黄昏の抗い






 なにが不満というわけでもない。贅沢してないが今の恵まれた余生に満足もしている。それなのになぜなのか。


 ときどきは外で美味しいものを食べたいと思う。でも、家で食するひじきやごぼう、白菜の漬物の生活に馴染んでいる。それなのになぜなのか。


 たまに旅に出たいとも思う。だが、馴染んだこの地でゆっくりと過ごすのが心地いい。それなのになぜなのか。

 高望みしているわけでもなく、今の生活に満足している。それなのに、これでいいのかと、ふと思う。


 負けたくないとがむしゃらに頑張ってきた人生。大方は勝利したと自負する。だが、今思うと、そんなことは価値のないことだと思う。


 お前は現状に満足していいのか。お前はほんとうに、この人生でやり残したことはないのか。そう、自問自答する。


 紳士ぶった顔して、実は私は不道徳者だと思う。偉そな振りして、さして頭も良くなく、さりとて腕力も体力もない。臆病者で、それでいて片意地を張る。


 この歳にしてまだ地団駄踏み、歳をかえりみずにまだなにかリアクションを興そうとしている。まだ燃焼しきれてないと見栄を張る。


 心の中で叫ぶ。畜生!畜生!と。世間や社会や人に対してではなく、自身の不甲斐なさに対して。夢や目標を忘れようとしている吾に対して。そして安穏としている自分に対して。そういう自分が悔しいのです。涙がでるほど悔しいのです。


 行き着くところ、一体、人生にとって一番大切なこととはなんだろうか。



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意識して体で覚える





 メタボ予備軍という健診結果がきっかけでスポーツジムに通い始めて、もうかれこれ3年経つ。厳しいトレーニングの甲斐あって、今ではメタボの面影は微塵もない。ただ、一番に効を奏したのは、厳しいトレーニングよりも何よりも、普段からの意識なのだと今では思う。普段から背筋を伸ばし、常にお腹を引っ込める、そうした意識をもつことなのだと。


 長い間、筋トレを暗中模索で継続してきて、ようやく掴んだ感触。それは、トレーニングする体の部位を意識し、可動域を広げて、ゆっくり行うことである。例えば胸の筋トレの場合、両腕をできるだけ広げた状態から、胸を意識しながらゆっくりと挟み込む。少し軽めのウエイトでゆっくり10回を1セット、5セット位行う。
 

 ほぼ毎日、ランナーマシンで5km走っている。最初の間は超ゆっくりで走っていたが、それでもきつかった。1年間継続して、時速10kmで30分の記録が出た。しかし、そこが限界で初めて知る。継続的に同じスピードで走れることが大切であることを。ゆったりした走る姿勢と呼吸が大切であると。金哲彦先生著「ランニング・メソッド」には肩甲骨を使った走り方が記されている。最初は理解できなかった。でもランニングを継続してみてわかった。時速8 kmを9kmにスピードアップしても、腕を振って肩甲骨を使えば、推進力が上がって8 kmと同じペースで走れることを。


 スポーツに限らず、私の好きなギターにしても、ライフワークとする学問にしてもそうだ。上達の基本は書物の中にあるかも知れないが、実際に上達に導くためには体で覚えるしかない。頭であれこれ考えても駄目だ。実際にやってみて、訓練に訓練を積んだその後に、実感として得られる感触、それがひとつ壁を乗り越えることができた成果なのだ。ヒントは机上の頭にあらず現場の体にあり。


 「生きる」においても、生きる目的のために、苦労し汗をかいて、初めて生きている実感がつかめるというものだ。そしてなによりも、「生きている」という実感と意識が人生にとってとても大切なのだと思う。 




男気の裏で






 先月3月29日、ここ広島の街は熱血の赤に染められ、怒濤の地鳴りが響いた。米大リーグから8年ぶりに広島東洋カープに復帰した黒田博樹投手の初戦の日である。その初戦に黒田が凱旋勝利した夕方、真赤なユニホームを身にまとったファンの群れは、興奮と歓喜でマツダスタジアムから広島駅へと絶えることなく、新幹線のプラットホームとコンコースまで埋め尽くした。

 この日の指定席は発売日に即完売し、それでも自由席を求めて前日昼から夜を徹してチケットを求める行列ができたという。開幕第3戦であるにもかかわらず、マエケンが投げた開幕初戦よりチケットの即売が早かったという。バリバリの米大リーガー現役選手が20億円とも言われる米大リーグのオファーを蹴って、恩返しの気持ちから古巣復帰したとなれば、カープファンならずともその男気に惚れるところである。

 ただ男気の決断の裏には、黒田投手自身、身を削る苦悩と葛藤があったと推察する。それは、かつては広島東洋カープの守護神と言われた横山竜二投手が退団し、昨オフにアメリカに渡って黒田投手と対談したときの黒田投手の一挙手一投足に感じられるものがあったからである。そのとき彼はヤンキースに残留する気持ちでいた。しかし、かつての球友に心開いてか、本音の一端を漏らした。

 言葉が通じないアメリカに渡って8年、厳しいメジャーの洗礼の中で1球の重みを嫌と言うほど植えつけられたこと。果てしなく遠い遠征による体力消耗。そんな中で、中4日の登板がいかに大変なことか。苦痛という表情が垣間見られた。そして40歳という自身の年齢と将来への不安。そして何より彼は、松井秀樹のメジャーでの末路を身近に見てきた。野球人生がそう長くないことを彼は十分に自覚し、だからこその男気の決断に至ったものと思う。

 どうせなら最後は居心地がいい環境で終わらせたい、どうせなら惜しまれて、また感謝されて終わりたい、それに恩を報うことができればなおいい。野球人ならずとも、そう考えるのは人の常。現役の最後をどう迎えるか、人生の最後をどう生きるかは人それぞれであろうが、こういう生き方も素直な生き方だと素朴に思う。ただの男気としてだけでは語れない、人の生き方の何なのかを教えられた一件である。どのような終わり方にしろ、最後は味のある男の背中を見せたいものである。



美しい歳の重ね方






 美容ジャーナリスト/エッセイストの齋藤薫さんという方の記事を読んで、なるほどと思った。『「あなたと会えて良かった」と思うだけの若返り』というタイトルのエッセイである。その一部を以下に紹介する。



 『異性からも同性からも本当に愛される友人がいる。美しく知的な人だけど、それ以上に、彼女は会うたびに、会ったことを「嬉しい」と言ってくれる人。おそらくはそれが愛される理由である。

 考えてみると、英語には圧倒的な常套句としての「Nice to meet you」や「Nice to see you」があって、その一言とともに握手やハグをすれば、確かに大なり小なりお互い嬉しくなるもの。でも日本語にはそれに当たる挨拶はなく、どうしても今日の天気の話に流れたりして、喜びを表現しにくい。

 だからこそ、人の印象は会った時の喜びの大きさや形で半分以上決まってしまうものだ。もともと人の印象は不確定で、感じの悪い人と街でばったり会って言葉を交わしたら、じつにいい人だったりすることもあるように、一瞬で変わるもの。ともかく「会えて嬉しい」「会えて良かった」と心で思うこと。すると不思議なほど表情が美しくなる。目がキラキラ、印象年齢が一気に5歳10歳若くなる。』



 確かに、いつも柔和な顔つきをして誰と会ってもにこやかに会話する人は、そうでない人に比べれば数段好かれる。親しい人に会って「会えて嬉しい」と言葉にする人は、そうでない人に比べたら数段好かれる。だからして、人に会える喜びを表現できる人は誰からも好かれるし、おまけに自身の見た目も若返る、とまあこういうわけだ。

 確かに笑顔はタダだし、嘘でも「会えて嬉しい」と言うのもタダだ。だけども、自身の体の調子が悪いときに笑顔はできないし、嫌いな人に出会って「会えて嬉しい」とも言えない。要は、心や気持ちの問題ではないのか。好きな人や大切な人に会って、心から「会えて嬉しい」と表現できるかどうかだ。

 それに、人の印象は見かけで決まるもの。他人から好印象をもたれたいと思うなら、柔和な表情を絶やさないことだろう。これも気持ちの問題であり、人生つまらない、人間関係は難しい、人が嫌いだと思っていると、どうしても表情が暗くなり、良い印象などもたれるはずがない。

 ここは、この世に生を受けた以上、腹を据えて、できるだけ人を受け入れよう、人に興味をもとう、人を好きになろうとするしかない。そうすれば、それだけで表情も明るくなり、若返りも夢ではない。できるだけ柔和な表情と心もちを絶やさず、背筋を伸ばし、何事にも前向きに取り組む姿勢が「美しい歳の重ね方」だろうと思う。さて、あとは実行できるか否かだ。




林住期に生きる







 2000年も前にインド人が考えた、理想的な人生を生きるための教本がある。そこには、人生には四つ位の階梯があって、三番目の階梯を越した時期は家庭を作って社会人としてある程度仕事をして子育ても終了した頃とし、この時期を「林住期(りんじゅうき)」と呼んでいる。文字通り、林に住む時期という意味である。この時期、家庭には片足くらいしか残さないで、あとは好き勝手に生きなさいとの教えである。

 2000年も前と今では寿命が全く違うので、三番目の階梯が現代の何歳くらいに相当するのかわからないが、現代の還暦を過ぎた頃はとっくに三番目の階梯を越していると思われる。すると、古代インド人の教えによると、私は今がまさに人生の林住期ということになる。

 林住期をとくに意識しなくとも、私の場合は、もう既に好き勝手に生きている。還暦を過ぎて、家庭とも社会とも、もういいかげんに縁を切りたいと思う気持ちが宿る。残りの人生、自分のためだけに生きたいとの思いがある。やり残しのない人生を過ごしたいとも思う。しかしその反面、家督として家族の縁を最後まで繋ぎ通さねばならないという自責の念がある。また、社会との縁を失えば、それはそれで寂しいとも思う。

 時間には限りがあり、年々、体力も気力も、衰えることはあっても隆盛することはない。この限られた環境の中で、上述した相反するいろいろな思いを人生に反映するためには、どうしたら良いのか。要はバランスだと思う。家庭および社会における一定の責務を負って関係を維持しながら、自分に合った充実した生き方を探ることが肝要だと思うのである。ま、あまり気負わずに、さりとて度を越して羽目を外さず、好き勝手に生きたらどうだろうか。そう、今の生き方でよいのだと思う。

 先ほどの古代インドの人生教本に戻ると、林住期に入った人間の多くはひとかた自由奔放に生きた後、また家庭や共同社会に帰帆する。ところが100人にひとりか1000人にひとりは家族や共同体との縁を完全に断って第四の聖者の道、「遊行期(ゆぎょうき)」に入っていくという。これがまさに仏陀の道であるのだと。

 世間を見渡すと、一切を断絶して何かに没頭している方がいる。東京都知事選に出馬するも落選した細川さん、瀬戸内寂聴さんなどはまさに遊行期に入った方だと思う。さて、私の場合はどうだろうかと思案する。とてもじゃないが、仏陀の道に行くほどの資格も品位も備えていない。ならば、同じ遊行期でも文字通り「遊び人」になるしかあるまい。





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団塊の世代を突っ走った田舎侍の遠吠えです。聞いてやってください。実話から世評までもろもろですが、一貫して、辛口です。

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