情報という名のテロ






 パリ・同時テロに関連して、新聞各紙やテレビ報道各社は異口同音に「テロは許せない」「対テロに国際連帯せよ」といった趣旨の内容を報じている。そして実際、「テロは許せない」という共通認識を各国が共有する動きが見られる。また最近のロシアとトルコの一件についても、最低限度の冷静さによって一発触発は免れそうである。

 それではテロを撲滅するために、世界は何をなすべきか。テロ集団を壊滅する作戦として既に仏軍は空爆を再開し、各国もそれに同調する姿勢である。しかし、果たしてそれでテロは撲滅できるのか。たまたま朝日新聞の川柳に目が留まった。「やるやられ やられたらやる やられる」復讐という負の連鎖で何が解決するのか、はなはだ疑問に思うのである。

 テロ対策もさることながら、それ以上に気になるのがテロに関する怪情報である。その怪情報とは、一言でいえば今回のテロは陰謀による偽装(やらせ)だというものです。おまけに「9.11テロ」や「ボストンマラソンテロ」も同じく偽装(やらせ)だという。その根拠なるものをグダグダと記載しているが、どれも決定的なものではない。

 陰謀説、やらせ説の発信のソースは日本国内外を含めて概ねインテリジェントである。国内では医師などの知識階級である。知識階級人がまことしやかにフェイスブックやツイッターなどで語るものだから、「いいね」「そうだったの」と賛同し、瞬く間にシェアーによって情報拡散している。

 もしこの怪情報が事実あるいは事実に近いものであったならば、国家が軍事産業の隆盛のために国民を殺害していることになる。また、なぜこのことが国際的に問題視されないのか。これは情報という名のれっきとしたテロである。怪情報のソースたる者はSNSという手段ではなく、堂々と出てきて情報の信憑性について的確に語るべきである。そして我々は溢れる情報の信憑性を冷静に審査する力を持たねばならない。




スポンサーサイト

情報拡散の時代を生き抜くために






 『WHO理事会は2014年5月の理事会で“抗癌剤を用いる癌化学療法は極めて危険性が高く、加盟国政府に全面禁止を勧告する”と決議。一方、大量の抗癌剤の在庫を抱える日本の厚生労働省はWHOの抗癌剤禁止ニュースの配信を差し止めたという・・・・・』

 これは最近、Facebookに掲載された記事である。情報のソースは『「新医学宣言「いのちのガイドブック」』(船瀬俊介著)という本である。Facebookに掲載されると、たちまち3万人を超える人が“いいね”とし、さらに「え~、知らなかった」とシェアされて拡散増殖中である。

 その真偽を確認すべくネット検索していたら、ブログ「うさうさメモ」にたどり着いた。「うさじま」という名の女性が主宰するブログであり、科学・医療の気になる情報を調査して発信している。このブログにおいては、この件に関してWHOのHealth Topicや2014年理事会の内容を自ら翻訳して解説している。その結果として「WHOは抗癌剤を禁止する勧告は出していないし、2015年4月現在、化学療法を癌の治療法の一つに推している」と、この噂が偽りであると明言している。
(詳細はhttp://d.hatena.ne.jp/usausa1975/20150427/p1)


 私は個人的には抗癌剤治療に反対であり自然治癒力に期待したい考えであるが、Facebookのソースである船瀬俊介氏の著書を読んでいないし、2004年WHO理事会の内容を自ら確認して翻訳していないので、どちらが正しい情報なのか私には現時点で断定することはできない。

 似たような情報に、「牛乳は毒」論争がある。牛乳を飲むことによって体内のカルシウムが尿と一緒に排出されてしまうとか、骨粗しょう症にかかりやすくなるという情報である。某タレントがテレビ番組で自分の子どもには牛乳を飲ませないと発言したことが物議の発端である。同番組で内科医が「根拠がない話」と一刀両断する一方、昨年のイギリス医学誌でスウエーデン研究チームが「牛乳摂取量の多い人は少ない人に比べて寿命が短く、女性では骨折が増える」と発表しているらしい。

 この件をきっかけに牛乳を飲まない人が増加する一方、牛乳を推進する農水省と民間人が加わった「牛乳論争」が巻き起こり続けている。「牛乳は毒」論争には尾ひれがあって、すべての牛乳は微量ながら福島発の放射能を含有しているという情報が飛び交い、子どもを持つ母親の間では牛乳を子どもに飲ませない運動が進んでいる。また、各種NPO法人は各メーカーの牛乳製品のセシウムとストロンチウムの含有量を測定して公表し、そのことで健康被害との関係からさらに議論が過熱している。

 抗癌剤や牛乳だけではなく、今やこの種のとくにネガテイブでセンセーショナルな情報がFacebookやTwitterで飛び交っている。原発に関するもの、TPPに関するもの、安保法制に関するものなどもそうである。これら人の生命と財産に関わる情報の拡散によって、国民は惑わされ疑心暗鬼になり、社会の混乱を招いているといっても過言ではない。

 本来、人の生命と財産に関わるこれら情報は国の責任でもって正しい見解を示すべきである。しかし国の情報管理が信用できないとなれば、個人個人で情報拡散のこの時代をを生き抜く術を考えなければいけない。まずはそのような情報に一喜一憂しないで、冷静に真偽を見極める生き方が求められる。ソース(情報元)が信頼できるのか自ら確認すること。センセーショナルで新たな真理を見つけたような情報には警戒し、その理屈を確認することが必要である。そうしたことに時間をかけたくないという人や面倒だと言う人は、FacebookやTwitterなどに手を出さず、できるだけ情報を耳にしないことをお勧めする。知らないほうが良い場合もあるので、ある意味ひとつの賢い生き方である。いずれにしても、情報拡散のこの時代を生き抜くために、ひとりひとりが冷静に判断することが求められる。




24時間テレビ





 嫌いな番組だと言ったら、ある友人があの番組は「感動の押し売り」だと評した。全く言い得ているので、笑ってしまった。サブタイトルとして、「低俗偽善の祭典」と命名しよう。要するに、無理な演出の感動物語を作って善人の涙を誘い、チャリテイ―だとうそぶいているのである。

 まず、見え透いた演出が目に付く。早速、昨日の番組でもプロレスラー・ハヤブサの演出誤解が取沙汰されている。いかにも今すぐに引退だと感動を呼んでいたが、番組直後から批判が殺到したらしい。24時間の最後を飾るマラソンに至っては、ほんとうに100kmを完走(というか完歩)したか甚だ疑問。毎年、番組終了間際にゴールすること自体があり得ないこと。

 次に慈善性。ほんとうにチャリテイ―だと言うのであれば、まず出演者の莫大なギャラからチャリテイ―にしたらどうか。日本テレビの大きな収入源として、止められない止められない事情が見え隠れする。チャリテイ―とは程遠い世俗番組である。

 まあ、こんな番組嫌だったら見なきゃいい訳だが、ひとり暮らしならそれもできるが、家族がいると嫌でも眼にする。延々と見ては感動し、共鳴し、涙するその姿に、日本は大丈夫かと思う。感情と涙腺がゆるいばかりか、頭がゆるい善人が涙するようである。

 それにしても、これだけ見え見えの低俗番組なのに誰もツッコまないのが不思議である。見て見ぬ振りをしているのか、それともそれを承知でアホになりきっているのか。どちらも、こうしてほざく私よりはるかに大人の態度である。せめて、すべてが真だと信じて見ていないことを望む。こういうこと言うから嫌われるのだなぁと自覚している。



朝日の「それから」






 人によっては朝日新聞をことさら嫌う人も多いようだが、私はなぜか若い頃から朝日を読み続けてきた。幼い頃から、貧乏してもなぜか新聞だけはとっていて、それも朝日に執着した家庭に育った影響かも知れない。いつしか私も、朝日をとっているだけでインテリだと勘違いしていたふしもある。

 その朝日新聞といえば、天声人語。推敲を極めた名文に心打たれて、若い頃から感銘したものである。その名文は大学受験の問題にも引用されるようになり、つい最近では天声人語書き写しノートがブームになった。

 今でも天声人語の名文は切り取ってスクラップ帳(といってもただの裏紙であるが)に貼り付けているが、最近では貼り付ける機会がめっきり減った。名文はおろか、この文章はどうかと思うものが出てきている。いつだったか、あまりのひどさに朝日に直接電話で意見した。そのときの、つき返すわけでもなくすんなり認める編集室の対応にも落胆した。

 天声人語の質の低下どころの話ではない。最近では、朝日の報道には重大な誤報がありもろもろの問題が噴出し、多方面からの批判がすさまじい。ブレないはずの朝日が、今では朝日批判が社会現象化している。

 最近の朝日の話題のひとつとして、漱石の「こころ」が朝日新聞に連載されて100年を経過したのを記念して、100年振りの漱石復刻版が随時、連載されていることである。「こころ」に始まり、「三四郎」と続き、今連載中の「それから」もそろそろ終盤であるが、最近、読むのが嫌になってきている。

 なぜ読むのが嫌になったのか。「それから」の主人公である代助が、いい歳をして親に無心する風太郎の身でありながら、お手伝いや書生を使うその生活態度に鼻持ちならない。加えて、優柔不断な態度、のらりくらりの物言い、どっちつかずで煮え切らない態度、それなのに理屈っぽい、その人間性である。

 代助は、食うために働くのは誠実な労働ではないと拒む。しかし最後は職を探しに町へ出る。すると目にするいろいろなものが頭の中に飛び込んできて、すべてが音をたてて崩れていく。作者である漱石自身が、人間はなぜ働くのかについて結論を得ていないように思う。

 朝日の昨今の紙面の質の低下と批判の嵐に鑑み、漱石の「それから」ではなく朝日の「それから」を憂うものである。




プロフィール

geotech

Author:geotech
geotechのブログへようこそ!

団塊の世代を突っ走った田舎侍の遠吠えです。聞いてやってください。実話から世評までもろもろですが、一貫して、辛口です。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
フリーエリア
blogram投票ボタン
フリーエリア
シニア・ナビ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR