駆け込み寺






 起業したのが平成5年だから、早いもので今春で24期目に突入した。毎年の決算を終えると、設立当初のことをしみじみと思い出す。


 設立時はまだ40歳代。気概があり、起業しても何とかなる自信もあった。最初からひとりでやるつもりだったが、予定が狂った。前の会社に長期派遣で来ていたアルバイトNに、私を連れてってくれと頼み込まれた。仕方なく了解したら、事もあろうかNは同級生のOを連れてきて2人雇ってくれと言う。全くもって失礼千万な話であるが、1人面倒見るのも2人面倒みるのも同じこと。やむなく承知した。NとOのど素人2人を抱えた波乱の船出であった。


 時は売り手市場。優秀な学生を採用しようとしても、起業したばかりの零細企業になど来ようはずがない。そのうち知り合いの大学教授から、8年間在学して卒業できないでいる学生がいるが、引き取ってくれないかとの依頼があった。Aというその学生に面談すると頭はそう悪くない。こちらとしては学歴は不要。できればいいのだ。即刻、大学中退を命じて入社させた。


 そうこうしていると、ある会社の社長から、会社の将来を託すTという名の社員がいるのでそちらで指導してもらいたいと。給料は向う持ちの手弁当社員として雇うことになった。また別の大学教授から、大阪の会社に勤めていた卒業生の女性が訳あり退社することになった。そちらで雇ってくれないかとの依頼があった。Yという名のその女性に面接した。現場でトイレがしたくなったらどうするのかと尋ねたら、野糞でも何でもすると言う。現場で蛇や猪に会ったらどうすると尋ねたら、そんなのへっちゃらだと答える。愛くるしい顔に似あわず、男以上に肝が据わっていたので採用した。その他、新卒の事務職女性と専門学校卒業生などを加えて、当初ひとりでやるつもりがあっという間に10人の所帯となった。


 その頃から、わが社は同業者から『駆け込み寺』だと評判になった。何も好き好んでど素人や問題児を雇わなくてもと揶揄された。しかし、ほんとの意味の『駆け込み寺』はそれからだった。


 自閉症の学生Kを雇うことになったからだ。これも某大学教授からの依頼である。どの会社を受けても辞退されて困っている。ボランテイアだと思って頼むから雇ってくれと。両親ともども会社に来て懇願され、仕方なく受けた。リスクは承知していたが、案の定、すぐにいろんな問題を起こしてしまった。


 Kと一緒に現場に入ったAから、Kが現場でうずくまったままだと電話が入った。女子社員のYもTもKとは一緒に仕事できないと言う。次第に社員同士の不調和音が拡散した。みんなKを同等目線で見るからそうなるのだ、もっと慈しみを持て、Kとどう向き合うかが人生勉強になるのだ、そもそも君だってそう威張れたものでもない、などとみんなを戒めた。


 『駆け込み寺』と評されたわが社は、若いど素人や問題児が集る寺子屋であった。もとより社を大きくするつもりはなく、財を蓄えるつもりもない。若い彼らの一時の人生修行の場であればいいと考えた。苦労も多く、喧嘩もあり葛藤があったが、活気があり、笑いがあった。若い者が互いに切磋琢磨して人間を磨き、私も磨かれた。そんな『駆け込み寺』の社員も、ひとりまたひとりと育って卒業していき、今では別々の道を歩んで活躍している。毎年決算時に甦る起業時の懐かしい思い出である。



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「はだしのゲン」問題に思う




 思想的判断を行う場合、判断の根幹たる考え方は、よほどしっかりとした信条に基づかなければならない。何よりも体系的な考え方の構築の上に立って、熟慮を重ねた判断をしなければならない。そうして決められた判断であれば、他からの批判に怯むこともあるまい。

 浅はかな考えからの思想的判断を露呈したのが、「はだしのゲン」問題である。そもそものきっかけは、ある男性から市議会に提出された陳述書であった。「ありもしない日本軍の蛮行が掲載され、子どもたちに悪影響を及ぼす」という内容であった。これを受けて松江市教育委員会は当初、「はだしのゲン」の閲覧制限を校長会に要請し、現にそれを受けて閉架図書(自由に読めない図書)にしていた学校があったが、全国からの批判を受けて閲覧制限要請を撤回したというものである。

 撤回した措置をめぐって、市民から電話やメール、郵便物でさまざまな意見が寄せられたという。内容をざっと区分すれば、賛成約600件、反対1800件であったという。つまり、25%がどの学校でも閲覧できるようになったことに賛成しているものの、75%の大多数が逆に閲覧制限に賛同していることになる。現在、松江市の35校の小学校と17校の中学校の約8割の図書館に「はだしのゲン」が置かれおり、いつでも自由に見れる状態にある。

 市教育委員会が閲覧制限をした背景には、作品後半にある旧日本軍がアジアの人々の首を切断するなどの描写があまりに過激であるとの考え方がある。ただこれも、市教育委員会独自の考え方ではなく、陳述書に背中を押されたものである。これに対してある専門家からは、作品前半にある原爆投下で人間が溶けていく描写の方がはるかに残酷であると指摘している。また、松江市教育委員会は今回の撤回の理由として、「情報の制限を子どもに加えることは、子どもの知識に偏りが生じる恐れがあり、発達にマイナスである」との、とってつけたような言い訳をしている。

 果たして、「はだしのゲン」は子どもに読ませて良いものなのか悪いものなのか。これにはまず、子どもにとっての残虐な描写とは何かを考える必要があろう。作品の文脈全体が戦争を否定し平和を望むものであっても、残酷過激な描写が子どもの精神状態を阻害するものであれば読ませない方がいい。その場合に、子どもを皆ひとくくりにするのは乱暴である。小学生と中学生では精神の発育状態も違うし、精神疾患を患っている子どももいるかも知れぬ。

 その上で、「はだしのゲン」に書かれた内容が史実かどうか、あるいは思想的に偏向していないか検討する必要がある。旧日本軍の行為、昭和天皇の戦争責任を厳しく糾弾する行為などである。

 この問題において、私は「はだしのゲン」を読ませた方がいいとか、読ませない方がいいとかを言っているのではない。教育者の態度である。仮にも教育者が、教育的効果と子どもに与える影響を熟慮して決めたことであるなら、他から何か言われてすぐ引っ込めるような真似はするなと言っているのだ。要するに、「はだしのゲン」を見せる見せない以前に、教育者としての信条や覚悟に欠けると思うのである。これでは「はだしのゲン」も浮かばれまい。

 なお余談であるが、そもそも歴史教育の中における近代史の割合があまりに少なすぎるのが教育の基本問題としてある。戦国武将の話は面白いかも知れぬが、なぜ日本が戦争の道を歩んだのか、なぜ日本は敗戦したのか、なぜ中韓と摩擦があるのか、戦時中に犯したと言われる日本軍の罪とは何か、そこらの正確な近代史をちゃんと精査した上で子に教え伝える義務が我々先人にある。




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団塊の世代を突っ走った田舎侍の遠吠えです。聞いてやってください。実話から世評までもろもろですが、一貫して、辛口です。

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