輸である。政府による救援物資の輸送が困難を極める中、同社のドライバーたちは自発的に自治体に協力を申し出て、物資の行き届かない避難所への配送を手がけた。本社がこの活動を知ったのは、しばらく経った後のことである。急遽、「救援物資輸送協力隊」を組織し、グループを挙げて物資の輸送に尽力することを表明した。

 「宅急便」の生みの親である故小倉昌男氏はこう言っていた。「ヤマト運輸では、社長も営業部長も1円も稼がない。セールスドライバーが1個1個集荷する以外に収入の道はない」と。一番上にドライバーを、一番下に支店長などの幹部を記した「逆さまの組織図」が存在した。

 「時間指定」は東北、「スキー宅急便」は北信越、「ゴルフ往復宅急便」は関東の支社といった具合に、同社の新サービスは現場の提案から生まれたものが数多くある。

 震災で見せたドライバーの機転は決して偶然の産物ではない。故小倉氏の指導のもと、経営者が理念ばかり言うのではなく、現場の判断が最重要であることの実践と言える。

 多くの企業は社訓で「顧客第一主義」を掲げる。しかし、真に「顧客第一主義」なのか否かは、こういった非常時に試される。逆境の時こそ、人間や企業の本性が垣間見える。理念の浸透と不断の努力。それが非常時にどれだけ生かされたのか、それがよくわかる事例である。真の「顧客第一主義」というのは建前だけのものや紙に書いたものではない。現場第一主義にある。

カレログ


 スマホ用アプリケーション「カレログ」は、サービス開始早々、批判が続出している。「カレログ」を相手のスマホにインストールすれば、GPS機能を使って相手の居場所や行動経路、電話電源のオンオフ状態、さらに有料会員になれば相手の通話履歴まで確認できるという優れもの。

 批判の多くは、プライバシー保護の観点からのものである。発売元はインストールに際しては相手の同意をとるようにと注意事項に記しているが、実際には相手に無断で簡単にインストールできるからトラブルの元となる。いずれ、相手の承諾認定がシステムに組み入れられて一件落着になるであろう。

 そもそもこの「カレログ」は「浮気チェック」のつもりで作られたものである。別に「カレログ」でなくとも、相手のスマホや携帯にGPS機能をインストールさえすれば、簡単に相手の行動をチェックできることになるが、このような使い方、果たして読者のあなたは賛成でしょうか、反対でしょうか。

 私がインストールを容認すれば、出張中の行動が逐一、監視される。浮気の素振りもできない。そればかりか、ちょとした寄り道も監視される。嫌だ嫌だ。逆に、社員の携帯にインストールすれば、社員の動向が管理できる。

 少し前のこと、会社の女子社員(今はもう退職している)が毎週通っている現場の帰りが決まって遅いことが問題になった。男性社員曰く、いくら何でも遅すぎる。どこか寄り道してるに違いないと。その社員、彼女が乗って出る車の前ボックスにGPSを放り込んでいたらどうだろうと、提案してきた。確かに、帰ってきた車のGPSをカシミールに転送すれば、一発で行動経路がわかる。しかし、それはいくら何でも問題あるということで却下した。

 そもそも同意をとってまで「カレログ」をやるということは、つまりは信頼関係がない証拠であろう。だったら、「カレログ」で監視する前に信頼関係を構築すべきでしょ。それでは、同意がない「カレログ」似の行動はどうだろう。一般的には、言語道断ということになる。

 しかし、わざわざ同意を得ずとも、知らず知らずのうちに「カレログ」似をしたりされたりという可能性もある。これはどうだろう。まず、倫理的に問題ないのか。疑心暗鬼な気持ちになったり、それまでの信頼関係が崩れたり、互いに嫌な気持ちになったり、とても精神的に健全とは言えない。ということで、私の中では「カレログ」を完全否定したわけだが、さて、読者の皆さまはどうお思いでしょうか。

避難通達の用語


 先日の台風12号に引き続いて、今回の台風15号の接近によって日本全国各地に避難の通達が出されている。多くの場合は「避難勧告」もしくは「避難指示」であるが、和歌山県那智勝浦町においては「退去命令」が発令された。避難通達に関するこれらの用語はわかり難いものであると同時に、従わなかったらどうなるのという疑問も出てくる。

 そこで、大方の人は理解していることであろうが、少し整理しておく。「避難勧告」は住民に立ち退き避難することを勧めるものである。これはぶっちゃけ、お役所の言い逃れ用語ですね。万一、災害に遭って被害を被ったときに、行政サイドとしては一応、事前に注意を促したよ、という証拠みたいなものです。

 「避難勧告」より重いのが「避難指示」である。これは被害の危険が切迫したときに出されるものであり、行政の本気モードですね。本気で住民に避難を指示するものである。しかし、避難を強制するものではない。「避難勧告」より軽いものとして、「非難準備情報」を流すケースもある。「退去命令」というのは「避難指示」よりさらに重いもので、災害対策基本法という法律に基づくものである。強制的に退去させられ、従わない場合は10万円以下の罰金または拘留になる。





避難指示


 こうしてみると、避難通達の用語はなんだか煩雑である。「避難勧告」や「避難指示」という用語はあっても「避難命令」という言葉は基本的にない。それに代わるものが「退去命令」である。なんだかすっきりしない。住民には何がなんだかわからない人もいよう。もう少し、すっきりさせたらどうだろう。

 そもそも避難するか否かは個人の判断である。行政から避難を指示または命令されたとしても、従いたくない場合もある。病気を抱えた老人によっては、避難に伴う移動や避難先の生活のリスクを考えれば、避難したくないと思う人もいる。行政が指定する避難先と自宅を比較して、避難先の方が危険だと判断すれば従わないだろう。指定された避難先が安全だという保障はなく、現に、東日本大震災では避難所が津波に流されている。

 私は、自然災害に対する避難の基本精神は自主避難であると考える。災害のリスクや居住地の立地条件などを勘案して自己責任で避難するのが基本であろう。行政としては、むしろ、住民の防災意識を高め、いざという時に自主避難できるためのサポートを日頃から実行することが重要である。防災に関する知識、集会、訓練などである。防災意識の高揚と自主避難の精神が、自然災害から被害を少なくするための基本と考える。

脱原発阻止包囲網


 昨日、東京の新宿や渋谷で6万人が参加した脱原発の集会やデモがあったらしい。「らしい」というのは、テレビで放映されていただけで、実際に見た訳でもないからだ。それだけ、今の報道に不信になっている。ましてや、参加人数の6万人というのも、主催者側と当局側、報道機関によっても異なるから、真のところはわからない。いずれにしても、そうした集会やデモがあったらしいことは事実のようであり、私としては、国民の脱原発気運の盛り上がりとして素直にこれを歓迎する。

 しかしその一方で、脱原発の気運を阻止し、封じ込めようとする暗澹(あんたん)たる大きな闇組織が歴然として存在するのも事実である。原発推進または原発維持を旗頭とする自民党と民主党の大多数を占める議員を中心として、官僚、県知事などの組長、電力会社、経済界の主流、報道機関、おかかえの学者や専門家、原発誘致の地元などが互いに連携しながら、組織として原発維持に躍起である。

 こうした脱原発阻止包囲網の構図は、最近の一連の政治動向に如実に表れている。その発端になったのが、菅首相(当時)降ろしである。菅降ろしは、菅さんの浜岡原発中止宣言から始まった。菅さんが脱原発に本気だということに、推進派は危機感を募らせた。その危機感は経産省による玄海再開の暴走となった。しかし、これもストレステストによってあえなく阻止された。海江田さんの涙は国民への涙ではなく、経産省官僚の努力が実らなかったことへの悔し涙である。

 今さら、菅さんの首相としての評価をするつもりはない。しかし少なくとも言えることは、菅さんでなければ浜岡は中止できなかった。菅さんでなければ玄海は中断していなかった。菅さんでなければエネルギー再生法案は可決していなかったことである。

 脱原発阻止包囲網は現政権にも引き継がれている。つい最近の経産省・鉢路大臣(当時)の放射能発言もそうである。もともと脱原発を唱えていた鉢路氏が経産省大臣になったことで危機感が再熱した。放射能発言に至った経緯の真相はわからない。しかし、原発推進おかかえ記者とおぼしき者の誘い水との可能性が高い。大臣の脇が甘かったといえばそれまでである。しかし、はっきり言えることは、原発維持のためであれば報道も加担した策略には善悪もなく手段を選ばないということである。

 鉢路氏の後任の枝野・経産大臣もまた脱原発を唱える。原発維持派の次なる手は何か。今、政治が動かなくて面白くない最大の理由は、自民党と民主党という二大政党間の政策の違いよりも党内の政策の違いが大きいことである。解散総選挙を行うにあたり、党の分裂が喫緊の命題である。議員はエネルギー政策を明確にすることから始めなくてはいけない。国民は議員ひとりひとりのエネルギー政策を見極めなくてはいけない。

夢を呼ぶ四文字


 ここ数年、新聞やテレビのニュース記事は暗いことばかりである。そんな中、最近のニュースで感動したといえば、いずれも四文字ひらがなの「はやぶさ」と「なでしこ」くらいか。

 小惑星探査機「はやぶさ」は、通信が途絶えたりエンジン部品が故障したり、トラブル続きの満身創痍の状態であった。しかし、それでも地球に帰り着いた。当時、その奇跡のストーリーの新聞記事を読んで、目頭が熱くなったものだ。「はやぶさ」の成功は日本の技術レベルの高さを世界に示した。そればかりか、日本の子供たちに宇宙ブームをもたらし、夢と希望を与えた。あれからもう1年にもなる。その高揚感は抜けたものの、科学技術は日本の夢を繋ぐものに変わりはない。

 そして「なでしこ」の快挙には、ほとんんどの日本人が感動に涙した。体格にもスポーツ環境にも恵まれない日本女子サッカーが、日本人らしさを生かしたパスサッカーの追求によって勝ち得た、苦難の末の快挙である。当時の高揚感は未だロンドン五輪出場へと引き継がれている。

 この「はやぶさ」と「なでしこ」は日本人ならではの快挙といえる。そして、ともに日本の子供たちに夢と希望を与えるものである。政治も経済も停滞し、放射能が暗い影を落としている今日。今こそ、未来を担う子供たちに夢と希望を与えることが我々、大人の使命である。

 「はやぶさ」と「なでしこ」の四文字のひらがなに夢と希望が象徴される。「はやぶさ」や「なでしこ」でなくても、もっと日常的に、もっと身近なところから、我々大人が子供や孫に、夢と希望を与える言葉や話をしていこう。

無言の足跡


 以前、シニア・ナビの会員であった方(既に退会されている)からミニメールをいただいた。私からのコメントなしの足跡に困惑しているという趣旨の内容であった。つまり、その方のメンバーズプロフィールに「無言の足跡」を残していたのである。それも1度ならず、2度も3度もである。その方とは無論、会ったこともミニメールでやりとりしたこともない。

 苦情ともいえるその方からのミニメールであるが、礼節をもった内容であった。普通であれば、“この無礼者!”と言われても仕方がないところである。ほんとうに申し訳ないことをしてしまった。勿論、早速にお詫びのミニメールを返信した。

 シニア・ナビの会員の中である程度、気心知れた方に対しては、「今日も訪問しましたよ」という軽いノリで「無言の足跡」をこれまでも残してきた。しかし、初めての方に対する「無言の足跡」、それも複数回続けば、人によっては気味悪く感じるかも知れぬ。人によっては恐怖に感じることがあるかも知れない。

 それでは、ある程度、気心知れた方に対しての「無言の足跡」は許されるのだろうか。こちらが一方的に気心が知れたと思っているだけかも知れない。普通に考えれば、コメントを書くのが礼儀であろう。「無言の足跡」というのは、玄関まで来て、名刺だけ置いて無言で立ち去ることと同じである。玄関まで来れば、声をかけるのが礼儀かも知れない。

 それは重々わかっている。それでも、私は今日も「無言の足跡」を残してしまうのだ。ただ、私には決して悪気などありません。私はただの横着者なのです。勝手ながら、私の「無言の足跡」を見かけたら、「あなたのことを気に留めています」その証だと思っていただければ幸いです。今後とも私の無礼な「無言の足跡」をお許しくだされ。

空飛ぶ自転車


 今、話題の空飛ぶ自転車。待ちに待って、ようやく納品した。見た目は普通の電動自転車と変わりない。違うところは、ハンドルの中央に電子制御盤のモニターがあること。前輪の左右両側に電磁波が出るオリフィスがあることくらいか。誰が注文したのか、フレームの色は趣味が悪い黄緑色。ま、仕方がない。広島市内に打ち合わせがあるので初試乗。近くの広場まで電動自転車モードで出発。広場でギアチェンジして空中モードに変換。スイッチをオンすると、電磁波が作動して、ふわっと上昇。だいたい地上10m程度か。そこから飛行開始。眼下に住宅街があり、高速道路が見える。速度は高速道路の車の速度より少し遅いくらいか。時速60km位か。やがて広島市内を眼下に見下ろし、目的地近くの小学校のグランドを探す。そこで降下していく。無事、着陸する。そこから再び電動自転車にギアチェンジして目的地に到着した。昨夜の夢でした。

「ふる里」と「人の命」


 三陸沖においては、東日本大震災と同規模の地震が過去にも100年~150年の頻度で起きている。このことは、いろいろの書物からも立証済みであり、現地には石碑などにその証が残されている。過去の震災を教訓に、高台に集団移転した集落もあるという。しかし時代の変遷とともに、次第に海岸に戻ってきたという。

 和歌山県を中心とした紀伊半島の台風被害は、例年のように繰り返されている。今回の台風12号災害によって死者・行方不明者12人以上にのぼった奈良県・十津川村においては、1889年(明治22年)の大水害で168人が亡くなっている。当時の十津川村は壊滅状態となり、2500人の村民が新天地を求めて北海道に集団移住した。現在の北海道「新十津川町」である。

 少し前、1993年に起きた北海道南西沖地震では奥尻島を中心に大きな被害を受けた。津波や火災によって死者・行方不明者230人を出した。島は高台移転を基本に復興を進めてきた。しかし時とともに、住民は次第に下(海岸)に降りてきているという。

 悠久のときを経て災害は繰り返される。そのたびに人々は「ふる里」から逃れる。しかし時の経過とともに、人は過去の恐怖を記憶として失う。そして再び、「ふる里」に戻る。自然災害は決して想定外ではない。繰り返されてきている。その「ふる里」たるや、自然災害に打ち勝つほどに改善された訳でもない。さらに、自然災害は益々、起きやすい環境に変化し、猛威を振るう。しかし、それなのに、人々はまた「ふる里」に戻る。

 これは人間の知恵と煩悩がなす仕業であろうか。ここで命題を与えよう。あなたは「ふる里」をとるのか「命」をとるのか。漁業をするのに海岸線は便利いいだろう。山間部は空気も綺麗だろう。河のほとりは川遊びもできよう。田畑や畜産には高原がよかろう。しかし、その海岸線や山間部や河のほとりや高原が甚大な自然災害を起こし易いと分かっていても、そこに暮らすのか。「人の命」と引き換えにしてでも暮らすというのか。

 「ふる里」のある人とない人、「ふる里」への思い入れにもよる。人それぞれに事情もあろう。しかしそれらをすべて勘案したとしても、「人の命」と引き換えにしてでもそこに暮らすというのか。

 別に他人事の話をしているのではない。私自身のことを言おう。かれこれ35年も前、浜松・遠州浜に暮らしていた。その頃、地震のことを専門にしていた。伊豆半島の震災現場に常駐したこともあった。地震をやればやるほど地震が恐くなった。そして、広島転勤を希望した。

 臆病者と言われようが、卑怯者と言われようがよい。私はそこから逃げてきたのだ。家族を守りたい一心であった。その行動が正しいのか間違っているのか。その答えは、もう少し経たないとわからないけど。

復興の光と闇


 震災直後から繰り返された「がんばろう日本」の連呼。どこにでも見かける「がんばろう日本」の横断幕やロゴ。誰しも、わが身のことのようにそれを受け入れてきた。しかし、半年経った今、どこか薄らごとのように聞こえたり見えたりもする。

 アーテイストやアスリートが「こうして懸命に歌うことが・・・・・」「こうして懸命にプレーすることが・・・・・」「復興に役立てば」という決まり文句。別に被災地に乗り込んでの場合じゃなくても、別にチャリテイーでやっている場合じゃなくても、普通にやっていても連呼する。それって、震災が起きてなければ一生懸命にやらないってこと?そんなうがった考えが脳裏にもたれる。そして、「復興に役立てば」という言葉だけが、いやに薄っぺらく残されていく。

 別に鉢路前経産大臣の発言を待つまでもなく、同じようなことが既に起きている。京都の送り火の時もそうであった。全国各地で福島県産を支援する企画がある。しかし、「放射能をばらまくな」といった抗議で中止されていることが多い。消費者は産地を気にして消費する。被災県の食品が売れていないデータが現実にある。

 一国のこの大惨事に部外者はいないはずだ。なのに、東北との悲しい隔たりを突きつけられている思いがする。どこか、遠方の惨事として客観視している自分がいる。いつしか、他人事と高をくくっている自分がいる。そのような自分に腹も立つ。

 半年経った今の惨状を見るに、今、必要なのはどのような美辞麗句でもない。言葉ではなく、安全という保障を欲しがっている。メッセージではなく、お金と職と食という生活の現物を要求しているのだ。この惨事を風化させることなく、復興の意識を国民で共有し続けよう。今こそ、現実的な支援をしていこう。とりあえず今、私にできることは、同居人の反対を押し切って、できるだけ被災県の食品を買うことである。

成り上がり者


 3.11から半年という節目での鉢路経産相の発言には、国民の誰もが耳を疑ったであろう。被災者の感情を踏みにじるあの発言には、「怒る」、「あきれる」を通り越して、悲しくなってしまうのである。

 考えてみれば、少し前にも松本復興大臣の暴言があった。「県でコンセンサスを得ろよ!」「そうしないと何もやらんぞ!」「お客がきたときは自分が部屋に入ってから呼べ!」「わかったか!!」という暴言であった。一体、何様のつもりなのか。仮にもひとつの県を預かる県知事に向けての暴言である。

 さらにその前にも、柳田法務大臣の「法務大臣は2つの言葉で事足りる」発言もあった。一体、なぜこのように大臣の暴言・失言が続くのか。それは、そもそも彼らが徳を持ち合わせていないことは無論のこと、人間として問題がある者が上りつめた結果に他ならない。こういう類を「成り上がり者」という。建設工事などで一躍、富を得た「土地成金」のようなものである。

 「成り上がり者」は虚勢を張る。虚栄を張る。もともと何も考えていないところに急にその地位を得たものだから、心が浮つく。もともと考えが浅はかであるため、軽はずみな発言をする。これぞ「軽佻浮薄」(けいちょうふはく)そのものである。

 本人の資質や性格の問題はさておき、そもそもどうしてこういう発言が出てくるのか、その根源は何なのか。それは、政治家は偉いのだと勘違いさせている世の仕組みというものにあるのではないのか。

 会社や組織が身内の利益のために国会議員に資金供与する。組織で選挙を応援する。議員は国のためにではなく、応援した地元や会社・組織のために働く。議員は地元にお金を持ってくるので偉い人と奉られる。本人も偉いと勘違いする。根本を問い詰めていくと、公務員改革と選挙制度改革が進まなければ、「成り上がり者」は後を絶たないのではないのか。

フクシマ再生の道筋


 もう半年にもなるのに、未だにふる里へ帰れる見込みすらない。避難所に未だに取り残された人もいる。仮設住宅に入ったからとて、将来は何も見えてこない。希望をもとうとしても、すぐにまた亡くした家族や友を偲び、萎える日々。どうしてこういうことになったのだと嘆く。この理不尽な現実を、嘆いても嘆いても、一向に何も解決していない。

 何とか、ふる里を再生しようと努力している人たちもいる。町役場を隣町に移転してまでも、町長をはじめとして多くの人が、またふる里に戻れる日を願っている。そんな中、首相の「フクシマの再生なくして日本の再生はない」の言葉は、フクシマの人々、とりわけ避難している人にとって、どれだけ励みになったことか。

 一方で、被災3県で既に3万6000人の人が転出している。住民票を県外に移した人にいたっては、既に8万人にのぼるという。ふる里に帰りたい気持ちは痛いほどわかる。その思いは決して捨ててはならぬ。しかし現実には、ふる里から既に離散しているのもまた事実である。

 ふる里に帰るにはまず除染しなければならない。その費用たるや、1町当り2500億円かかるという。今、問題になっている国家公務員宿舎の建設は、13階のマンション2棟で100億かかるという。フクシマの影響圏をすべて除染するだけで1兆円はかかる。13階のマンション200棟分に相当する。何もお金の話だけではない。とはいっても、1億、2億の話でもない。国家予算を揺るがす問題であり、国民に税として跳ね返る話である。

 フクシマ再生に水をさすつもりは毛頭ない。しかし、現実には多くの人が既に県外に離散している。また、家族が離れ離れになっている人たちも、もうそろそろ限界であろう。仮設住宅に入っても職がなければ生活ができない。子供の成長は早い。別の地にて学校や友に馴れようと一生懸命である。それに何よりも、原発は未だに収束したわけではない。未だ進行形なのだ。再び爆発しないという保障はどこにもない。原発現場周辺を廃棄物処理場にしなくて、どこが引き受けるというのか。

 今の現実とこれからの見通しを客観的に、また冷静にみた場合、もっと現実的で抜本的な対策を考えなくてはいけないのではないか。情や絆といった言葉だけで物事を語っていいのか。フクシマ圏内にもうすぐ戻れるという幻想は、悲しいことだがもうそろそろ絶たねばなるまい。例えば、圏外にマンション群を建設し、新たな生活圏と街を構築するという案もある。県外に離散した家族に対して、その地で生活できるように支援する案もある。こうしたことを考えるのは不謹慎なことであり、論外な意見であろうか。被災された方々や多くの悲しみや痛みや苦労をされている方々に頭をさげつつも、「真のフクシマ再生」を願ってこその意見として、お許し願いたい。

「深層崩壊」の真相(下)


 今、流行の「深層崩壊」について、専門家として紹介される大学教授は決まってこのように言う。“深層崩壊は岩盤の深いところから突然、破壊するものであり、到底、予測できるものではない”と。果たして、ほんとうにそうであろうか。

 国道沿線の道路法面は毎年、点検が行われている。県道沿線の道路法面も5~8年毎に点検されている。したがって、主要な道路に近い法面や斜面の安定性は一応、担保されているといえる。それでは、道路から離れた斜面はどうかというと、ほとんど調査がなされていないのが実情である。調査エリアがとてつもなく広範囲であり、予算もおぼつかないということが理由である。だとすれば、山間部の「深層崩壊」は突発的であり、全くの想定外なのか。

 山々はそれぞれに構成される地質や地下水の状態が異なる。重力作用によって、永年的に変動している。過去に大きな地すべりや大崩壊があったり、そこまでいかなくとも、大きな範囲が全体的に少しだけ滑動し(ズレ)たりしている。また、大きな地すべりや大崩壊の前兆として、表層が日々、少しずつするズレる現象(クリープ現象)も見られる。

 山は動いていないと思ったら大間違いである。山は常に息をしている。問題はそのひそかな息を人間が感知できるか否かという点である。「深層崩壊」がある場所で発生して、隣の斜面では発生していない、その事実をもってしても、「深層崩壊」を引き起こした要因がそこにあるわけである。

 山が昔、地すべりを起こした、活動した、そういった経歴は古傷として山に刻まれるものである。私の経験では、新たな「深層崩壊」と言われるものの10中8,9で古傷が確認できる。人間で言えば、前科があるということ。再犯性が高いということですね。

 それでは、その古傷はどのように確認されるのか。空中写真を利用した地形判読によって可能である。日本全国、定期的に航空撮影が行われている。最も旧いものは米軍によるモノクロ写真がある。そういう写真は現在ではほとんどネットで入手できて、その写真を利用して3D画像として地形判読することができる。

 実例を1例、紹介しよう。下の写真(公園整備後)は災害前の空中写真であり、赤い範囲が崩壊して斜面の下に流れた。しかしその崩壊の頭部は、上の写真(s49年)では既に崩壊の頭部に相当する滑落崖(かつらくがい)がくっきりと明瞭に確認できる。つまり、その崩壊は昭和49年当時、既に発生していたわけである。おまけに、この場所は山頂部の公園整備事業を行っていて、古い崩壊の最も弱点である斜面尻(下端部)を駐車場として切土しているのである。つまり、古い傷跡を認知できずに、切ってはいけないところを切ったことによって誘発された人災に他ならない。



深層崩壊

 テレビに出てくる専門家と称する先生方は実務経験が薄い。だからして、机上の空論となる。そのほうが余計なことは喋らずに済むし、一般的なお話で済む。しかし、事は人命に係わることである。上記したような地形判読を日本全国の危険なエリアを対象にして実施したとしても、子供手当ての10分の1の予算で可能である。国が仮に防災予知予算を出したとしても、問題は予算の使い方である。机上の空論を繰り返す無意味な委員会を立ち上げて予算を消化することになる。肩書きや名誉による方程式から実務主義に切り替わる日はいつの日か。、


〔おことわり〕
今回の奈良県五條市大塔町宇井の「深層崩壊」についても地形判読しました。しかし、死者・不明者が出ていて未だに捜索している現状において、将来の裁判にも関連するため、その結果は公表いたしません。

「深層崩壊」の真相(上)

 最近、斜面災害が起きるたびに「深層崩壊」という言葉が出てくる。皆さんも1度や2度は聞いたことがある言葉だと思う。そして、専門家と思しき人がテレビに出てきては、「深層崩壊」のメカニズムとか対策について、まことしやかな解説を行っている。そこで、「深層崩壊」の真相について、その一端を紹介する。

 「深層崩壊」という言葉は今から10年位前から使われ始めた。地表・表層の表土などが薄く崩壊する「表層崩壊」という言葉は昔から使われており、一般市民にも馴染みがある。この「表層崩壊」に対して、岩盤が比較的深く崩壊するものを「深層崩壊」と名づけた。

 しかし、「深層崩壊」の定義は明確ではない。「表層崩壊」に対して「深層崩壊」としたまでであり。「大規模崩壊」でも「岩盤崩壊」でも何でもよかったのである。このことについて、「深層崩壊」の名づけ親である京都大学のT教授に以前、念のため確認したこともある。彼の見解も私と同じであった。

 「深層崩壊」という言葉が使われ始めると、それが一人歩きしている。何か特別なもののような印象を一般市民が抱いているかも知れぬ。しかし、決して特別なものではなく、ただ崩壊の規模が大きいだけのことである。前述したように明確な定義はなく、「表層」と「深層」の中間的な「中規模崩壊」といった言葉も今のところない。

 今回の台風12号の災害においては、奈良県五條市大塔町宇井において「深層崩壊」が発生した。その現場からわずか500m下流に7年前に発生した「宇井地すべり」がある。この「宇井地すべり」は道路もろとも崩壊する様子がビデオで撮影され放映されたのでご存知の方も多いと思う。

 それでは今回の災害は「地すべり」ではないのかという疑問も出てくる。実は、「地すべり」にすると困るのだ。詳細な技術的説明はここでは割愛させていただくが、「地すべり」は一般にゆっくりと破壊するため前兆現象があり予知可能であるのに対して、「崩壊」は一挙に破壊するので予知不能という考え方がある。そうすると、「地すべり」として扱うと行政上の責任問題になる、加えて、予算措置にも関わるのである。したがって、「深層崩壊」にしているのである。

 それでは、「深層崩壊」はほんとうに予知できないのか、明日はそれについて語る。

官僚の責任

官僚の責任

 

 官僚は最高学府を出た頭脳集団である。その官僚の行動規範は、本来、「国のため」でなくてはならない。それが、「省のため」とか、ましてや「私利私欲のため」に走ればどうなるか。国の行く末は明らかである。

 そのような官僚の行動に反旗を振ったのが、通商産業省の現役官僚である古賀茂明氏である。「官僚の責任」は、同氏が執筆し出版された本である。未だ現役官僚でありながら、「官僚の責任」のなさを暴き、それを本にしたのである。そればかりか、各局テレビ局に出演しては、官僚の責任論と大臣のリーダーシップ論を訴えている。

 大臣に辞職を迫られても、耐えて決死の証言をする改革派官僚として、メデイアは彼を重用し、世間は彼をもてはやす。今や、彼はヒーロー的な存在となっている。彼こそが官僚の中の官僚なのか。

 と、そこまではメデイアの中での話である。しかしである。それって、ありなの?そう思うのが、一般的な社会の常識ではなかろうか。普通の企業では彼はとっくに退職させられているだろうし、そうなる前に懲戒免職されて、退職金も出ない。

 それでは、なぜ彼にそれが許されて、彼は懲戒免職させられないのか。公務員の地位保全があるからに他ならない。公務員改革が一向に進まないが故に、このような官僚の実態が暴露されるという、何とも皮肉な話である。

 さらに突っ込んで考えると、公務員としての地位保全の保障があるにせよ、彼の行動はそれほど見上げたものだろうか。彼の行動は、要するに、自分の上司や組織の悪口を世に暴露したに過ぎない。それでは彼は、暴露するまでの過程で、組織の中でどれほどの努力をしたというのであろうか。

 退職を迫られても暴露する現役官僚の彼も、その官僚を嗜めることもできない組織としての官僚も、本質はさほど変わらぬ気がする。どちらも、高い地位にいるという驕りと思い上がりがあるからである。彼をただただヒーローとして重用するメデイアにも嫌気を覚える。公務員改革とは、思い上がった官僚のその鼻っ柱をへし折ることから始めないといけないのではないのか。

あ~、我が中日ドラゴンズ


 我が中日ドラゴンズ、今シーズンのふがいなさはどうしたものか。今日の日本の政治や経済と同じくらいに憂慮する私である。それを、無節操だと言われようが、非国民だと言われようがよい。私は中日ドラゴンズのファンを自負する。

 打てない守れないの悪循環は、まるで日本の政治・経済と同じである。ふがいない成績は我らファンの声援が足りないとの自責の念。ここ広島の地にて天敵・カープに是非、勝ちたい。その一念から、今シーズン初めてのマツダスタジアム見参と相なった。早速、仕舞い込んだドラゴンズ・グッズを取り出し、いざ出陣。


ドラゴンズ・グッズ

 いつもはスナックのマスターを通じて無料の家族席に入る。きらめくストールを身につけた井端選手の奥さん(元女子アナの河野さん)の華麗な後姿を見ながらの観戦となる。しかし、義理深い私が試合帰りにスナックに寄らない訳はなく、そうすると無料も結果的には有料となる。おまけに今日は3連戦の最終日。チームは試合終了後、名古屋に直帰するという。だとすると、選手やコーチとスナックで飲むこともない。ということで、今日は3,500円を叩いて正規の3塁側内野席に入ることにした。

 球場に入るまでもなく、赤、赤、赤の行列。まるで、てんとう虫の異常発生のようである。タクシーの運転手までもが「お客さん、嶋の3番はどうですかね?」「お客さん、今日の先発は前健だから、いただきですね!」と、お客がカープファンであることを疑う余地は立錐もない。それには動ぜず、黙って大人の返答とした。これが広島に住むという宿命的なつらさでもある。


マツダスタジアムその1


 球場に入ると、てんとう虫の群集が一段と群れをなし、数少ない竜を飲み込む勢いである。それにもめげず、周囲に多少、気も使いながらの応援を繰り返す。数少ないドラゴンズ・ユニホームの連中と身を寄せ合い、小さな声を吐き出す。それでも、赤の群集に届くはずはなく、天高く青空にはかなく消散する。

 無理やり連れてきた1歳と半年の孫娘にも、ちゃんとメガホンを持たせて応援をさす。彼女にはちゃんとドラゴンズ・カラーのブルーを着さす。この用意周到ぶり。


直緒の応援
 

 しかし、懸命の応援も空しく、終わってみれば0-4の完封負け。このマツダスタジアムはドラゴンズにとって、やはり鬼門であった。マツダスタジアムの空には、てんとう虫が放つ赤い風船が舞う。私はといえば、悔し涙に浸りながら、夜の街へと舞うのであった。
 あ~、我がドラゴンズよ、鍛え直して広島の地に戻って来い!


赤風船

3つの「チ性」


 私は常々、このような駄文・駄作をしたためるにおいて、3つの「チ性」が備わればと願っている。私が目標とする3つの「チ性」とは、「知性」と「痴性」と「稚性」である。

 「知性」ある文章は品を伴い、それだけで清清(すがすが)しく、心地よい。しかし、それだけでは堅苦しい。それだけでは面白い表現が生まれないのだ。そこで、「痴性」と「稚性」のお世話になる。

 「痴性」とは、端的にいうと馬鹿になりきる、阿呆になりきるということである。物事に夢中になったり、熱くなったり、執着したりすることである。「痴情」にも似た執着心で物を考えたり、文を書いたりもしたい。「痴性」あふれる文章は変に説得力があり、面白く、読むものまでが熱くなれるのではと。

 「稚性」とは、端的にいうと遊び心をもつということである。無邪気な好奇心や想像力を持った文章はユーモアがあり、夢があり、余裕が感じられる。「知性」と「稚性」が入り混ざった文章にしたい願望がある。

 「知性」に「痴性」と「稚性」が加味された文章は、品格があると同時に、面白く説得力がある。このような文章を目標とする私であるが、私の場合は「痴性」と「稚性」に比べて、どうしても「知性」に欠ける。だからして、どうしても性質の悪い低俗の駄作となる。

 低俗なのは私ばかりではない。国会中継やテレビ番組を見て思う。「知性」とはほど遠い。聞いていて恥ずかしくなる言動が流布している。毎日毎日、飽きもせずに、「知性」とかけ離れた、しかも全然、面白くもない会話が繰り返されている。これではまるで「恥性」に等しい。この国の「チ性」の文化はいつの頃から、「知性」から「恥性」に変じたのであろうか。

国会議員の演説


 国会議員というのは何て演説が下手なのかと、常々思っていた。面白くもない国会討論や街頭演説を散々、聴かされてのことである。しかし、今回の民主党代表選の演説を聴いてみて、野田さんと馬淵さんの演説は久しぶりに上手いと思った。多くの国民も同じように思ったであろう。

 野田さんと馬淵さんの演説が上手い理由のひとつは、原稿がないことである。原稿なしに、自分の考えをしっかりとした口調で発言しているからである。それは、聴くものに説得力と安心感を抱かせる。

 上手いと思う次なるポイントは、身の廻りの具体的なことを例にあげていることである。生い立ちや家族のこと、政界へ入るきっかけ、好きなエッセイなど、自分自身のことを語っている。これは聴く人に親近感を与えるとともに、共鳴を呼ぶ。そこに、日本人が好む義理や人情を絡めると、なおいい。

 私も学会などで講演する機会が多くあったが、「言うは易し行うは難し」である。演説や講演会に限らず、結婚式の披露宴でのスピーチ、朝礼、会議のプレゼン、弔辞など、人前で話すのは案外と難しいことである。

 人前で喋るさしたるコツというものは持ち合わせていないが、私の経験から2~3を紹介する。まずスピーチに時間制限がある場合には、その時間よりも少し少な目のものを用意する。例えば10分間のスピーチであれば、練習して8分程度のものがいい。本番では時間がかかるものであるから、その位でちょうどよい。余裕も出てくる。

 次に、あまり原稿に頼らないことである。ガチガチに原稿を作成すると、本番で少し狂うと慌ててしまい、軌道修正できなくなる。大まかなアブストラクトを作成し、話の展開(筋書き)だけを決めておく程度がよい。会場の雰囲気によって軌道修正も必要になるからである。

 話の内容や趣旨を聴く側に理解してもらうこと、これが最も肝心なことである。私の場合、学会発表の前に同居人に聞いてもらった。専門用語はわからなくとも、素人でも話の趣旨がよくわかる内容であること、これが肝心だからである。

 それに、やはり人に話すときの最大のポイントは、気負わないことである。自分らしさを出して、ゆるりと話すことができれば最高である。が、やはり「言うは易し行うは難し」である。

どうせ「どじょう」なら

 「どじょう」は金魚にはなれぬ。しかし、「どじょう」にも、ピンからキリまである。柳川の「どじょう」は立派だが、有明の「どじょう」はそうでもない。立派な筋金入りの「どじょう」もいれば、ひ弱な「どじょう」もいる。

 その「どじょう」が住みよいように、平野家では立派な泥を仕込むという。しかし、一歩間違えばすくわれて、「どじょうすくい」となりかねない。

 鍋に四角い豆腐と生きた「どじょう」を入れて火をつける。次第にグツグツと煮えてくると、「どじょう」は熱さ逃れに豆腐の中に逃げ込む。結局、「どじょう」入りの豆腐ができあがる。これに味を付けて食べるのが「地獄鍋」である。豆腐が小沢屋謹製の極上物だと、「どじょう」の逃げ場には最適というもの。これがほんとうの「地獄鍋」である。

 もともと「どじょう」は江戸の郷土料理である。食べやすくした「骨抜きどじょう汁」が江戸で人気を呼んだそうだ。しかし、骨抜きになっちゃ、お終えだ。

 しかし、「どじょう」には「どじょう」ならではの特性がある。もともと雑食性であり何でも食べる。口髭が10本もあるから、敵と味方を嗅ぎ分けるのが得意である。えらでも腸でも呼吸する。だから、打たれ強い。ぬるぬると逃げるのも得意である。

 泥臭さで売る「どじょう」なら、最後まで泥臭さを貫いた立派な「どじょう」でいて欲しいものである。
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団塊の世代を突っ走った田舎侍の遠吠えです。聞いてやってください。実話から世評までもろもろですが、一貫して、辛口です。

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