瀬戸内クルージング





 寿司屋の飲みともだちのひとりにプレジャーボートを所有する社長がいて、よく釣りに誘っていただく。今回は、釣りはしないで瀬戸内をぶらりとクルージングしようということになった。参加者は、船長と私と単身赴任の社長に職人自営の夫婦と娘さんの計6人。

 ここは広島・五日市港のメイプルマリーナ。プレジャーボートの係留施設であり、約500隻のプレジャーボートが管理されている。プレジャーボートを購入するといっても、家1軒をゆうに建てられる金額だけど、それに係留管理費だって普通の駐車場の10台分はかかる。つまりは、よほどの金持ちの道楽人でないとできないわけであり、私なんぞの貧乏人にとっては、そんな人とよしみになった恩恵を受けてありがたいことです。





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 これが所有するプレジャーボート。船名の「六兵衛」は代々からの屋号らしい。何でも3隻目というから、どんだけ道楽者かと。船内にはトイレも付いていて仮眠することもできる。


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 梅雨の合間のくもり空。いざ、出航です。ゆっくりと係留施設の湾内から航海に出る。左に見えるのは廿日市大橋。



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 出航して10分も経つと、宮島航路にさしかかる。JR宮島口桟橋から安芸宮島までの2kmの海上を10分で結ぶフェリーが5分間隔に走行するため、これを避けるようにボートを進めます。一瞬、セウオル号事故を想像して緊張が走る。宮島の鳥居の真ん前で少し停泊し、記念写真を写す。


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 宮島をぐるりと旋回して呉港へ。ここには海上自衛隊呉地方隊が駐屯し、30隻以上の艦艇、潜水艦が停泊しています。怪しい船でないか、甲板からの見張り人がいます。



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 水しぶきを避けて船室にこもる人を横目に、私は室外で潮風にあたります。操縦席の前には現在の航路位置を示すナビとともに魚群探知機が付けられている。


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 呉から音戸の瀬戸へ。音戸大橋と第二音戸大橋を潜る。ここは潮流が4ノットと早く、海峡の幅はわずかに90m、可航幅は60mしかなく、一日約700隻の船舶が行き交う難所である。平安時代の1167年、日宋貿易の航路として平清盛が開削したといわれている。



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 大崎下島の御手洗港に到着。桟橋にて全員サングラスをかけて記念撮影。島の名物食事処の脇坂屋さんにて昼食。いろいろな海鮮がありますが、一押しのあなご重とあなごのお造りをいただく。


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 この島には江戸から明治、大正、昭和初期に建てられた貴重な建物が混在している。坂本龍馬の仲介によって長州・桂小五郎と薩摩・西郷隆盛の間で薩長連合が成立した直後、広島藩はこの金子邸に長州藩を迎え入れ、長芸の約定が結ばれたといわれている。町並みにはどの家にもおもてなしの花が活けてあり、潮風がさわやかなのどかな漁村です。



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 以上、瀬戸内クルージングの一日でした。



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団塊の世代を突っ走った田舎侍の遠吠えです。聞いてやってください。実話から世評までもろもろですが、一貫して、辛口です。

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