最後の夏休み


最後の夏休み 何して遊ぶぅ?
・・・・・・・・・・
海で遊ぶぅ?
もう あちこちヨットで航海したよっ
それに 海 荒れてるし

それじゃ 山で遊ぶぅ?
もう いろんな山登ったよっ
それに 霧がかかってるし


夏休みの宿題したっ?
したにはしたけど 出来栄え どうだか
先生 いないよっ 自分で採点するんだって

思い出話 しよっ!
もう 忘れたよ
キャンプ 楽しかったね
そういえば 川で溺れそうになったことも
途中で 友達と はぐれたね
悲しかった~
いろんなことあったよね
・・・・・・・・・・

思い出話してたら なんだか 眠くなってきちゃった
まだ 寝ちゃだめだよ 
最後の夏休み 楽しまなくっちゃ

そっうだ 丘に登ろっ!
ひとりじゃ つまんないよ
途中で お友達 誘おうよ

疲れないかな~
ゆっくり登れば 大丈夫
お花畑あるかな?
みんなで 作るのよ
それで 輪になって

夕日見れるかな~
きっと 綺麗だよ
なんだか 楽しそうだね
ひとりじゃないんだもん
最後の夏休み みんなで 楽しもっ!
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アサリの言い分

 今日もいつもとかわらぬ穏やかな瀬戸内の海である。のどかなこの海の下で、一体、何が起きているのか・・・・・・・・。



穏やかな瀬戸
(写真はいつも釣りに出る瀬戸内海)


 毎年、年に何回か、漁師が私を釣りに誘ってくれる。3人乗りの小さな船で瀬戸内海に繰り出す。瀬戸内の小魚やアジ、イシダイなどが釣れる。岸に仕掛けた籠でタコが捕れる。漁師は潮の干満や天候、水温、魚の回遊情報などから、釣れそうな日を狙って誘ってくれる。だから素人の私だって、出航の日はいつも大漁である。

 しかし、今年はその漁師から一向に誘いがない。5月の連休になっても、とうとう夏を過ぎようとしても、一向に誘いがない。痺れを切らして、こちらから電話をしてみた。すると、震災以降、魚に異変が起きて、今年はまったく釣れないのだそうだ。誘って釣れないんじゃ申し訳ないからと。それに、タコだって籠にかからないようになったと。

 そういえば、アサリにも大きな異変があった。アサリの稚貝が沖に移動したり、毎年、大量に取れる砂浜にアサリがいなくなった。最も注目すべきは、3.11を境目に貝殻の模様が変化していることである。

アサリの言い分


 それほどに、3.11はアサリにとって大きな環境変化をもたらしたのであろう。想像を絶するストレスにアサリは耐え忍んだであろう。全国の魚介類や藻にも異変があったと聞いている。この一見穏やかな海の下で、3.11に一体、何が起きたのか。アサリの言い分を聞いてやりたいものである。

今更ながら思う

 誰に期待するわけでもないし、誰がなろうが変わらぬと思う。世間はとっくに諦めて、冷めている。どうでもいいことだけど、どうにかしないといけない現実。

 「一致団結」、「挙党一致」、「全員野球」、「遺恨を断って」。そういった嘘らごとの言葉だけが踊る。それができるのであれば、今までだってできたはずなのに。

 多数決は民主主義の根幹。しかし、真の多数決とはほど遠い。圧力が票となり、組織の数が力となる。もう何十年も見せ付けられてきた情景が、今なお続いている。

 もうとっくに霞ヶ関にいないはずの人が、未だにはびこる。その人に今更ながら詣でて、しかも諂(へつら)う。政策をよそに、内向きの目くばりばかりを繰り返している。

 この体たらくと閉塞感、節操のなさと一貫性のなさ。ここまで落ちたのかと思う日々。どうにかならないものかと、今更ながら思う。しかし、これが現実である。

 日本の政治のこの現実を、我々は否が応でも受け止めざるを得ない。その上で、良識ある国民はどう考えるのか、どのような行動をとるのか。これからが、国民の真価が問わる正念場である。

もうひとりの自分

私の心の中には 
いつも 
もうひとりの自分がいる

そいつは
機嫌がいいときは
私の味方になり
私を励ましてくれる

強がりを言う私に
もう少し素直になれと
恐れる私に
男の子はそれじゃだめだよと
私がたまに優しいきもちになると
それでいいんだよと

しかし
そいつは時に
敵にもなる

何やってるんだ
お前には使命というものがないのか
そんなことでへこたれて
なさけない

そこで
私はありとあらゆる言い訳をする
すると
敵は黙る
そして
そっぽ向く
私はますます不安になる

しばらくして
私は思い直して
反省する
すると
敵はいつの間にか
すっと近寄ってくる
そしたら
敵はもうひとりの味方になっていた

そんなもうひとりの自分と
私はずっと一緒に暮らしてきた

最近そいつのことが
少しわかってきた
そんな気がする

そして
そいつのことを
大切にしていこうと
思うようになった

広島の盆灯篭

盆灯篭

 
 広島の地に住み移りて、もう30年にもなる。父の50回忌に、下関の高杉晋作墓石横にあった父の遺骨を、宮島が見える高台の墓地に移した。広島の盆灯篭を初めて見たのは、その時である。

 初めて見る広島の盆灯篭は色鮮やかであった。それまで見たことのないカラフルな墓地の光景に、しばし唖然としたものである。全国の墓地を見て歩いたわけではないが、広島独特のものなのか。いつの頃から行っているのか、何のために行っているのか、詳しく調べたこともない。ただ、浄土真宗本願寺派の安芸門徒が広めたとだけ聞いたことがある。

 お盆が近づくと、スーパーやコンビニ、どこでも見かける盆灯篭。1本600円から1000円と、結構、高い。お墓に来れない親戚の分まで買って墓地の四隅に立てる。初盆(新盆)には色紙や装飾を使わない真っ白な灯篭を飾る。それ以降は、赤、青、黄などの色紙を使う。

 その地に入ればその地に習わねばと、以来、毎年のようにお盆には供える。この何でもない風習も、それはそれで趣きがある。日本全国、それぞれの地にお盆の風習があり、一見、何でもなく意味もなさそうな伝統的な風習を守りつつ、営々と人々は先祖を偲ぶ。これもまた、日本ならではとしみじみ思う。

 ただ、私は無宗教の無信心者であり、お盆以外はほとんど墓には行かない。それなのに、娘や息子は実家に帰るたびに、どういうわけか墓に行きたがる。この薄情者の父にして、何と信心深い子であることか。

 その盆灯篭も、そろそろ降ろす時期となった。

涙のいろいろ

 涙にも、いろんな涙がある。うれし涙、くやし涙、悲し涙、痛涙、笑い涙。涙にもいろいろある。しかし、そのどれもがほんとうの涙とは限らない。作り涙だとまでは言わないけど、ほんとうの涙なのって疑ってしまうこともある。

 見たくもないテレビをつけると、どのチャンネルにも同じ涙顔のタレントが映し出されている。それを見て、正直、そう思った。はっきり言って、どうでもいいことだけど。

 涙は、感情の高まりによって涙腺が緩むことによって分泌される液体である。偽装涙だって不義の涙だって、その生産形態に変わりはない。ただ、問題は感情の行く手である。虚偽の感情移入であったり、感情の高まりが真実と違う方向に向けられていることもある。

 確たる証拠があるわけでもない。しかし、引退の理由があまりに貧弱で不自然である。所詮、闇と繋がりのある世界である。そんなことで引退していたら、芸能会には誰もいなくなるだろう。そう、思ってしまう。どうでもいいことなんだけど。

 どこかで区切りをつけたかったであろうことは、容易に推測がつく。おそらく、引退のきっかけを狙っていたのであろう。区切りというのが、政治家なのかどうかはわからない。いずれにしても、それが彼流の転身であろう。それを彼の美学として世が讃えたとしたら、彼の言う「世の中、チョロイ」ということになる。皮肉なものだ。

 それにしても、なぜこうまで大騒ぎするのか。それも、民放ばかりかNHKまでが。他に大切なニュースはないのか、って言いたい。フクシマはどうなってるんだ、って言いたい。

 傲慢ちきなタレントが言いたい放題、不謹慎極まることまで言っても、視聴率欲しさに群がるメデイア。そして、それに迎合する聴衆。ここまできたかと思う、メデイアの凋落(ちょうらく)ぶりである。

夏の終わりに

 孫娘さまご一行がお盆に我が家に来て賑わった。そのドタバタ劇からようやく解放されたと思いきや、ほっと息つく間もなく、今度は東京の息子の遅い夏休み帰省である。それも女子友ふたりを連れての堂々の凱旋という。

 東京で暮らす息子は33歳で独身。忙しい仕事の中、なかなか彼女が見つからずにいる。そこで7月の東京オフ会の折、私は息子を知り合いの女子2人と会わす合コンをセッテイングした。だが、このたびの連れの女子ふたりはそれとは違う千葉の娘というではないか。

 早速、合コンの女子たちにその旨をメールで伝えた。すると、ふたつ返事で「どんな女か、しかと観察して連絡頂戴!」との仰せをつかった。ということで、私は東京組の乙女たちと、迎える千葉組の乙女たちとの板ばさみ状態に相成った。

 さて、千葉組の乙女たちは、どの筋からのお持ち帰りなのか、気になるところである。しかし、よりもよって息子の帰省日は大阪オフ会の日という。オフ会の2次会会場を後ろ髪を引かれる思いで中座し、凱旋する御一行と広島駅前の居酒屋で落ちあった。

 お持ち帰りの女子たちは、息子の出向先会社の派遣社員とその友達であった。しかし残念なことに、それ以上でもそれ以下でもなかった。少なくとも、女子友のふたりとも、息子の嫁になる可能性はゼロに等しいこともわかった。片方は母親の元から離れられない事情があり、片方は公務員の父をもつお堅い家庭で、ひとり娘である。なんだ、つまんない。落胆し、急に気が削がれた。

 要するに、女子友ふたりの小旅行に人の良い息子が手助けし、さらに、これもまた人の良い息子の家族が旅の宿と食事を提供するという旅行プランであったのだ。ということで、夏の終わりの週末は、縁もゆかりもない他人の生活保護のためのボランテイアをすることになったのである。

 季節は19日から20日にかけて秋の訪れを感じさせていた。ところが、宮島を案内しようとした21日、突然の豪雨と雷に見舞われた。宮島どころか一寸先も見えぬ闇の中で、客人も案内人もズブ濡れとなった。それでも、これで夏が終わるのだと確信したが、翌日、天候は梅雨模様に逆戻り。何ともはっきりしない天気。メリハリがないのは政治だけではないようだ。

 そうは言っても客人に旅の良い思い出をと、あくる日、気を取り戻して尾道を案内した。客人の乙女は喜んで帰京した。しかし息子は長期の休みを取っているので、まだ我が家に居候している。いつになったら、いつもの平穏な生活を取り戻せるのだろうか。そろそろ、穏やかな何もない日常の秋を取り戻したいと思う「夏の終わり」の日々である。

私の夫婦論(八)

最終章【晩年の夫婦へ】

 もうそろそろ、私の夫婦論も決着しなければなるまい。遠い東の彼方から、「ひとりもの論は書けまい」との野次が飛んできている。

 夫婦は互いに別の価値観と嗜好をもつ。例えば、次の休暇をどこで過ごすのかと尋ねると、夫は山で過ごしたいと言うし、妻は海で過ごしたいと言う。だからして、里山の山荘と海に面したマンションの両方が必要になる。夫婦が別々の安らぎの場を持ち、互いに干渉しないことが大切であろう。

 夫婦は愛しあうとともに憎しみあう。それこそが当然であり、自然である。憎しみあうのを恐れてはいけない。正しく憎しみあい、鋭く対立しなければならない。それが健全な夫婦であろう。妻は実は、夫に対して、何をしてもいいと思っているのではないだろうか。ただ夫と一緒にいて夫のすることに協力したいのではないだろうか。協力してふたりでひとつの創作をしたいのではないだろうか。

 夫婦において最も危険な状態は、互いに憎しみあうことでもなく、喧嘩することでもない。最も危険な状態は、互いに黙りこけることである。黙るという行為は、憎しみや反発を通り越した無視次元の空間である。沈黙は恐くて深い暗闇の世界である。その暗闇からは何も生まれない。

 夫婦はひとつの共同企業体である。しかし、夫婦の一体性を強調しすぎると、夫婦のどちらかが一体性の中に埋没し、独立性を喪失する危険がある。埋没の憂き目となるのは夫と妻の弱い方である。

 夫婦は一体性であるとともに互いに個である。夫婦は、それぞれの仕事を互いに助けあい、あるいは相手を支配する。夫婦は対等だけど違うのである。違うからこそ対等なのである。一体性と独立性をどのように調和させるかが、夫婦にとっての永遠の課題である。

 そして、決して相手を変えようとしてはいけない。変えようとしても変わらないのです。一体性の中にも距離を置いて、変わらぬ相手の個を尊重しあえれば、最期まで良き戦友となろう。

日常の些細な出来事から

 私は、好きな作家のひとりとに向田邦子さんの名をあげる。本日、8月22日は、その向田邦子さんの命日である。早いもので、あの飛行機事故から30年の月日が経過した。大の飛行機嫌いであった向田邦子さんは、空の旅となると縁起を担いだ。部屋をわざと乱雑にして空の旅に出るというものである。

 彼女のエッセイの一編「ヒコーキ」には、この縁起担ぎの心境を次のように書きとめている。「・・・・・・・・・一週間に一度は飛行機のお世話になっていながら、まだ気を許してはいない。散らかった部屋や抽斗のなかをかたづけてから乗ろうかと思うのだが、いやいやあまり綺麗にすると、万一のことがあったとき、『やっぱりムシが知らせたんだね』などと言われそうで、ここは縁起をかついでそのままにしておこうと、わざと汚ないままで旅行に出たりしている。」    

 このエッセイが出て3ケ月後、彼女は台湾においてその「万一」に遭遇することになる。51歳の急逝である。しかし、なぜか部屋はいつになく綺麗に整理されていたという。やはり、ムシの知らせなのか。

 30年の月日が経過した今、彼女の作品の評価はますます上がっている。私が向田邦子さんの作品が好きな理由は、まず第一に読み易いからである。どのように文学的に価値ある作品でも、読み易くなければ評価は低くなって当然である。小説やエッセイは代価をもって読んでもらうものだから、読み易く書く努力は必須であろう。大江健三郎さんが嫌いで山口瞳さんの作品が好きな訳もそこにある。

 次に、向田邦子さんの作品が好きな理由として、素材が日常にあることだ。男と女、家族の機微、食事、小さな幸せなど、そこら辺に転がっている日常の些細な出来事を素材にしている。感性と観察力が鋭く、そこから普遍的なテーマへと繋げていくシナリオを、すっきりとした筆致で表現している。今のテレビドラマがなぜ面白くないのか。その多くがストーリーの奇抜さや面白さに頼り過ぎているからである。寺内貫太郎一家のようなドラマがなぜ出てこないのか。

 向田邦子さんの急逝から30年の月日を経過した今、私も向田邦子さんにあやかって、これからも日常の些細な出来事から多くのことを学び、それを素材にした愚文を記し、人間ウオッチングをしていきたいものである。

私の夫婦論(七)

第七章【夫婦とは】

 夫婦について少し真面目に考えてみよう。

 育った環境も風土も違う男女が、ひとつ屋根の下で長く暮らすこと自体、考えてみれば大変なことである。しかも、社会的にそう容易くは別れることができないふたりである。日本の法律に基づいて、戸籍上、許された、ただ唯一の男女の契約関係が夫婦である。

 ふたりの出会いの状況は人により違いはあるとしても、少なからず最初は相手を好んだ仲である。そんなふたりが離婚もせずに最期まで添い通すには何が必要なのであろうか。無論、DVなどの暴力行為がある場合などは論外としてであるが。

 経済的なことも大きな要因であろうが、真面目に働いている範疇においては決定的なものではなかろう。世間でいう価値観の違いとか、考え方の違いとかいうのも、根本的な要因をオブラートに表現にしているようでならない。それでは、セックスレスなのか。それが原因であれば私はとっくに離婚している。

 経済性、価値観、物の考え方、優しさ、浮気のどれも離婚の大きな要因にはなる。しかし私が思うには、根本的には相手に対する尊敬の念ではないのかと思う。それはどんな小さなものでも良い。家事を任せばすごいとか、仕事に誇りをもっているとか、何でも良い。互いに、そのような気持ちが微塵もなければ、その他の条件がすべて整っても継続は無理である。

 それでは、良き夫、良き妻とはどのようなものなのか。男(夫)として、女(妻)としての義務をある程度、果たした者と定義されてもよかろう。問題は義務の内容である。経済基盤の安定、セックス、家事、出産、育児、教育、協力などなのか。

 平林たい子は言った。「理想的な良夫なんてこの世に存在しない。理想的な良夫を探すのは、乾いた水、焼いた氷を探すに等しい。」と。世の中に理想的な夫や妻がいると考えること自体がナンセンスなのかも知れない。「お宅のご主人はいいわね」といった会話も、所詮、隣の庭的な発想であろう。

 たしか、ラジオ番組で永六輔が夫婦について語っていたことを思い出した。年代別の夫婦のあり様を評していたのである。10代の夫婦は「セックス夫婦」、20代の夫婦は「愛で結ばれる夫婦」、30代の夫婦は「努力する夫婦」、40代の夫婦は「我慢の夫婦」、50代の夫婦は「あきらめ夫婦」、60代の夫婦は「感謝しあう夫婦」だと。

 これによると、私たち夫婦の場合は20代で結婚したと同時に子供ができて、その子供のことで随分と苦労した。いきなり「我慢の夫婦」から「あきらめ夫婦」になった気がする。残されたのは「感謝しあう夫婦」しかない。

 このように、同じ夫婦といえども年とともに性質が変化する。年を重ねるごとに妻は女を失い、夫は男でなくなる。これも現実である。似たもの夫婦と言われるように、年とともにどちらか強い方に似てくるのも事実。それと同時に、結婚までに形成された個人の性格は変えられないのも事実である。そこで、夫婦という一体性と個としての独立性が問題となる。

私の夫婦論(六)

第六章【定年退職後】

 こんな風に、男は現役の間、概して無口で会話せず、家のことにも感心がない。ところが定年退職すると、状況は一変する。定年退職を済ませた夫は他にすることもなく、とにかく嫁さんが買い物行くときとかに、一緒について回る現象が出てくる場合がある。所謂、「濡れ落ち葉」現象である。

 サラリーマンだった夫は働いている間、家庭に収入をもたらしているという価値があった。しかし定年退職すると、家の中でほとんどできることがない。それどころか、ほとんど役割がない。自分の価値を示す機会がないのである。逆に、定年退職後も、まるで家庭の中でも自分が上司かのように、うるさく家事についてあれこれ指図するウザイ夫もいるかも知れない。

 実は、夫が定年退職をする頃には、「亭主元気で留守が良い」の体制が着実に家の中に浸透し確立しているのである。定年退職後の夫の居場所は家庭にはないことが多い。すると、この場に及んで、夫は妻に会話を求めたりする。すると、妻は「あ~~うるせ~~~!」となる。

 このような憂き目にあう夫は、大抵、現役時代、真面目に仕事をしてきた男に多い。定年退職後も家の中で一生懸命に存在感を示そうと努力する。努力すればするほど、ウサンがられる。だから、努力してはいけないのだ。今まで家のことを気にかけなかったことを悔やんではいけないのだ。家の中のことは今までどおり不干渉になるがいい。静かに、同居人に迷惑がられないように過ごすがいい。

私の夫婦論(五)

第五章【夫婦の会話】

 夫婦の会話はあった方がいいに決まっている。しかし、子供ができれば子供中心の会話になり、子供が成長する過程では夫は企業戦士となる。子供が育った暁には、黙り込んだ共同生活者となる。そこで、会話があまりになかったことに気付く。

 夫婦の会話がないという苦情は、大抵、男が企業戦士のときに、女性側から発せられる。妻からは、子育てや子供の進学のことで会話を求める。しかし、夫にはその時期、そんな余裕がない場合が多い。

妻: 「そろそろ子供を塾に通わせた方がいいと思うんだけど」

夫: 「ん?あぁ・・」

妻: 「隣の子も今年から塾に通うって言ってたよ」
(胸の内・・・・・子供のこと、少しは気にならないのか!)

夫: 「ん?あぁ・・」

妻: 「あぁ・・って何!少しは子供のことを考えてよ」
(胸の内・・・・・いつもそうだ!家のことや子供のことを全く考えようとしない!)

夫: 「別にあわてて塾通いしなくても良いんじゃないか?」

妻: 「だって、もう他の子も結構塾に通ってるのよ」
(胸の内・・・・・うちの子はどうなるの!うちの子は!父親だろが!)

夫: 「じゃあ、塾に行かせれば」

妻: 「じゃあ、行かせればって、何それ?」
(胸の内・・・・・投げやりな返事!こんな夫を持ったのが最大の不幸だっ!)
(いったい何のための夫婦なのか!!面倒なことはみんな妻に押しつけて!)

 と、まあこんな具合に会話が絡まない。男にとっての会話は、結論を導くためのものであり、議論のためのものであり、討論のためのものである。しかし女にとっての会話は、親愛や共感を目的としているからである。この場合、塾に通わせることに共感して欲しいだけなのだ。

孫娘、凶暴につき

 我が家のいつもの日常は、霞のようにつつましく、平穏な生活ぶりである。しかしその平穏は、1歳と6ケ月になる孫娘さま御一行の襲来とともに、あっけなく掻き消される。先祖の霊に黙する厳かなお盆の慣わしまでも掻き消され、まるで祭りと戦争が合わさった非日常的な生活に一変するのである。

 この孫娘、O型の娘とB型の旦那から生まれた典型的なB子である。さもありなんという振る舞いが、親ともども孫娘まで着実に伝授されている。であるから、この伝統的なA家の風習は、BO一族の襲来とともに生活リズムの喪失となって荒らされるのである。

 1歳と6ケ月ともなると、自由に歩くことができる。歩くどころか、悪ふざけで走り回る。わざと狭いところや危険なところに行く。箪笥といい、食器棚といい、手当たり次第に引き出しを開けては、引っ張り出し、そこら辺に散らかす。背伸びしてテーブルの上の物をつかむ。いけないと注意すればするほど、調子に乗ってやる。一端、自分の思うようにならないと、つかんだものを投げ捨てる。地団駄を踏む。泣きわめく。恐るべし孫娘である。

 それを見ても、BO一族の両親は平気なそぶり。さしてお咎めもしない。概して、のんきで楽天的である。ま、人の家のことだから、壊れようが何しようが関係ないのかも知れぬ。一方、A家の人々は概して神経質であるから気を使う。第一に、大切な孫娘が怪我をしないかと。マンションの下の階に振動して迷惑がられないかと。大切なものが壊れやしないかと。家具が傷まないかと。結果、凶暴な孫娘の後を付いて廻ることになる。
 
 1歳と6ケ月ともなると、発する言葉も1文字から2文字へ。最近では3文字まで言えるようになってきた。であるから、爺も最初は「ジー」であったが、次には「ジジ」へ昇格し、最近では「ジジイ」になりはてた。

 とにかく元気がいい。はしゃぐ。でんぐり返りをする。リズムに合わせて踊る。それも、「ジジイ」「ババア」と言って、お前らも踊れと命令するのである。その結果、全員で阿波踊りしたり、結ん~で開い~てしたり、何とも異様な光景となる。

 この凶暴な孫娘は自己中心的である。3枚目を演じる。周りを笑わそうとする。お調子ものである。道すがら、誰にも会釈する。病院に行っても、先生や看護士さんと、一人ひとり全員とタッチする。

 このように凶暴で調子もんの孫娘であるが、朝から晩まで「ジジイ」の安売りをしてくれる。明け方、まだ寝てるところにかぶさってくる。抱きついてくる。ハグしてくる。抱っこをせがむ。チューしてくる。この孫娘は、凶暴なれど、たまらなく可愛いのである。



孫
(保護者の了解を得てアップいたしました)

只今、育休中です

孫はかわいい
会うと嬉しい
でも2日いると手を焼く
3日いると疲れる
帰ればもっとうれしい

奮闘中です
明日から再開します

ごきげんよう

私の夫婦論(四)

第四章【家計の管理】

 家計の管理を夫と妻のどちらがやるのか。これは夫婦にとって、死活問題のはずである。しかし、これが結婚直後のどさくさ紛れに、案外、いとも簡単に決まるから不思議である。

 新婚当初、家計の管理をテーマに会議を開いたはずでもなかろうに。何事も最初が肝心である。最初に主張した方が勝ちである。最初から夫が主体的な意思でもって、家計の管理を強く主張をした場合を除いて、それ以外は、知らず知らずのうちに、いつの間にか妻の管理下になっているのが常である。

 夫が家計を管理している場合、夫は概してケチである。そうでなければ、妻の側に概して浪費癖があり、やむなくそうしている場合が多い。夫が仕事に加えて家計まで管理することは至難の業である。普通の職業では無理である。ケチな公務員か何かのお堅い仕事でないとできない。なぜなら、規則正しい生活が求められる。自己管理が求められる。それに何より、金銭的に妻からの全幅の信頼がなくては成立しない。そのどれをとっても、私は失格である。

 故に、私は家計を委ねてきた。その方が気が楽である。毎月、小遣いをお上よりいただく。小遣いの額はその時々の稼ぎによって変化する。私の小遣いはすべて接待費である。つまり、すべて部下への飲食供与である。しかし、これまでに小遣いに困ったことはない。なくなれば、知らぬ間に財布に入っていた。

 妻が財布を管理する場合、妻の裁量が試される。妻の裁量によっては、夫は世間で恥をかくことにもなる。よくあるパターンが、ブランドの立派な財布の中身が極端に少ない場合である。こんな夫は出生しない。いくら家計が苦しくとも、ある程度を持たせるのが良妻賢母というものである。

 家計簿の導入は、夫が管理する場合の方が多い。それだけ、管理する男はケチで細かい。妻は新婚当初から、けなげに家計簿をつける。しかし、年とともに次第につけなくなる。家計簿をつけても家計が改善されないことを悟る。子育てでそれどこじゃなくなる。面倒臭くなる。なるようになると、次第に開き直るからである。こうして、経験と勘に頼った大番頭が形成されてくる。

私の夫婦論(三)

第三章【買い物】

 夫婦における基本中の基本であるが、夫婦で一緒に買い物などに行くものではない。男にとっての買い物は、あらかじめ予定したものを、あらかじめ予定した店で、あらかじめ予定した価格で速やかに購入することである。

 一方、女は事前の計画にとらわれない。寄り道を最初から想定している。最終的に選ぶまでの経過を大切にする。すなわち、女にとっての買い物とは、想定外のものを、想定外の店で、想定外の価格で、できるだけ時間をかけて購入することである。

 例えば、食器棚を一緒に買いに行くとする。事前に男は部屋の広さとかを勘案して、現実的にどの程度の大きさでどの程度の機能のものを、どの程度の価格以内で買おうと計画する。

 女とて最初はその計画に賛同していたはずである。しかし実際にいろいろと実物を見ると、いとも簡単に軌道修正できるのが女である。必要もないのに大きいものに手を出そうとする。部屋への収まりを忘れてしまう。キーワードはデザインである。デザインや格好が気に入ると、それ欲しさに本来の目的や現実的なことを脳裏から消す能力を備えているようである。

 軌道修正するとき、女は男に建前上、相談する。「これなんか、いいと思うけど」と最初は言葉優しげに。男は当然の如く、機能性や価格など現実論をまくし立てる。しかし、女は決して動じない。これがいいと思った瞬間、男に聞くまでもなく女は決定しているのである。つまり、妻は夫に同調だけを求めているのであって、それ以外の言葉は求めていない。

 そこで、「だったら聞くな!」という野暮な言葉を口にしてはいけない。思いとは裏腹に、「そうかも知れないね」と返す言葉が男の優しさと度量というものである。が、なかなかそういうことにはならないのも男の常である。

私の夫婦論(二)

第二章【衝突の形態】

 夫(男)が一日に一回、衝突すると思っている場合、妻(女)は一日に十回衝突していると思っている。これは間違いない。その原因は、男的にはそれだけ女の方が被害意識が高いと考えるのである。しかし女的には、衝突を衝突とも感じない男の感性の無さをその原因にあげるかも知れない。男女に共通していることは、互いに悪いのは全面的に相手だと思っていることである。

 衝突した場合、その原因の探求姿勢、つまり、どれだけ相手が悪いのかの評価方法についても、男女で異なる。男は単純である。現に今起きた衝突の引き金が何かを求め、その罪に限定して相手を裁こうとする。しかし、女は違う。一言でいうと根深いのである。

 「以前にもこういうことがあったではないか」とか、「だから繰り返すのだ」と、歴史的観点から女は考察する。女は過去から現在までの夫の悪事を積算し、これに将来予見される悪事も含めた複利合算した累積積算として評価するのである。大地震や大津波を予見できなかったのは、女子に予見させなかったからであろう。

 いずれにしても、衝突の結末は早晩、男が謝ることになる。過去の悪事に多少気が引ける部分もあるが、どちらかと言うと男は面倒臭がりである。どうでもよくなるのである。衝突して気まずい日々を送ることの辛抱がきかないのは大抵、男の方である。その点、女は辛抱強い。解決してなくとも、憮然とした態度で平然とした日々を送れるのである。恐るべし動物である。

私の夫婦論(一)

第一章【そもそも論】

 どの夫婦も衝突する。考えてみれば、当たり前の話である。育った環境も風土も違う。遺伝子も違う。それに、何より性が違う。これで衝突しないのがおかしい。もし衝突しないのなら、二人とも出家の身であろう。

 こうした夫婦の違いの原点はそもそも先天的なものである。しかし、この小さな先天的な違いが、やがて後天的なものの多岐にわたって、深々とした隔絶へと進化するのである。嗜好が異なり、見たいテレビ番組が違い、好みの空調設定が違う。年月を経過して気が付けば、夫婦が同姓であること以外は、違いだらけの抜け殻の二人となる。

 であるから、そもそも夫婦は違うのだという基本に立ち返らねばなるまい。同じ夫婦でどうして、という理想論は空想に等しい。同じ人間だから分かり合えないはずはない、という淡い人間論もよくない。

 同じ人間と考えるから腹が立つのである。人間ではない別の動物だと考えればよい。そう考えれば納得できる。随分と楽にもなる。要するに、夫婦はそもそも互いに違う動物なのだという基本認識が大切である。

食料パニックの予感

 フクシマ発の食料の汚染は、福島県産野菜の出荷制限に始まり、稲ワラの汚染、牛肉の汚染、牛の全頭検査、米の検査と、次第に食料の品種と汚染地域を拡大させている。

 このような状況下において、社会不安を煽るような言動は真に慎まなければならない。私自身もどちらかというと、こういう問題に対して否定的な発言を好まないタイプである。

 しかし、ここ数日、私の元に宛てられた信頼ある情報を総合すると、近い将来、食料パニックが起きても仕方がない状況にあると考えるに至った。その背景を少しだけ説明する。ただし、情報ソースや詳細は明かすことはできない。

 チェルノブイリの汚染は今や、はるか2300Kmも離れた英国・ウエールズにまで達しており、ここでも全頭検査を実施しており、OKが出なければ輸出していない現状にある。

 フクシマの影響はチェルノブイリの数倍といわれている。福島から鹿児島までの距離1200 Kmを考えれば、放射能汚染は日本全土に少なからず影響が及ぶことは必至であろう。一説には、汚染は既に中国・九州地方にまで及び、わずかに中国山脈より日本海側(島根・鳥取)と九州山脈より日本海側(佐賀・長崎・熊本)が影響圏外という。

 ましてや、関東地方では既にかなり高い放射線量が測定されており、セシウム以外の放射性物質も検出されているらしい。ただし、これらの測定結果の詳細は公表されていない。

 現状の市場をみても、バターやチーズは既に値上がりしている。9月以降、在庫が品底となる可能性がある。お米は22年度米が問屋から消えるなど、古米が底をついている。今週の米の検査結果次第では買い付け騒動にもなる。さらに、中古の家庭用冷凍庫や冷蔵庫が売れに売れているという。

 このように、食料汚染の環境はかなり厳しい状況が予想される。国民一人ひとりが食料パニックにならないように、冷静に行動することを望みたい。

広島発・平和の祈り

平和式典


 ここ広島に住んでいると、否応がなしに日常的に原爆を意識する。市内には原爆ドームがあり、原爆記念病院があり、原爆放射線研究所がある。

 明らかに原爆の閃光を受けたと思われる茶褐色を帯びた石橋や石畳を目にする。それに被曝建物が未だに残る。病院に行けば原爆手帳が普通に取り交わされる。原爆後遺症の話が日常的に交わされている。

 その広島にて、明日8月6日、例年通り平和式典が催される。今日の広島市内は明日の準備で既にざわついている。首相出席とあってSPも多い。

 この平和式典は1947年に「広島平和祭」として第1回が催された。しかし、1950年、朝鮮戦争勃発に伴い米国が核兵器使用を検討していたことから、GHQにより式典が中止された経緯がある。

 原爆詩人・峠三吉らはこれを弾劾した原爆詩集を発表した。この運動が朝鮮半島にける米国の核使用を押しとどめた一因ともいわれている。

 広島平和記念公園が建設された1954年以降、現在の形式で平和式典は行われてきた。しかし、その式典に日本の首相が出席したのは、1971年の佐藤栄作が始めてであった。なぜ日本の首相が平和を祈る式典に25年間も出席しなかったのだろうか。不思議なことである。

 それは、原爆を投下されてもなお、米国に気兼ねせねばならなかったことの証であろう。戦後、日本は少なくとも25年間は米国の支配下にあったと言う他ない。否、今もなお支配下にあるのかも知れぬ。

 戦争は決してあってはならない。しかし、負けた戦争による悲惨さは未来永劫、子孫にまで続くことを、今更ながら思うものである。

 平和式典の精神は、もとより原爆を投下した米国への憎悪ではない。恩讐を超えた世界の恒久平和への希求である。それではその式典に、プラハで核廃絶を宣言しノーベル平和賞を受賞したオバマ大統領はなぜ出席しないのか。

 それは、核廃絶を宣言しながらも核実験を続けることの自己矛盾に悩む、偽善者・オバマの、せめてもの良心の呵責であろう。

 今年の平和式典は例年とは異なる。原爆とともに原発を意識しなくてはならないからだ。この意義ある年に、核廃絶とともに脱原発を宣言しようという気運はあった。

 しかし、原爆と原発は違う、だから切り離して考えないといけないという連中が邪魔をする。そういう連中は原発を残す立場であることに間違いない。

 原爆と原発はともに、人の手により被害をもたらすものである。同時に人の手に負えないものであることに変わりはない。核による被害に変わりないのである。

 昨年の今日、もともと社会党系である広島の秋葉市長は英語スピーチにより核廃絶を明確に宣言した。その市長は、広島西飛行場再開とオリンピック誘致で議会と衝突して職を辞した。その秋葉市長であれば脱原発をも宣言したであろう。しかし、自民・公明推薦で当選した松井新市長が脱原発を宣言することはあるまい。
 
 世界の恒久平和のために核廃絶と脱原発を推し進め、食糧難と難病のために世界が協力するため、国や地域を越えて宣言する「真の平和宣言」が実現する日はいつのことか。ここ広島の地において、ただただ、世界人類の平和への切なる願いを祈りに託すばかりである。

AB子の話

 「B子の話」をアップしたところ、早速、詩人よりダメ出しをいただいた。それじゃもう終わりにしようと思っていたら、そのダメ出し詩人から、「今度はAB子を頼む」とのコメント。そりゃ、どういうことなのか。

 推測するに、詩人を執事と任命する、かの楊貴妃がAB子であろうと。師と仰ぐ詩人からのたっての願いとならば、応じるしか仕方あるまい。ただし、私の見解は、そこらのネットに掲載されているものとは訳が違う。経験からほとばしる独断と偏見によるものである。

 ということでAB子について以下に記す。ブログは基本的に1日1本と決めているが、これは夏休みの増刊号ということで。

 AB子は趣味の幅が広い。多くのことに興味深々であり、趣味も多才である。自分のことは何もできていないのに、他人のことが気になるタイプ。救急車や消防車が通ると、真っ先に出てみるのがAB子。近所の火事の現場にもすぐに駆けつける。

 自分はなっていないのに、喧嘩の仲裁など、お節介なことをする。その反面、臆病で引っ込み思案なところがある。つまり、臆病なくせにちょっかいする。訳がわからんタイプである。

 ミステリアスな雰囲気を持ち、実際、何を考えているのかわからない。自分を素直に表現できない。というより表現が下手である。そうしたミステリアスな部分が、返って男性の魅力を引く。

 概して人とのつきあいが苦手である。人間関係が苦手である。穏やかそうに見えるけど、不意に反抗的な態度に豹変する。論理的に物事を考えるのが苦手である。物の本質を見極めようとしない。結果的に相手が傷つく言動をとってしまうことがある。

 しかし、良い面もある。基本的に優しい。ただ、うまくそれが表現できないだけだ。思いやりもありボランテイア精神が旺盛である。ただ旺盛なだけに他人にも強要したりして誤解を招く。

B子の話

 先日、「B型の話」をしたところ、いろいろと反響があった。無論、血液型で性格を推し量れるものではないことは百も承知である。そのことを承知の上でさらに突っ込む。

 血液型性格信奉者の私としては、過去の経験から、血液型による性格判断は大筋のところでは合ってると思う。生活態度をみれば、「この人は少なくともAではない」程度のことは、かなりの自信がある。ただし、BかOかのあたりは微妙なところがあり、自信がない場合もある。
 
 そんな中、シニア・ナビのある方から面白い貴重なコメントをいただいた。その内容たるや、私が想像するB子の特徴をよく表している。本人に承諾の上、膨らめて編集し、紹介する。

「友達としてのB子はよい」
B子は楽天的でマイペースだから、陽気に会話ができるし、第一、後腐れがないのがよい。

「飲み会でのB子はだめ」
マイペースだから、自分のペースで飲み、人も自分のペースに引きずり込んでしまうきらいがある。そして、飲んだらさっさと帰ってしまう。

「秘密を打ち明ける相手としてB子はよい」
何でも聞いてくれる。親身になって聞いてくれる。ただし、聞いているようで実は上の空である。

「恋人の相手としてのB子はだめ」
B子はだいたいお金の管理が下手である。加えて欲しいものは何でも手に入れたがる。泣いてすがっても手に入れたがる。厄介な恋人になる。

「恋人を紹介してもらうにはB子はよい」
B子は明るくて話好きである。だから相手のことを根ほり葉ほり聞いてくれる。人間観察が鋭いから、相手の情報を得るには好都合である。

「旅の友としてのB子はだめ」
B子はユニークでアイデア満載である。しかし具体性に欠けるので、計画倒れになる。一緒に旅を計画しても一緒に旅に出ても重荷になる。

 要するに、B子は気分屋でマイペース。束縛を一番嫌う。正直で情も深い。涙もろいところもある。普通に付き合えば楽しい相手である。

電力利権の建前と実態

 やらせメールに端を発した原発推進の偽装工作の数々。想像はしていたものの、ここまであからさまにやっているとは。一方では、身の毛もよだつ利権の闇の世界。もう辟易してどうしようもない。

 我々は、国が一番上にあり、国の指導の下(もと)に県があり、県の認可の下に電力会社があると、普通にそう考えていた。しかし、実態は、国がわざわざ県に出向いて再開をお願いし、県がわざわざ電力会社に出向いて再開をお願いしていたのだ。筋が通らないというか、真逆ではないか。

 つまり、我々は国-県-電力会社の順位で考えていたのだが、実態は電力会社-県-国の力関係にあるのだ。建前上、通産省・原子力安全保安院が電力会社を指導したり、電力会社が県に要請したりしているのだが、実質的な支配は電力会社の傘下にあるといっても良い。なぜなら、そこに膨大な利権と天下りが絡むからである。

 国とは、当然のことながら原発推進議員を含む。さらに、東京電力は日本経済連の大番頭であり経済界の牽引役であった。ということは、電力会社とはイコール日本経済連でもある。そう考えれば、原発を死守しようとする癒着した組織行動のすべてが理解できる。審議が一向に進まない政治空白も理解できる。

 原子力をなくして、発送電分離し、代替エネルギーに転換することに対する執拗な抵抗。電力不足になる。経済がもたない。空洞化が進む。電力料金に跳ね返る。原発推進の砦を崩すには、これらの言い訳のすべてのロジックをひとつひとつ丁寧に検証しなくてはならない。

パンツの日

 今日、8月2日は「パンツの日」らしい。どうせ「パン(8)ツ(2)」の語呂合わせだろうと思うが、「パンツの日」とだけ言われても、スラックス(pants)なのか、下着のパンツなのか分からない。

 調べてみると、何でも、奈良の下着メーカーが自社ブランド商品「シルビー802」の名にちなんで制定したのがきっかけらしい。後になって、大阪の下着メーカーが語呂合わせから記念日にしたそうである。何でも記念日にしてしまうあたり、いかにも大阪商人らしい。

 日本では1970年代まで、女性の下着を指す言葉として「パンティー」が一般的であったが、1980年代後半ぐらいから、男女・年齢の区別なく下半身の下着を「パンツ」と呼ぶようになったらしい。

 「パンティー」から「パンツ」への呼び方の変遷には性意識の変化が伴っていると考えられる。近年よく聞くフレーズである「女子高生がブルセラ店でパンツを売る」「今夜は男性とのデートに勝負パンツをはいて出かける」などは、性的な呪縛から解放された現代女性のあっけらかんとしたイメージを表現している。

 パンツの進化は著しい。男性のパンツはブリーフからトランクスに、トランクスからボクサーへと進化している。女性のパンツはさらに進化が著しい。ひだひだフリルからハイレグ、Tバックへ。最近では穴開きパンツまである(とのこと)。

 最近では、他人に見られることを前提にした下着「見せパン」なるものがある。多くはフリルが付いていたり、ゴムの部分のブランド名が目立つようにプリントされているなど、見られる事を前提にした装飾性のあるデザインになっている。最近では、見られることを意識したブラジャー「見せブラ」も存在する(と聞く)。ただし、下着の一部を見せることをファッションとすることに違和感をもつシニアも少なくないかも知れない。

 私の場合、下着に限らず上着、ネクタイ、ジャケット、マフラーの類まで、身につけるもののすべてを自分で選んで購入している。若い頃から、同居人からプレゼントされてもまったく身につけない可愛げがない男であった。どうしてもセンスの問題で自分で選ばないと気がすまないタイプである。

 当然のことながら、パンツも自分で選ぶ。私の場合、女性には不人気のブリーフが多い。それも、カラーのビキニタイプが多い。トランクスはブラブラして嫌いであり、ボクサータイプは夏、暑苦しいからである。

 「パンツの日」は女性が好きな男性にメンズパンツをプレゼントする日とされているようである。そして、プレゼントを受け取った男性は、そのお返しを9月14日のメンズバレンタインデーの日に女性にレデイースパンツを贈ることになっているらしい。これも下着メーカーの陰謀策略なのか。

 女性から男性にプレゼントするメンズパンツは、白黒はっきりさせる意味で白い生地と黒い生地のパンツを贈るのが好まれるようである。男性にとって、女性からプレゼントされるパンツの中ではボクサーパンツが人気が高いらしい。男性は女性に比べると下着に無頓着な人が多い。積極的に新しいパンツを買い換える人が少ないため、ことさらパンツの贈り物は嬉しいのかも知れない。

 シニアにとってパンツのプレゼントもなかろう。しかし、パンツのこだわりは、誰しももっているのではないかと思う。

「憂国の詩人」と私

 私が勝手に「憂国の詩人」とネーミングする、かの詩人は、いつも感性的な詩を書く。「感性的」との表現は、とりあえず感覚的に評したまでである。

 というのも、何を隠そう、私には彼の詩の内容たるや何もわからないのだ。彼が何を言わんとしているのか、全くといっていいほど理解できないのである。「チョコレート色の夏」にいたっては、私には原爆が投下されたこの地、広島のそのときの夏を想像するまでである。

 私とて、啄木や高村光太郎、宮沢賢治の詩を全く理解できないものではない。谷川俊太郎など、好きな詩人も多くいる。しかし、私には彼の詩がわからない。

 ということは、彼は啄木以上であり、賢治以上であるのかも知れぬ。最近、真面目にそう思うようになってきたのだ。だとすれば、今のうちに親しくさせてもらっておこう。そうすれば、後世、かの有名な詩人の友として名を残すことになるかも知れぬ。そんな邪心が沸いてきた。

 彼の詩は旋律でいうと♯ではない。間違いなく♭である。それも♭が二個や三個もついたものである。リズムも4分の4拍子ではない。恐らく4分の3拍子だろう。変ロ長調か、あるいは変ナ単調かも知れない。我が故郷の詩人・中原中也の雰囲気を持つ。しかし、詩の中身は中也以上に難解である。

 彼の詩の中にある、めくりめく思い、レトロな情景、いたたまれない感傷、過去への懺悔など。それらの叙情的・感傷的・寂寥的・厭世的な表現は、私の感性の領域をはるかに超越したものである。一度、彼に、彼の詩がどういう意味なのか解説してもらいたい。しかし、詩の解説など聞いたこともない。やめておこう。曖昧さが故に、それが彼の高尚な詩の屋台骨になっているのであろうから。

 考えてみれば、かの詩人と私とでは生い立ちや人生観があまりに違いすぎる。彼は少年の頃、最果ての地・根室より荒れ狂うオホーツクを眺めていただろう。同じ頃、7歳も年下の私は下関・壇ノ浦の海峡から遠く朝鮮半島を眺めていたのだ。そもそも、ふたりは北と南の最果ての地で、それぞれに違った方向を眺めていたことになる。

 かの詩人は、大学時代、私の憶測では講義にろくすっぽ出ないで文学に没頭したであろう。いや、そうに違いない。学生運動にも加わったであろう。そして、その後、政治にも関わったと聞いている。その政治姿勢たるや、市民リベラルだと想像できる。

 一方、私はといえば、かの詩人が大学を卒業して7年後、東大安田講堂事件の最中、大学四年生であった。学生運動に組み入ることなく、ノンポリ学生として、私は研究室で実験に没頭していた。同じ没頭したといっても、文学と実験では全く違う。アフファベットの頭文字だけは同じだが(literatureとlaboratory)。

 そして、今、かの詩人は花のお江戸は上野に近い雑踏の中、どう猛ながら愛くるしいマオといる。それに引き換え、私はといえば、平和都市・広島にて穏やかな瀬戸内を眺めて暮らすものの、屋敷には恐い神が住む。彼と私ではそれほどに環境が違う。

 そのような相反する詩人と私ではあるが、わずかに共通点がある。それは、こよなく酒と女を愛することである。それに加えて、詩人と私には底辺に共通のキーワードがあるように思う。それは、「貧困」と「反骨」である。ただ、同じ「貧困」といっても、終戦前に生まれた彼と戦後の私では意味合いは違うが。

 しかし、詩人に酒と女はよく似合う。詩人には貧困と反骨がよく似合う。酒と女、貧困と反骨が彼の詩の屋台骨であろう。やはりここでも私に勝ち目はない。詩も理解できない。酒と女の趣味でも負ける。無論、人生においても7年も長きにわたる先輩である。そこで私は「憂国の詩人」を師と仰ぐことにした。

 師である「憂国の詩人」に物申す。酒の飲み方を教えてくだされ。女の愛し方を教えてくだされ。人生の機微を教えてくだされ。死の迎え方を教えてくだされ。そして、もし私が師より先に逝くことがあったときには、儀に参列して優雅な詩を献上してたもれ。
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団塊の世代を突っ走った田舎侍の遠吠えです。聞いてやってください。実話から世評までもろもろですが、一貫して、辛口です。

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