下関と坂本龍馬・高杉晋作



 久しぶりに、生れ故郷・下関に降り立った。しばらく来ない間に、下関の街は変貌していた。そのシンボルが平成8年(1996年)7月に関門海峡のランドマークとして誕生した「海峡ゆめタワー」である。東京スカイツリーの足元にも及ばぬが、朝・昼・夜と時々刻々変わる海峡の光と影を360度の雄大なパノラマで見る景色は絶景である。夜は曜日によって七変化するという。



タワー



夜のタワー


 唐戸市場にある回転寿司にて鯨のオバイケ、赤身、さえずりをほうばると、もうこれでもかと、下関に来た実感がこみ上げる。
 唐戸市場から海岸線を散策し、海峡に渦巻く潮騒の香を胸に、遠くに関門大橋を見る。



海峡

 海岸線にふたりの胸像を刻んだ石碑が天にそびえる。「青春交響の塔」である。維新史を旋回させたふたつの雄魂がそこにある。その名、高杉晋作。その名、坂本龍馬。


塔



石碑にはこう記されている。
『慶応元年(1865年)の太陽が東経131度の子午線上に燃え
戦う青春の交響詩は轟くとき
歴史の海流は天に向かって怒涛の水柱を噴上げ
無限の時空へ改革の恐竜を這わせた
関門海峡のほとりで演じられた
日本史の名場面を記念した
石に刻み
あの日、両雄が夢見た
豊かな永遠の未来をつらぬく
創造の糧としたい』

 坂本龍馬は何度も下関を訪れている。単に寄港地であっただけではなく、当時の下関が国の将来を占う重要な地点だったことが理由として挙げられる。高杉晋作と坂本龍馬は下関で何度か会っている。高杉が贈った拳銃によって、龍馬は京都伏見の寺田屋事件で命拾いをした。



開戦図


 これは、坂本龍馬が長州藩と幕府軍の戦いで高杉とともに軍艦に乗って参戦したときに龍馬が描いた会戦図である。兄に送った手紙に添えたあったという。下方が下関、上方が小倉、右端に巌流島も描かれている。

 そこで、宮本武蔵と佐々木小次郎の決闘の地として有名な巌流島にも寄ってみた。


巌流島


その巌流島から関門海峡を眺めると、「海峡ゆめタワー」が見える。



巌流島&タワー


 慶応3年(1867年)春、坂本龍馬は下関本陣・伊藤邸に世帯を構えた。実は、龍馬はここ巌流島にも訪れているのである。ある夜、妻お龍とこっそりと渡り花火を打ち上げたと、後年、お龍が語っている。

 坂本龍馬と高杉晋作。両雄がここ下関にて夢見た思いを馳せて、しばし佇む。






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「平清盛」評



 現在NHKで放映中の大河ドラマ「平清盛」は今ひとつ不評であり、視聴率の低迷が続いている。しかし、広島近辺に限っていえば、「平清盛」ブームにあやかって、というか、ブームに乗じたさまざまな商法と観光が盛んである。清盛号電車や清盛もみじ饅頭に始まり、何から何まで清盛一色である。

 平清盛ゆかりの宮島・厳島神社の人出は盛況である。宮島・厳島神社の対岸に居する吾身としても、「平清盛」ブームによる地域振興に一役担うつもりで、周辺の道路渋滞や違法駐車などにも目をつむる日々である。

 それにしても、大河ドラマ「平清盛」の視聴率が低い。不評のひとつに映像が汚いと言われる。確かに、これまでの大河ドラマに比べると、暗くて汚い。しかし、平安末期の武士社会を忠実に描写しようとすれば、それも仕方あるまい。

 次なる不評は、わかり難いという。確かに、貴族対武士、摂関家対天皇家、平氏対源氏の対立構図はわかり難い。この対立を数ケ月もかけてじくじくと描くのであるから、分かるものも分からなくなる。ただし、平安末期の事情に通じている者には面白いのかも知れぬが。

 不評の原点には、そもそも平清盛は悪人だというイメージがある。戦前、戦中にそのように教育を受けたということも聞く。だが、なぜ悪人なのかと尋ねても明確な回答は返ってこない。「平家にあらずんば人にあらず」と豪語するほどの驕りがあったという。しかし、その言葉を口にしたのは清盛ではなく、清盛の妻、時子の弟、平時忠である。時代認識のなさにより、平清盛はイメージを悪くしている向きもある。

 広島県立博物館においては、日本全国から集められた平清盛に関する資料が展示され、2ケ月のロングランの末、昨日閉幕した。入館料は1200円であるが、案内録音機500円が必携という。〆て1700円プラス駐車場代に悩んだ挙句に行かなかったが、行った人の話では、えらく感動した人と全くわからなかったという人に二分される。やはり時代認識の差なのか。

 あまりの視聴率の低迷に、主役の実際の妻、小雪さんを終盤で抜擢するなどの奇策も聞かれる。さて、今後の展開は如何に。



長州・萩の志士たち


 昨日、萩の現場に行った。いつ行っても萩の街並みは癒される。そこらに萩焼の窯元があり、みかんの香りがする。川のせせらぎに古い武家屋敷。この地より、夢を抱く血気の志士が育った。萩往還街道を山陽道まで山越えし、江戸をめざしたであろう。志士の心意気に触れるたびに、私の中の長州魂は蘇る。

萩往還


時と命の 全てを賭けた
吉田松陰 憂国の
夢草莽(そうもう)に 果つるとも
松の雫は 久坂に宿り
花は桂の 枝に咲く


高杉



口で言うより 行うことが
志士の志士たる 誇りなら
かくごの罪の 踏海忌(とうかいき)
下田港の 弁天島の
波も讃える 男意気


志士2



何も持たない 若者たちの
無欲無限の 赤心(せきしん)が
日本の明日を 創るのだ
松下村塾 長州魂
いまも生きてる 萩の町

品川


「吉田松陰」
星野哲郎:作詞
浜口倉庫之助:作曲
より

松蔭がそのなし得なかった夢を久坂玄瑞と桂小五郎(木戸孝允)に託した思いが伝わる。


いや~あまりに格好よすぎる。私とて、長州志士の子孫であることの名に恥じぬよう、崇高な志をもって余生を送りたいと望むものである。


山県
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団塊の世代を突っ走った田舎侍の遠吠えです。聞いてやってください。実話から世評までもろもろですが、一貫して、辛口です。

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