俯瞰(ふかん)力

 「俯瞰力」とは、大所高所に物をみる力である。つまり、大局的かつ総合的に物をみる力である。これは、普段の日常生活においても、会社経営においても、科学技術の分野においても必要なことである。

 人はみな普段の日常生活において、子育て、子供の教育、日常生活、親の介護など、直面する生活のことに対して一生懸命に取り組む。それはそれで仕方ないことであるが、あまりに近視眼的に物をとらえると、全体が見えないで、最終的に本来の目的が達成できないことがある。

 例えば子育てや子供の教育において、あまりに教育にばかり目を向けると、健康とか社会性という面でおろそかになる。子供を教育する最終目標をどの時点の何に求めるかということによって、教育の仕方も変わろう。東大に入学させることだけを最終目標とするのであれば、教育偏重はやむ終えない。しかし、立派な社会人になることを最終目標にするのであれば、また違った育て方になろう。

 自己の目標達成においても同様である。あまり頑張り過ぎると、自己のペース配分が崩れる。頑張りすぎて息切れしては元も子もない。最終目標をいつの時点の何に求めるのかによって、ペース配分も方法も違ってくというものだ。間寛平のアースマラソンにおいても、無事に地球を一周することを最終目標にすれば、2年の予定が3年になっても、途中で多少ブランクが出ようが、変更はやむ終えない。

 会社経営においても、当座の売り上げや利潤だけを追求すれば、その時は会社は安泰かも知れぬ。しかし中長期的な会社の安定を考えれば、体系的な知識に裏付けられた正確な環境分析力と大局的で迅速な判断力が必要になる。財務会計、経営戦略、マーケティング、組織・人的資源管理、ITの知識も必要になる。

 会社に入社して最初の現場で地方に出張に行ったとき、今は亡き大物上司に言われた。地方に出張に行けば、最初に、その地方の神社仏閣を訪ねるのだと。山を調査するのが目的なのにおかしなことをと、その時はいぶかしげに思った。しかし後になってその意味がわかった。神社仏閣を訪ねると、その地方の言い伝えや歴史がわかる。その歴史は山などその地方の自然に反映されている。土地にはそれぞれに歴史に裏付けされた地名もある。例えば、「津波」という地は江戸時代にとてつもない大規模な土石流があったとか、「温品」という地には昔、温泉が出ていたとか、土地の名前はその土地の歴史や文化、自然とも密接に関連するものである。

 さらに、現場の山を調査するときにはすぐに山に行くではない、とも言われた。まず対岸より眺めよ、と教えてもらった。その山の形状や環境、置かれ状況をまず概括的に把握することが必要であることを説いていたのである。確かに、すぐに現場を近視眼的に調査するよりも大局的な山のありようが見えてくるのだ。現場はその後、おもむろに確認すればよいのである。この方が大きな間違いがないし、効率的でもある。

 以上のように、日常の生活においても、自己目標においても、仕事においても、大所高所に物をみる「俯瞰力」が必要である。時々は少し手を休めて全体を眺めてみよう。そうすると、今のやり方の問題や今後の見通し、対策などがわかるかも知れない。たまにはそうした息抜きも必要である。
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挫折と傷心の癒し

 人は誰しも挫折や傷心を経験する。それでは、挫折や傷心をどのように克服しているのか。どのような方法で解消すればよいのだろうか。挫折や傷心の原因を考え抜いた方がよいのか、絵を見るのがよいのか、音楽を聞くのがよいのか、それとも何もしない方がよいのだろうか。

 挫折や傷心の原因を考えれば考えるほど後悔の念が先にたち、挫折や傷心の思いが強まるであろう。さりとて、暗い絵を見ても挫折や傷心はさらに深まり、挫折や傷心を癒すほどの楽しい絵があるとは思えない。「絵は音楽に負ける」とは洋画壇の重鎮である中村研一さんの言である。確かに、音楽に涙する人は多いが、絵を見て泣いた話はめったに聞かない。だとすれば、音楽こそが挫折や傷心の癒しとなるのか。

 音楽は気晴らしや癒しをもらたしその効用は限りない。しかし音楽は万能ではない。例えばひどく落ち込んだときに、音楽が落胆の理由まで消してくれることはない。音に紛らせただけの傷心は、悪臭に芳香をまくようなものだ。仮に音楽を聞くことによって一時の癒しが得られたとしても、外にで出て再び雑音を聞いたときがきつかろう。

 清岡卓行さんの詩に「心がうらぶれたときに音楽を聞くな」というのがある。その詩の中にこのような文句がある。「空気と水と石ころぐらいしかない所へ、そっと沈黙を食べに行け!遠くから生きるための言葉がこだましてくるから」と。

 挫折と傷心はそうそうたやすく解消されるものではない。重要なことは、逃げずに挫折や傷心と向き合うことであろう。誰もいない河原か草原、もしくは海に行こう。そこで、風の音、波の音を聞こう。小鳥に耳を傾けよう。そうすれば、おのずから生きる勇気が出てくるというものだ。

端食の勧め

 私はご飯党であるが、パンだったら食パンの端を食する。通称「ミミ」という部分であり、食パンの端っこだけを集めたものである。「ミミ」という呼び名は、「耳をそろえて・・・・」という言い回しからきているとの説もあるが、詳細はわからない。スーパーのパン屋さんに行って、「ミミ下さい」と言うと、「ミミ」が10枚程度入ったナイロン袋を渡してくれる。この「ミミ」、数年前まではタダでいただいていたが、数年前から5円となり、最近は8円になった。不景気の余波であろうか。

 私にだって正規の食パン1斤位であれば買うくらいのお金はある。しかし、このミミがまことに美味いのだ。勿論、今でもタダ同然というのが大きな魅力である。そもそも端だから硬いのが特徴である。焼いてマーガリンかバターを塗り、その上にマーマレードを載せれば、噛み応えがあって香ばしい絶品となる。マーガリンの上に砂糖を振りかければ、昔に流行った「ラスク」となる。

 私は2歳になったばかりで父を亡くしたため、母に食することで苦労をかけた。下関市の高台に家があったが、高台から歩いて30分、海側に下ると、西日本有数の魚市場である唐戸市場がある。母はそこにほぼ毎日、出かけた。下関は河豚(フグ)の産地である。市場には河豚を裁いた切れ端が捨てられている。母は河豚の切れ端を野菜の切れ端と一緒に集めてもって帰るのである。そのお陰で、我が家は毎日のように河豚チリであったように記憶している。今はとても高くて時々にしか食することのできない河豚であるが、極貧にして何と贅沢な食であったことか。

 今でも魚のアラは大好きである。魚屋で鯛のアラがナイロン袋に一杯入って安いと嬉しい。魚のアラだし味噌汁、鯛のアラ焚き、ぶり大根、かす汁、アラの塩焼きなどレシピも豊富である。魚のアラにはコラーゲンがつまっている。旨味がある。いろいろな味が入って美味しい。

 私が知るステーキ店で変った店がある。ちょんまげにハッピ姿の店主が1枚10,000円のステーキだけのメニューを提供する。その店主はこだわりが強い。○○産の超一流のステーキ肉しか使わない。1枚のステーキ肉の端は客の目の前で思いきり切り捨てる。ある大学教授夫妻と私の3人でその店に行った。その教授の妻、「うちのワンちゃんにやるので端をちょうだい」って、ちゃっかりナイロン袋に入れてもらって帰った。その教授夫妻は無論、犬を飼っていない。カレー肉にしたらとても美味しかったと、後日、報告があった。

 我々はいつの間にか飽食に馴れ、食をお粗末にしていないか。食に対する執着心をなくしていないか。大根の葉も立派な食材である。たまに贅沢に蟹鍋をしても、雑炊にできる。蟹の殻はフライパンで炒って味噌汁のダシにする。食材はどこも利用できる。私はこれからも端食にこだわりたい。



*明日、明後日は上京しますので、ブログお休みします。あしからず。

数学的思考力

 新聞記事や雑誌、テレビなどのメデイア報道の表現方法によって、我々は真実ではなく勝手な解釈をする場合が往々にしてある。

 例えば、「2009年の平均給与は406万円であり、前年から23万7千円の減となり、過去最大の下げ幅である。平均給与は20年前の402万4千円と同じ水準になった」という記事や報道があるとする。誰しも、これは大変なことである、不景気で給与もここまで落ちたのかと思う。

 しかし、よく考えれば20年前というのはバブルの最盛期である。実は、そのバブル最盛期の給与と遜色ない給与をこの不景気においてもらっていることになる。給与水準を時系列のグラフで見れば一目瞭然であるが、「下がった」とか「過去最大の下げ幅」という給与の低下を印象づける表現に惑わされているのである。つまり、「下がった」とか「過去最大の下げ幅」という表現や言葉が一人歩きしているのである。

 この例に限らず、我々はうわべの表現でもってうわべの勝手な理解をすることが多い。今更、算数や数学を勉強しろと言っているのではない。少しだけ数字に注意をすればわかることをしていないだけだ。「数学的思考力」という言葉を聞いただけで頭が痛くなる方もいるかも知れない。しかし、年金、医療、介護、預貯金など日常生活に数字は深く関わり、理解の仕方によって生活に大きく影響する。数字を思考の回路に組み込もう。

大相撲の闇

 横綱・白鵬の6場所連続優勝で幕を閉じた1月場所が昨日終了した。最近、私はあまり見ることもなくなった大相撲であるが、お年寄り(私も含む?)には今でも絶大なる人気のようである。養老ホームやひとり暮らしのお年寄りにとっては、相撲を見るのが唯一の楽しみという方も多い。

 この大相撲、朝青龍事件や賭博事件で昨年は大揺れであったが、これとは別に、大相撲の闇ともいえる八百長話は昔からある。国技である大相撲人気の復活に水を差すわけではないが、八百長は歴然として存在することを今も明言したい。誰それの具体的な告発話も昔からあったが、それによらずとも、数字を見れば一目瞭然である。それも千秋楽の星取りを見れば。

 力士は誰しも勝つことを望んでいる。とくに、その場所が勝ち越しで終わるか負け越しで終わるのかは、まさに天と地である。8勝7敗で勝ち越すことができれば番付が上がり、7勝8敗で負け越せば番付が下るという、簡単な話である。だからこそ、千秋楽にかける勝ち越しと負け越しは力士にとっての生命線である。

 ちなみに、昨日の1月場所千秋楽の勝敗を見るとしよう。千秋楽に勝って8勝7敗と勝ち越した力士は6人いる。彼らは14日目時点で7勝7敗の五分であり千秋楽の一番に勝ち越しを賭けたのであるが、その全員が勝利して勝ち越したのである。おまけに、14日目時点で7勝7敗の五分で千秋楽に負けて負け越しとなった力士はひとりもいないのである。さらに、千秋楽に負けて8勝7敗で終わった力士も6人いる。彼らは14日目時点で既に8勝6敗と勝ち越していたのだが、その彼ら全員が千秋楽に敗れているのである。

 別にこの場所だけの話ではない。千秋楽におけるこのような妙な星取り結果は今も昔も変わっていない。これは統計学的にも説明不可能な数字であり、自然の勝敗にはあり得ない事実である。八百長とわかっていて観戦するのであれば、それはそれでひとつの文化かも知れぬ。しかし、仮にも国技である。常に真剣勝負だと確信して観戦している人が仮にいるとすれば、その良心を裏切ることにならないのか。あまりにお人よしで寛容な日本人に、ただただ、あきれるばかりである。

しあわせ度の感知

 私には6才上の姉と3才上の兄がいる。連絡もとりあい比較的仲の良い兄弟である。時々ではあるが一番年下の私の家に集まることもあった。その兄が一昨年から電話もよこさなくなった。すると、昨年、癌で入院するという突然の電話があった。昨年、今度は姉からの連絡がピタリとなくなった。思い余って電話すると、重篤な病気で寝込んでいた。

 兄弟や親戚、知り合いや友達にこちらから電話するときには、こちらが比較的穏やかな生活ぶりのことが多い。いわば「しあわせ状態」であることが多い。こちらの夫婦仲が悪かったり、病気だったり、大借金をしたり、大きな問題を抱えていたりした場合、他人にも連絡をとりたくないものであり、まして親戚には電話もしたくないものである。

 年賀状だってそうである。こちらが比較的穏やかな生活ぶりでつつがなく暮らしていてこそ出すのである。近親者が亡くなった年とか自身が病気した年には年賀を出す気もしないであろう。そういえば、今年は兄からの年賀状がなかった。

 人は自身がある程度、しあわせである場合に他人に目を向ける余裕ができる。しあわせでない場合はそんな余裕はなくなる。連絡をすることで相手に心配させたくない、迷惑をかけたくないという思いの他に、自分の惨めさを知らせたくないという気持ちもあろう。裏を返せば、急な音信不通などがあった場合に、相手の不しあわせを疑ってみる必要がある。こうして、相手のしあわせ度を感知しながら、互いの家庭の一線を越えることなく、気配りしながら一定の関係を保つことができる。

寿命の要因

 しあわせさがしさんのブログに「男性の健康寿命はなぜ短い」という興味ある内容が掲載されている。タイトルがタイトルだけに、まだこの世に未練を残す私としては、見逃すわけにはいかない。

 この中では、まず男性の健康寿命を短くしている3要因として、「事故および自殺」「癌」「動脈硬化(心筋梗塞、脳梗塞)」をあげている。そして、TC値(総コレステロール値)を指標値とした「癌」および「動脈硬化(心筋梗塞、脳梗塞)」による死亡率の関係が示されている。

 さらに、男女の性の違いによるTC値と死亡率の関係を提示している。すなわち、男性に限っていうとTC値が高すぎると心筋梗塞の可能性が高いこと、男女を問わずTC値が低いほど癌の死亡率が高いことなどをあげている。

 つまり、TC値が高すぎても低すぎても死亡率が高く、TC値200-260の範囲であれば死亡リスクが少ないという結論で結んでいる。また最後に、最近ではTC値に代わって、HDL値(善玉コレステロール値:基準値40)、LDL値(悪玉コレステロール値:基準値140 )および中性脂肪値(基準値150)を健康の指標値とするようになっていることも付け加えている。

 男女の性の違いによるTC値の変化および死亡率との関係については、以前に聞いたことがある。詳細には覚えていないが、概ねこうである。女性は70歳位までTC値が低く70歳を越すと急激に増加するのに対して、男性のTC値は働き盛りで女性よりうんと高く、70歳位からやや緩やかに増える。つまり70歳位では男女のTC値は同じ値になるが、女性の場合は閉経以前の低いTC値という貯金があるので有利であり、それだけ70歳位までは死亡リスクが軽減される、という内容であったと記憶している。このことは、逆に言えば男性は70歳位まで耐え忍びさえすれば、以降は女性よりも本来、長生きするものであるということになり、前述のブログ内容とも符合する。

 そして昨夜、たまたまつけたテレビ「ためしてガッテン」においてコレステロール調整術なのものをやっていた。そこで興味ある「10年後の冠動脈疾患死亡のリスク評価チャート」なるものが提示されていた(下に掲載)。これにより、男女による死亡リスクの差が歴然としていることが明白である。例えば62才の私の場合、TC値が260~279だとすると、血圧140未満だと10年後の死亡率は1~2%であるが、血圧140以上だと2~5%に上昇することになる。

 いずれにしても、TC値や血圧などが寿命の大きな要因になっていることは明らかである。しかしながら、寿命の最大の要因は気持ちの持ちようであることを最後に付け加えたい。



冠動脈疾患死亡リスク

誰の責任か

 国民の大きな期待を担って民主党政権が発足して1年半あまり。何もできない、何も決めることができない現状の政権にもう国民はうんざりしている。しかし、いつから、どうしてこうなったのか。

 それを考えるために、民主党発足から現在までの足跡を時系列として羅列してみた。

 国民の大きな期待を担って民主党政権が発足する。
 不景気による大幅な税収の見込み違いが生じる。
 財源に困り、マニィフェストがなかなか実行されない。
 鳩山さんの素人お粗末政策が続く。
 沖縄問題は暗礁に乗り上げる。
 その責任を取って鳩山さんが辞任する。
 検察は小沢さんに関する不事実をメデイアにリークする。
 メデイアは調査もしないでそのまま報道する。
 報道を見て国民の大多数は小沢さんは悪い人間だと思う。
 その結果が世論調査に反映される。
 世論の動向に影響されて、菅さんが逆転勝利し、党首に選出される。
 菅さんを総理大臣とする内閣が発足する。
 メデイアによる民主党批判が繰り返される。
 参院選で民主党が大敗する。
 ねじれ国会となり、法案が成立しなくなる。
 尖閣の問題が発生するが、仙石さんが潰しにかかる。
 尖閣の事実が国民に知らされない状態となる。
 海上保安庁内部から尖閣の事実を映したビデオが流出される。
 野党主導で仙石さんと馬渕さんに対する問責決議が可決される。
 やむなく内閣改造を行い、菅さんの第2次内閣が発足する。
 社会保障と税の一体改革が瀬戸際となる。
 やむなく与謝野さんを入閣させる。
 野党は自民比例代表で当選した与謝野さんの仁義を問う。
 併せて小沢さん証人喚問を要求する。
 小沢さんはこれに応じない。
 来年度予算審議が紛糾する見通し。

 物には原因と結果があり、それらが組み合わさって政治・経済・社会は推移していく。さてそれでは、このような事態になったのは、誰の責任でしょうか。

 登場人物は、民主党、野党、鳩山さん、小沢さん、仙石さん、馬渕さん、与謝野さん、ビデオ流出者、検察、メデイア、国民です。

 私はあえて言います。一番、悪いのは国民だと。理由は、主権は国民にあるからである。無能な政治家や嘘をつく政治家を選出したのも国民。ねじれを作ったのも国民。検察の不事実なリークを見極めることができないのも国民。メデイア報道を鵜呑みにするのも国民であるからです。国会議員はよくテレビに出て「国民は馬鹿ではないですから」という。そりゃ、「国民は馬鹿です」なんて言ったら、自分の首がふっ飛ぶので絶対に言いません。本音は「一番馬鹿なのは国民」と思っているはずである。

 もう少し国民は政治・経済・社会を勉強し、メデイアに振り回されることない成熟した有権者になって欲しいものです。

HN

 シニア・ナビでは、みなさんがそれぞれに好きなハンドルネーム(HN)をつけている。また、ブログのタイトルも人それぞれである。憧れの物や心情をHNにしている方。好きな作品や花、物にちなんだHNもある。飼っている動物の名をつけたもの、地域に関係した名前や自分の信条を表したものなど、さまざまである。HNには人それぞれに特徴があっておもしろい。
 
 ところで私のHNは「geotech」であるが、意味不明との意見があったので、ここで説明しておく。実は、「geotech」は私の会社の名前そのものなのです。↓
http://www.geocities.jp/geotech0208/
 
 会社を設立したとき、会社の名前をいくつか候補としてあげ、家族で投票して信任された名である。「geo」とは「geology」の略であり、地質、地質学、地球、地盤を意味する。「tech」とは「technic」または「technology」の略であり、技術、技巧、科学を意味する。つまり格好よくいうと、「地球を科学する」という意味であるが、実態的には「地盤の町医者」というところでしょうか。

 隠れ蓑でもあるHNであるが、その仮面の向こうにいる人物像を想像すると楽しい。HNの名だけを見て、まずその方の第一印象をもつ。そして、プロフィールによってその印象を多少、軌道修正する。さらにブログがあればその文章によって、ほぼその方の人間性を勝手に確定してしまう。実際に会ってみれば、その推測がいかにお粗末であったか、思い知らされることになることも知らずに。

 私の場合、最初から何も隠すつもりがなく、HNやブログのタイトルから検索すればすぐに実像がバレるのを覚悟している。その危険性も危惧しないわけではないが、多少のリスクは仕方ないと思っている。この情報社会にあって実像が暴かれるのは簡単なことである。あるとき、初対面の相手が私の経歴のすべて知っていて驚かされたことがある。相手は私のフルネームをネットで検索して下調べしていたのだ。

 私はブログの内容も私の心情そのものであり、話の内容はすべて実話である。私は日記帳のつもりでブログに掲載することによって私自身への効果を期待している。自分の考えをまとめてオープンすることで、自分をみつめ直すことができる。自分の信条を書き留めることによって、自己を励ましたり、反省したりすることもできる。他人からの賛同や意見を聞いて、さらに自分を高めることもできるからである。

 しかし、人によってはHNによって自分を隠し、実態の自分とは違うもうひとりの自分を演じている人もいるかも知れない。それはそれで良しとしなければなるまい。所詮、バーチャルな世界といえばそれまでであるから。ブログの使い方は人それぞれであってよい。

 ただ私としては。バーチャルな世界といえども、正直でありたいと思う。正直に語りたいと思う。だから、相手からもできるだけ正直な生の声を聞きたいとも思っている。そういう私ですので、これからも応援していただきたい。

デコ文化

 若い女の子の携帯電話やデジタルカメラを見ると、キラキラ光るクリスタルが貼りめぐらされている。薄くて軽いのを求めているはずなのに、なぜかわざわざ厚くて重い「デコ電」や「デコデジカメ」に変身している。「デコ電」や「デコデジカメ」に限らず、パンツ、カバン、バッグ、靴、帽子といった日用品にも、やたらと装飾している。

 西欧では日用品は飾るものではなく、クリスタルは大人がネックレスやブレスレットとして身につけるのが慣習だから、「デコ電」や「デコデジカメ」は外国人には奇異に見えるらしい。そして、日本人は個性的であると評される。そういえば、原宿や渋谷を歩いて見るがいい。それこそハロウインかと思うようなファッションにお目にかかる。

 ちょっと待てよ。いつの間に日本は装飾過多になってしまったのか。日本の美といえば、昔から「わび」や「さび」だろう。そうブツウツ言いながらも、東急ハンズでデコを探している自分がいる。ハロウインをいぶかるでもなく楽しそうに観賞している自分がいる。

 日本の近代社会は、個人の自立や主体性の確立を目指してきた。それがほぼかなうと、今のように飾りが氾濫する日本に変身してきている。この過剰な装飾は「洗練されていない幼稚さの表れ」でもある。しかし、その「幼稚さ」を大人もほぼ肯定的に受け止めている。そして、「幼稚さ」は「かわいい」という言葉に置き換わっている。

 つまり、「幼稚さのままでよい」、「大人にならなくていい」という自己肯定感が広がってきている。これはどういうことなのか。洗練された大人になりたいが、それがかなわないので、逆の「幼稚さ」に走ったのか。さもなくば、そもそも「洗練された大人文化」が嫌いで、それに対する反発なのか。

 洗練され成熟した大人になるためには、社会常識も知識も必要であり、ある程度のお金も必要であろう。無論、自立してなくてはならないし、第一、しっかりとした自分の考えも必要であろう。そう考えれば、「デコ文化」は一言でいえば「自立できていない」ことの反作用の表れではないのか。自立し洗練された熟女が少しだけデコを使えば、もっと魅力があろうというものを。

老いの覚悟

 私には曽野綾子の言う「老いの才覚」の「才」は持ち合わせていない。しかし、曽野綾子の「覚」に相当するかどうかは別として、少なくとも「老いの覚悟」だけは持とうと覚悟している。85才の義父の姿を見てのことである。

 これまでに何度か義父のことを記した。義母を亡くして半年あまりになるが、義父は義母亡き後、福岡の長男のもとに引き取られた。長男はいずれこうなることを予測して、義母が亡くなる数年前に自分たち家族が住む分譲マンションの同じ棟の別の部屋を購入していた。現在はそこに義父を住まわせている。1Fに住む義父は3食毎に2Fの長男宅に行く。食事をしてひとしきり会話をした後に1Fに戻る、そんな毎日である。

 義父の1Fの部屋は元々両親で住まわせる予定だったので3LDKと十分に広く、そこの1室に義母の位牌がある。義父は義母亡き後しばらくは、何もしたくないと、ただただ部屋に引きこもり義母の位牌の前にひざまずく毎日であった。義母に何もしてやれなかったとの後悔の日々がしばらく続いた。

 しかし、周囲の手厚い配慮により少しずつ元気を取り戻してきた。マンションとはいえ1Fなので小さな庭があり、そこで趣味の畑をするようになった。やはり趣味の書道にも通うようになった。電動自転車を買い与えてもらい散歩も日課になったらしい。できるだけ短い間隔で法事を行い、みなが集っては義母の思い出話をする。たまには小旅行に連れ出すこともある。できるだけ寂しさを癒そうと、長男とその嫁、私の同居人である長女と次女が力を合わせている。

 義父は私の同居人である長女と次女に毎日のように電話をする。長男の所に世話になっているものの、やはり娘と話をしたいのだろう。しかし、話をはじめたら1時間や2時間はザラである。話は当然、くどい。こちらがお昼休みだろうが勤務中だろうがお構いなしにしてくる。「ちょっとお父さんゴメン、もうそろそろ買い物に行かないと」ということしばしばである。

 義父は当面、お金にも困っていない。教職員を長年続けてきたため、毎月、多額の年金が入る。長男は食事代を年金から差し引いているようだが、それでも家賃は要らない。日常、お金をほとんど使うことがないので、貯蓄残高がみるみるうちに増えているらしい。だからということではないが、例えば正月なんかに長男の息子(孫)に少額でもお年玉を渡しただろうかと心配するが、それもないらしい。ほとんど毎日、長男の息子(孫)とも顔を会わせているのだから、そういう機会にお小遣いでも渡せばよりよい関係になるのに、と傍で思う。義母がいたらその辺は如才なくやっていたであろうに。

 義父はいろいろな面で恵まれていると思う。長男のもとでプライバシーが保たれた至近距離に住み、食事の心配も要らない。お金にも不自由しない。娘とも時々会えて毎日会話できる。孫にも囲まれている。みなの暖かい配慮で見守られている。伴侶を失った悲しみは誰も同じであろうが、悲しんでいられないほどに生活の苦労がある人、子供との縁がない人、全く孤独な人など、伴侶をなくしたとはいえ、さまざまに苦労している人も多いであろうに。

 義父に対するこうした周囲の気遣いや配慮はこれからも継続されるであろう。異常な長電話にしても、これを厭うものではなく、少しでも義父の気持ちの励ましになればと思う。逆に、こうした気遣いや配慮によっても義父の寂しさが払拭されるものでないことは百も承知である。

 それを前提にした上で、我が身に置き換えてみる。ここからは私個人の問題である。私はいやしくも、こういう女々しい行動はとらない覚悟だ。そのとき私は、伴侶を亡くしたとはいえ思慮分別をわきまえた老人でありたい。周囲の慈しみや励ましがあれば、それをかたくなに拒むものではない。しかし、できるだけ周囲に迷惑をかけたくない。万一、娘や息子が近所に住んでやむなく世話になることがあっても、少しでも世話になることを避けたい。十二分に周囲に気使いもしよう。できることなら、世話になることなくひっそりと暮らしたい。その覚悟である。そのための心と体とお金の準備を今からしよう。私はそのとき、凛とした老人でありたい。

善意の形

 伊達直人を名乗る善意の輪が急速に広がっている。寒さも景気も厳しいこの冬に、久しぶりに暖かい話題である。しかし、伊達直人風の善意は今たまたま脚光を浴びているが、多くの地道な善意がさまざまな地域においてさまざまな形で行われている。その多くの善意にはとりたてて光が当てられていないことも知るべきであろう。

 道路際の花壇作りに朴訥と励む人を見かける。毎日、街路地の塵をひらって廻っている人もいる。ユニセフに定期的に寄付する人やスポーツ観戦に障害者を招待する篤志家もいる。ホームレスの人に食事を振舞うボランテイアがいたり、地域のお年寄りの面倒を出前で行う人達など、すべて善意である。

 市民の誰もが小さな善意というロウソクを持ち合わせている。しかし善意というロウソクに灯をともすことができるか否かが大きな問題となる。果たして自分はできるだろうかと考えると、残念ながら「ノー」である。

 阪神大震災のとき、当時、まだ大学生だった娘に「大学生の身なのだから、今すぐ神戸に飛んでボランテイアをしろ」と言った。すると娘は私にこう切り返した。「だったらお父さんは何かしたの?」と。返す言葉がなかった。おずおずと自分の部屋に戻り、電話でボランテイア登録の手続きをするのが精一杯であった。

 こういう善意の話題が出るたびに、自分には善意のロウソクが灯せていないことを恥じる。善意は一過性のものであってはならない。継続的なものでなければ受ける方も受けにくい。小さくてもできるだけ多数の善意が実を結ぶことになる。今からでも遅くはない。自分にできる善意の形を模索していきたいと思う。

男子頭髪考

 最初に断っておく。一昨日満62歳になった私ではあるが、まだ禿げていないし、まだ白髪でもない。「まだ」というのは未練たらしい表現である。詳しく説明すると、自身は全く禿げていないと確信するのだが、他人から見ると「禿げ」の兆候ありと勝手に見立てる。つまり、額の面積が拡大気味だと言われる。白髪については自身もかなり増えてきたと認めるが、全体的にはほぼ黒に近いと自己査定する。局部的に少しグラデーション気味の部位もある程度か。

 本人は頭髪についてあまり気にしていないのに、廻りから気にされると、否が応でも本人も気になるというものだ。とくに、「禿げ」とか「うすい」とかいう言葉を相手が何気なく発した後、私に気遣って「まずい」という表情をする。この一瞬の冷めた空気ほど嫌なものはない。そんな変な気遣いは、当の本人にとっては一番配慮に欠ける行為である。いっそ、「禿げかかってる」とか「白髪が目立ってきた」と明確に言われた方が潔くてよい。ということで、他人の評価により毛髪を少し気にし始めている。

 若くても髪の薄い人もいるし禿げもいる。とくに男性の若者に多い。病気の場合は別として髪が薄い若い女性をあまり見たことがない。また人は一般に年をとれば、男女に関係なく多かれ少なかれ髪は薄くなるし白髪も増える。こうした髪の密度や色の変化は、持って生まれたDNAに関わる部分も大きいが、それ以外は自然の淘汰といえよう。だから仕方ないといえば仕方ない。むしろ、その自然の淘汰に対してどのように立ち向かうかが、人それぞれの生きざまにかかわってくる。

 金沢にいる友人のTさんは前の会社の同期入社であるが、若い頃から禿げかかっていた。当時、彼は矯正しようと四六時中、ブラシで頭皮を叩いて刺激していた。その彼に30年ぶりに会って驚かされた。もう完全に禿げてツルツルだろうと予想していたら、なんと若い頃より髪の毛が相当に増えているではないか。聞けば、彼は30年間、頭皮叩きを継続していたという。継続こそ力なりとは、まさにこのことだ。そこまでして毛髪をとり戻したい彼の執念に敬意を表する。30年間の互いのブランクを話すでもなく、彼は延々と、誇らしげに育毛効果を自慢して私に聞かせた。

 同じ金沢に住む先輩のMさんは私の上司であった頃から禿げかかっていたが、久しぶりに会ったら完全に禿げていた。山門の出であり家業を継いでいたので、その方がさまになっていた。後輩のA君は私が上司のときに後頭に円形脱毛があった。独身が長く悩みを抱え込むタイプで、ちょうど五円玉くらいの円形脱毛であった。それを随分気にして、仕事にも自信のなさが現れていた。その彼に久しぶりにあったら、もう完全に禿げていた。彼はその後、結婚したのだが、独身のときよりも気苦労が多くてこうなったと悔やむ。

 「禿げ」は精力が強いとよく言われるが、私はいちいち廻りの人の精力を観察したこともないし確認したこともないので、よくはわからない。しかし、私の若いころからの経験では、確かに「禿げ」または「禿げかかった人」は好き者が多いように思う。「禿げ」または「禿げかかった人」に取り付いて離れられないでいた女子を何人も見てきた。3人以上の子供が皆男子という旦那は「禿げ」が多かった。これはホルモンの関係だと思うが詳細はわからない。

 私と同じ年代のシニア男子ともなれば、完全に「禿げ」と断定できる人、概ね「禿げ」の人、もしくは「禿げかかっている人」が多い。白髪にいたっては、ほとんどの男子が多かれ少なかれ進行している。「禿げ」をカツラで隠している人もいるにはいるが、まだまだ少数派であろう。しかし、白髪は染めている人が圧倒的に多く、見た目にはよくわからない。最近の白髪染めはそれほどに巧妙である。

 男子がどれほどに頭髪に執着するか、これは千差万別である。しかし、これは時間軸とともに頭髪の状態変化にも係わってくる。すなわち、立派な頭髪が少し「禿げ」始めたり、白髪が出始めた頃から気にするようになり、状態が劣化すればするほど執着の度合いを増す。しかし、一定の限度に達すると執着心は急に薄れて開き直る。そして、最後はスキンヘッドという別のプライドを手にするのである。

 私は元来、頭髪の形態をあまり気にしないタイプである。だから散髪も3分で1000円のところに行く。ザッザッっと刈って大型のバキュームで切れ毛を吸い取る。無論、髭剃りなどしない。髭はどうせ生えてくるし、自分で剃れば済むことだ。それに、人様に顔を触られるのが嫌だ。最後に店員が鏡を後ろに当てて髪の長さ加減を確認してくれというが、どうでもいいからと、その作業すら不要と断る。この店、繁盛していて、最近は女性客が多い。カットとパーマで店を使い分けているようだ。

 こんな調子だから、3000円も4000円も出して理髪店に行く男性の気が知れない。そもそも散髪代がなぜこんなに高いのかよくわからない。髭剃りだの、マッサージだの、お茶を出すだの、髪を切るという本来の目的以外のサービスによって無理やり高騰しているようでならない。それに協会の存在が大きい。前述の安い理髪店は非協会員である。だから、安価だし定休日もない。

 女子にとって髪は命であるという。それでは男子にとっての髪はどうかというと、髪に対するこだわりは千差万別である。だれしも格好悪いよりも格好が良いに決まっている。しかし、その格好良さというのもほとんど自己査定であり、客観的ではない。まして普遍性などない。そもそも、男子たるや形態的な格好良さなどどうでもよいではないかと思うこともある。冷静知的な力強い男子の言動や考え方は、自然にその男子の格好良さとして現れてくるものを、とも思う。しかしそれでも、未練たらしく「禿げ」の恐怖に慄(おのの)く自分がいることに気づく。

 拙者とて退化する毛髪にただただ手をこまねいてきたわけではない。頭皮のマッサージを続けたり、薬用トニックを使用したり、ブラシで叩いたりもした。しかし、効果はない。インデイアン伝承のシャンプー「トリビック」も使用した。何でもインデイアンには「禿げ」がいない。その理由はインデイアン伝承のシャンプーを使用しているからだという。いかにも不合理な眉唾広告に騙されて1年以上も続けた。効果があろうはずがない。このような安っぽいものでは駄目だ。高価な医薬品を使用しなければと、最後の手段に出た。最近テレビでお馴染みのリアップである。中でも1本10,000円という高価なものを使用した。これを惜しげもなく、と言いたいところだが、ちびちびと頭皮にかけてマッサージを続けている。すると、かすかな光が見えてきた。心なしか毛髪が増えてきた気がするのである。この臨床実験はまだ継続中である。

形見分け

 義母が亡くなってもう半年が経過する。義父は福岡の長男に引き取られたので、義父と義母が住んでいた古い実家は誰もいない留守宅となっている。長男は誰もいない留守宅のガスを止めるようにした。冷蔵庫も整理して電気も止めた。水道水だけは残した。義父の自動車は、もう乗らないほうがいいだろうという周囲の意見に従って、処分した。将来は、家の物を全部整理して取り壊そうという話が出ている。義父は義母との思い出まで削ぎ取られるようで思いで反対している。義父の気持ちも分かる。しかし、残しておいても固定資産税だけ取られてもったいない。将来的には更地にして売りに出すことになるであろう。

 そんなことから、月に1回のペースで兄弟が集まって、ボチボチと家の物を整理しようということになった。義母は日本舞踊の師範だったため、着物や扇子が山ほどある。中には大島紬など高価なものもある。また、ネックレスや宝石類も沢山、出てきた。これは高そうだとか、これは価値があるとか、品定めしながら整理している間はまだ良い。

 ある日、私の同居人が形見のことで妹と電話で話をするのを耳にした。どうやら同居人の妹は、高そうなものに目をつけて自分はこれこれが欲しいがどうだろうかとか、遺品のそうしたものの値段を鑑定してもらったらどうだろうかと、私の同居人である姉に話を持ちかけているらしい。

 結婚してから生活の苦労が耐えないという妹はそういう面に目ざとい。一方、私の同居人は最初からそのような話に興味はない。ただ、形見の品として、どれかひとつだけいただきたいと思っている。妹とのそうした会話は付き合いでしているだけだという。しかし付き合いにしろ、妹と一緒になってそのような会話をするのは「さもしい」ことである。品性が問われるというものだと、厳しく諭した。

アメリカの苦悩

 またもやアメリカで乱射事件が起きた。このような乱射事件が繰り返されるたびにアメリカのリーダーは銃社会の悲劇を訴える。しかし、銃の所持は肯定され続けている。1993年のプレイデイ法は銃の販売時に犯歴を照会することが義務づけられているが、保守派は合衆国憲法に「武装する権利」が明記されているとして規制に反対しているからである。

 アメリカにおいては、銃は「平等をもたらす装置」と呼ばれているが、果たしてそうであろうか。言論に対して銃弾1発で対等になれるという考え方そのものが民主主義に違反するのではないのか。

 また、「銃が人を殺すのではなく、銃を持つ人が人を殺すのだ」というが、これは屁理屈である。それでは、「原子爆弾の存在が悪いのではなく原子爆弾を戦争に使用する国が悪い」と同じ論理になる。銃があるから人を殺すことが可能なのであり、銃さえ所持しなければ銃による被害者は出ないのだ。こうした銃所持肯定の論理はテロの論理と同じである。おぞましい妄想の世界である。

 第16代アメリカ大統領リンカーンは、暴力ではなく民意によって国を変えるのだと演説で訴えた。そのときの言葉、「Ballot(投票用紙)はbullet(弾丸)より強し」は重い言葉である。しかしそのリンカーンでさえ、南北戦争のあと凶弾に倒れている。ケネデイ大統領暗殺事件しかり、レーガン大統領銃撃事件しかり、アメリカの政治家が銃で撃たれる事件は後を絶たない。

 民主主義発祥の地アメリカにおいて、はからずも武力や弾丸によって民主主義が狙われている。アフガンにしてもイラクにしても正義の御旗を掲げてアメリカは武力を強行してきた。その反動が2001年の同時多発テロである。今回の犠牲者の中に同時多発テロが起きた日に生まれた少女がいる。「悲劇の日に生まれた娘が悲劇の日に命を奪われた」と言う父親の言葉が重い。今こそ、アメリカは銃社会と決別すべきである。

成人の日に思う

 私自身に成人式の思い出はない。きっと大学の学費を稼ぐため、成人式当日もアルバイトしていたと思う。そんな私であるから、せめて子供の成人式には晴れ姿で送り出したいという思いがあったのだが。

 娘は大学在学中に家を出ていた。母親がせめて成人式に振袖を用意しようと娘に申し出たが、娘はそれを断った。娘にしてみれば、わが道を歩むと勇んで家を出た手前、意地でも親に甘えたくなかったのであろう。それに、娘は変わっている。人さまと同じようにするのが大嫌いなタイプである。成人式の日、こっそりと式場に見に行った。ほとんどが振袖姿の娘たちの中に、ひとり洋服の娘がいた。それでも娘は多くの友に囲まれて、誇らしげで笑顔が絶えなかった。娘の主張がもろに出たユニークな服であった。後で聞いた話だと、その服は自分でデザインして縫ったらしい。

 息子の成人式も本人の反対を押し切ってこっそり式場に見に行った。背広だけは新調したが、髪はロン毛の茶髪のままであった。私の同居人は恥ずかしいと顔をそむけた。形態や容姿で判断するものではない。自分の息子でしょ。何ら恥じることはない。本人が納得してのことだ。同居人を諭(さと)した。

 そういうことで、我が娘と息子にとっては自己主張の成人式であった。お金のかからない親孝行の成人式でもあった。今でも時々、成人式のことを娘や息子と話す。娘も息子も思い出に残る成人式であったと今でも誇らしげに語る。この親にしてこの子である。個性が強い。

 そういえば、「青年の主張」がいつの間にかなくなった。世間ではやたらと「仲間」という言葉が流行っている。「仲間」「友」「連帯」も成人として大切であるが、しっかりとした自分の意見を主張できる新成人であって欲しいものだ。

政治の復活

 日本の政治は今、停滞のどん底にある。仙石さんと馬淵さんを更迭させろとか、小沢さんを国会尋問に出せという後ろ向きな抗争に終始し、来年度予算が決まる見通しすらない。普天間問題も依然として解決の目処すらない。国家公務員改革も何ら進展しない。税制や社会保障制度の抜本見直しも据え置き。消費税議論も進まない。要するに今の政治は何も決めることができないのである。日本経済の低迷の原因はこうした政治の停滞にある。

 それでは、何も決めることができないこの政治停滞の根本原因は何か。それは、「ねじれ」に他ならない。民主党に拍手喝采をして衆議院選挙を大勝したものの、ノー天気な鳩山さんの無知・無能力・無責任・無謀によってことごとく国民の信頼を失墜させたあげく、参議院選挙で大敗したのである。その結果、衆議院は与党、参議院は野党という「ねじれ」が形成された。

 ならば、政治停滞の元凶である「ねじれ」を至急、解消するのが急務であろう。菅さんは内閣改造をもくろんでいるようであるが、このような小手先の手法ではどうにもなるまい。「ねじれ」解消の手段には上策、中策、下策があると考える。

 下策は大連立である。しかし、大連立は要するに数合わせであるから、国民すなわち有権者に対する説得力もないし、第一、問題の根本解決にならない。

 上策は憲法改正である。この際、真正面から両院制の問題点を指摘した上で参議院の権限を弱めるというものだ。しかし、参議院の3分の2の議員が自らの首を絞めて同意するとは到底、思えない。やはり、実現は非常に困難であろう。

 そこで中策なるものが浮上する。端的に言おう。「ねじれ」を解消するためには衆参同日選挙にすればよいのである。衆参同日選挙を常態化すれば極端なねじれは避けられる。ある年の衆参同日選挙で民主党が勝利し、その後、マニフェストが実行されなければ、数年後の衆参同日選挙では自民党が勝利してもよいのである。国民の多くは、要するに民主党でも自民党でもどこでもよいのである。実行力と説明力と実績で選挙毎に評価し、衆参でスムーズに審議できることを願っているのである。

 このように考えると、今政治にとって一番先にすべきは、「ねじれ」を解消するための方策ではないのか。「ねじれ」を争点にした選挙だっていい。「ねじれ」解消に今すぐ立ち上がるべきである。

福袋今昔考

 正月にお馴染みの福袋。いつの頃から出回ったのか記憶がない。少なくとも我々団塊の世代が学生の頃には記憶がないと思ったのだが、調べてみたらこれが意外にも歴史物であった。

 『明治・大正家庭史年表』(河出書房新社)に引用された「松坂屋起源説」というのがあるらしい。松坂屋に直接尋ねたところ、「発売は明治44年・名前は『多可良函』・価格は50銭」と回答が数日後に届いたという(福袋研究会の調査による)。

 一方、「松屋起源説」というのがあるらしい。松屋に尋ねたところ、「松屋の前身である鶴屋呉服店から明治40年に発売。中身と価格は不明」と即答があったという(同研究会調査による)。いずれにしても、明治時末期に誕生していたというのは驚きである。

 そのような古典的な福袋は別格として、我々が記憶する時代の福袋は庶民の夢の買い物であったような気がする。少ないお年玉を持って正月三ケ日にデパートに買いに行くのは一種のステータスであり、正月のひとつの楽しみ方でもあった。まだ見ぬその中身を開けるスリルとそれを囲む家族のささやかな喜びがあったように思う。

 さて時代も移り変わり今日ではどうか。今年も福袋を求めて百貨店の前に前夜から並ぶ人の列をみる。百貨店によっては開店して2分もしないうちに用意した福袋が売り切れたそうである。福袋の中身は昔と違って、男物衣料、女物装飾品、男物シューズ、女物バッグなどと仕分けられ、おまけにサイズやメーカーまで記してある。買う側は開店と同時に目的のブースにひた走る。われ先と競う。中身を見ようと袋を破る。これはもはや買い物というより奪い合いの様相を呈する。

 3万円のものが1万円で買える、その目的だけで行列してまで競って買う。どうしても欲しいものがあって買い求めているわけではない。それなのに、せきたてられるように。そこにはもう、ささやかな「福」をわずかなお小遣いで買うという素朴な楽しみや心情の微塵もない。

 何かがどうしても欲しくて買うのではない感覚。何かにせきたてられて買う感覚。この感覚は通販ショッピングやテレビショッピングにも類似する。果たしてこの国は「満たされた社会」なのかと危惧する。欲しいものがわからない「満たされてない社会」ではないかと。必要でもない物に依存する社会、買わないと酸欠状態に陥る社会、何かにせきたてられる社会。これは満たされない社会でしょう。

「ぱなし族」

 世の中には「やりっぱなし」「出しっぱなし」「言いっぱなし」「使いっぱなし」の人が多い。こうした人種を私は「ぱなし族」と命名した。

 娘と婿が孫を連れて我が家に時々来るのは嬉しい。遠方の息子が正月やお盆に帰ってくるのも嬉しい。娘や息子が友達を連れて我が家に遊びに来るのも楽しい。しかし、どうもこの連中は「元に戻す」ことをしない「ぱなし族」なのである。

 例えば、トイレ。トイレに入ったときに便器の蓋は閉じてあったであろうに、開けたまま出てくる。水勢や便座の温度を自分なりに変えるのはよい。しかし、この連中は元に戻すことをしない。連中はそれぞれに水勢の個性を持っているので、直近に誰が入っていたか、すぐにわかる。トイレットペーパーを使用したらわざわざ先端を三角にしろとまで言っていない。せめてトイレットペーパーがなくなったら、次の人のために替えておくのは当然だろ。

 それにしても、この連中はトイレの回数が多くて長過ぎる。トイレで何を熟慮しているのか。それとも難産しているのか。あとの人のことを考えろ。トイレから出てきてもすぐに入るのは失礼だからと躊躇していると、連中は躊躇することなくさっさと入る。だから、管理人はいつまでたってもトイレを使用することができない。

 洗面所で朝シャンしたのであろう。シャワー栓から普通栓に切り替えていない。シャワーの引き伸ばし蛇口がカチッと元に戻っていない。歯ブラシを定位置に戻していない。雑誌を読めば机の上に放り投げ、椅子は出したら出しっぱなし。食事をすれば食べた食器はそのまま放置しっぱなし。テレビをつけたと思ったらしばらくして本を読み始めたが、テレビはつけっぱなし。部屋に入ったらスリッパを用意するのに、履かない。たまに履いてもそこら辺に放っている。別にお行儀よくスリッパを履けと言っているのではない。素足で歩かれるとフローリングが油まみれになるからだ。

 そんなこんなで、娘や婿、息子が帰ってくると、我が家の住環境は悪化する。そればかりか、管理人の私は皆さんの後についていって、後始末をして廻る始末である。この「ぱなし族」は世の若い世代に共通するのか。それとも我が家だけのことなのか。「親の顔が見たい!」と怒鳴っても、私が親である。すると、これは単なる我が家のシツケが悪いという単純な問題に他ならないことになる。ただ、私の家族に限らず社員にしても親戚にしても比較的若い世代の人間に同じような傾向が見られる。

 それでは「ぱなし族」がなぜ横行しているのか。彼らは恐らく自宅でもそうであろう。だとすると、彼らは他人の家や環境においても自宅と同じ感覚でいることになる。我々の時代には「郷に入れば郷に従え」と言われ、自分の家でも親爺や母親の顔色を見ながら過ごし、ましてや、他人の家に入れば緊張すらしたものだ。親を含めた社会全体がやかましく言わなくなった負の遺産なのであろうか。

 そういう意味では、現代の「ぱなし族」は屈託ない。人目を気にしないおおらかな性格でもある。果たしてこれで良いのか。何も前述したこまごました生活習慣のことだけを言っているのではない。日常の生活容態は社会においても反映されるものである。たまたま家庭という最小の社会空間において見過ごされていることだが、社会はそれを許容するであろうか。「生きるということは、これすべて気遣うことに他ならない」ことを早晩、「ぱなし族」に伝授する必要がありそうだ


年頭の誓い(初心に帰る)

 起業したのは18年前、バブル崩壊後の不景気な時代であった。こんな不景気な時によく独立したものだと揶揄された。しかし今から考えると、不景気といっていたその時代は、今と比較するとすごく景気が良かったことになる。つまり、景気はここ20年近く高層ビルの下り専用非常階段のように下り続けている。途中に踊り場もあったが、確実に下り続けている。さらに、今の不景気も将来ではあの時の方がましだったという日が来るかも知れない。1ドル80円や85円で一喜一憂しているが、1ドル10円の時代がくるかも知れない。それほど、今の経済は低迷し不透明である。

 起業した頃は何もかも辛抱の連続であった。会社設立準備を司法書士に頼む余裕もなく、設立はすべて自分で行った。事務所を借りるお金もなく、自宅を事務所にした。会社の備品はノートパソコン1台だけの寂しい船出であった。最初の仕事は、同居人に軽自動車で伴走してもらい、野を、山を調査に這いずり廻った。この頃、お昼は海岸線で同居人と海を眺めながら腰かけた。ほおばったおにぎりの美味しかったこと。お金はなくとも夢があった。きっと見ていろという気概もあった。何にしろすべてに一生懸命であった。

 そのかいあってか、その後、ビルにオフィスを設け、従業員も増えていった。仕事も順調に増えた。飛躍的には発展しなかったものの、経営は曲がりなりにも順調に推移した。しかし、昔の苦労は徐々に脳裏から忘れさられていった。普通にやれば普通に儲かるものだと勘違いもし始めた。そして、気がつけば今、不景気の坩堝(るつぼ)にある。

 会社経営がままならない現状を、不景気だからとか、社会のせいにするのは簡単である。しかしそこからは何も出てこない。どうすべきなのか。何かが違う。何かが足りない。何かを忘れている。

 そういえば、昔は会社に行くと必ず神棚に拝んでいた。2礼2拍1礼をして今日の安全と発展を祈願したものだ。それが、18年経った今はしていない。別に神がどうにかしてくれるわけではない。しかし、それこそが足りないことのひとつではないのか。お客さんや社会に感謝し、今日も仕事をさせていただくことの喜びに感謝し、奢ることなく謙虚に誠実に仕事をすることを誓う、その気持ちが今、薄れているのだ。そうだ、足りないのは初心である。
 

新年のご挨拶

シニア・ナビの皆さま、ブログ読者の皆さま、新年明けましておめでとうございます。

皆さまにおかれましては、それぞれの思いで新年を迎えられていることと存じます。

烏兎匆匆(うとそうそう)、年月の経過は早いものです。私も齢62を迎えました。

アメリカの詩人サムエル・ウルマンは、
青春の定義について次のように記しています。
「青春とは人生の一時期ではない、青春とは心のあり方である、志の高さであり、思いの質であり、生き生きした感情であり、人は年を重ねるだけでは老いはしない。ただ理想を失うことによって老いるのである」

毎日毎日を粛々と過ごしながらも、これまでどおり、生き生きした感情をもち、ささやかな目標をもちたいと思います。そんなに頑張らなくともよい。目標をもつことや成功することが目的ではない。その過程において心の糧をもつことが重要なことである。老いは体であり、心に青春を取り戻そうと思う。
そして、兎年のこのときに少しだけ跡を振り返ってみたいと思います。

今日からブログを開店したします。
本年もよろしくお願いします。

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団塊の世代を突っ走った田舎侍の遠吠えです。聞いてやってください。実話から世評までもろもろですが、一貫して、辛口です。

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