上戸家系







 わが家は私と同居人の2人暮らし。趣味も性格も不一致にして、日常はほとんど別行動のすれ違い。いわば赤の他人の同居人状態だが、唯一、酒を飲むことだけが共通した趣味である。嫁に出た娘は我々に輪をかけて呑み助。東京で暮らす息子もまた呑み助。娘の旦那も息子の嫁もこれまたよく飲む。ということで、正月とかに家族一同、大人6人が会して食事に出るとなると、ふつう、ひとりやふたり下戸がいて私が運転しましょうということになるものを、誰一人運転を引き受けない。かくして6人が6人とも、大酒を食らって酩酊状態で帰路につく羽目になる。


 そもそも家系的に酒をよく飲むらしい。その筆頭は、私の名である「きよし」を命名した「きよ蔵」というお爺さんであり、酒がもとで亡くなったと聞く。私にとっては大変迷惑な話であり、酒飲みという悪しき素性を継いだばかりか、名まで汚された感がする。同居人は結婚当初から下戸であったが、夫の放蕩に匙を投げてやけ酒したのをきっかけに、今では負けず劣らずの大器晩成型の酒飲みに成長した。


 毎月の酒の量が半端じゃない。半端じゃないから、焼酎(甲類・芋)とウイスキー(NIKKA黒ラベル)は質を落として4リッターのメガサイズを常備。それに缶ビール、酎ハイ、ワイン、サワー、日本酒など。家計における酒エンゲル係数はかなりのもので、仮にお酒を飲まなかったら、蔵のひとつやふたつは優に建っただろう。





4リッター




 必然的に空き缶や空き瓶の量も半端じゃない。週一の資源ゴミ収集日にビニール袋一杯の空き缶や空き瓶を出すのは、さすがに近所の手前、恥ずかしい。少しずつスーパーの空き瓶空き缶コーナーに日参する。


 毎日の飲酒によって、さすがに肝機能障害や糖尿への影響が出始めたが、それでも酒を止めない。その覚悟たるや見上げたもの。とはいえ、酒を止められない弱者は病気への臆病者でもある。そこであるひとつの家庭内ルールを作った。家で酒を飲むと、要するにタダだからいくらでも飲むのであって、有料にすればいいのである。ここで生まれたのが「一杯100円」のルールである。


 一杯100円ルールとは、何を飲んでも一杯100円であり、貯金箱に入れるというもの。ただし1杯の量は、焼酎80ml、ウイスキー50ml、ワイン70mlと線が入ったメジャーで計測し、後は生地で飲もうが割って飲もうが自由。特例があり、スポーツジムで汗を流した日は1杯サービス。誕生日その他特別な日もまた1杯サービス。さらにボトルキープ制がある。1000円のウイスキーをキープするときは同額をキープ料金として支払えばタダで何杯でも飲める。


 一杯100円ルールを制定し実行してかれこれ2年。糖尿内科の先生が驚くほど血糖値が低下し、もう来なくて良いと若い美女ドクターに見放された。100円ルールはそれなりに抑止力となり、飲むためにジムで汗をかく。一杯100円貯金は貯まる貯まる。毎月の酒代は楽々調達できる。まさに一杯100円ルールは健康と家計を両立させた名案である。


 上戸と上戸を掛け合わせると間違いなく上戸が生まれ、その上戸に別の上戸を掛け合わせるとさらに強力な上戸になる。かくして、わが家系は揺ぎない上戸家系として醸成していったのである。




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墓守






 母が亡くなってもう24年になる。そのとき父は死後40年を経過し、墓は遠く郷里にあった。父と母を同じ墓に入れて身近に供養したい。その思いから、母の死後、姉と兄と私の兄弟3人で相談した結果、宮島を望む墓苑に新たに墓地を設けることにした。

 母は旅立ちの身支度として、白装束、瀬戸内寂聴さんの本とかを梱りにしまっていたが、その片隅にお金も残していた。ときどき家政婦会の斡旋で下働きをしては貯めたであろうが、割とまとまったお金だったので、兄弟、顔を見合わせて驚いた。何に使うおうかと考えた末に、母の志を尊重して墓地の購入に当てることにしたが、姉と兄と私の3軒分をまとめて購入しても余りあった。そのときは、姉も姉の旦那さんも兄も兄嫁も、みな同じところに入れると喜んだ。

 昨年末、姉が亡くなったとき喪主である義兄から、遠くの墓に参りに行くのも大変だから墓地を返還したいとの申し出があった。姉の死後、義兄の体は衰弱した上に癌を患っていたので、墓参りどころの話ではない。それに子どもは東京に嫁いだ娘ひとりだから、いた仕方ないことでもあった。義兄の代理人として墓地返還手続きを行い、3軒分の墓地の1/3を更地にして管理事務所に返還した。

 比較的結束が固い兄弟3人であり、当時は一緒の墓地にとの思いがあったのは事実である。しかし、時を経て、お互いに歳をとり、病気もすると、その思いは薄れてくるのもまた現実である。第一、3軒分の墓の守りを誰がするのかといっても、男の子は私の息子たったひとりである。彼に3軒分の墓守をしろとはとても言えないし、現実的にそれは無理であろう。

 今年の夏は姉の初盆である。3分の2に縮小した墓地で、姉の死を父と母に報告した。帰り際、あちらこちらで、墓地管理事務所に連絡してくださいとの立看板を目にした。墓地返還でお世話になった事務所に立ち寄ると、なんでも連絡が取れない無縁仏が多いと言う。無縁仏の墓石を回収するビジネスもあるとか。

 少子化と核家族化がますます進み、社会の考え方も変化し、この先、墓守はどのようになるのか。墓のマンションに納めて、ボタンを押して、立体駐車場みたいに出てくる位牌に拝むのが主流になるのか。なんだか味もそっけもない世の中になったものだ。姉の初盆に、将来の墓のあり方や死者を悼み想い敬うすべについて考えさせられた。





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団塊の世代を突っ走った田舎侍の遠吠えです。聞いてやってください。実話から世評までもろもろですが、一貫して、辛口です。

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