伴侶を亡くした男たち

 義母が亡くなってもう5ケ月がたとうとしている。義母を亡くしてこのかた、残された義父の姿を見ていると、伴侶をなくした男の弱さをまざまざと見せつけられる。伴侶をなくした男たちの多くは、戦友を亡くしたと思うらしい。さみしさと喪失感の深さは無論のことであるが、すまなかったとの後悔の念をいだき続けるという。

 テレビをみる気がしない。音楽を聞く気がしない。本を読む気がしない。他人と話をする気がしない。趣味にしていたことさえ手につかない。とにかく何もしたくない。ただ呆然と位牌の前でうずくまる日々である。

 先日、奥さんを亡くした俳優、仲代達代のその後の生活ぶりをテレビで垣間見た。義父と同じ姿がそこにあった。伴侶をなくした男たちの末路はいずこも同じなのか。それでも、仲代達代の場合はまだいい。彼には舞台という逃れられない使命があり、舞台をしている間は忘れることができるから。リタイアし、伴侶にほとんど任せっきりの男の場合、伴侶を亡くした後の気持ちは幾ばくであろうか、計り知れない。

 こんなとき、気晴らしにあれしたらこれしたらと、アドバイスするのもいいのかなと思ったが、実はそうではないらしい。本人はこんなとき、あれもこれもしたくないのである。こんなときは、故人の思い出話などをゆっくりと聞いてあげるのが一番だと、どなたかにアドバイスしていただいた。そのとおりだと思う。憔悴しきった人を手助けするのは容易なことではない。身近に信頼できる人がいて、つかず離れずの距離感で見守り、ゆっくりとした時間の中で癒すしか方法はないのか。
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大野雄大

大野雄大

 大野雄大は仏教大学の左腕であり、昨日のプロ野球ドラフト会議で中日ドラゴンズが1位指名した選手である。今年のドラフト会議は、早稲田大学の斉藤佑樹と大石達也、中央大学の沢村拓一と、本格派の投手が目白押しであり、どの球団も獲得にしのぎを削った。

 姉とふたり兄弟の雄大には父親がいない。幼い頃から母親の手で育てられた。母親は日夜働きながら、暇をみては雄大の投球練習を支援した。その支援ぶりは壮絶である。150kmにも及ぶ雄大の剛速球を女ながらキャッチングするというものである。実際、母親の手や足、膝は剛速球が直接あたった腫れや傷が痛々しい。雄大はとても大学に行ける環境ではなかったが、部活が終わって深夜から明け方までガソリンスタンドでバイトして学費を稼いだ。睡眠時間は本人曰く、毎日1~2時間の生活であったそうだ。

 雄大には、ハンカチ王子の斉藤のような華やかさはない。大石のようなスター性はない。沢村のような逸材ではないかも知れない。雄大はそれこそ雑草の中から這い上がった根性の選手である。しかも彼は現在、故障者リストにある。そんな雄大を中日は1位指名した。ドラフト3位指名から頂点を極めた落合監督ならではの采配であろう。

 ドラフトで1位指名された雄大は、契約金でオカンに車を買ってやるという。オカンも苦労のしがいがあったろう。泣きじゃくるオカンを横目に、雄大はきりっとすがすがしい。何とも頼もしい選手だ。大野雄大という名を覚えておこう。そして雄大の今後の活躍を期待する。

初めての里帰り

 娘が7ケ月の初孫を連れて旦那とともに里帰りした。初孫はかわいいのだが、娘は生まれてこのかた一時も離さず育ててきているので、人見知りがひどい。娘が美容院に行くといって旦那が子守をしたら、その間、ずっと大泣きだったそうな。そのくらい、お母さん一辺倒の甘えん坊に育っている。

 里帰りするや否や、ふたりの最初の結婚記念日だから2人で食事に行きたいという。ということは・・・・・、預かってくれという意味だ。それはいいけど、大丈夫かなと心配であった。そんな気持ちもよそに、2人はとっとと出かけて行った。

 案の上、最初から大泣きである。マンション中に響き渡り、隣人に迷惑ではないかと気を病む。抱っこすればもっと大泣きし、置いても泣きながら家中を這い廻ってお母さんを探す。気分を変えようと外に連れ出したら、それこそ人さらいのように見られた。

 結局、1時間ほど泣き続け、泣きつかれて寝てくれた。そんなことどこ吹く風って感じで、新婚のおふたりは意気揚々と帰ってきた。大の酒好きの娘であるが、妊娠中から断酒を実行してこれまで我慢してきた。今日の結婚記念日に初めてワインを飲んだと嬉しそう。

 さて、お酒飲んだのでしばらくお乳は止めてミルクを飲まそうとするがするが、飲まない。これまで最初に母乳を飲まして次にミルクを飲ませてきたので、最初の口あたりが悪いのだろう。夜中になっても頑固としてミルクを拒み続ける孫。ちょっとくらいのお酒で1食くらい大丈夫だろうと説得するが、娘も断固として聞かない。どちらもどちら、頑固な母と子。

 結局、夜中中泣き続け、明け方、堪忍したかのように孫がミルクを飲んだ。同じ頑固でも娘より孫の方が協調性あるかも。ほとほと疲れて寝不足の里帰りであった。



 なお、写真は3ケ月頃のもの。娘が既にTVにアップしているので、肖像権を放棄したものとして掲載した。


初孫

CYBER WAR(サイバー戦争)

 我々は、戦争というとミサイルやテポドン、ノドン、核兵器といった武器を想像するが、インターネット空間における「サイバー攻撃」という目に見えない最強の武器の脅威にさらされている現実を常に意識しなくてはならない。

 主なサイバー攻撃には次のようなものがある。
○サイト書き換え-----システムやソフトウエアの穴を利用してサイトを書き換える
○システム侵入--------システムに入り込み、システムを不正に操作できる状態を実現する
○ウイルス攻撃--------ウイルスソフトをネトワーク経由でばらまき、感染したコンピューターのデータを消したりパスワードを盗んだりする
○サイパー・スパイ活動-----ネットワークを通じて情報を盗み出す
○なりすまし-----------他人のIDやパスワードを盗用してネットワーク上で活動する
○フィッシング--------偽りのウエブサイトを使って利用者をおびきよせ、個人情報などを不正に取得する

 ウイルス攻撃は我々のパソコンにおいても日常化しているが、サイト書き換えも頻繁に起きている。先日も「尖閣」という文字が存在するサイトページが中国からの不正侵入により書き換えられている。日本政府各省庁にはシステム侵入の兆候が頻繁に確認されるなど、システム侵入もほとんど日常化している。

 サイバー攻撃をしかけるのは軍服を着込んだ武装兵士ではない。犯人は自分たちが何者なのかなどと名乗ったりもしない。犯人を特定する明確な証拠もない。明確な証拠がない限り、弾劾することは難しい。しかし、そこらの武力攻撃よりももっと危険である。

 国どうしのサイバー戦争になると、さらに深刻である。AとBの国の間に紛争を起こそうと、別の国がA国内からB国内への集中攻撃があったようにみせることもできる。また、ある国のインフラ施設に攻撃があったとしても、誰が仕掛けたのか特定するのがとても難しい。既に米軍は、世界中の多くのコンピューターが中国国内から侵入を受けていると指摘している。実際、中国には10万人ものサイバー部隊が情報制圧にあたっているという。中国、ロシアなどからの攻撃に対処するため、米軍はコンピューター・ネットワーク空間で活動する専門部隊「サイパーコマンド」を先日、発足させたという。

 インターネットの発達とその特性である脆弱性に伴って、我々は一般的な戦争とは別の戦争、CYBER WAR(サイバー戦争)の渦中にさらされている。今、世界が通常の武力による戦争回避のための世界平和を叫んでいるが、CYBER WAR(サイバー戦争)に対する協調をしないと、とんでもないことになる。もしかしたら、世界の平和を脅かす最大の脅威は核ではなく、情報制圧にあるのかも知れない。

娘は農家に嫁に出すべし

 娘は昨年、実家が農家の次男に嫁いだ。娘は再婚であるが、相手の婿は初婚で年下。それだけでもありがたい話であるが、おまけに相手の実家が農家という特典つきである。相手が次男だから農家を継ぐ必要もなく、娘はイタリアンシェフの婿と広島市内のマンションに農家と無縁の生活を営む。願ったりかなったりである。

 娘夫婦のところには実家からお米や野菜が定期的に届けられる。幼な子を抱えて経済的にもぎりぎりの娘夫婦にとっては、最低限の食料保障つきのようなものである。ありがたい、ありがたい。

 そう思っていた矢先、最近になって、私の家にまでお米や野菜が届くようになった。おすそ分けのつもりで有難くいただいた。そしたら、それが次第に定期便になってきた。そして先日は、ついに新米と松茸が届いたのである。裏山に行ってみたらあったので、少ないけどと。少ないって、これって買えばすごく高いのに、もっとも買わないけど、と思いながら、丁重にお礼を申しあげた。漁夫の利とはこのことか。

 ただひとつ、悩みがある。長年、農家から無農薬のお米を送っていただいている。ダンボールの中に、お米の隙間に野菜を一杯詰め込んで送ってくれる古森さんと取引してきた。一度も会ったことがないが、電話でいつも会話して、素朴で優しいおじいちゃんって感じの方。毎年、年賀も交わしている。

 そのうち、古森さんからのお米と娘の実家からのお米でだぶついてきた。古森さんに事情を説明した。「農家に嫁に出して先方からお米をいただくようになりました。申し訳ないです」と。すると森さん悪びれずに、「そうですか、農家にお嫁入りですか、そりゃ良かったですね」と逆に祝福された。結局、古森さんとの関係もなくしたくない思いがあり、古森さんからも少しずつでも送っていただくようにした。



松茸

スマートフォン戦争

 
先週、「ケータイ依存症」をここで記事にしたところ、多くの方から反響があった。ありがとうございました。コメントの多くが、多かれ少なかれ私も依存症である、という内容であった。これほどまでに「ケータイ依存症」が浸透(進行)しているのかと、改めて実感したところである。

 しかしその直後、友人から「ケータイ」という言葉自体がもう死語に近い、という指摘を受けた。確かに。既に普及しているiPhoneに続いて、最近、auとNTTドコモからも新しいスマートフォンが相次いで発表され、3社三つ巴のスマートフォン戦争がもう間近にあるのが現実である。

 若者に人気でテレビコマーシャルでもお馴染みの、例のiPhone。確かに格好よくて、あんな風にモニターを指で広げたり縮めたり、いろんなソフトを搭載しているし、欲しいと思っていた。しかし、au派の私としてはsoftbankに乗り移ることができず、また機能的にもケータイであるようだけどケータイでないところがあるので、拒絶していた。実際にiPhoneを持っている人の多くが、別にケータイを持っているのである。

 しかし、11月にauが売り出すスマートフォンIS03にはGoogleが開発に携わった「Android」というグローバルなOSを採用している。おまけに、今までと変わらぬ携帯電話機能やサービス(高画質カメラ、ワンセグ、おサイフケータイ、赤外線通信、LISMO)を搭載しているという。こりゃ、誘惑に負けそうである。NTTドコモも同じような機能のGALAXYSを発売するという。

 このようなスマートフォンは、もはや「ケータイ」ではなくてパソコンそのものである。モバイルにケータイ機能が付いていると考えた方がよかろう。このように「ケータイ」が日々、進化している現状にあって、求められるのは消費者の賢明な選択である。今のケータイの機能も十分に使いこなせない人にスマートフォンは必要ないのだ。電子書籍といっても、やはり紙のものでしょうという気持ちも多くの人にあると思う。そして最も危惧するのは、スマートフォンが必要でない人のための簡単「ケータイ」がこの世からなくなることである。技術革新には常に弱者のためのフォローが求められる。

ケータイ依存症

 最近、電車やバスに乗ると異様な光景を目にする。10人中8人くらいが携帯電話(ケータイ)を手にしているのである。交通機関に限らず、病院でもどこでも人が集まるところでは、もうすっかに見慣れた光景となっている。あげくに、歩行しながらもケータイする人が多いこと。電話とメールの他に、各種情報をみたり、音楽を聞いたり、人それぞれに活用の仕方は違う。
   
 先日、友達の社長からケータイに電話があった。「すみません、家の中がパニックになっていたので申し訳ない」と。先ほどこちらが電話したとき、後でかけ直しますって、そそくさとケータイを切った言い訳である。話を聞くと、中学生の娘がケータイをなくしたてパニックになり、家中が大騒ぎになっていたという。どうも仕事の打ち合わせより娘がケータイをなくしたことの方が一大事らしい。

 今時の中学生や高校生の間ではこうした「ケータイ依存症」が蔓延している。思春期はえたいの知れない感情によって心身が揺さぶられ、不安になりやすい。だからケータイに多くの友達を登録し、毎日、友達のブログをケータイでチェックする。ケータイメールは友達とつながっているという安心感を与える。しかし不安の根本は解消されてないので、すぐまた寂しくなる。だから、またメールを送る。食事中でもトイレでも、風呂に入るときまでもケータイを手放さない。ずっと触っていないと気がすまない。やることがなく、手持ちぶたさでもケータイだけは触っている。そのうち、鳴ってもいないのにブルブルという振動音が聞こえてくる気がする。幻聴現象である。

 こうした現象は、精神医学においては明確に「依存症」として認定されよう。飲酒やギャンブルのようなものに手を出して、やめるべき理由が出てきても辞められなくなった状態を「依存症」と呼ぶ。「ケータイ依存症」はその程度が軽いか重いかの違いはあるものの、中学生や高校生に限ったことではない。前述したようにケータイを常に手にした人が大多数いる現状では、現代人のほとんどの人が発症しているのではないだろうか。

 その実、私もいつの間にかその「ケータイ依存症」を患っているのだ。野球速報をみたり、時事速報をみたり、天気予報をみたり、病院の待ち人数を確認したり、現在地周辺の情報を検索したり、必要以上にケータイに依存している。人がケータイを開いているのをみると、必要もないのに自分もいつの間にか開いている。ケータイの送受信履歴を何度も確認したり、やたらと開いてメールの受信を確認したりしている。いつでもどこでも身から離さない。寝ていても近くにないと落ち着かない。何を隠そう、私は女子中学生よりもタチが悪い「ケータイ依存症」なのである。

マイケル・サンデル教授のこと

マイケル・サンデル

 アメリカの建国よりも古い1636年に創立のハーバード大学において、履修学生数が最高記録を更新した授業がある。政治哲学者であるマイケル・サンデル教授による「Justice(正義)」に関する熱血授業である。大学の劇場でもある大教室には、毎回1,000人を超える学生がぎっしり埋まる。あまりの人気ぶりにハーバード大学では、授業非公開という原則を覆して授業の公開に踏み切った。ハーバード大学の授業が一般の目に触れるのは、史上初めてのことである。

 先日、東大・安田講堂において日本で始めての特別講義があり、熱狂のうちに終了した。その後、NHKで特集として大きく取り上げられ、波紋を呼んでいる。なぜ、サンデル教授の講義がすごいのか、彼の魅力について考えてみた。

 サンデル教授は、私たちが日々の生活の中で直面する題材に対して、「君ならどうするか?何が正しい行いなのか?その理由は?」と、学生に投げかけ、活発な議論を引き出し、その判断の倫理的正当性を問うていく。彼の講義は一般の講義とは違う。教員と学生との闊達な対話で授業を進めていく、所謂、ソクラテス方式を採用していることである。

 彼の講義の魅力について、大学教授、学者、学生、一般人などがいろいろな立場から意見を述べている。それら意見の最大公約数は、上からの押し付け講義ではなく、「君ならどう考える?」といった対話方式だという。勿論、サンデル教授による講義の特徴は対話方式(ソクラテス方式)であり、そこが普通の講義と根本的に違うところである。しかし、誰もが、いつ、どこででも対話方式によって成功するとは限らない。対話方式という形態を真似することは容易であるが、成功さすことは容易ではない。対話方式によって、むしろ講義が混乱し、収拾しないことが予想されるからである。

 それでは、サンデル教授の対話方式の講義はなぜ成功するのか。ひとつは政治哲学や倫理哲学をテーマにしているからである。それらの分野においては答えがないといっても過言でないだろう。悩むこと、議論すること、その過程が学問でもあるからだ。対話方式の講義を理系の講義に適用できるかというと、少し疑問である。

 次に、対話方式を成功さすためには優秀な指揮者(コンダクター)が必要である。討論の題材に対して、相反する意見を述べさせる、その意見の問題点を指摘する、相反する意見の根本的違いを追及していく、本題から反れそうになれば軌道修正する、できるだけ具体的な例題で示す、双方の意見の共通点を見出す、無理に意見を集約させない、などである。

 このことは大学の講義に限らず、会社の会議においても、マンションの理事会においても、家族会議においても、井戸端会議においても共通する。大切なことは事の本質を理解した有能な指揮者(コンダクター)がいるかということである。指揮者(コンダクター)は講師であったり、司会であったり、社長であったり、父親であったりもする。そして、何よりも大切なことは指揮者(コンダクター)の人間的な魅力である。日本の大学教授がサンデル教授の講義の魅力を紹介し、ただし自分にはできないと自白する。その根本原因は、指揮者(コンダクター)としての人間的魅力がないからでもある。

中国の矛盾と苦悩

 破壊活動を伴う大規模な反日デモが中国内陸の地方都市で相次いで起こっている。パナソニックやソニーの看板や窓ガラス、トヨタ車などが壊された。これはデモというより、まさに暴動である。舞台は内陸部であり、主役のほとんどは愛国教育を受けた世代の学生である。沿岸部に比べて成長が遅れている内陸部においては、若者の就職が困難であり、貧富の格差が顕著である。政府に対する怒りの矛先が反日に向けられたとみられる。

 このようなデモや暴動に対する中国当局の態度は一貫している。暴力行為を強く批判することなく、祖国を思う若者への理解を示してきた。それどころか、その原因は相手国にあるとして相手国を非難する。今回もそうであるが、05年の反日デモ、08年のチベット問題に対するフランスへの抗議など、過去の暴動もすべてそうである。愛国教育を教え込んだ手負いの若トラが飼い主に牙を向けるのを怖がっているからである。まさに、自分が撒いた種である。

 しかし、尖閣問題が政治間レベルで沈静化しようとしているこの時期になぜ、と思う。時折しも中国共産党の幹部が北京に集結して重要な会議をしているときである。習近平氏が副主席となり、胡錦濤の後継者に事実上確定したときである。習近平氏は内陸部出身の苦労人である。リベラルな姿勢で知られ、官僚の腐敗に対して厳しく臨み、政治的にも経済的にも開放的な姿勢をもった指導者として知られる。この習近平に対するアピールであろうと推察する。それほどに現政府への不満が深刻化していると考えられる。

 中国はこの事件によっても国際的に品位を下げた。尖閣諸島をはじめとする東南アジアにおける領海権問題、ノーベル賞問題、人民元の問題、国内事情と、異端児である中国は世界から孤立していく。いくら経済的に超大国になったとはいえ決して容認されるべきものではない。中国は市場経済と非民主国家という自己矛盾を抱えながら、これからも苦悩していくであろう。

梅棹忠夫に学ぶ

梅棹忠夫

1943 京都大学理学部卒業
1949 大阪市立大学理工学部助教授
1965 京都大学人文科学研究所助教授
1969 京都大学人文科学研究所教授
1974 民博初代館長
1983 財団法人千里文化財団会長
1993 民博顧問、同名誉教授、総合研究大学院大学名誉教授
1996 京都大学名誉教授

 2010年7月3日に梅棹忠夫さんが亡くなって3ケ月以上経過したが、今、ちょっとした梅棹忠夫ブームになっている。梅棹忠夫さんは、上記経歴をもつ生態学者、民族学者である。日本における文化人類学のパイオニアであり、梅棹文明学とも称されるユニークな文明論を展開し、多方面に多くの影響を与えてきた人物である。

 そのような経歴はともかく、梅棹忠夫がなぜ今、脚光をあびるのかというと、彼の人柄とユニークな議論展開にある。京都大学人文研の共同研究会に彼のエピソードが多くある。共同研究会は文系、理系の枠を超えて専門を異にする研究者が同じテーマで多角的に論じ合う。そこでは文献引用ではなく、自分で調査し考えた結果に基づいて語ることが求められた。

 共同研究会は午後1時ころから始まるが、夜型人間の梅棹さんは大幅に遅刻して出席し、しばしば居眠りもしたらしい。でも議論は聞いていた。研究会のメンバーが、さあお開きにしようとした午後6時頃、にわかに目覚め、それまでの議論は全部間違いだと断じ、自らの見解で押しまくることが多かったと聞く。

 梅棹は京都・北白川の自宅で「梅棹サロン」を開き、学生や若い研究者を集めて明け方まで議論もよくしたらしい。ビールは飲み放題。話題は地球から宇宙、自然科学、人文科学、社会科学の全領域にわたった。例えば、「京阪電車はなぜ駅弁を売らないのか」というテーマを出す。「駅弁があるのは国鉄だけですよ」と答えると、梅棹さんは「伊勢へ行く近鉄は売ってるじゃないか」という。さらに「同じ近鉄でも京都線はなぜ売っていないんだ」と切り返す。議論のための議論を吹っかけるのである。どうしたら理屈がたてられるか。理論ではなく、理屈を楽しむのだ。その中で梅棹は学問を練っていたのであろう。

 今どき、梅棹さんのような懐が広いボスはいないが、彼のすばらしさはその人柄以外でも多い。固定観念にとらわれずに素朴な疑問を投げかける。過去の文献や考え方にとらわれずに、自由な発想をする。できるだけ幅広い人脈と議論する。その中で普遍的な理屈を立てる。そのことを学問として系統化する。「何のために学問をするのか」という問いに、彼は「自分がおもしろいからやっているんだ」と答える。まさに「知的プレーボーイ」なのだ。

 別に学問に限ったことではない。我々は身内、限られた地域、同じ趣味、社内、同好会など、とかく仲間うちで議論して納得していることが多い。そうすると、そうだね、そうだねで終わってしまうことが多い。それはそれで、良いわけであるが、見識の広さとか自己研鑽の面では、もう一歩踏み込むほうがよい。

 仲間うちとは全く違う人種と交流すると、全く違う価値観や考え方に出くわすものである。そうすると、自己の考え方の正統性が崩れたり、あるいは逆に自己の考え方に確信がもてたりもする。趣味や芸術においても、全く異なった分野の方と交流すると、仲間うちの常識が固定観念であり、非常識であることに気づくこともある。それによって、趣味や芸術に新しい工夫をもたらすこともある。さらに、仕事や趣味や芸術に対する考え方の幅が広がり、それらが新しい進化をとげることもある。自身も楽になることもある。

 こういう屁理屈を立ててまで、今夜も見知らぬ隣人との会話を楽しむため秋の酒席に繰り出す自分自身がいとおしい。



チリ落盤事故の反省

 先日、私はチリ落盤事故に関して、「チリ落盤事故の教訓」として記した。救出劇を祝すとともに、33人が奇跡的に救出された要因として、優秀なリーダーのもとに結束したこと、地上の家族との強い愛の絆があったことをあげた。そしてこの救出劇によって、我々は一人では生きていけないこと、愛なくしては生きていけないことを改めて教訓として学ぶことができたとした。しかしその後の報道を見聞きするに、祝福の延長線にとどまるばかりでなので、ここにあえて苦言を呈することにした。

 奇跡的に救出された33人はその後もヒーロー(英雄)としてもてはやされ、高額の報酬を餌に出版や映画の話までとりざたされている始末である。しかし、ここではっきり言っておく。彼ら33人はヒーローでも何でもない。鉱山事故のただの被害者である。奇跡的に彼らは救出されたが、本来であれば地下に埋没されたままの死亡者である。また彼らを救うのに、おそらく33人の生涯給与以上の莫大な費用がかかっているのも事実である。

 33人の生存が確認された以上、どのような代償を払っても彼らを救出することが優先されることは無論である。しかし救出された今、この事故が人災であることを明確にして、総括しなければならないのではないのか。事故発生の何ケ月前にも同じ鉱山で事故死亡者が出ている他、同じ鉱山で過去に何度も事故が繰り返され、その都度、安全上の問題も指摘された鉱山である。それなのに、ヒーローとしてもてはやし手放しで喜んでよいものか。まして、チリ大統領までもヒーローのおすそ分けをいただいている様子は容認し難い。チリ大統領や鉱山責任者は、救出を祝う前に、事故が発生したことに対してまず陳謝すべきである。それが筋というものではないか。

 中国では昨日も炭鉱事故があり、26人が死亡、11人がいまだに坑内に取り残されている。そして、中国では毎月のように炭鉱事故による死者が出ている。この現実とチリの救出劇の違いは何なのか。いずれも人災である。世界における人災による事故被害をなくすために、救出劇に酔いしれている余裕はないはずである。

長州魂

長州魂

 座右の銘とまでかしこまらなくとも、誰しも人生の中であるいは暮らしの中で、モットーとか教訓みたいなものをもっていると思う。ちゃんとした言葉でなくとも、これだけは譲れないというものがあるだろう。その内容そのものが、その人となりを形成するものである。

 私ごとで恐縮ですが、私の場合は「長州魂」である。先祖が長州藩士であったことにもよるが、幼い頃から毎日のように、行商に出かける母親から言われた言葉である。「長州藩士の子孫なのだから、ひもじくても人に物をもらうんじゃないよ」といった具合だ。今にしてみれば、母親は長州藩士の子孫にかこつけて、貧乏に耐えるすべを教えていたのだろう。

 しかし、「長州魂」は私にとって生涯の人生教訓を示す言葉となった。「長州魂」は座右の銘ではなく、精神論とも言える。私が2歳のとき父は逝ったが、その父がよく言っていたという言葉は、「人に後ろ指を指されることだけはするな」「自己の理想に邁進せよ」「心のプライドを捨てるな」「真を貫け」といった類である。今思えば、これらは維新の志士たちの精神道に合い通ずるところがあるような気がする。そして、やたらと長州人であることを誇りにしていたという。母は父亡きあと、父の思いを幼い私に伝えたのであろう。

 他人からみれば何でもない滑稽なことである。ただ長州に生まれただけのことであり、それも明治維新から150年も経った空ごとである。しかし本人は未だ長州藩士であるかの如く身の振る舞いをすることがあるから、おかしい。以心伝心とはこのことか。郷土を愛する気持ちも半端ではない。名古屋に赴任していたころ、宇部商や下関商が甲子園に出るとなれば、直接甲子園に行けばよいものを、一旦、郷里に戻り応援団のバスに乗って甲子園に行ったものである。今でも長州(山口県)に対する思いはひとしおである。

 プロフィールにも記してあるように、ただの田舎侍の遠吠えと一笑にふしていただきたい。ただ、人はそれぞれに人生の教訓や思いをもつものであり、それが個性となっているものである。そうした教訓や思いを、いつまでも大切にしながら生きていきたいものである。

異論・龍馬伝

龍馬伝

 NHK大河ドラマ「龍馬伝」は盛況のうちに終了した。日本各地に降ってわいたように龍馬にまつわる名所、展示会、イベント、お土産を急ごしらえし、少なからず日本経済の活性化にも寄与した。20%を超える視聴率を支えた人気の最大の要因は、何といっても甘いマスクの福山雅治であろう。それに加えて、閉塞感漂う現代社会において、世直し、打破、希望を願う国民の総意ともとれる。

 しかし考えてみれば、何とも史実と違いすぎる龍馬伝であったことか。まず、実物の龍馬は写真でご存知のとおりブ男である。とても福山雅治とは似ても似つかないのである。ましてドラマでは土佐、江戸、京都、長崎と行く先々で美人にモテているが、実際にはモテていないのだ。

 まあ、この程度ならご愛嬌といきたいのだが、核心部分はどうも合点が行かない。ドラマで龍馬は「列強(外国)は日本を植民地化しようとしている、だから幕府を倒さないといけない」と繰り返している。すなわち、日本の植民地化を阻止することを倒幕の御旗に掲げている。これは間違いである、その証拠に、龍馬は長崎の英国人商人グラバーと親しくし、武器を大量に買い付けしている。また、龍馬が植民地化への危機感を持っていたという文書は何ひとつない。ドラマだからといって、史実とかけ離れて、本質的な問題をここまで間違ってよいものであろうかと思う。

 確かに、龍馬は脱藩した自由人であり、時代を見据えた先見性にたけている。大胆な構想力もある。しかし、これは青春像そのものである。龍馬は30代前半で暗殺された。龍馬の中年以降はない。仮に龍馬が明治維新後も生きていたら、時代を切り開く若々しいイメージはもてないだろう。

 経営者の中に龍馬にあこがれる人が多い。私自身も龍馬に限らず倒幕の志士にあこがれる。これは、中年以降の経営者が龍馬にあるべき青春像を重ねているのであろう。これは逆に言えば、成熟の拒否ともとれる。

チリ落盤事故の教訓

 昨日からの救出劇に世界が注目した。悲劇からハッピーエンドへ。この救出劇のキーワードは「希望」である。まさに、フェニックス(不死鳥)に託された希望を担う救出劇であった。世界中で暗いニュースが多い中で、全世界がこの「希望」に飛びついたといえる。全員が助かりそうだから、安心してみていられる。誰も傷つくことがないと想像できる。それに地下で救出を待つ側にもカメラがあり、地上と地下のライブ画像が興味を盛り立てる。こういう演出も含めて世界的な歓喜となった。

 さて、今回なぜ700mもの大深度に取り残された人を全員、救出することができたのであろうか。地上における世界の英知を駆使したあらゆる方面からの救出作戦が一番大きい。生存していることが確かめられたという幸運もあった。しかし、取り残された33人もの作業員が70日間もの間、暗黒の密室の中で生きていたことの方がよほど大きい。彼らがなぜ生きることができたのか。

 ひとつは、しっかりしたリーダーがいたからであろう。リーダーの的確な指示のもと、助け合いながら規則正しい生活を維持できたことが大きい。次に妻や子供や家族というものの存在が大きい。手紙や電話で家族と連絡をとることによって、家族の愛を肌で感じ、希望の明かりを消さないで済んだのであろう。

 すなわち、我々は一人では生きていけない、愛なくしては生きていけない、このことを教訓として学ぶことができる。

青春(贈る言葉)

 アメリカの詩人サムエル・ウルマンの「青春」には、青春の定義について記述されている。その内容は概ねこうである。「青春とは人生の一時期ではない、青春とは心のあり方である、志の高さであり、思いの質であり、生き生きした感情であり、人は年を重ねるだけでは老いはしない。ただ理想を失うことによって老いるのである。」

 人は誰しも年を重ねると老いる。老後を長年、病床で過ごす人もいよう。肩が痛い、腰が痛いと、体の痛みに苦しむ人もいよう。さほど痛みがなくとも、年々体は老化する。しかし、老いるのは体であり、心が老いるのではないと、サムエル・ウルマンは言っている。

 それでは、心の老いはどのようにして防げるのが、心の青春をどうのように取り戻せるのだろうか。人それぞれの体の老いと状況によっても、人それぞれの与えられた環境によっても、その方法は違うであろう。また、人それぞれの心のあり方や志の高さによっても、その方法は違うであろう。しかしながら、少なくとも「生き生きした感情」だけは誰しも持てるような気がする。

 病室の中から見る外の風景、患者さんや看護師さんの一挙手一投足に対しても、感受性をもって細やかに観察するだけで感情性が育まれる。家庭菜園、花々、街並木、人の行きかいを観察するだけで感情性が育まれる。すると、小さな菜園や花を自分で育ててみようと思う。それが育ってくれれば、喜びという感受性となりわが身にかえってくる。それに、出会いを大切にして会話を楽しむことができれば、さらに生き生きと過ごすことができよう。加えて、理想とまでいえなくとも、小さな目標をもてれば最高である。目標は、どんなに頑張ってもできないような遠いものであってなならない。さりとて、あっけなくできる安易なものであってもいけない。その中間くらいの適当なものを探そう。本の何ページまで読もうでもよい、今年はナスとトマトを作ろうでもよい、クリスマスローズを枯らすことなく育てようでもよい。何でもよいのだ。

 生き生きした感情をもち、ささやかな目標をもつことに、他人の目を気にする必要はない。それに、そんなに頑張らなくともよい。できる範囲を少しずつでよいのだ。失敗したらまたやればよい。目標をもつことや成功することが目的ではない。その過程において、心の糧をもつことが重要なことである。老いは体であり、心に青春を取り戻そう。そして、毎日毎日を粛々と過ごしながらも、生き生きとした感情をもって老後を過ごしたいものである。

 志をもって初心に帰り旅立ちされる方への贈る言葉として記する。



酒まつり

 10月9日・10日の週末、酒都・西条(東広島市)において酒祭りが行われた。例年の行事であるが、今回、初めて参加した。昨年の同じ酒まつりの日に、娘の結婚式があり、知り合いの個人タクシーの運転手に送迎を頼んだら、酒まつりに行くからと断られた。そこまでする酒まつりとは一体、どんな行事だろうと、お酒が特段に好きなわけではないが、参加したのである。

 酒都・西条が誇る酒倉が開放され、全国から集めた地酒が試飲できるとあって、毎年、全国の酒愛好家が西条に詰め掛ける。今年は主催者側の公表では24万人の人出だったという。その数字どおり、酒造通りはまさに芋の子を洗う混雑であった。

 全国都道府県の全銘柄が飲める酒ひろばはとくに人気であり、待ち行列が ビルの谷間を迂回旋回し延々と1km。待つこと40分、ようやく場内に入る。1人に1ケのお猪口と全国都道府県の全銘柄リストが渡された。各都道府県のブースに行って銘柄を名指しして注いでもらう。人気はやはり、酒どころの新潟県と兵庫県であった。

 東広島市は広島大学キャンパスがある学園都市でもあって、留学生の学生さんが多かった。立ち飲みのテーブル席の隣には中国からの留学生カップルがいて、話がはずんだ。

 白壁の酒蔵と赤いレンガの煙突、なんとも情緒ある西条の街並みを散策して帰った。



酒まつり

ノーベル平和賞の陽と陰

 中国は、今年のノーベル平和賞候補であった劉暁波に賞を与えないよう、ノルウェーの委員会に事前に圧力を加えた。それにも屈せず、委員会は獄中の彼にノーベル平和賞を与えた。これに対して、中国は猛反発している。受賞に関連する情報を遮断し、昨日はノルウェー漁業相との会談を拒否している。

 ノーベル平和賞をめぐっては、過去にも同じ例があった。1935年、ドイツのジャーナリストで平和運動家であった獄中のカール・フォン・オシエツキーへの授与である。全体主義に抗する言論人の受賞は、ヒトラーを激怒させた。ナチスは腹いせにノルウェーを占領したとき、委員を全員逮捕したという。

 ノーベル平和賞は時とともに、インパクトある平和のメッセージを世界に発信している。一方では、将来の世界の平和に寄与した人に対する賞賛である。昨年のオバマ大統領、2007年のゴア、1979年のマザーテレサなどがそうであろう。

 他方、平和と逆の行動に対して警笛もする。人権運動家の国による拘束に対して指導する。今年の例がしかりである。前述した1935年のカール・フォン・オシエツキーに限らず、1991年のアウンサンスーチー、1989年のダライラマがそうである。こうしたノーベル委員会の勇気を賞賛したい。同時にそのメッセージ性を素直に評価したい。

 今回のノーベル平和賞に関して言うと、世界が中国を民主の道に引きこもうとする強いメッセージが感じられる。劉暁波さんの妻・劉霞さんは「国は夫のたった1本のペンを怖がっている」と語っている。中国は古きに多くの賢人を輩出している。その賢人に見習うがよい。魯迅は「希望とは地上の道のようなもの」と述べている。もともと地上には道はない。歩く人が多くなればそれが道になる。中国民衆と政府が歩みゆく道を世界は凝視している。

検察審査会その2

 先日、私はこのブログにおいて、小沢さんの検察審査会による強制起訴に関連して、検察審査会の仕組みそのものに疑問を呈した。しかしその後の新聞報道などでは、「市民感覚が検察に挑む」などの見出しで、市民感覚の勝利を賞賛する内容の記事を多く目にした。ちょっと待てよ、それは違うんじゃないかと思い立ち、再度、ここに記すことにした。

 昭和23年制定の検察審査会は幾度も細かな改正が行われてきたが、いずれも検察審査会の決定は参考意見にすぎない範囲の改定であった。しかし、2009年5月に強制起訴権を与えるという決定的な改定が行われた。「市民と司法の間の距離を革命的に近づける」という理念からの改定であった。改定にあたっては、政治家や公務員、著名人の対象事件は市民感情によって左右されやすいとの懸念も確かにあったが、結局、市民感覚の導入が優先されたようである。

 改定からまだ1年ちょっとした経過していないが、はからずも、日本の首相にもなりかねなかった人物を起訴するという決断に至ったのである。以前にも記したように、プロである検察が不起訴としたものを素人だけで起訴として裁判に送り込めるものなのか、という疑問がどうしても残る。市民感覚の勝利というが、そもそも、感覚や感情で判断すべきじゃないだろうと強く言いたい。改正に関わったある法務省の幹部いわく「被害者や遺族の思いをくむための改革だったのに、政治家の起訴という予想外のところに入り込んでしまった」と後悔する。この言葉がこの制度の欠陥を象徴している。

ニセコの温泉開発

 北海道の友達からニセコで温泉候補地を探してくれとの依頼があった。ニセコには既に温泉の泉源は数箇所あるが、どこも水量が激減しているので代替水源の井戸を掘りたいらしい。一昨年、富良野プリンスホテルの温泉井戸候補地を頼まれて成功したので、柳の下・・・・のつもりで、また頼んできたのであろう。

 限られた範囲内で探すこと、必ず温泉がでること、格安の調査費でと、注文だけ立派である。本来なら低調にお断りする案件であるが、この友達、憎まれない友により仕方なく応諾した。

 温泉候補地を探すといっても、資料もほとんどないし、地下1000mのことだから何もわからないのが正直なところである。かといって、広島から北海道まで現地調査に行ったら相当な旅費になる。そこで「見てきたような嘘を言う」地質屋さんの本領発揮となる。

 地形学的にどうとか、地質学的にどうとか、はたまた地下水の水脈がどうとか、屁理屈に屁理屈を重ねた理論武装により候補地を絞った。作業の大半は、空中写真による地形判読から地下水脈の可能性があるリニアメントという構造を抽出する。作業日数2日で〆て50,000円。特別バーゲンの格安小商いであった。来年にはその結果がわかる。

ニセコ
(写真はGoogle 3D画像を引用・編集)

団塊モンスター

 基本的には真面目でいい加減なことが大嫌い。だけどプライドがひと一倍高く、文句言いで、悪いことにヒマが出てきた団塊のおやじのことを、「団塊モンスター」というらしい。

 マンション管理組合副理事長のSさんがその典型であった。短い逆立ちの白髪で少し赤ら顔のSさんは県のOBで私大文系の教授らしい。理事会で何か案件があるごとに、文句をまくし立てる。あまり問題ないことまで、わざわざ問題にする。私はプロですからと鼓舞して自慢話をはじめる。終いには、相手の意見をさえぎり、自分の意見を押し通す。顔を真っ赤にしてわめきたてる、その姿はまるでマントヒヒです。私も含めて既に理事の任期が終わりましたから関係ないですが。こんな人はちょっと困りものですが、私もこうして世を酷評する以上、団塊モンスターの一員かも知れない。

 逆に何もクレームをつけない人も多い。一般に若い人が多いが、団塊の世代にもみかける。こういう人は、クレームどころか向こうに落ち度があるのに抗議しないのである。何と奥ゆかしい人種であろうか。

 しかしながら、この世の中、店や企業、社会の仕組みまですべてにマニュアル化がまかり通っているから、クレームするかしないかで損得が大きく違ってくる。電気量販店の受付に行ってパソコンを修理に出すと、決まってバックアップしましたかと尋ねる。多くの人がバックアップしてないので、おずおずと持ち帰る。しかし、どうにかならないかと何度も執拗に押し問答すると、上の階の修理部に持っていけばバックアップしてくれるという。だったら、最初からそう言えよと。

 同じような例は意外に多い。店員や社員や役所はマニュアルに沿って忠実に行動している。今、お客さんが困ったことにどう対処するかという観点はない。

 このように、とにかくクレームを伝える。店や企業にしつこく食い下がることも時には大切である。ちゃんとクレームを発して食い下がればどうにかなる場合もある。日本が欧米、中国に比べてパワーがない原因は、クレームの発信とクレーム処理が日常化されていないことにある。クレームのない日常に物足りなさを感じることもある。だから、石原都知事の発言にたまにスカッとする自分がこわい。ともかく、クレームを発してみよう。そしてクレームを処理してみよう。少なくとも国にはプロによる最高の「クレーム処理」を披露して欲しいものである。


近くて遠い隣国

 尖閣諸島をめぐる一連の事件を通して、つくづく中国は近くて遠い国だと思う。テレビでお馴染みの中国女性報道官の高圧的発言に始まり、温家宝首相の国連を舞台にした声高発言、日本人社員の拘束、レアアースの輸出規制。どれをとっても、理不尽極まりないを通り越し、暴挙としか言いようがない。歴史的にみても国際法からみても尖閣諸島はわが国の領土であるという正論は中国には通用しないのだ。

 しかし少し冷静に考えてみれば、さもありなんと納得できる。考えてみるがいい。自由経済と議会制民主主義の日本に対して、相手は市場経済を導入しながらも共産党独裁の国家である。中国には法の支配が欠けている。法律や条約に従うというルールがない。法治よりも人治・党治が絶対的である。日本と中国では、国のかたちがまったく違うのだ。

 日中会談では中国の代表は時折、後ろに控える人の意向を確認する。その人物はうなずいたり、頭を横に振ったりする。まさしくこの人物が共産党の幹部である。党の意向は絶対的である。党と国民に気を使えばこその強行姿勢である。

 中国にあふれる海賊版CDをめぐって知的所有権を定めた条約に違反すると日本が指摘した。すると、中国が考案した漢字を日本は無断で使い続けてきたではないかと、真顔で反論するのである。尋常な国ではない。「ならず者国家」「やくざの集団」とまで言い放った評論家がいた。ともに漢字を使い、ともに米を食する隣国・中国であるが、まさに遠い国である。

 さて、こんな中国とどう向き合い、どう付き合うのか。今や世界経済を引率する中国に逆らっても国益を損ねるという評論家がいる。しかし、事は領土問題である。事は主権問題である。国の根幹に関わる問題に易々と引くわけにはいかないだろう。

 逆に逮捕した船長を釈放したのは中国に屈した行為であり大きな間違いだと主張する野党政治家。それでは、その政治家はどうすべきだったと言うのか。逮捕したまま拘留期間を延長して起訴するというのか。そうしたら、事態は日中の国交断絶にまで及んだかも知れない。

 ここは、領土と法に関して粛々と対応しながらも、成熟した国家の一員としての対応が望まれる。そういう意味で、今回の対応は弱腰外交のイメージは払拭できないが、ぎりぎり許せる大人の対応ではなかったろうか。欧米の国際国家はみなわかっている。尖閣諸島をめぐる一連の事件で国益を損ねたのは、日本ではなく、実は中国なのである。むしろ、孤立する大国・中国を世界が包囲し、正しい方向に導く知恵が求められる。



検察審査会

 別に、小沢さんを擁護するわけではない。小沢さんが起訴されるようになった、その結果に不満があるわけでもない。検察審査会の仕組みそのものに疑問を投げるものである。

 そもそも検察審査会とは、昭和23年に制定された検察審査会法に基づく仕組みであり、検察官が独占する起訴の権限行使に民意を反映させることを目的としている。つまり、検察官の不起訴処分(裁判にかけなかったこと)が適切だったかどうかを国民的目線で審査する制度である。

 有権者からくじ引きで選ばれた国民11人によって構成され、6ヶ月の任期で活動する。これまでに、検察審査員または補充員(検察審査員に欠員がでたときなどの場合の補充員)として選ばれた人は45万人にもなり、全国の検察審査会(全国201庁)が審査した事件は13万件にものぼるという。

 検察審査会に対する疑問のひとつは、まず審査対象の基準が明確でないことである。一般には、犯罪として告訴・告発の申し立てがあったときに審査を始めるとなっているが、明確な基準がない。また申し立てがなくても、新聞記事などの報道をきっかけに審査を始めることもあるという。

 裏を返せば、恣意的な弁護団や団体が勝手に申し立てして審査対象となりうるわけである。また、新聞記事などによって大々的な報道があれば審査対象となり、ゆくゆくは免罪を免れることもある。これでは、法の上の公平は保たれない。例えば、その地域の(できるだけ地方のあるいは小さな事件の冤罪をなくすため)有権者何人以上の署名があれば審査対象とするとか、何らかの明確な基準が必要ではないか。

 次に、審査員の選出および審査内容が非公開であることに疑問を投げる。審査員をくじで選出したというなら、どこの地域に限定してくじ引きをした結果、○区に住む何歳男性、○区に住む何歳の女性とか、程度の公表はすべきであろう。今のままでは闇の中の選出と言っても過言ではない。

 審査内容がまるで非公開というのも納得いかない。素人だけで審議が進むわけではなくて弁護士(審査補助員)がつくわけだが、その弁護士の説明の仕方や助言によって素人の判断は誘導されるであろう。必要最小限の公開は必要である。

 プロの検察が裁定したものを素人が裁定することが、果たしてほんとうによいのかという、本質的な問題が残る。今回の小沢事件においても、東京地検特捜部は起訴にもっていくに足る証拠が不十分と判断し、苦々しい思いで不起訴を決断したであろう。国民の誰もが小沢さんは少なからず悪いことをしたと思っているであろうが、証拠がすべてである。それほどに起訴は重いものである。起訴できないとなれば、やむなく推定無罪となる。

 今回の審査員11名の平均年齢は30歳代と比較的若い。この若い素人審査員は補助弁護士の助言や誘導を素直に聞き従うであろう。さらに悪いことに、今回の事件は、報道によって小沢は悪いことをしているという先入観が彼らにあったはずである。そういう先入観を払拭して裁定したとは到底考えられない。プロが裁定した不起訴という重い決断を素人が起訴とすることに、どうしても合点がいかない。

 いずれにしても、検察審査会という制度は重要な制度であり、今回の事件を契機に国民的議論が必要である。




道路舗装率

 道路舗装率という言葉をご存知でしょうか。国、県、市が管轄する道路の総延長に対する舗装道路の割合です。つまり砂利道がない割合を示す数字ですが、国土交通省道路部にある詳細なデータを見ると興味深いことがわかる。最も興味深いことは都道府県によって道路舗装率に大きな差があることです。

 道路舗装率の第1位は東京都である。首都だからこれは納得できる。東京都内は隅々まで舗装がいきとどいていることになる。第2位は意外にも新潟県だ。田中角栄の時代に県下の舗装は格段に進んだことによる。そして第3位はこれも意外に山口県である。歴代8人の総理大臣を輩出したことによる。余談ですが、山口県の県道はガードレールがすべて橙色です。萩の夏みかんをイメージしたそうです。

 これをみても、いかに政治と地方行政が密接な関係にあるかということがわかる。地方を繁栄させるために国会議員を送り込む。地方選出議員を支援する。議員は地方に予算を多く配分するように働く。こうして地方と議員のもたれあいの関係が生まれる。地方の容量、実情、力量に似合った適切な予算配分が必ずしもできていないのが実態である。

「消えた老人」問題

 去る7月末に東京で111歳とされる老人が遺体で発見された。この事件をきっかけに調査した結果、所在不明の高齢者が1000人以上いることが判明した。住民票や戸籍を通した生死情報の把握が予想外に不確実であることを知らしめた、所謂「消えた老人」問題である。この問題には、年金問題に関わる問題と国としての生死の係わりの問題の、ふたつの問題があるように思う。

 高齢化した福祉国家における福祉の拡充といういう意味で、住民情報の正確な把握は重要である。まして、それが年金という大きな財源にかかわる問題となればなおさらである。年金詐欺を防ぐためには社会保障番号制の導入は避けられないだろう。ただ、日本の行政による国民補足率はほんとうに低いのかという疑問は残る。

 他方、国として個人の生死にどうかかわるかについてはいろいろの意見がある。国からの管理はルーズなところがあった方が良いという考え方も広がっている。その考えの根源は、福祉は国家よりも家族や企業、地域などが担うべきだという共同体主義的な思想に基づく。日本的なこの伝統を評価する専門家もいる。そこから離脱した老人が孤独死したとしても、国が介入すべきでないという考え方もでてくる。私もその考え方に近い。せめて、死に方くらい自由にさせたらどうかと思う。さて、みなさんはどう思うであろうか。

カタカナ食が危ない

 ご婦人たちの合言葉、「最近、何を食べても太っちゃって」。そんなご婦人たちの食生活を観察すると、ちゃんとご飯を食べてないことが多い。ちゃんとご飯を食べないから、間食が多くなる。間食するから、ご飯が食べられない。こうした食悪スパイラルに加えて、ビールだけは欠かさず飲む。その結果、2段腹、3段腹のご婦人を量産している。

 肥満は年配のご婦人たちに限ったものではなく、小中学校でも肥満児が多くなってきている。今や、肥満男児は10%、肥満女児は8%にもなるという。最近の学校給食の献立を見ると驚く。例えばある日の献立は、「エビかつバーガー+コーンスープ+雪見だいふく」といった具合です。ご飯に味噌汁、おかずといった普通の食事が給食の献立から消えている。

 肥満の原因のひとつは、ハンバーガー、ホットドッグ、ピザ、カップラーメン、菓子パンなどファーストフード的な食の増加にある。こうした食を「カタカナ食」と呼んでいる人がいる。

 スナック菓子は、軽いからあっという間に1袋が空く。ところが脂質含有率は39%を越えるから太る。ウナギの蒲焼きや秋刀魚の開きの脂質が20%前後であることを考えれば、いかに脂質が高いかがわかる。スナック菓子より脂質含有量が高いのはサーロインステーキやフォアグラだから、そうそう口にしないので心配することはない。しかし、常用しかねないマヨネーズは75%もあるから要注意。それでなくとも、パンにはマーガリンかバター、サラダにはドレッシングと糖分や脂質の摂取が増えているのである。

 ご婦人たちは別腹という言葉でスナック菓子を食す。ご飯をちゃんと食べた後に焼きイモを何個も食べる人はいない。ところが、砂糖やバターを混ぜたものや油で揚げたもの、いわゆるスナックだといくらでも入るから、怖い。

 カタカナ食、スナック菓子、清涼飲料が肥満の3大要素と考えられている。カタカナ食を少なくしよう。間食を辞めてちゃんとした普通のご飯を食べよう。

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団塊の世代を突っ走った田舎侍の遠吠えです。聞いてやってください。実話から世評までもろもろですが、一貫して、辛口です。

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