沈黙の理由(わけ)








 台所の洗い場(シンク)の右隣に食器乾燥機がある。食器乾燥機の中には箸立がある。洗った食器を右側の食器乾燥機に移すとき、箸立が左にあると邪魔になる。だから、箸立は食器乾燥機の中の右隅に置く。このなんでもないやり方を、家人はそう思ってないらしい。彼女が食器を洗った後、決まって箸立は左側に移動しているからだ。


 かくして、私が食器洗いし家人が食器洗いするたびに、箸立は左右に移動する。だからといって、なんでそうするのかと相手に尋ねるでもない。作業するには右が便利だとか左が勝手がいいとだとか議論するわけでもない。ただただ黙って互いに右を左に、左を右に移動するのである。もうかれこれ15年もの間、この沈黙の箸立争奪戦が続いている。


 「男子厨房に入らず」で済むものなら、私も是非そうしたい。そもそも私が台所に立つようになったのは、ご飯と味噌汁という私の朝食パターンを、痩せる目的から家人が敬遠したことに始まる。その後、私はずっと自身で朝食の準備をしている。朝食を一日の食事のメインに考えているので、三品四品に味噌汁付きの豪華版である。だから手間もかかる。味噌汁は前日から下ごしらえしておく。


 私は別にそのことを嘆いてなどいない。自分のことは自分でやる主義だから、むしろ良いことだと思っている。お陰で今では、先立たれてもちゃんと自立できる自信がついた。ただ台所に入るようになると、調理器具や食材の置き場所から食器の洗い方、食器の置き場所など、やり方とか順番とか、それなりに流儀が生じてくる。そこで衝突や摩擦も生じる。箸立争奪戦もそのひとつである。


 「男子厨房に入らず」ではないが、昔は男女の役割分担が明確であったので、そんな衝突や摩擦を生じることはなかった。しかし家事を男子が分担すれば、それなりに軋轢を生じる。女子は女子なりに長年家事を支えてきた自負があり、男子とて企業で培ってきた工夫を家事に活かそうとする。


 家事に限ったことではない。長年ひとつ屋根の下に暮らすとなれば、いろいろな軋轢を生じるは当然のこと。おまけに、歳をとればどちらも頑固になり、譲ろうとしない。さりとて、本気で議論したり喧嘩する気力も体力もない。というか、そうしても益々事態が悪化することを承知している。その結果、黙って見過ごす、黙ってやりかえる、黙ってとりかえる。不毛な議論を避け、淡々とやり過ごすことが軋轢を最悪の事態に及ばせない最善の道と心得る。





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