「君たちはどう生きるか」




君たちは






 今、書店の店頭に並ぶこの本は、もとは、戦前1937年初版の吉野源三郎氏の作品であり、すぐに太平洋戦争が始まって刊行できなくなったという。今回、道徳めいたお説教をやめて少年諸君に読みやすい物語にして再刊したようであり、全マンガから全活字までいろいろな種類を取り揃え、幅広い年代に読みやすくしてある。初版から80年以上も経った今なぜベストセラーなのか、それが知りたくて、この歳で読もうと思った。


 生きるとはどういうことか、何のために生きるのか・・・・・・・・、それを考えてもらうのがこの本の趣旨である。ただここでは、豆腐屋のせがれの浦川君も、中流の主人公であるコペル君も、金持ちのせがれの水谷君も一緒の友としている。そこが現実的に無理がある。さしずめ私は豆腐屋のせがれの浦川君の立場だが、金持ちのせがれの水谷君と友だちというのは、どう考えても無理だったと幼少時を回顧する。この本では、貧富の差がある各々の立場から、人生をどうとらえるのかを考えてみる。そこがこの物語の味噌でもある。


 戦争の切迫感がない現代社会の日本において、物も食料も何もかも豊富であり、自由を享受する社会においてこそ、若者はふと気づく。自分は何のために生きているのか、自分にとって人生とは何なのか、どう生きたらいいのだろうか、と。何もかも自由奔放に生きてきたからこそ、ふと、生きることの意義を考え、不安になる。だからこそ、「君たちはどう生きるか」のタイトルに魅せられるのだろう。


 ゲーテの言葉に“ぼくたちには、自分を決定する力がある。だから、あやまちを犯すこともある”とある。人間に先天的に備わった「自分を決定する力」という能力がある故に、あやまちがあり、戦争も絶えないのだろう。だとすれば、そのあやまちを防ぐためにはどうすべきか。それは、自身の「自分を決定する力」を善の方向に差し向ける能力を養うことに他ならない。


 どのように生きるのかは、個人の勝手である。と同時に、どう生きるのかを決定するのも個人の責任に他ならない。組織がどうしたら良くなるのか、社会をどう変えるのかとか、どうしたら世界が平和になるのかなどと、そうした大それたことを妄想する前に、与えられた環境や境遇の中で自身がどう生きるのが最善なのかを真剣に考えることが大切なのだと思う。


 「君たちはどう生きるか」という問いに対して、「今日という日を真剣に生きる」それしか私には答えがないのです。



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一年の計



 数年前まで、会社の若い技術者に、毎月A4一枚の目標達成表を提出させていた。月の初めに、個人の意思で今月の目標設定を書いてもらう。目標は自己研鑽に繋がることなら何でもいい。ただ、できるだけ具体的に書いてもらう。例えば、少なくとも学会誌の目次とabstractには目を通すとか、どの専門書の何ページまで読むとか、あるいは仕事の効率を上げるため具体的にどのようにするとか。会社のことでなくてもいい。個人が研鑽できることであれば何でも良しとした。そして月の終わりに、目標が達成できたどうかを書いてもらう。達成できなかった場合は、その理由も書いてもらう。

 そんなことを数年やっていると、できる子とできない子が色濃く選別されてくる。かなり優秀な子は、できるだけ目標を高いところにもっていき、かなりのところまで努力したがあと一歩で目標達成できなかったなどと報告する。普通にできる子は、確実にできそうな目標を立ててそれを実行達成する。そして、できない子はそもそも目標が具体的でない。そして毎月、達成できなかった同じ言い訳を繰り返す。

 できる子、できない子と区別したが、実際には、できるできないが問題なのではなく、やる気があるかないかの意識の問題である。自己研鑽を目的にしているのだが、真の目的は自己研鑽の姿勢を正しているのだ。しかし、できない子は最初から逃げの姿勢で取り組み、目標設定した時点で、既にできない言い訳を考えている。

 できる子もできない子も、優秀な人も凡人も、人間という者はみな、元来、等しく怠け者である。怠け者の自分を正すには、自分で自分を追い込むしかない。嫌なものにどう立ち向かうか、苦手なものにどう取り組むか、プレッシャーにどう対処するか、できるだけ窮地に自分を追い込んでこそ、人は進化するのだろう。

 本田圭佑選手がイタリア1部リーグ・セリアAのACミランに移籍した。そのこと自体が仰天するほどのビッグニュースである。しかし、さらに驚かされたのは、本田選手が名門クラブのキャプテンナンバー10を要求したことである。彼はさらに自分を窮地に追い込み、プレッシャーを与えているのだと思う。

 人それぞれに、目標設定はさまざまであっていい。日常的な行為から趣味の世界、高望みのものまで。それぞれの年齢や力量、置かれた環境によって、手が届きそうなものを選べばいい。問題は、明確な目標を持つことである。

 さて、年の初めに、私も明確な目標を日記の最初のページに書こう。ともすれば体力の減退や気力の衰えを感じ易いこの年齢においてこそ、目標は大切なのだと思う。何を隠そう、私はこうして書くことによって自身を鼓舞し叱咤しているのです。目標に向かって、今年もはつらつと、一歩一歩、一日一日を大切に生きていこうと思う。ちなみに今日は休肝日。この目標こそが、私にとって一番苦しいことなのです。






フク
(写真は今が旬のフク刺しです〔山口では「河豚」を福を呼ぶ「フク」と言います)〕



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団塊の世代を突っ走った田舎侍の遠吠えです。聞いてやってください。実話から世評までもろもろですが、一貫して、辛口です。

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