さらば友よ





 私は今、遠く見知らぬ地を尋ね、丘の上に建てられた友の墓前に来ている。全国を放浪してきた私が唯一立ち入ったことのない異国への初めての見参が、まさかこのような形になろうとは。

 ひと廻りも上の貴兄を友と呼んで失礼かも知れない。たった一度しか逢ったことのない貴兄を友と呼んで僭越かも知れない。しかし、どうしても貴兄のことを友と呼びたいのです。

 虚像空間で知り合った貴兄と直接逢ったのはちょうど2年前。10分足らずの時間と少しの会話は、互いを信頼するに十分であった。人は一目見ればわかる。一言かわせばわかる。貴兄の飾らない人柄、おだやかな物言い、凛として媚びない人格。互いに心の中で友を意識した。そして貴兄は来年広島に行くので再会しようと言った。その約束は守られなかったが、今日、再会の約束だけは守ることができた。

 親の墓にも滅多に行くことのない私、神も仏も信じない私をして、なぜ一度きりしか逢っていない貴兄が眠る遠い異国の地に足を運ばすのか。それは、真の友だからである。

 真の友とは、付き合った時間の長さではない。酒を酌み交わした回数でもない。一度きりの出遭いでも信頼できると思う人、それが真の友である。人生で一度きりの出会いの真の友をなくした。今、そういう思いでいる。

 この墓の下に貴兄の骨があろうがなかろうが関係ない。全てが無であることも承知している。だけども、これは貴兄の問題ではなく私自身の心の問題なのです。


桜散る 生駒の里の 契り酒


「さらば友よ」
(作詞:阿久悠 作曲:猪俣公章 歌:森進一)

ベルの音ききながら しみじみ思う
ふたりともそれなりに 悩んだだろう
しあわせを祈るよと いいたいけれど
なぜかしら素直には いえなかったよ
さらば友よ もうふり向くじゃない
俺の俺のこの涙
知られたくない
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同窓会





 秋のこの時期、同窓会たけなわの時期でもある。私の手元にも、高校の同窓会の案内状が9月初旬には着いていた。わざわざ地元に帰る煩わしさから、普段なら欠席の復信を出すところ。だが、案内状の最下段に「元気ですか?是非参加してください。藤井」と手書きが添えてあった。高校3年の同じクラスで大学も学部も一緒の藤井君である。こういう手書きには滅法弱い。当番幹事に礼をつくす意味で、すぐに出席の返事を出した。

 地元では有数の進学校。政界、経済界などに多くの優秀な人材を輩出している高校であるが、それだけに大学受験一辺倒の荒んだ高校生活であった。高校2年までに全教科を終了させ、3年生の1年間は受験対策となる。高校の中に予備校もあった。生徒会は受験の足かせとなる修学旅行や文化祭を拒否した。自分以外のすべてを敵視し、要は何番以内に入るかが問題であった。そのような高校生活を送れば、人間性が良くなるはずもなく、友情が育まれるはずもない。

 団塊世代のピーク期である。1クラス60名、1学年12クラスの総勢720名の卒業生のうち、すでに物故者が50名もいた。その中には自殺者も数名いる。今回の同窓会には60名が出席していた。地元に住む者が必ず出席するとは限らず、遠くからも馳せ参じる。食うに困った者が出席するはずもなく、早い話、受験勉強と生活基盤獲得に勝ち抜いた者の凱旋の感がする。

 ただ勝者と言えども老いと病には勝てない。禿や白髪はもちろんのこと、脳梗塞をやったという杖をついた者、闘病生活を送った者、薬漬けの者、メタボなど。呑み放題といっても、アルコールをやらない輩も多い。本来なら、年金、介護、病気、薬と暗い話題に尽きないものを、わざわざ明るい話題をしようとするから、返っておかしい。

 いろいろな話題の中から、究極は、あの歪んで荒んだ受験勉強の高校生活は一体、何だったのかということに話は落ち着く。それを悔いても仕方なく、最後は互いの体のことを案じ、元気に後期高齢者に突入することを誓うのであった。




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団塊の世代を突っ走った田舎侍の遠吠えです。聞いてやってください。実話から世評までもろもろですが、一貫して、辛口です。

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